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追ってっ!ロビン・フッド

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追ってっ!ロビン・フッド

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 第3章 - 『この泥棒猫っ』

 1
「それで――額縁は?」
 騒ぎから少し離れて、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が傍らのロザリンド・セリナと兎耳の少女に話しかける。
「隠し部屋に警備付きで保管されているみたいです」
「そう。あの額縁を狙うという御仁ならば、ぜひとも話をしてみたいものだけど」
 ラズィーヤが呟く。
「盗み出そうなんてしなくても、手に入れる方法なら幾らでもあるでしょうに」
「もしもロビン・フッドが絵画の中の住人だったとしても、『魔法の額縁』単体では意味が無いはずですよね」
 ラズィーヤの言葉には答えず、ロザリンドがロップイヤーの横顔をちらりと見て言った。
「ヴァイシャリーの洋館に住む子たちの場合、帰る場所――絵画が見つからない状態ですから」
「ええ。だからロビン・フッドのお話も、そういう絵画があるのです」
「それでは、ロビン・フッドは既にその絵画を所持しているかもしれない、と」
「いいえ」
 ラズィーヤが断言する。
「それは有り得ないでしょう。絶対ではありませんが」 
「どうしてです」 
 泪が瞳に疑問を浮かべて尋ねる。
「その絵画、わたくしが持っていますから」
「それなら、一時的にでも額縁を借用して、ロビン・フッドを絵の中に帰してあげれば――」
 ロザリンドが言うが、
「けれど、たぶん。ロビン・フッドは絵画に戻りたいとは思っていないんじゃないかしら」
 泪は首を振る。
「絵画の中では設定として『義賊』でしかなかったロビン・フッドが、絵画を抜け出したおかげで実際に『義賊』になれたのですから」
 今更絵の中に引きこもりたいだなんて、考えてはいないんじゃないかしら。泪が言う。
「わたくしもそう思います。どちらにせよ、警備班が捕まえてくれることを祈るばかりだけれど」
「――あら? 猫ちゃん」
 ふと、泪が足元に擦りよる猫に気が付いた。
「ネズミ一匹も侵入させないように! なんてよく言いますけどね」
 泪が笑いながら子猫を抱きかかえると――
 その猫は。
 猫耳の怪盗少女に化けたのだった。


 2
 館内が暗転。
 来たか――と、警備班のメンバーが身構える。
 予告時間を大きく過ぎているというのに、現れたのは<エルファバ>と名乗る少女だけ。
 本命は未だ姿を現しもしない。
 回廊裏の階段を警備する想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)が、ローデリヒ・エーヴェルブルグのピアノの音に混ざって――足音を聞いた。
「近い……!」
 夢悠が幽かな音を頼りに、出力を押さえ雷術を放つ。
 微弱な雷撃が一瞬、回廊全体を照らし出した。
 中庭越しに見える屋上に一人。
 それを追い立てる三体の機晶犬の姿が見られる。
 機晶犬と共に二人のロビン・フッドを警備班の方へと追いつめるのは御神楽舞花だった。
 あっけなく軒先にまで追いつめられたロビン・フッドは、機晶犬に飛びかかられて――落下した。
 くるりと宙返りした身体が、美術館を囲む木立の方へと消えて行った。
『陽動でした。本隊、気をつけて――』
「了解! ――って、雅羅さん!?」
 HCでの通信を終了して夢悠が振り向くと、階段を駆け降りる雅羅の背中が見えた。
 追うと、地下金庫の鍵が開けられていた。
 いや、雅羅によって開けられていた。
「大丈夫ですか雅羅さん。急にどうしたんです」
「額縁は誰かが持ち歩いていた方が安全だわ」
「それは駄目だって。いくら発信器がつけられてるからって無暗に所在をくらませるなんて」
 夢悠の言葉を聞いて、アグラヴェインが一歩踏み出した。
「いらぬ混乱を招くだけでしょう。となれば、如何に味方であろうと、阻止の為には衝突もさけられませんな」
「つまり――だ」
 遠く聞こえていたピアノの音が、一段と大きくなる。
 明るくも覇気に満ちた旋律。軍隊ポロネーズの演奏と共に、武崎幸祐が額縁の隠された台の前に立ちはだかった。
「おまえがロビン・フッドということだな」
「馬鹿言わないで。どうして私が義賊なんかに」
「何、これもお約束だろう。雅羅・サンダース三世は今、ここにはいない」
 夢悠が眉を吊り上げる。HCを確認――雅羅からの定期連絡。ホール周辺の巡回中……。
「変装の腕は流石かもしれないが、少々迂闊だったな。仲間が捕えられたことに動揺したのか?」
「――なっ!?」
 幸祐が口の端を釣り上げる。ブラフだ。
 彼は当初から金庫内にいた彼は、ロビン・フッドが『複数いる』ということしか知らない。
「さて、額縁とは言っても、この部屋には数え切れないほどの額縁があるわけだが。悠長にしている暇はないだろう? 盗って行くというなら、早くしなくてはね」
 動揺した雅羅――に扮したロビン・フッドに、幸祐が続ける。
「それとも、『魔法の額縁』がどれか分からないとでも言うのかな」
「……まさかね」
「何に使うというんだ? 獣を召喚するか? 会えなくなった誰かと再開でもするか?」
「そりゃ言えないよ。守秘義務さ。アタシたちは、依頼された通りに盗みをするだけだからね」
 言って、ロビン・フッドがマスクを剥がすと――蒼空学園制服をまとった、猫耳少女となる。
「そうか。交渉の余地すら無いというのだな」
 幸祐が帝国武装錬金術士の杖を掲げる。と、同時にローデリヒがベートーヴェンの「交響曲第9番・第4楽章」を奏でる。
 その演奏を合図に、ヒルデガルド・ブリュンヒルデがロビン・フッドに躍り掛る。
 出入り口が隔壁で封鎖され、ロビン・フッドを捕捉する為に立ち回る。
 ロビン・フッドはヒルデガルドの攻撃に対し防戦一方の様子を見せる。
「警告します。貴方では私は倒せません!」
 ヒルデガルドが言う。
 ロビン・フッドは大胆にも部屋の中心で静止すると、右腕を掲げ、指を鳴らした。
「『魔法の額縁』を隠すことはできないよ」
 パチン――と音が響いて、地鳴りがした。
 絵画が仕舞われているラックが軋み、悲鳴を上げる。
 光学迷彩の布が吹き飛び、一つの額縁が飛び出し、その表から――巨躯の熊と狼が飛び出した。
 ヒルデガルドたちが怯んだその隙に、ロビン・フッドが額縁を掴み、走りだした。
「待ちなさい――ッ!」
 台の下に潜んでいた白鳥麗が、飛び出すと同時にロビン・フッドの脚を絡め取り、コブラツイストをかけて動きを封じる。
 設置していたはずのトラップが、全て解除されているのに気が付くと同時に――絵画から顕現した熊の巨体が、狼の攻撃を避けようとして麗とロビン・フッドを蹴飛ばしてしまう。
「くっ、なんのよ、この部屋、こんな怪物が収まるには狭すぎじゃないの!?」
「くっそ、密室なのがかえって徒にっ」
 熊と狼の獣の戦闘に巻き込まれそうになりながら、夢悠が叫ぶ。
「それじゃ、失礼するわ」
 コブラツイストから解放された猫耳の少女は、あまりにも愚直に、破壊工作で隔壁を破壊すると、階段を駆け上っていった。


 3
「漸くあたしたちの出番ってワケね。大人しく帰らないと噛み付くわよ!」
 回廊裏の階段から姿を現したロビン・フッドに、セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)が牽制の一閃を放つ。
「ッ、まるで番犬ね」
「なあんだ、義賊なんて言っても所詮泥棒猫か」
 つまんない。そう言いながら、セフィーがロビン・フッドとの間合いを詰めて行く。
「そんな額縁、何に使うって言うの?」
 ロビン・フッドは答えず、一目散に塀沿いを走る。
「額縁なんか盗んでも腹の足しにはなんねーぞ。悪い事は言わねぇから、諦めて帰れ!」
 そんな怪盗少女の目の前に、オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)が立ち塞がる。
 挟撃され――少女の足が止まる。
「姉貴、コッチだ」
 と――声と同時に光術によるめくらましがセフィーとオルフィナを襲う。 
 木立から音がして、それを追うように少女が再び足を動かす。
「くっ、逃さないわよ!」
 擦れ違いざまに、セフィーが刀の峰で少女の脛を打ち付ける。
 よろめき転がりながらもロビン・フッドの猫耳少女は額縁を抱えて走り出す。
「義賊でも、我が前に立ち塞がるのなら、命懸けで来いっ!」
 駄目押しとばかりに少女の行く手を阻むのはエリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)
 姫騎士エリザベータ・ブリュメール参る――正面を塞ぐように、エリザベータが槍を繰り出す。
 しかし、二人のロビン・フッドは怯みはしなかった。
 額縁を放り投げると――前転しながら、その身体をしなやかなシャムに変化させた。
 エリザベータの足元をするりとすり抜けると、すかさず元の人型に戻り、放り投げた額縁を掴んだ。
「卑怯な! 義賊を名乗るのなら正々堂々と闘いなさい!」
 エリザベータの声が、深い闇に包まれた木立に響いた。
 ――この一幕を、サオリ・ナガオ(さおり・ながお)木々の間から静観していた。
 夜間暗視装置を備えたスナイパーライフルを構え、スコープを覗き込む。
「集中、集中……」
 呟きながら、急所を外して狙いを付ける。
 ほんの一瞬の為に、カモフラージュで身を潜めていた。
 シャープシューターで命中力を向上させ、脚を狙う。
 息を止めて――トリガーを引く。
 小型の特殊弾丸には小型発信機を内蔵してある。
 弾丸が一人の脚に命中したことを確認して、サオリが小さく息を吐いた。
「ごめんなさい……たとえ善行のためであっても、法を冒す事は許されないのですぅ……」
 これで額縁に取り付けた発信機と会わせて、二人分の追跡が可能になるはずだ。
 これで行動速度を制限出来る。
「こちらサオリ・ナガオです。ターゲットに発信器入りの弾丸を命中させました。レシーバーで確認をお願いします」
 転がるように遠くなって行く影を眺めながら、HCで警備班への報告を済ませた。