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『電撃・ドラゴン刑事(デカ)』 ~ C級映画がやってきた! ~

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『電撃・ドラゴン刑事(デカ)』 ~ C級映画がやってきた! ~

リアクション



〜 episode2 プロローグ 〜


 ―― 2022年 春 ――  ドラクーン地方森林地帯……

「まず、どこから話せばいいものか……」

 何もない真っ白い部屋。一条のライトだけが照らす。
 パイプ椅子に腰掛け、カメラを見つめながら研究所員A役の桐生 円(きりゅう・まどか)はゆっくりと口を開いた。白衣を纏った血色の悪そうな陰気な研究員姿だ。

「そもそも……今回の舞台となる製薬会社は、名を『カテゴラス製薬』という。研究者であり創設者でもあるDr.カテゴラスが一切を牛耳る比較的小規模な製薬会社で、一般的にはほとんど知られていない。薬局や薬店で手に入る大衆向けの薬を作っているのではないからだ」

 円の口調は淡々としていた。その、抑揚のない喋り方が、却って不気味さを醸し出していた。

「『カテゴラス製薬』は研究資料や検体、実験サンプルを受注生産して、軍や医療機関などに提供しているかなり特殊な業態を取っており、その内幕はベールに包まれている、とされている。どんな危ない実験もこなしてくれるしタブーとされている薬品まで極秘で生産してくれる。当然、闇の組織とのつながりも深い。私は……そんな会社でドクターの部下として十年働いた……」

 円は、研究所員Aとして罪を告白するかのように話し続ける。

「あれは、そう……一週間ほど前のことだ。生命の神秘に迫る禁断の研究をしていたドクターは、実験に失敗した。薬品は暴発し漏れ出し、そして拡散した。それは気体でもあり液体でもある。浴びた者は全て被害を受けた。カテゴラス製薬は破滅したのだ。だが、それだけならまだよかった。あろうことか『あいつ』が……」

 不意に、ガタガタと部屋の扉を壊そうとしている音が響いて、円はびくりと身体をふるわせる。突然、声色を変えて叫んだ。

「畜生! もうきやがったか! 間に合わない……誰かドクターを……う、うわあああああぁっっ!」

 扉をこじ開け殺到してきたゾンビのようなものに襲われて悲鳴を上げる研究所員A。
 プツリと映像は途切れた。

 ―― 数日後 ――

「ええっとぉ……。その日……空京警察特務刑事課の私は、ある作戦途中で消息を断った地元警察のパトカーを探して、森林地帯の捜索を続けていたの〜」
 
 薄暗い闇の続く深い森の奥。入ったら出れそうにない不気味な雰囲気の中、歩みを進める人影があった。静まり返る森の中、草と土を踏みしめる靴音とその向こうでかすかに聞える遠吼えが耳障りなジャミングとともに、スピーカーから流れ出す。
 実のところ撮影地点は裏山なのだが、それはまるで本当に化け物でも出現しそうな深い魔の森のように演出された、ダークで危険な雰囲気をかもし出していた。
冒頭のシーン……、C級映画の割には、なかなかに上手く撮れている。参加スタッフたちの惜しみない協力のおかげなのだ。

「最近、このドラクーン森林地帯近辺で奇妙な連続殺人事件が頻発しているらしい、という通報が相次いでいたのよぅ。なんでもね、十人以上のグループが当てもなくさ迷い歩き、近くの民家を襲って、人を食い殺すという狂った事件なんだって。怖いよね。さらには、様子を見に行った地元警察の刑事の人たちも帰ってこなくなってね、それで特務刑事課の私が調査にやってきたわけなのよぅ……」

趣味の悪い殺人映像が画面に映し出される中、一生懸命におどろおどろしい声色でナレーション的台詞をしゃべっているのは、空京警察特務刑事課に所属する女刑事役の、師王 アスカ(しおう・あすか)であった。
彼女は真面目で正義感の強い女刑事で、エリートのパートナー的な役柄でもあった。今は、彼はドラゴンに取られてしまったけど……。
身に着けているアーミージャケットにグリーンのベレー帽は撮影用のものだが、アスカが装着するとこれはこれでかなり似合っていた。普段はほんわかとした物腰の彼女だが、この場面ではキリリと表情を引き締め凛々しさを演出している。
 そんなアスカは、真っ暗な森の奥を懐中電灯の光を頼りに進んでいく。その光の先、何かが動いた気がして、アスカは警戒する。彼方を凝視すると、獣のうめき声が聞えてきた。

「……あ、破壊された地元警察のパトカーとでっかいワンちゃんを発見。傍らの死体を貪り食ってるけど、よく見たら死体は人形で、食べているのは近所のスーパーで買ってきた安いお肉なの。このワンちゃん、三反田監督の飼い犬“玉三郎”で今回はゾンビ犬として活躍してくれるようね」

 アスカがじっと光景を見つめていると、振り返った玉三郎と視線が合った。何が気に入らなかったのか、玉三郎はグルルルル……と獰猛なうなり声をあげる。

「うわああ……どうして? なんか、玉三郎すごく怒ってるよぅ……、私悪いことしてないのに……追いかけてきたぁぁぁぁ……!」

 よく訓練された玉三郎の迫力に、半ば涙目になってアスカは全力で逃げ始める。ゾンビ犬と化した野犬に追われて逃げる女刑事。脚本どおりの迫真の演技だ。息を切らせて走るアスカ。森の奥へ奥へと入っていく。気がつくと、玉三郎はどこかに姿を消していた。肉を食べに戻っていったようだ。
 程なく、玉三郎をまいた彼女は、森の中を抜け見たこともない不審な建物を発見した。それは白い壁に囲われた異様な施設であった。まるで宗教団体の秘密基地のような邪悪なたたずまいだ。

「これが……、報告書にあった怪しい製薬会社の研究施設ね。さて、潜入捜査……頑張ろうね……」

 一息ついたアスカは、そのカテゴラス製薬の建物を見上げてごくりと唾を飲み込んだ。勇気を奮い立たせるために、一度だけ警察手帳を取り出し、中身を開いて優しげに微笑む。そこには、かつてのエリートと仲よさげに並んだ写真が挟まれている。彼は別の仕事に従事しているが、きっと彼女の帰りを待っているだろう。早く成果を挙げて帰らなければ……。

「ふふ……私、この戦いが終わったら結婚するの……。なんてね……」

 アスカは手帳をしまいこみ一つ頷いて、製薬会社の門をゆっくりと開く。それはギギギギ……と背筋が気持ち悪くなるような軋みの音と共に、彼女を迎え入れてくれる。
 特殊武器の『名も無き画家のパレットナイフ』と黒曜石の覇剣を両手装備した彼女は、禍々しい瘴気の渦巻く建物へと踏み入れた。バタン! と扉が勝手に閉まる。
 アスカはそのまま闇の中へと吸い込まれていき……そして……。

「きゃああああああああああっっ!?」

 悲鳴が響き渡る。
彼女は……それ以降、帰ってくることはなかった……。




 〜 episode2 making 〜

「は〜い、カット!」
 三反田監督の声と共に、小さな黒板のついた撮影用の拍子木が二度打ち鳴らされた。
「うんうん、いい絵が撮れるねぇ。即席俳優だなんて失礼だったかな……」
 急遽集めた俳優たちだったが、想像以上の演技力に彼はずいぶんと驚きご機嫌だった。たった今撮影した映像を確認して、どこも直すところがないと頷く。
「なんか他人事みたいに言ってるけど、これ収拾つくの?」
 メイクを落としながら、円は聞く。
 ポリシーも無く整合性もない現状を打破させようと考えていた円は、話の流れをまとめるための情報を視聴者に与えて、なおかつお金かからないような方法としてあの冒頭シーンを選んだのだ。地味といえば地味な役割だが、効果的でつかみとしては充分だった。
「まあ、何とか見れるものには仕上げるさ。前衛芸術だと思えば、味もあるものだよ」
 にやりと笑う監督に、円はため息をつく。
「前衛的というより、混沌となりそうなんだけど。糞みたいな自己満足映像見せられるような身にもならなきゃ!」
「それを喜んで見てくれるのが、C級映画であり深夜番組なんだよ」
 気楽な口調の監督に、円は、あ〜あと肩をすくめる。まあ、最後まで見届けるとしよう。
「アスカお疲れー。このあともうワンシーンあるから、一休みしてメイクするわよ」
 帰ってきたアスカを出迎えたのは、パートナーのオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)だった。
 予想に反して、つかみ部分の冒頭をやらされることになったアスカは、注目の的で緊張の面持ちだったが、差し出されたドリンクを口に含んでほっと一息つく。
「私……、本当にワンちゃんに嫌われてるわけじゃないよねぇ?」
 玉三郎に追いかけまわされたのが気になったのか、アスカは様子を伺うように聞く。
「もちろん、気にする必要はない。玉三郎は賢い犬だからな。言ったとおりの演技ができるのだ」
 そう言いながら、三反田監督はお手と手を差し出す。それにガブリとかみつく玉三郎。単に見境がないだけらしい。
 ゾンビのような顔色になった監督は、アスカのメイクの準備をするオルベールに言う。
「次のシーンは多分明日だからあわてなくていいよ。しばらくゆっくりしていてもらっていいから」
「ほんと、投げやりな感じよねぇ……。まあいいわ、他の人のメイクもやってあげるから」
 これもう、ほとんどボランティアなんだが、オルベールは嫌な顔一つしなかった。出演するつもりはないが、こういう裏方も楽しいものだ。
 集まってきた撮影仲間とワイワイやりながら盛り上げていく。

 結構……、いい映画ができそうだった。