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追ってっ!ロビン・フッド

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追ってっ!ロビン・フッド

リアクション

 4
「あー……それにしても」
 言って、アスカが深呼吸する。
「美術館独特のこの雰囲気と芸術品の匂い……癒されるぅ♪ すぅ、はぁ――って、イタッ」
「そんな気持ち悪いことやってると帰るよ!? それに芸術品の匂いっていうか埃の臭いじゃないか」
「うぅ……このステキ空間が理解できないなんて」
 ホープとそんなことを言い合いながらも、アスカは鑑定の手を止めない。
 博識を活かし切る観察眼で収蔵品の大まかな来歴を測る。
 ホープによって大まかに三ヶ月以内――夜間徘徊する怪物の噂が立ってからの期間に展示されるか収蔵された品を中心に鑑定が進む。
「……妙よねえ」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がアスカの隣で、収蔵品に向き合いながら呟いた。
「そもそも、額縁とロビン・フッドの関係は? どうしてここにあるって知ってるの?」
「本当に義賊だとしたら、左程関係は無いと思うが。別に依頼人、或いは黒幕がいるという線が無難じゃないか」
「でもさ、無難な怪盗ってどうなのかな」
「……ん、無難な泥棒は怪盗ではないな。自己を主張する必要が無い」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がディスプレイのグラフを眺めたままで続ける。
「額縁を換金するとは考えられないから、そうなれば誰かが『魔法の額縁』そのものを必要としているんだろう」
「そうしたらやっぱり、ロビン・フッドと額縁自体は、あんまり関係無いのかな」
「額縁が見つかればそこも自ずと知れてくるだろうな」
 サイコメトリーの対象は大量の絵画――そして額縁の収められたラック全体。
 ルカが感覚として受け取った額縁の情報群をダリルがパソコンを介して可視化。
 ノイズだらけのデータから抽出される一定のイレギュラーを絞り込み、ホープのピックアップしたリストと照応。
 アスカが芸術知識によって選別した絵画の数々とルカが感覚として読みとった情報の積集合を新たにリストアップ。
「有っ――た?」
 ルカが声を上げる。絞り込まれた十の絵画。そのうちの一つ、不自然な空白を伴った絵画が一つ有った。
「違う――これはちぐはぐ
 アスカが言う。
「これは額縁が取り換えられてるから……たぶん、管理者が登場人物を欠いた絵画に価値を見出せなくて、適当な額縁にすり替えてから仕舞いこんじゃったんだと思う」
「そうしたら、ここにいたはずの何かは――?」
「どこかにいるんだと思う……でも、この絵の感じからして、怪物ではないよねぇ」
「うん。なんかね」
 ルカが両手指先で四角を作って、絵画を覗き込む。
 そして、
「イメージ的には、この絵の真ん中、犬がちょこんと座っていそうな気がするの」
 そう言った。


 5
 日が暮れ、陽が沈む。回廊には月明かりが僅かに差し込むばかりで灯りはない。
 足音がする。
 和輝が手元の灯りを頼りに周囲を見回す。
 誰かが居るはずはない――けれど。
「う、うぅ……なにか音がする」
 アニスが身を強張らせて、和輝の足元にくっ付く。
「あら、本当に何か出てくるっていうのかしら」
 手近な絵画を眺めながら、久秀がおかしそうに言う。
「そうね、例えばこの絵なんか」
「題――狼と熊
「ええ、だけど、誰もいない」
「この額縁か。怪しいけれど確証はない」
 禁書 『ダンタリオンの書』が久秀に答える。
「確証は無い、って、これじゃ鑑定するまでもなく怪しいだろう」
 和輝の声に重なって聞こえるほどに、足音が近づき――
「わー!!」
 アニスが大声を上げながら、結界を張る。
 和輝が身構えると同時に、
「ちょっと待て! 静かにしろ」
 声がして角から二人の姿が表われた。滲み寄る暗闇のベールで、その顔は窺えない。
「貴様らが件の強盗か――」
 言って、和輝が素早く銃を構える。
「違うッ! それよりも、静かにしろ」
「……その声は」
 声の主が、シリウスがHCのライトで自らを照らすと、和輝は警戒を解いた。
「何をやってたんだ」
「館長のとこに行って聞き込みしてたんだよ。職員は閉館時間と同時に帰るってんで、オフィスから追い出されたんだけどな」
「それで回廊の絵画を調査してた、ってところか」
「そういうワケ――っと、そうだ」
 答えてから、ふとシリウスが後ろを振り向いた。
「熊だ」
 熊がいる。シリウスが言う。
「熊というのは、この絵画の?」
 久秀が壁に掛けられた額縁を指差す。
「ああ――だろうな」
 シリウスが絵画を見上げてため息を吐く。
「莫大な展示品に圧倒されてたが、結局は灯台元暗しってとこか」
 そして、和輝たちの視線の先、奥の曲がり角から天井にまで届く巨体が姿を現した。
 熊というには大き過ぎる体躯。
 和輝たちを一直線に見据えて、一吠えすると、目を光らせて駈け出した。
 和輝が再び銃を構える。
「待てって、怪物をやっつけちまうと、絵画が」
「くっ……そうだが」
「ねえ、あっちからも何かが……」
 結界の中から、アニスが弱々しい声を上げる。
「狼か」
 禁書 『ダンタリオンの書』が言ったのと同時に、回廊の反対側の角から、狼が躍り出た。
「ひとまず逃げるぞ!」
 シリウスが叫んで、回廊に面した中庭に飛び出た。すかさず和輝たちも続く。
 和輝たちが回廊から消えても、二匹の獣はその身体を止めはしなかった。
「なんだアイツら……端っから、オレたちのことは眼中になかった――?」
 熊と、狼が、腕を振り上げ、牙を剥く。
 元より決まり事であったかのように、互いを傷つけあう。
 決闘のような、血肉の争い。
「たぶん、こういう絵画だったんだろうな」
 禁書 『ダンタリオンの書』が、回廊に掛けられた登場人物を欠いた絵画を遠目に眺めながら言った。


 6
 翌朝になると、回廊には何事もなく、『熊と狼』の絵画が掛けられていた。
「……この額縁で間違いないと思う」
 ロザリンドに抱えられたロップ・イヤーが呟く。
「うん、これが収蔵庫にあった空白の絵画が元々収められてた額縁だと思う」
「で、その空白の絵画の空白部分に居たのが恐らく、館長のコリーだってことだな」
 アスカとシリウスが言う。
「あと、念の為にダリルが発信装置を取り付けてくれたよ。目印になるようにエメラルドの装飾もしておいた。あとは額縁自体の調査ね」
「犬を――正確には犬の描かれている絵画を、だけど――三ヶ月前に起業家に譲り受けたって言ってた。嘘じゃないはずだから、そこを調べて行けば額縁の入手ルートも分かるはず」
 ルカに続いて、サビクが口を開いた。
「ダミーを用意することも警備隊に伝えておく。兎に角、額縁が発見された以上は、俺らの仕事はおしまいだな」
 絵画を見上げて言うと、和輝は小さく息を吐いた。