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ローズガーデンでお茶会を

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「本日はお集まり頂き、ありがとうございます」
 お屋敷の入り口では、パトリック・エイベルが来客ひとりひとりに頭を下げ、出迎えている。
 今日は二月十四日、バレンタインデー。ツァンダ郊外にあるこの屋敷では、同性カップルを招待してのティーパーティーが開かれていた。
 招待客以外の参加も歓迎して居る為、屋敷はやんやの賑わいだ。
「今日はお招きありがとうございます」
 足を止めてパトリックに向かって頭を下げるのは、桐生 円(きりゅう・まどか)だ。隣には恋人であるパッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)の姿もある。
 片手を繋いでいたようだったが、挨拶をするにあったってはきちんと手を離し、ちょこんとスカートの裾をつまんで見せる。
 後ろではパッフェルもまた、寡黙ながらにも丁寧に頭を下げている。
――うっはマジ可愛い百合っぷるぅうう! 後で超愛でる! マジ愛でる!!
 と、のっけから暴走しまくりの内心はぴったりと覆い隠し、パトリックはきわめて上品に微笑み、会釈を返した。
「こちらこそ、おいで頂きありがとうございます。どうか、楽しいひとときを」

 その丁寧な挨拶に、円もパッフェルも、特に何かを感じることなくパトリックの前を通り過ぎていった。
 本音をさらけ出すことさえしなければ、ただの好青年である。
 恋人同士で連れ添って来ているはずの来客からも、時折、色めいた視線が飛んでくる。
 その中の一つが、すすっとパトリックに近づいてきた。
 会場警備を買って出ている、セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)とそのパートナー、オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)の、三人――のうちの、セフィーだ。
「お疲れ様です、パトリック」
 セフィーはするりとパトリックの隣に立つと、その腕に自らの腕を甘く絡める。
――おい何してんだよ俺に抱きついてどーすんだよ嬉しくねーよ!
 ……という健全な男子としてあるまじき台詞もぐっと飲み込んで、どうしましたか、と尋ねるパトリック。
「退屈でしたら、あたしがお相手して差し上げようかと」
 うふふ、と豊かな胸をぺたりとパトリックの腕に押しつけるセフィーに、パトリックは思わず一歩後ずさる。
「狼な女は、お嫌いですか?」
 とろんとした瞳で誘うようにパトリックの顔を覗き込むが、しかし積極的なアプローチにもパトリックは狼狽えたり、調子を狂わせることも無い。
「お誘いは嬉しいけど、今日は何かと忙しいんだ」
 ごめん、と言うでもなく、笑顔を貼り付けたままでするりとセフィーの腕をすり抜ける。
 あら残念、と肩を竦めるセフィーに、見回りはお願いしますね、と真意の見えない笑顔で付け加えると、パトリックは再び、来客を迎えるしごとに戻る。
「さ、早く行きましょう」
 パートナーにせかされて、セフィーは渋々会場内の見回りへと戻っていく。

「す、済みません……!」
 そんな玄関ホールの一角、少し人波から離れた所で、ぺこぺこと頭を下げている人物がいた。
 百合園女学園校長、桜井 静香(さくらい・しずか)の恋人、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。
「い、いいよ、別に……だってほら僕、ほら、オンナノコ……だって事になってるからさ?」
 招待状にあった「同性カップル限定」の一文を完全に読み落としていたロザリンドは、とんだ失態を犯してしまった、と平謝りしている。
 が、当の静香の方はといえば、それほど気にしていない様だ。
 公然の秘密……とはいえ、一応、秘密になっていることではあるし。むしろ同性カップルとして堂々と参加した方が良いのかもしれない。
 すみません、ともう一度謝ってから、ロザリンドはそっと静香に従う様にして会場内へと入っていくのだった。

 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、パートナーの三人を伴ってお茶会に参加していた。
「さて泰輔、我らは先に行くとしよう」
 しかし、会場に入るなり讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)がわざとらしく泰輔の手を取る。
 泰輔の方も万事織り込み済みとでも言う様に頷いて、手を引かれるまま歩き始める。
 残されたのはレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)の二人だ。
 しかし、泰輔達はごく自然に人波に乗って離れていってしまったため、一瞬、フランツ達は気づくのが遅れた。
 そして気づいたときには。
「あ、あれ、泰輔たちは?」
 フランツがきょろきょろと周りを見渡すが、既に其処にパートナーの姿は無い。
「はぐれてしまったようですね……」
「そ、そうだね」
 困ったようにため息をつくレイチェルに、フランツは少し言葉に詰まりながら同意を示す。
 レイチェルには秘密だったが、元々泰輔と顕仁とは、お茶会が始まったら二手に分かれる手はずになっていた。レイチェルに思いを伝えようとするフランツの背中を、二人が押してくれた格好だ。
 だから二人とはぐれたのは打ち合わせ通りなのだが、まさかこんなに早々に二人きりにされるなんて。
 フランツは内心の動悸を抑えながら、レイチェルに向かって手を差し出そうとして――ちょっと迷ってから、口を動かすだけにした。
「きっと、そのうち見つかるんだな……僕達も、楽しんでいよう?」
「……そうですね、それもいいかもしれませんね」
 どうせ同じ屋敷に居るのだから、とレイチェルもフランツの提案に頷いた。
 にっこり笑うレイチェルに、フランツも安堵の笑みをこぼし、二人はメインの会場である大広間へと向かう。

 そろそろ招待客は全員集まっただろうか、結構な人数が広間に集っていた。
 その中には、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)の姿もあった。
 恋人たちの多く集まっている広場にあって、この二人は恋人同士ではない――主従として、深い絆で結ばれては居るけれど。
「主、今日はお誘い下さり、身に余る光栄です」
 アウレウスは広間の片隅で、グラキエスにぴたりと寄り添っていた。とにかく主の事が大好きなのだ。
「そんなに固くなるな。いつも俺の代わりに傷つくことも多い――今日はその礼だ、アウレウス」
 穏やかな笑顔を見せているグラキエスに、アウレウスは感動にむせび泣きそうな勢いだ。最近、主大好き病が一段と悪化した様だ。
「そうだ、今日は日頃の感謝をチョコレートで示す日らしいからな。チョコレートも作ってみたんだ、味は保証できないが……」
 ごそごそとポケットから取り出された包みを見て、アウレウスはいよいよその目に涙を滲ませ始めた。
「主……なんたる、なんたる至福……!!」
「うわっ、な、泣くなアウレウス!」
 突然の男泣きに、グラキエスは狼狽える。
 労ろうと思って連れてきたのに、まさか泣かれるなんて。どうしたら良いか分からずに、グラキエスはおろおろと立ち尽くしてしまう。

 そんなホールに、鳴り物入りで颯爽と登場する一つの影があった。
 ドアは既に開け放たれているのだが、「バーン!」という書き文字を入れたらとても似合うだろう。
「ふはははは! ……って、なんだ此所は。ホモの祭りか」
 高笑いと共に現れたのはそう! 全裸に纏ったマントに仮面! 歩くご近所迷惑変態紳士! 変熊 仮面(へんくま・かめん)まさにその人!
 「ホモ」の一言に周囲の男性が数人、ぎろりと厳しい目つきで変熊をにらみつけるが、もとよりそんなことを気にするタマではない。
「師匠、これこれ」
 と、変熊の後ろからぱたぱたと現れたのは彼のパートナー、にゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)だ。その手には、入り口に置いてあるチラシ。
「ん……? 同性愛限定パーティー……聞いてないぞ、そんなこと……まさに寝耳にホモ!」
 また周囲の空気が凍る。が、相変わらずそんなことは気にしない。
「今更気づいてもホモの祭り、じゃない、後の祭りにゃ……」
「ふむぅ、仕方ない……ホモは寝て待てと言うしな……」
 周囲の空気を凍らせまくっている事にはまるで気づかず、変熊はにゃんくまを伴ってホールの奥までずかずかと入っていく。そして、適当なところでごろりと横になった。本当に寝た。
 そのまま、ふふふん、と鼻歌など口ずさみながら、おもむろににゃんくまをとっ捕まえる。
「ふふふ……悪い虫がついていないか、じっくり観察させてもらうよ」
 妙にエロチックに聞こえる台詞を吐きながら、にゃんくまの小さな腰を引き寄せる。
 うにゃ、とにゃんくまが驚いている間に、両足の付け根の柔らかな毛をかき分ける様にして、悪い虫の痕跡――ノミが付いて居ないかをチェック。
 いわゆる、毛繕い。
「ってお前、お尻にトイレットペーパー付いてるぞ!」
「にゃ! 変なところ見るにゃーっ!!」
 ようやく変なことをされていると気づいたにゃんくまが、思いっきり猫キックを放つ。
 すると変熊も、やるか、と受けて立つ姿勢。そのまま耳! 耳! と叫びながら耳をぺたこんぺたこんしてみたり、毛を逆撫でしまくってみたりと暴れ出す。
 勿論周囲は迷惑そうな顔をして居る――一部、げらげら笑いながら見ている勢力もあるが――主に女子――が、等の本人達は毛の先ほども気にしていない。
 と、そこへ。
「パーティーの品格を著しく貶める行為は、ご遠慮下さいませ」
 メイド型機晶姫の一体がつかつかつかっとすごい勢いでやってきて、二人の首根っこを捕まえた。
 そして。
 ぽーい、と一人と一匹を庭に放り出した。