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忘れられた英雄たち

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忘れられた英雄たち

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 九章 歴史の闇


 遺跡から少し離れた、急遽設置された作戦本部。
 情報端末を使う平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)の姿があった。
 その目的は彼らの鎮魂。根回しで事前に涼司とやり取りをし、戦闘の終わりに慰霊を行う許可を取っていた。
 そのため、ネームレス戦隊の情報を集めていたのだが。

「ネームレス戦隊なんて名前、シャンバラ王国軍の記録に載っていないな……」

 パートナーの出雲 カズマ(いずも・かずま)と白花もレオの手伝いとして戦歴を探す。
 しかし、いくら三人で探してもネームレス戦隊の戦歴に対する情報は一向に見つからなかった。

「……ですね。七人の名前は戦いに赴いた人達から教えていただけたんですけど」
「でも、こいつら別々の部隊に所属してるぜ。しかも全員、隊長としてだ」

 カズマと白花が同時にため息を吐いた。
 画面に羅列している文字は、五千年以上前に現れたシャンバラ古王国を恐怖のどん底に突き落とした怪物の戦いの記録。
 確かにこの七人は怪物の討伐隊に名前が載っている。
 が、それはネームレス戦隊という名前ではなく、全員が別々の戦隊もしくは騎士団の一員として大規模編成された討伐隊に組み込まれていた。
 
「……もしかしたら、ネームレスってのは何かの俗称なのかもな」
「俗称……?」

 カズマがぽつりと洩らした一言に、レオが食い付いた。
 ふと、レオは泪から借りたネイト・レーヴァンテイルの手記の一節を思い出した。

(戦場を望む者。名前も無く、守るものもない、罪人の小隊。語り継がれることのないであろう、七人のヴァルキリー……)

 その時、レオの頭に一つの仮説が思い浮かんだ。

「……カズマ」
「あ? どうした、レオ」
「『ネームレス』っていう言葉について、シャンバラ王国軍の記録を調べてくれない?」
「? いいけどよ」

 カズマが特技の資料検索で『ネームレス』について調べ始めた。
 途端、一つの情報が画面に浮かび上がる。

「ネームレスは一部でのみ使われる戦隊名であり、それは戦場で急遽結成された戦隊に名づけられるその場限りの部隊名を差す……」
「……やっぱり、か」

 レオは一人で納得した。
 その顔を見てカズマは首を傾げる。見かねたレオがカズマに説明を始めた。

「例えば、日本じゃあ名前が無い奴のことを名無しの権兵衛っていうだろう?
 シャンバラ古王国の一部では名無しの権兵衛の代わりにネームレスが使われてたってことさ」
「なるほど、だからネームレス戦隊か。でも、それがあいつらにどういう関係があるんだよ?」
「……これは、僕の仮説なんだけどね」

 レオは話し出す。
 シャンバラ王国軍の記録にも載っていないネームレス戦隊。
 守るものもない、語り継がれることもない、罪人の小隊。
 その二つから導き出された、自分の仮説を。

「……このネームレス戦隊は、怪物との戦場で最後まで唯一生き残った七人が結成したんじゃないだろうか。
 この怪物との戦いは、最後に残ったのは七人と書かれてある。しかも、全員がそれぞれの部隊の隊長だ。
 最も有名な騎士団の隊長を務めるネイトが隊長で、二番目に有名なエレンが副隊長。その後は隊員っていう形で。
 ……つまり、怪物に止めを刺したのは、自分の部隊を守りきれなかった七人の隊長だったってことさ」

 レオの言葉に、二人が息を呑んだ。
 そして、レオは指示を出す。
 やっと辿りつくことが出来たこのキーワードを無駄にしないために。

「今度はネームレス戦隊ではなく、怪物を打ち倒した英雄として彼らを調べよう」
「了解だ!」
「ええ、分かりました」
 
 ――――――――――

 深夜、蒼空学園の校庭に四倍速飛空艇が着陸した。

「涼司、迎えに着たわ!」

 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が飛空艇の扉を開き、涼司に大きく手を振った。

「ああ、いつも悪いな。ルカ」
「お互い様でしょ。さぁ、早く乗って!」

 涼司が乗り込む代わりにカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が飛空挺から降りた。
 この飛空艇は三人乗り。したがって涼司が乗ると一人降りなければならない。
 運転席で操縦を任せられたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が降りられないとすると、カルキノスが降りなければならなかった。
 事前に分かっていたこととはいえ、ついカルキノスは文句をこぼす。

「……飛べるからってそりゃねーよなー」
「はは、悪いな。カルキノス」

 苦笑いを浮かべてそう言う涼司に、カルキノスは肩をすくめた。

「いや、いいってことよ、涼司。まぁ、後でルカに焼肉奢って貰うしな」
「じゃあ、俺も後で何か奢るよ。何か考えといてくれ」
「マジか!? ありがとよ」

 約束を取り付けたカルキノスはご機嫌そうに涼司の背中を叩く。
 と、思いきや今度は真面目な声で涼司に話しかけた。

「まぁ、一丁見届けてやってこい。英雄達の最後ってもんをよ」
「……ああ、行って来る!」

 校庭にカルキノスを残し、飛空挺は空へと上昇する。
 そして、高速で遺跡の方へと飛翔しあっという間に消えていなくなった。

「俺もささやかな慰霊碑だけでも英雄達に用意するか。
 ……出来ることといやぁ、それぐらいだしな」

 そう独りごちて、カルキノスは踵を返した。

 ――――――――――

 ダリルはナビゲーターと両手利きで飛空艇操作を最適化。
 ゴッドスピードとゾディアックエンブレムの力で反応速度も上げ、超速ドライバーと化していた。

「えーっと、涼司。今分かってることを話すわよ」
「ああ、頼む」

 ルカルカはノートパソコンを繋ぎ、通信機でレオに連絡を取った。
 そして、今分かっている情報をルカルカのパソコンに送ってもらうよう話をつけた。

 連絡が切れるとすぐさまルカルカのパソコンにネームレス戦隊の情報が届いた。
 その情報を見たルカルカが思わず息を呑んだ。
 そして、ルカルカは涼司に話し出した。

「……いい、涼司。今から話すのが、ネームレス戦隊の戦歴よ」

 三人が集めることの出来た情報はこうだった。

 彼らの呪いは『狂気の瞳』と呼ばれること。
 その呪いは瞳を血の色に変色させ、心を支配して戦いに囚われる狂人に作り変えること。
 七人の英雄達は戦いに救いを求めてしまったことを。
 この呪いを解くためには死ぬことしかないこと。
 呪いが解けられると瞳から血の涙が流れ、瞳の色が元の色に戻ること。
 その末路で英雄達は、魔法使いによって未来永劫封印されたのだと。
 歴史に名を刻むことすら許されなかったことを。

 そして、彼らが怪物との戦いで唯一生き残った戦士であることを。
 戦場で自分の所属する隊が消滅し、生き残った者達であることを。
 戦場で結成されたその戦隊は、自らのことを名も無き戦隊だと語ることを。
 ――すなわち、ネームレス戦隊と。

 ひとしきり聞き終えた涼司は、重々しく呟いた。

「……なるほど。だから名前も無く、守るものもない、罪人の小隊、か。……皮肉だな」
「……そうね。そういう意味での名前無し(ネームレス)なのね」

 涼司はネームレス戦隊の情報を聞き、決心した。
 そして、ルカルカとダリルに頭を深く下げ、頼み込む。

「わざわざ迎えに来てもらって悪いが、もうひとつ頼みたいことがある。
 厚かましい頼みだが、どうか俺にネームレス戦隊の最後を看取らせて欲しい。だから、どうにか間に合わせてくれないか?」

 涼司のその言葉に、ルカルカとダリルは顔を見合わせた。
 お互いににやりと笑みを浮かべる。
 そして、ルカルカは涼司の背中を豪快に叩いた。

「なに言ってんのよ。私はそのために涼司を迎えに来たんだから。
 それに、そんな他人行儀みたいな頼み方は無し! ルカ達、親友でしょ?」
「ああ、ルカの言う通りだな。山葉はもっと気楽に頼ればいい。
 ……俺達に任せておけ、必ず最後を見届けさせてやる」

 ダリルが速度を一段と上げ、遺跡へと向かう。
 まるで箒星のような速度で、闇夜の空を横切っていく。

「……すまん、ありがとう」

 涼司は小さく礼を言った。
 その言葉に対して、目の前にいる最高に頼りになる親友は満面の笑みを浮かべた。