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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 3/3

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少年探偵 CASE OF ISHIN KAWAI 3/3

リアクション

ページ7

7−1

「結局、舞はコリィベルでお茶汲み助手のこいつをみつけたわけね。
私たちが大石一派と一触即発限界ギリギリの交渉をしている間に、二人でずっと紅茶とケーキの話をしていた成果、ここでみせてもらうわ」

びしっ。

ブリジットに指さされて、舞とあなたは苦笑いを浮かべる。
実際、いつの間にかすべては終わってしまっていた。
いま、推理研の面々は、コリィベル3! の食堂で事件解決を祝っている。
人質は全員無事解放され、すべてはまるくおさまった、らしい。
舞との会話に集中していたあなたは、現場にいたにもかかわらず、記憶があいまいで、なにが起きたのか把握できていないのだ。

「私たちは、あんまり役に立てなかったみたいですけど、事件が解決してとにかくよかったですよね。
さぁ、ブリジットに言われた通り腕のみせどころはこれからです。
ここの厨房には、パラミタ特産のお茶の葉がいろいろありますから、さっきお話したブレンドをさっそく試してみるとしましょうか。
どんな香り、味になるのか楽しみですね」

うきうきと厨房にむかう舞の後をあなたはついていく。

END

7−2

「なに。
ボクは薔薇の学舎のクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)だよ。
きみは、ここの、そのう、住人なのかい」

「さぁ、それさえもよくわからないんだよ。
自分が何者で、どうしてここにいるのか、まったく思い浮かばない。
こんなことを言うのもなんなんだが、とびきり奇妙な夢の中にいるような、不思議な気分だ」

あなたに興味を持ったらしく、クリスティーは、端正な顔を近づけてき、エメラルドグリーンの瞳でまじまじと見つめてきた。

「きみは、ボクじゃないよね」

彼の質問は、冗談には聞こえない。
「さすがに違うんじゃないかな」

「うん。ボクも同感。
でもね、一応、きみがボクというかボクのパートナーの変装した姿でないか、たしかめさせて欲しいんだ。
失礼。
顔をさわらさせてもらうよ」

ピアノでもひくのだろうか、クリスティーの指はどれも長かった。
彼は、あなたの顔に指先でふれてくる。

「やめてくれ」

「ごめん。
嫌がるのは当然だよ。
ボクも、パートナーが殺人事件の被害者として行方不明になってるなんて状況でなかったら、こんなことはしない。
きみは、背格好はクリストファーに似てるんだ。
顔をかえられ、記憶を消されたクリストファーなのかもしれない」

僕の名前は、クリストファーなのか。
あなたはクリスティーのするがままに任せた。
しばらくの間、彼はあなたの顔をさわり続けたが、やがてそれをやめ、深いため息をつく。

「僕は誰なのか、わかったかい」

「すまない。
わからないよ」

クリスティーは首を横に振る。
あなたは

彼から離れる→9−7

彼の話をくわしく聞く→2−6

7−3

眉間に指をあて思案しているクレアをあなたは、立ったまま眺めていた。
彼女が次の行動の指針を示すまで勝手に動くのもよくないと思う。
クレアと大石の交渉にどんな結末がつくのか、興味もある。

「思考する女性を鑑賞するのは、悪くない趣味だと思います。
ミレー。
フェルメール。
古今の巨匠の芸術作品にも、女性の日常のなにげな表情、仕草を題材にしたものは、たくさんありますからね。
しかし、この非常時に最前線で、高尚な趣味に没頭しているのは感心しませんね」

男は部屋に入ってくるなり、あなたに銃口を突きつけ、軽口を叩いた。
コリィベルのスタッフの制服を着ている、十代後半、いっても二十代前半の背筋のしゃんとのびた青年だ。

「うるさいと思えば、戦部か。
その格好は、どういう冗談だ。
私はあなたをここに呼んだおぼえはないが」

「クレア大尉殿。
私は現在、さる任務を遂行中であります。
こうして大尉殿にここでお会いできたのは、偶然、とでも考えていただければよいかと」

青年に目をむけ、クレアはわずかに眉をひそめる。
戦部と呼ばれた青年は、一瞬、晴れ晴れとした笑顔みせ、すぐに落ち着いた表情に戻った。

「大尉殿は奮闘中であらせられる」

「奮闘もなにも。教導団がヨンの件で動いているのか」
「いえ。依頼者は明かせませんが、いまの私は傭兵のようなものです。
今回の行動と教導団とはなんの関係もありません」

「どうでもよいが、私の邪魔をして欲しくないものだな」

「もちろんですよ。私も基本的には人質解放派ですから」

「単独での作戦遂行時に、口の軽すぎる軍人に裏がないわけがないだろう。
他人を欺くためか、己を鼓舞するためかは知らんが、大石以上に信頼できないな」

クレアはまたまぶたを閉じ、思案に戻った。
青年はあなたに右手をさしだす。

「教導団の戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)です。
大尉殿のお連れの人。もしよければ私と一緒にきませんか。
手伝って欲しい仕事があるのです。
報酬はお支払いしますよ。
大尉殿。彼をお借りしてもよろしいですよね」

「私といるのも、戦部とゆくのもあなたの自由だ。
好きにすればいい」

クレアが言い終わるのとほぼ同時に、部屋には新たな来訪者が訪れた。

「クンクンクン、匂う臭う匂うぜ。
謎が香るぜー。
極上のミステリーだ。ヒャッハァ〜! 
パンツサイコメトラー南鮪(みなみ・まぐろ)様のご登場だぁ。
パンツを嗅げばすべてがわかる。
さぁ、俺に謎を解いて欲しけりゃ、おとなしくパンツをだしな。
いま、履いてる分だけじゃねぇ、当然、予備も全部だぜぇ」

暴走族か、パンクロッカーのみたいなモヒカン刈りの男、南鮪は、入ってくるなり、体勢を低くし、クレアの下半身に飛びつこうとした。
だが、戦部に足を引っ掛けられ、クレアに身をかわされて、バランスを崩し、顔面から床へ。
鮪とは旧知の仲なのか、クレアも戦部もそんな仕打ちをしても、彼に声をかけようともしない。
空気のような扱いだ。

「貴殿はここで大尉殿と私の他に教導団の人間とは会いましたか。
協力できそうな仲間がいれば、連絡をとりたいと思いましてね」

鮪の存在を完全に無視し、戦部は平然とあなたに尋ねてくる。

「おい。てめぇら、ちょっと待てよ。
いくら、俺に知られたくない秘密をパンツに隠してるからって、逃げの一手は卑怯じゃねぇのか。
アーン。それともなにか、教導団の連中は、パンツを抱えて俺から逃げるような腰抜けばっかりなのか。
軍人なら根性とパンツをみせてみろ」

「騒ぐなら、よそに行ってくれないか。
いや、私がここを出た方が早いな」

起き上がり、わめく鮪に、クレアは背中をみせた。
あなたは、

戦部に協力する→8―9

戦部に三船と会ったことを伝える→7―10

クレアについて行く→4−4

7−4

しばらく待つと天ヶ原はまぶたを開けた。
立ち上がり、周囲を見回す。

「おかえりなさい」

九条は笑顔で彼の肩を叩くと、自分と彼の頭のリングを外した。

「治療は、成功したのか」

九条は頷く。

「ああ。よくできた機械だね。言葉でなく、心で彼に呼びかけることができた。
きみが起きてくれないと、コリィベルがやばいってね」

「僕は、僕の体は、ずっと、神様に支配されていたけど、心は起きていてから、すべて知っている。
とりあえず、管制室へ急ごう」

栗色の髪をした少女めいた顔立ちの男性、天ヶ原明は九条への礼もそこそこに、廊下を走りだす。
九条が苦笑しながら、彼を追う。あなたも二人を追って管制室へ。

コリィベル1の管制室では、メガネをかけた神経質そうな少年が壁一面に埋め込まれた巨大制御盤の前で、立ち尽くしていた。

「誰だ。いまは取り込み中だ」

少年はあなたちが入ってきた気配を感じたらしく、振り返りもせずに怒鳴る。

「僕は、天ヶ原明だ。きみは柚木瀬伊(ゆのき・せい)だね。
コリィベルは再始動させられると思う。手伝ってくれ」

瀬伊はこちらをむき、天ヶ原の前まできて襟首をつかんだ。

「天ヶ原。おまえ、どこへ行ってたんだ。
俺と茅野に急に任せられても、どうにかできる代物じゃないぞ。
茅野は、さっきの砲撃で倒れて、奥の部屋で横になっている。
茅野の様態も心配なんだが。
それにしても、おまえは、なにを考えているんだ」

「すまない。僕ときみは初対面なんだ。これまできみが会ってきた僕は僕じゃない。
僕は神様に体を奪われて、整備士としての知識や経験を利用されてた」

「なんて言い訳だ。
そのバカげた話が事実なのか。
まったく」

瀬伊は、思い切り顔をしかめる。
「本当にすまなかった。僕にもどうしようもなかったんだ。
神様はここでいろいろな実験をしていた。
彼の花嫁にふさわしい乗り物をつくるために。
とにかく、コリィベルを動かして、状況を改善させよう。
いまはそれが一番大事だろ」

「言われなくてもわかっている。おまえがメインで俺がサブをする。
どうすればいいのか、教えろ。早くしろ。時間はないぞ」

「ああ。でも。これは、ダメだ」

制御盤を一通り眺めた天ヶ原は、かたい表情で下をむく。

「システムが物理的に破損している。
同期がとれない。この状態でゆりかごを動かすには、最低でもオペレーターが三人はいる。
相当に機械をわかっている人間が三人だ。
僕と瀬伊だけでは、ゆりかごは動かせない」

九条は奥の部屋で倒れている少女、茅野 菫(ちの・すみれ)の様子を見に行っている。
あなたは機械などまるでわからない。

(愉快だな。絶望と破滅の現場にいあわせられるとは)

再びドアが開く。

「天ヶ原さん。こんなところにいたんですか!」

「あんた、ほんとに天ヶ原か」
天ヶ原のものとは色、デザインは違うが整備士が着るようなツナギ姿の少女、二人が入ってきた。

「援軍到来だな。しかも最低限にプラス1だ。これで人数的にはなんとかなるぞ」

レンズの奥の目は笑っていないが、瀬伊は口元をほころばせる。

「こいつは、天ヶ原であって、いままでの天ヶ原ではないんだ。
そのへん説明は後回しにして、二人にはコリィベルの操縦を手伝ってもらいたい」
「天ヶ原さんであって、いままでの天ヶ原さんではない。
よくわからないけど、私は長谷川真琴(はせがわ・まこと)。天御柱学院整備科で教官をしています」
「あたいは真琴のパートナーのクリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)。ご覧の通り整備士さ。
あんた、さっきまでとはたしかに雰囲気が全然、違うよな」

真琴とクリスチーナは簡単な自己紹介をした。

「きみらのことはおぼえているよ。
よし。コリィベルを動かすとしようか。
逃げに徹するか。捨て身の覚悟で反撃にでれるか、どっちらにしようか」
天ヶ原の問いかけに、三人の技術者たちは誰もすぐには意見を言わなかった。
あなたは、

コリィベルの住人の一人としてここは、逃げて欲しいと頼む→2−7

天ヶ原がいるのだし、どうせイチかバチじゃなら、戦った方がいいんじゃないか→5−6

7−5

濡れ場
扉を開け、踏み込んだ瞬間、あなたは室内の闇に抱擁された気がした。
カビ臭いよどんだ空気が、剥がれかけている壁紙とひび割れたステンドグラスが、底知れぬ悪意を持ってあなたを歓迎している。
不信心と不幸にまみれた神の部屋へようこそ!
電気のあかりはなく、ロウソクの火がともされていた。不規則に並んだ炎がはかなげに揺れている。
あなたは、思う。

(そもそも、ここでどの宗教を祀っていたにせよ、コリィベルに信仰の為の部屋は必要なかったのではないだろうか。
最期に神の慈悲にすがるような者は、たぶんこの刑務所にはいない。
だからこそ受刑者たちに、どこにも救いはないのだ)

朽ち捨てられたこの礼拝堂に二人はいた。
部屋の奥、燭台の置かれた祭壇の前で、彼らは体を重ねている。
あなたが近づいても、彼は行為をやめない。
床にあおむけに寝かされた少年は、抵抗もせず、無表情で彼を受け入れているようにみえる。
立ち止まったあなたは、スータン(神父服)の男が、口と指で少年を愛撫する姿を眺め、その懸命さに滑稽を感じた。

「神の命によって治療を施しているつもりなんだろう」

あなたの声に二人は反応しない。
あなたはこの場にいないかのごとく無視されている。
あなたは自分の立場に納得していた。
神父は治療に没頭し、少年探偵は目の前の事実のむこうにある真実でも見つめているのだろうか。
(なんにせよ己のアイデンティティをかけた行為の最中に傍観者の存在を気にするようでは、本物とはいえないしな)

しかし、これは、どちらも快楽を貪っているのとは、程遠い状況に感じる。

「信じられないほどに、貴方はかわいいですね。
指先までほら。
少し深爪気味ですが、ネイルケアも万全。甘皮も手入れされていてきれいだ。
爪の状態をみる限り、貴方は病弱かもしれないが、健康ですよ。
貴方の保護者は、貴方を大切に思っているようだ。
さっき一緒にいた少女がかわいがってくれるのですか。
嫉妬してしまいますね。
彼女は、きっと過保護でしょう。
貴方は、彼女に窮屈を感じていませんか」

「私が憎いですか。
私は貴方を治療しているのですが、貴方は私に汚されていると感じているかもしれない。
可能性としてはその方が高いですね。
今度は貴方が責める番にしましょう。
両手を私の首へ。そう、掴んだら離してはいけませんよ。
青白い小さな腕に思い切り力を込めて、私の首を絞めて貰えますか。
喉を潰し、頸椎を折るつもりで、さぁ、どうぞ。
してくれないのですか。
大丈夫、余計な心配は無用です。
非力な貴方では私を絞め殺すことは出来ませんよ。
まず、しっかり持って、そして、強く、強く」

「アンチクライスト。
デンマークのラース・フォン・トリアー監督の映画。
神と、罪と罰と、性についてのグロテクスな物語。
息子の死と性への執着から逃れられない夫婦。
ぼくには物語の意味は、よくわからなかった」

「あーあ。手を離してしまって。
貴方は私よりも過去にみた映画の方が気になるのですか。
仕方ないですね。
私がして差し上げましょう。
片手で握りつぶしてしまいそうな華奢な首ですね。
わかりますか?
脳の血管が膨張していく様が。
酸素はまだ届いてますか。
自然死の瞬間は、酸欠で気絶するのと同じ感覚に襲われるそうですよ。
だから、過程は苦しいけれども、落ちる時は、きっと気持ちがいいはず」

「神父さん。
ぼくは、あの映画の登場人物たちに似たあなたのことはわかる。
愛息のニックを失った彼女のように、あなたは現実から目を背けようとしている。
こうして意味のないことを繰り返して、いったい、なにから逃げようとしているの」

「いまわの際のたわ言です。
思考が、意識のカケラがゆっくりと白く塗り潰されていくのを感じているのですね。
抵抗してはダメですよ。
その先にある快楽までたどり着き、身を任せてしまいなさい」

「ねぇ。なにから逃げているの」

「もう質問は禁止です。
私は逃げてなどいないッ!
こうして子供たちに治療を施し、魂を救い、神に仕え続けている。
だから、神は、私を許し続ける。
神よ! 私はあなたの子だ」

「アルフレッド・ヒッチコックのサイコ。
あなたは、あなたの過去から逃げ切れない。
過去は、あなたにとりつき、あなたを歪め続けている。
逃げるよりも、まずは、曇りのない目で、それが何者か、見つめろ、くっ」

くるとは、目に涙を浮かべ、息を吸おうとぱくぱくと口を動かす。
少年の首をしめる男の腕から、いったん、力が抜けた。
男の表情が変わる。
歓喜も狂気も消えたその顔には、まるで、秘密の、そして神聖な儀式をとりおこなう司祭のような厳粛さがあった。
今度は、両手を少年の首にかける。
呪文めいたつぶやきをもらしながら、前腕の筋肉に再び力を。

「TIME IS UP
しまいまでみせてもらったが、これでは、神経衰弱の負け犬によるただの殺人だ。
前戯に手間をかけ、神がどうだと言っているわりには、つまらんオチだ」

あなたは、なぜ自分がこんなことを言ったのかわからない。
くるとの上にまたがっていた男の体が崩れた。
隠し持っていた凶器で、あなたが彼の首と胴を切り離したのだ。
スータンを着た胴は血を吹きつつ横倒しになり、首は床を転がっていった。

「彼には、母親との一人二役をある意味、完璧に演じきっていたノーマン・ベイツほどの芸はなかったと思わないかい。
彼をノーマンに例えるのは、映画史に残る偉大な殺人者に対し、失礼だよ」

少年は、床にあおむけのまま、あなたを見上げている。
こうして、くるととむかいあっていれば、じきに、本当の名前を呼ばれてしまう。
あなたは予感をおぼえた。

「ぼくのために、人を殺したの」

あなたの中のなにかが、はじけた。
こみ上げてくる笑いをこらえきれない。
体をよじり、腹を抱え、声をあげて笑う。
しばらく笑い続けてから、ようやく一息をついた。

「自分のためにしたに決まっているだろ。
僕は、国のために戦う兵隊じゃないんだ。
実際のところ、兵隊だって、自分が生き残るために目の前の敵を殺すのかもしれないね。
きみのためではないよ。
そいつがありふれた理由で、つまらないことをしようとしたからさ。
きみが生きていた方が、僕にとって、きっと世界はおもしろい」

「あなたは」

あなたは、しゃべりかけたくるとの唇に人差し指をあて、彼の言葉をとめた。
また近いうちに、この少年とは会う気がする。
再会を早くむかえるためにも、ゆっくりしてはいられない。

「きみの婆やがくる前に失礼するよ。
きみはここで彼女らがくるのを待つんだ。
僕のことは忘れなさい。
いまはね」

平然と殺人を犯し、少年探偵との再会を確信している自分は、どうやらまともな人物ではなさそうだ。
それでも、あなたは薄笑いをはりつけたまま、優雅な足取りで部屋をでた。

END

7−6

「僕の名前は、ジョン、かな」

「ジョンさんとお呼びしますね。ご自分のお名前なのに、自信がなさそうに教えてくださったようにみえるのは、オルフェの気のせいでしょうか」

「いや、僕は自分の名前を思い出せないんだ。
呼び名があった方が話しやすいだろうし、だから、とりあえず、ジョンにしておくよ」

「まぁ」

オルフェリアは、驚いたらしく、口をO字型に開けた。

「ジョンさんは、ミステリアスなお人なのですね」

「どうなんだろう。それもわからない」

「記憶がないままにコリィベルにいらっしゃるのでしたら、やはり、なにかここにいるわけというか、事情がおありなんだと思うのです」

「それはそうだろうね」

とは言っても、あなたはそれを積極的に探す気にはなれない。
なぜ、自分を探しをしようとしないのか、それもまたわからないのだが。

「わからないことだらけなんだ」

「大変なのですね」

あなたとオルフェリアの会話を遮る感じで、廊下に悲鳴が響き渡った。
倒れ込むBB。
彼をかこむ少女たち。

「BBさん」

オルフェリアもBBに駆け寄ってゆく。
あなたは

BBの側へ→5−8 

この場を離れる→3−9 

7−8

あなたたちは、コリィベル2のコントロールへ突入した。
中には制御盤の内蔵された机とモニター、そして数名のスタッフがいる。
スタッフは、みな、抵抗もせず、静かにあなたたちを迎えた。

「3つめのコリィベルと連絡を取りたい。
3とこのコリィベルを接続したいんだ。
ここでそれはできるのか」

蒼也に聞かれても誰もこたえない。
スタッフを眺めていたあなたは、彼らが誰も、モニターも制御盤もみていないのに気づいた。

「いま、このコリィベルは制御不能状態にあります。
正直、言って我々も手の施しようがないんですよ。

外部とは通信できません。所内の他の部署とも連絡がつかない」

「いつからそんな状態に」

蒼也は制御盤に近づき、スタッフにあれこれ尋ねている。
原因不明、まったくわけがわからない、そんな言葉があなたの耳にも入ってきた。
このままだと、コリィベル2は爆発し、あなたと蒼也はもちろん多くの犠牲者がでるだろう。

☆☆☆☆☆
柚木 郁の助言をおぼえているなら→

しかし、あなたたちに打つ手はなく、数分先の悲劇的な未来を予測している人間もここには一人もいない。

END

7−9

「ロイヤルガードのクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。ヨン・ウェンズリーの身柄を拘束するためにコリィベルに来所している。
クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)
貴殿の行動が私の任務遂行の妨げとなるようならば、次は威嚇ではすまないと思ってくれ」

銃声はクドの銃ではなく、教導団の制服姿の女性、クレアが天井にむけて撃った威嚇射撃の音だった。
あなたが気づかないうちに、クドに静かに歩みよっていたクレアは、彼の背後に立って引き金を引いたのだ。

「クレアさん。そんなにお兄さんが気になるんですか。
こんなところまで会いに来てくれるとは、感激ですよ」

後から頭に銃を突きつけられても、クドは変わらない。

「この状況下で聞く貴殿の軽口は、マジェスティックのニトロ・グルジエフを思い出させるな。
思い出したくもない相手だが」

「当然です。ニトロさんのことなんか忘れて、お兄さんだけをみてくれればいいんですよ」

クドが首をめぐらせ、クレアをみた。一瞬の隙に、ヨンが走りだす。
あなたもヨンを追いかける。
ヨンの足は早くはないが、さすがにコリィベルをよく知っているらしく、次々と角を曲がり、彼の行き先がわからないあなたとしては、巻かれないようについてゆくのがやっとだ。
ヨンとあなたの追いかけっこがニ、三分も続いた頃。

「司令官殿。そろそろ、運動の時間は終わりにしていただきたい」

内側から部屋のドアが開き、先回りしていたらしいクレアが、ヨンの前にあらわれた。

「ハァハァハァ。は、走りたくて、走ってるわけじゃないさ。わかるだろ。さっきは、助けてくれてありがとう。
きみは、私を捕まえて、どうするつもりだい」

走るのをやめたヨンは、手の甲で額の汗をぬぐう。

「私があなたをどうするか。それは、ここでのあなたの目的しだいです。
天ケ原明とやらを放っておいていいのですか」

「私は、神様と直接対決する気ははじめからないよ。あれは、かの有名なノーマン・ゲインなんかと同じ、どちらかというとオカルト系だろう。
常識も戦術も通じない相手は苦手なんだ。
地球ならまだしも、パラミタには、本物がいるからね。普通の人間の私としては、お手上げさ」

「どこまで信じていいのか、わかりません。
私はあなたを探して所内を探索していて、運よくさっきの場面に遭遇したのですが、探偵たちとの会話を小耳にはさんだところでは、あなたも動物を自分の使い魔として操ったり、ずいぶんとパラミタに順応しているようではありませんか」

「こっちにきておぼえた数少ない手品だ。
人前でできるのは、あれくらいだな」

ヨンの後方であなたは、二人の話をきいている。
二人ともあなたの方をみもしないし、話も振ってこない。
表面上は、穏やかで友好的にみえるこの会話も、内側では、互いの思惑を探る心理戦であり、ヨンもクレアもあなたの存在にかまっている余裕などないのだろう。

「たった一人で、敵陣にのりこみ、内部崩壊させるとはお見事です。
手段として薬物を使用するのはどうかと思いますが」

「あのクスリの組成は、地球の私の祖国で昔、はやったクスリと同じさ。
ちょっとした知識があれば簡単に作れる粗悪な精神安定剤だ。
私の祖国では、政府側があれを製造して国民たちに流し、自分たちの支配力を強める道具として使っていた。
ドラックとしては、たいして危険なものではないんだ。
解毒剤があれば、すぐに中毒症状は消える。
深刻な後遺症も残らないと思うよ」

「そういう問題ではないでしょう。まったく、あなたは。
戦争にもルールがあるのを忘れているのではないのですか。
あなたの背後とでもいうか、あなたをここへ入れた連中と、あなたを応援しているあろう人々のことを考えれば、そうそう体裁にもかまっておられぬのでしょうが」

「私の背後、か。さぁ、なにがあるのやら。
きみは私にずいぶんと寛容な気がするので、今後の予定を伝えておこう。
AでもBでもない、三つめのコリィベルに移動して、操作して、この事態を収拾させる。
大石たちの捕虜の救出も、もちろん、作戦内の優先事項だ。
すでに手回しもしてある。むこうでは、私の到着を待っている者がいるんだ。
どうする。きみは、私を拘束、連行するかい」

「しばらく、あなたの側で状況をみさせてもらいます。
現状では、あなたを束縛したとしても、あなたも私もここから脱出するのが、問題ですから。
あなたが、この混乱をしずめられるというのなら、私にとってもプラスになる」

「きみの判断に感謝するよ」

「勘違いされぬよう。私は任務を遂行しているだけです」

整然とした口調、表情を崩さずに、クレアはヨンが握手を求めるようにさしだした手を無視し、自分の右手をあげ、軽く敬礼のポーズをとった。

チッ。

あなたは舌打ちした。
あのロイヤルガードはものわかりがよすぎる。
あいつがヨンを始末するくらいでないとつまらないな。
協力体制をとった様子の二人に背をむけ、あなたは去っていった。

END

7−10

教導団の人間?
戦部に問われてあなたは、三船 敬一(みふね・けいいち)を思い出した。
記憶を失う以前はわからないが、最近、ここで会った教導団所属の人間は、三船だけだ。

「いかにも軍人然とした三船という男と会ったが、彼は、このコリィベルの武装を破壊すると言っていた」

「軍人探偵の三船殿ですか。
マジェでの聖杯探しの時といい、彼と私は事件現場でいつもニアミスするようですね」

戦部が頷く。

「他には、教導団関係者とはあっていないかな」

「それはよかったです」

あなたに答えたのは、あなたの影だった。
はじめて耳にする女性の声だ。
足元の自分の影の中から二本の腕がこちらへ伸びてきて、あなたの喉を掴む。

「このまま脱出してもよかったのですが、敬一から、あなたを見つけたら、身柄を確保するように言われたのです」

影からでてきたのは、頭部全体を包帯で覆った長身の人物だった。
とっさに危険を感じたあなたは、戦部の手から拳銃を奪い取り、銃口を彼女にむける。

「私はレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)。探偵です」

「探偵めッ」
無意識のうちに引き金を引き、あなたはレギーナを撃った。
なぜ、自分が撃ってしまったのか、あなたにも理由はわからない。
しまった。
僕は、なんで、引き金を。
被害者のはずのレギーナはすでにあなたの前にはいない。

「疾風迅雷。
一日に二度もこれに助けられるとは、意外に使えるスキルですね。
どうやら、あなたは敬一が考えた通りの人物のようです。
私は加減はしませんよ。
ここで、終われ」

背後に人の気配を感じて、振りむく間もないまま、あなたは両膝をつき、床に倒れた。
体が裂けた気がする。
もう痛みさえ感じない。

END

7−11

ヨンの姿を求めて廊下にでたあなたは、おかしな杖を持ち、奇妙な帽子をかぶった男に出会った。
長身の、線の細い容貌の男は足をとめ、こちらを眺めている。

「あんたさんが拙者を見てらっしゃるのは、なにかご用があるからですかねぇ」

「失礼。いや、そのう、きみが持っているのは、僕には釣竿にみえるのだが、きみはここに釣りにきたのかい。きみは頭に、乾燥した植物を編んだものをのせているのかい。
どこの国の風習なのかな」

「あんたさんが不思議に思うのも、拙者には不思議じゃないんですわぁ。
名前を名乗らせていただく前に、説明させていただきますと、拙者の頭のこいつぁ、三度笠じゃございませんぜぃ。
ヘタつきのとある巨大植物の輪切りを頭にのせている、名なしの風来坊。
それが拙者でございますよ。
まぁ、拙者を呼んでくださるんなら、釣り師のまたたび明日風(またたび・あすか)とでもお呼びくださいな」

自ら釣り師と言うからには、手にしているのはやはり釣竿なのだろう。
サンダルを履き、半透明の衣を着たまたたび明日風(またたび・あすか)は、腰を曲げ、礼儀正しく一礼し、立ち去ろうとした。

「待ってくれ。
僕は、きみの知り合いに会ったんだ。
彼女からきみへの伝言がある」

「彼女と言うとお嬢にお会いになったんですかぁ」

「ああ。きみが、またたび明日風(またたび・あすか)なら、僕はたしかにリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)から伝言を預かっているよ」

リカインは、彼を殺しても絶対死なないタイプの男だと言っていたが、実際のまたたびは飄々としすぎていて、生にはそれほど固執していないようにみえる。
かえってこういうタイプの方が死ににくいのかもしれないな。

「リカインはきみに手段はどうでもいいので、ここれら逃げろ、と」

「お嬢らしいアドバイスでさぁねぇ。
拙者、ついさっきまで人質だったんですが、あるお人に助けていただきまして、御恩返しみたいなもんですが、その人のお手伝いをしなくちゃならないんで、すぐには逃げられねぇんですよ」

「それと、余裕があれば僕を助けてやってくれ、って」

「ほう。あんたさんはなにかお困りですかい」

「僕は、そのう、記憶がないんだ。
自分でもわけのわからないまま、コリィベルをさまよっている。
偶然知り合った国軍のクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)の力になりたくて、ヨン・ウェズリーを探しているんだが」

「きみの話が事実だとすると、私はきみにクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)の元に案内してくれ、とお願いすべきだろうな」

声がした後、またたびの背後の通路の角から、男が姿をあらわした。

「クレア大尉とお会いしたい。
私はヨン・ウェズリー。
きみに適切な治療を受けてもらいたいとは思うが、いまはそれを優先していられない状況なんだ。
許してくれ。
事が済んだら、私はきみに礼をする。信じてもらえないとは思うが約束するよ」

黒髪の男はコリィベルのスタッフの制服を着ていた。
中肉中背の大人しそうな東洋系の青年だ。
物腰は柔らかく、不敗の悪魔どころか、文官か事務員といった印象である。
あなたはすこしためらって、差しだされた手を握ってヨンと握手をした。

「拙者はヨンさんに助けてもらったんでさぁ。
あんたさんの自分探しのお手伝いは、義理を果たしてからにさせてもらいますぜぃ。
ヨンさんは、これからどうするんです」

「私は彼についていくだけさ」

黒い瞳をあなたにむけ、ヨンがほほ笑む。

(やはり、この男が軍人で人を殺した経験のある強者には見えないな。
どちらかといえば、嫌いなタイプだ)

あなたは、ヨンとまたたびをクレアのところへと案内した。
そして、クレアとヨンが力を合わせ、コリィベルを大石たちの手から奪還してゆくのをずっと傍らで見つめていた。叫びだしたくなるようなイラ立ちをおぼえながら。
人質がすべて開放され、万事がまるくおさまった頃、あなたは場の混乱のまぎれて、コリィベルから姿を消した。

(ヨンたちと一緒に事態の解決を祝うなんて、僕にはムリだ。
なぜかはわからないが、絶対に)

7−12

「ほう。あの男が毒ガスを持ってここを占拠しているのか。それは、おもしろいな」

「おもしろくはないわ。彼は元々は私たちの仲間でいまは洗脳されているの。
早くなんとかしないと」

リネンの話を聞きながら、あなたはステージ中央にいるイレブンに目むけた。

(彼の持っている水晶玉に毒ガスがあるのか)

十数メートルは離れているのにもかかわらず、あなたの視線に気づいたらしいイレブンは、死んだ魚のような濁った瞳でこちらを見返し、ニヤリと唇をゆがめた。
イレブンは水晶玉を頭上に持ち上げ、床へと叩きつけた。

「あ」

あなたは思わず声をあげる。

すでにはじまった惨劇は誰にもとめられず、数分後には、会場には、あなたもふくめて、誰一人生きている者はいなくなっていた。

END