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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

     ◆

 既に面識がある人間たちのまとまりの中には、例えばその場面では一切表に立たない様な側面を知り、逆に知りすぎるが為にその心中が穏やかでない、と言う状態の者が居たりする。この場面、この場合で言えばそれは、彼女と、そして彼女の隣にいる彼女の事を指していた。
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)の二名。
二人はこの場、この状況を何よりも理解し、誰よりも把握している。だからこそ、恐らくその心中は穏やかではない。怒りなどと言ったものではなく、焦りだったり、驚きだったり、どの形式を取っているかは、恐らく二人にしかわからないだろう。
「ね、ねぇベアちゃん……」
「何でしょう……美羽さん」
「この状況ってさ、今晩起こるだろう事件よりも、ある意味事件な気がするんだけど……」
「そうかもしれませんね……あの――」
 初めは美羽に返事をし、暫くの沈黙の後は目の前でいがみ合っている二人へと向けたそれ。
「ラナ先輩に、ドゥングさん……。その、此処はひとまず落ち着いて……」
「私は至って普通ですわよ?」
 ベアトリーチェの言葉に反応し、ラナロックが引き攣った笑顔を浮かべて二人に顔を向ける。
「いや、顔。顔怖いから……」
「美羽さん、絶対何か起こりますよこれ!」
「何だい、そんな心配しなくていいぜ。こんなやつ相手にしてたって面倒事が増えるだけだ」
「黒猫。何を言っているのかしら。私にはわからないわ」
「ふん。はじめっからお前に人間の言葉はわかんねぇだろうよ。それに俺は前の事を謝る為に声掛けただけだ。気分を害される言葉だって多少は覚悟してたがよぉ? あんな言われ方はねぇだろうよ。言い過ぎだろ? だからもう詫びてなんてやらねぇよ」
「よくもまぁそんな事を言えたものですわね。貴方が皆様に掛けた迷惑が、たったのそれだけでチャラになるとでも?」
「んだよやんのか?」
「望むところですわ……黒猫風情が」

「落ち着こう、二人とも。今は仲間割れしてる場合ではないだろう!」

 二人の間に慌てて割って入ったのは無限 大吾(むげん・だいご)。彼はドゥングを押し退け、彼と一緒に止めに入った相田 なぶら(あいだ・なぶら)がラナロックを押し退ける。
「大吾君の言う通りだよ。今は口論するよりも先だって」
 二人が懸命に抑え、何とか二人の衝突は止まる。
「危なかった……助かったよ、ダイゴロン」
「あ、ああ……そうだな……」
 本日も美羽のオリジナルネームが絶賛稼動中である事を苦笑ながらに確認するベアトリーチェと、(恐らく)呼ばれたであろう大吾が美羽の方を向き、返事を返した。
「ユウシャもナイスねっ! その調子でラナさんを落ち着かせておいて」
「え、ちょ……そこは捻らないの!? って言うかなにゆえユウシャ?」
「この前、ユウシャごっこしてたから?」
「おおおおお………そ、そうね」
「ユウシャごっこ……?」
 美羽の説明を受けてぐったりするなぶらの横、彼のパートナーであるフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)が首を傾げながらなぶらに尋ねる。
「貴方、この前何をしていたのですか? 勇者ごっことは一体……」
「あ、いや違うんだ! なんでもない、なんでもないから! ……頼むから言及だけはしないでくれ……」
 フィアナの言葉に一層ぐったりしたなぶらは、僅かばかり瞳に涙を浮かべながら数回、首を縦に振る。
「ダイゴロン。なかなかに良い活躍ですね」
セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)は自分のパートナーがつけられたあだ名が気に入ったのか、意味深な間を開けてから言葉を続ける。
「それにしても……何だってよりによってこの二人を同じ個所に回したんでしょうね、あの眼鏡は」
「こらセイル。ウォウル君をさも眼鏡キャラの様に呼ぶんじゃない。俺たちだってこの前はお世話になったんだから」
「世話になったのはラナロックだけです。あの眼鏡には何の世話にもなってません」
 随分とウォウルにはシビアな印象をお持ちのセイルさんは、しかし一行の後ろからついてきている二人に目をやり、大吾へと声を掛ける。
「そんな事よりダイゴロン。あの二人……特にリーラ、とやらは何故、意味深にお酒の瓶を所持しているのです? 今日はそう言う趣旨で集まった訳ではないでしょう」
「さぁ……俺に聞かれてもな……」
「それなら先程――」
 大吾とセイルさんのやり取りを聞いていたベアトリーチェが、不意に二人に向かって口を開いた。
「“あの黒猫、今日はしっかり付き合って貰うわよ! ふっふっふ!”と、悪そうな笑顔を浮かべているところを見ましたよ? 私」
「ベアちゃん、もう一回リーランの真似して! あははは」
「え、その……リーラン? ああ、リーラさんですか? 良いですけど……」
 首を傾げながらもベアトリーチェがリーラの真似をすると、今度は静かに見ていたなぶら、大吾、ドゥングも、美羽と共に笑い始める。
「え、何んでしょう? え? え!?」
「ベアちゃんの物まね初めて見たよ! あはははは!」
 美羽の笑い声と。
「でも良いじゃない? なんだか可愛らしいし」
 と、笑いながらも言うなぶら。
「こう言っちゃあ申し訳ないが、似てないぞ?」
「まさかお前さん、大人しそうな顔してそんな特技を持ってたのか! こいつぁ一本取られたな」
 大吾とドゥングも後に続き、ベアトリーチェは慌てて声を発する。
「え!? え!? ちょ、もう! 笑わないでくださいよ! それに似てないのは知ってます! に、似せようとか思った訳じゃないですから! ねぇもう笑わないでくださいってば!」
 と、そこで。
「何を今度は笑ってるんだ? さっきから騒がしいぞ」
話題になっていた彼女のパートナー、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)と、張本人であるリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が不思議そうな顔で一同に声を掛けてきた。
「何々? 面白そうな話なら私も一枚かませなさいよ」
「いや、違うんだよ? 別に面白い話ではないんだけど……ね?」
 なぶらは言いながら、一同へと同意を求めて振り向いた。が、皆は笑いを堪えたままで彼の言葉に続こうとしない。
「うん? だから、何なのさ」
「リーラさん。何故貴女は今、そんなに重そうなお酒の入った瓶をたくさん持ってらっしゃるんですか?」
 今まで黙っていたラナロックがにこにこしながら彼女に尋ねると、「ああ」と短く区切ってから、リーラがその質問の答えを述べるのだ。
「そこにいる黒猫にね、この前の貸しを返して貰いに、よ。ふっふっふ」
「え! 案外似てた感じ!?」
 誰の言葉とも取れないその言葉が響き、真司とリーラを除く一同全員が、驚きの表所を見せる。
「は? 何の事? ねぇ真司、知ってる?」
「俺は今までお前といただろ。何故俺が知ってるんだ?」
「あ、そっか。案外似てる? ん? なんだろ。ま、いっか! って事で、そこの黒猫! 今日は飲むわよ。安心して、身分証持ってるし、あんまり胸張って言いたかないけど、わたしは未成年じゃないから。ってか多分あんたより年上だから。だから今日は飲むわよ!」
「これが一段落ついたら、な」
 手にする酒瓶をドゥングに突きつけ宣戦布告するも、さらっとドゥングに躱された。
「あーあ。フラれたな、お前」
「ふん! 強がってられるのも今の内よ! 終わるまで待ってられるもんですか! 見てなさいよ? しっかり飲ませてやるんだから」
 真司が鼻で笑いながら言う言葉に対し、彼女は自らの内に秘める闘志をメラメラと燃やすのだ。



     ◆

 三姉妹が狙っているハープが置かれている部屋。そこに先程やってきていた筈の鳳明と天樹の姿は、ない。
「事情は伺いましたがしかし、何故こんなものをウォウル様が持っていらっしゃりますの? わたくしはどうにもそこに合点がいきませんわ」
 漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏っている中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は、ハープの横に置いてある椅子へと腰かけて、彼等、彼女等の前で立っているウォウルに向けて声を掛ける。
「それは僕たちとしても聞きたいね。是非。で、ウォウルさん、一体何をどうやってこのハープを手に入れたのさ」
静かに様子を見ていた清泉 北都(いずみ・ほくと)が綾瀬の意見に賛成の意を持ってウォウルに尋ねる。が、肝心のウォウルはいつも通り笑ったまま。返事を返そうとはしない。
「おい、なんでこいつずっと笑ってんだよ。気持ち悪ぃな」
ウォウルがにやけているのを見て、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が露骨に嫌そうな顔をしながら隣に佇むリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)へと尋ねた。
「彼はずっとあんな感じですよ。私や北都を始め、お会いする皆さんにもずっとあの感じ。話を聞いているのかいないのかも定かではないですが、でもまあ、話はちゃんと聞いてるみたいです。ああやってはぐらかしていると言う事は、恐らく“今”は、まだその話に触れる時ではないのでしょう」
「けっ! 知らねぇよ。んな事情」
「リオン、ソーマ」
 北都に諌められ、二人が口を紡ぐ。
「じゃあさ、なんだってこんなに人を集めたのさ。相手が三人なら、ウォウルさんとラナさんなら平気そうな感じもするけど」
「おっと。そんな事はありませんよ?」
 わざとらしい身振り手振り。が、どうやらその言葉自体は本心らしく、普段のふらふらとした表情はないまま。力強く北都の手を握りしめた。
「皆様の力を持ってすれば、恐らくは何事もなく事態を収拾できる、と、そう信じているからです」
「へぇ……そうなんだ。でも、盗みに入られてる段階で既に“何事もなく”と言える状況とは思えないけどね」
「それも違いますわ。ねぇ? ウォウル様」
 ハープの方を見ながら、綾瀬が北都とウォウルに言葉を投げかける。何処か確信した様子で。何かを知っている体で、彼女は薄らと浮かべる笑顔のままに言葉を繋いだ。
「貴方様はいちいち考えが回りくどく、話をややこしく、そして言う言葉は足りないときていますわ。それこそ、他の方たちに誤解を招かれる様な発言でも、貴方様は一向に気に掛けない。悪い癖、ですわよ」
「ははは……それは言い得てそうだね。いや、反論の余地もない」
「どういう事なの? 綾瀬さん」
「私も是非、聞きたいですね」
「いや、俺は良いや……」
「ウォウル様の言う“何事もなく”と言うのは――」
「おいおい、結局話すのかよ……はぁ……」
 自分の意見が無言でスルーされたのを、ソーマはため息交じりに反応し、肩を竦めて窓の外へと目をやった。
「向こう側、でしょうね」
「向こう側? それって、盗む側の人、って事?」
「ええ、そうですわ。お宝を取りに行くとして。そしてそれに協力してみるとして。果たしてそれを目前で、『誰かに譲る』という行為を、全員が確定的に出来る、という保証がございます? わたくしはないと思いますわよ?」

 世界としての傍観者。
 瞳を閉ざした観察者。

彼女の言葉に、北都、リオンが納得した。
「そういう事か。通りでね」
「ウォウルさん。あなたいい加減にしないときっと周りの人に愛想つかされますよ?」
「手厳しいお言葉、痛み入りますよリオンさん。まあでも、そういう事です」
 少なくとも彼等は、その意味を理解したらしい。だからそこで、口を閉ざした。
「ん? あれ? 今の説明終い、ってことか? ああっと……え? マジで?」
 窓の外を眺めながら、しかしちゃっかり話を聞いていたソーマが突然声をかける。なんだかんだと言っても、やはり彼も気にはなったらしい。が、今の説明では不十分である。寧ろ、彼のリアクションの方がこの場合は適切なのだ。が、しかし、時としてそれは、その場を構築する存在を普通とおけば、逸脱行為に他ならない。
「細かい話は後でしてあげるから。ちょっと待っててソーマ」
「そうですね。彼はまだ、話の流れすらも掴んでいないですから」
 クスクスと笑う北都と、苦笑を浮かべるリオン。呆然としているソーマは、やはり肩を竦めて窓の外を見るのだ。
「何が何だかわかんんねぇよ……なんだこの会話……」
 ぼやき、ボヤキ。

「さて、それでは皆さん、これからの動きをご説明しますね」
「ソーマ、事情は後で説明するから、今は不貞腐れずに話聞いてよ」
「そんなんじゃねぇよ! ったく、俺はそこまでガキじゃねぇっつの! 話は聞きますよ、聞けばいいんだろ」
「まあまあ、二人とも」
 眺めていた窓から離れ、一同の元へと戻るソーマを確認したウォウルは、集まっている綾瀬、北都と各パートナーに、今回の彼等の動きを説明し始めるのだ。
簡単ではあるが、簡単ではない話。
「ウォウル様。一つ提案が」
「なんですか?」
 彼が一頻説明を終えたであろうその辺りで、綾瀬が小さく挙手をする。
「実はもう、下準備は済ませているのですが、どうせならばこのハープ、数を増やしてみては如何でしょう」
「ほう……面白い事を言いますね」
「そしてこのハープ、弾いてもよろしいでしょうか」
「ええ。良いですよ」
 ウォウルの快諾を聞いた綾瀬が、座っていた椅子の上で完全にハープの方を向き、それに手を伸ばす。
「北都様、ソーマ様、リオン様。わたくしの命とハープ。貴方様たちにお預けしますわ」
 笑顔で凄い事を言うなぁ……。ソーマは深々と頷きながら、恐る恐る返事を返す。
と、そこで――
「ねぇ! 準備出来たよ! って、あれ? なんかもう説明とか終わっちゃってる感じかな? あれぇ?」
 元気な声が部屋に響く。
「全く……何だって俺たちがあんなものを適当に屋敷内にばら撒かなければならなかったんだ……。それこそ、こうして出遅れたではないか……」
 次いで、何処かうんざりした様子の声。
声の主、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、扉を開けて部屋に入ると、既に用意されていた椅子へと腰を掛け、一同を見回した。
「本当に説明、終わったのか?」
「ええ、たった今」
 ダリルの問に、ウォウルが笑顔で頷く。
「えええええ! もー! 遅刻しちゃった、みたいな空気ほんと嫌! 言っとくけど、ルカたちは遅れた訳じゃないんだよ!? 此処に来る前に綾瀬に会ってね――」
「とある仕掛けをお願いした。という訳ですわ」
 ルカルカの説明に被せる形で、綾瀬がくすりとほくそ笑む。
「成る程……まあ別に、僕はどちらでも良いですよ。お二人も協力してくれる、というだけで、ありがたいんですから」
「へへへっ! まぁね! 安心しなさいよ」
「ウォウル。説明をもう一度してくれるか?」
 腕を組んだままため息をつき、隣で元気よく言うルカルカとは対照的な面持ちのダリルがウォウルへとその目を向ける。
「ええ。勿論ですとも」
 概要を説明されていた二人はそこで。厳密には説明を受けていた二人の内の一人、ダリルがそこで、話を止めた。
「まてまて。俺も少し、そのハープは引いてみたい訳だが。そういうのは出来ないのか?」
「いえ? 大丈夫ですが?」
 不思議そうな顔で返事を返したウォウルは、今度は綾瀬の方を向く。
「無論、出来るのであればお願いいたしますわ。ウォウル様? わたくしに一晩中ハープを弾かせるおつもりでした?」
「いえ、そういう訳では」
 二人が笑う。
「そうか。ならば綾瀬と交代しながら弾くとしよう。そうすれば結果としては断続的に音がし、『演奏者が疲れてきている』という印象をその泥棒に与える事も出来るしな」
 ダリルが頷くと、ルカがよし! と一声あげて立ち上がった。
「皆でハープを守るわよっ!」
 元気よく返事をする数人。
誰がしたかは、人柄で容易にわかるそれだった。