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学園に潜む闇

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学園に潜む闇

リアクション


第五章

「ゲオルクが、ヘンデルということか」
 再度潜入メンバーが集まった場でルファンからの報告を聞き、フェンリルが呟く。
「で、フェンリルのお坊ちゃん」
「その呼び方はやめてくれ」
 ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)の言葉にフェンリルが顔をしかめる。
「あ? この呼び方、嫌なの? んじゃ、ランディのお坊ちゃんで」
「なんだ?」
 苦虫を噛み潰したような表情でフェンリルが返す。
「ゲオルクの旦那様の外見を教えてもらえねえか? ヘンデルの旦那様だったとしたって、化けの皮はがれたときの姿が分かんねえと、本気の攻撃はできねぇだろ」
「それはそうだな」
 フェンリルは以前取り逃がしたゲオルクの特徴を細かく伝える。
「要は、ゲオルク探しから基地探しに変更すればいいってこと?」
 輝夜の確認にフェンリルが頷く。
「ここ最近、鬼たちの動きがなりふり構わなくなっているであります」
 暗がりから突然葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の声が響いた。
「各校派遣に気づいたか、あるいは時間がないか」
 反対側から柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)の声が上がる。
「ゲオルクに顔を覚えられている可能性のある皆さんは必ず複数で行動したほうが良いと思われます」
「外であれば俺と吹雪でフォローできるが、校舎内は逆に俺らは動きにくいからな」
「二人は引き続き隠密行動を続けてもらえると助かる」
「了解であります」
「ああ、これまでどおり随時連絡は入れるぜ」
 フェンリルの言葉に頷くと、二人は再び闇の中へ消えていった。
「追加で人員も来てくれるから、また何かあったら集合ということで頼む」
 フェンリルの一言でその場は解散となった。

「エース・ラグランツだ。年はすこし上だけど、交換留学ということで。よろしく」
「エオリア・リュケイオンです。よろしくお願いします」
「また増えた!!」
「まあまあ。頼もしいじゃない」
 朝のホームルームに現れたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の姿にセレンフィリティが絶叫するのを、セレアナがなだめる。
「桐ヶ谷煉です。あと、彼女のエリス・クロフォードです」
 エースたちの後ろから桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)が挨拶する。
「やぁ。これからよろしく」
 その隙に、エースは隣になった女子生徒に笑顔で花を渡していた。
「一般組の子たちは、みんななんか妙な設定付けて来るね」
「年齢とか能力とか、隠すのが大変なんでしょうね」
 美羽とベアトリーチェが小声で話す。
「この季節は花が多くて、全く天国の様だよ。日本の女の子は可愛らしい娘が多いね」
 エースがそう言うと、女子生徒たちから軽い悲鳴が上がった。
「他意がないのが恐ろしいですね」
 真人が苦笑する。
「へえ、此処が日本の学校か。俺は日本人だけど、日本生まれでも育ちでもないからな。ましてや、欧州を旅してたから学校なんてろくに行ってないからな。薔薇の学舎とは、また違った賑やかさと雰囲気だな」
 赴任したての校舎内を歩きながら、冴弥 永夜(さえわたり・とおや)はそんなことを考えていた。
「フェンリルたちが追っていたゲオルク絡みの事件と今回の事件に「化け物」という類似点がある……今回もまた、生徒を実験材料に魔物を作ってるのだろうか? 前回は逃げられたそうだが、今度は逃さない。行方不明の生徒をこれ以上増やすわけにはかない……」
 そう決意すると教室の扉を開けた。
 英語教師として授業を開始するも、どうにも生徒たちの落ち着きがない。
 どうしたものかと思っていると、生徒の一人が居眠りしているのが目に入った。
「こら!!」
「!」
 寸前に気配を察知し目を覚ましていたルカルカは反射的に飛んでくるチョークを払いのけそうになる。
 が、その瞬間、自分が一般生徒を装っていることを思い出し、見事にチョークをおでこで受け止める。
「はへ? ぐんもーにん」  
「はい、ぐんもーにん……じゃないだろう!」
「そーりー」
 ルカルカは目を擦りながら上体を起こした。
 ここ数日、毎晩遅くまでダリルと一緒にゲオルクの本拠地探しを行っているのだ。
 昼間は眠くてたまらない。
「で、おまえは何で授業中にナンパしてるんだ!!」
 うろうろと歩きまわり、女子生徒に花を渡しているエースの姿を見て、永夜は唖然とする。
「失礼だな。そんな好意と一緒にしないでください。可愛い女の子がいたら花を渡すのは当然でしょう?」
「いや?」
「馬鹿な!!」
 衝撃を受けているエースに対し、エオリアは座席で大人しく机の上に広げた紙を熱心に見ていた。
「おまえも、授業中はせめて教科書を開いてる振りぐらいしてくれ」
 学園の地図を見つめるエオリアに永夜はがっくりと肩を落とした。
「あ、そういえば、みんな秘密にしてるけど日本にも忍者がいるんだろう? 先生、紹介してくれないか?」
 ふと思い出したようにエースが言う。
「普通の学生っていうのはこんな生活をしてるんだな。皆、楽しそうだ」
「ずっと戦いばかりだった私としては皆さんの楽しそうな生活がちょっとうらやましいです。煉さんはどうですか?」
「なんだエリー、うらやましいかって? まぁ確かに普通の学生の生活に憧れることはあるよ。だけど、多分俺は馴染めないだろうな。戦場育ちが長すぎた俺には……」
「こらー! そこもこそこそ話すな。まったく、青春を謳歌しやがって」
 永夜に怒られた二人は驚いたように顔を見合わせると、同時に噴き出した。
 もし、今の自分たちが普通の学生に見えるのなら。
 この一瞬だけでも、そこに浸ってみても悪くはないのかもしれない。
 長く身に付いた戦場の経験から、生ぬるい学生生活に漬かり切ることはできないけれど。
 そう思って、再び顔を見合わせると微笑みあう。
「とにかく、日本語のいわゆるカタカナ英語と、実際の英語の発音とではまったく違うものも多いんだ。身近なものだと、トンネル。tunnelをトンネルと言っても伝わらない。どちらかというと、発音はタネル、に近い」
 永夜は諦めて淡々と授業を進める。
「次回の授業では小テストを」
「きりーつ。きょーつけー。れーい。あざっしたー」
「あざっしたー」
 そして途中でチャイムが鳴るなり、頼んでもいないのに日直が勝手に号令をかける。
 挙句感謝の言葉すらちゃんと言えていない。
 これはいっそ国語教師に文句を言ってやろうと、教員室に戻るなり永夜は先輩教員たちに授業について愚痴をこぼした。
 と、周囲に次々に教員たちが集まってきて愚痴大会に発展する。
 幸か不幸かあっという間に教員たちと馴染めてしまった永夜は、そのまま失踪事件について場所や時間帯を教員たちから聞きだすとフェンリルに連絡するのだった。
「君たちが急にいなくなると困るからね。俺が護りたいんだよ」
 一方のエースは、教室で女子生徒たちに囲まれながら、こちらもこちらで事件について情報を集めていた。

 事件を調査する者がいれば、また別の動きをする者もいる。
 司書として潜入した東 朱鷺(あずま・とき)は式髪のかんざし、サングラスで変装をしてタロット好きの司書を装っていた。
 膨大な図書の中から、式神の術を使用したタロット・カードの式神に検索を手伝わせ、魔剣に関する資料を読み漁る。
 その他にも興味深い内容の書籍があれば、すべて記憶術で持ち帰る。
 式神には人の気配がしたら、動かないように指示を出しておいた。
「ねー先生ー。私も占ってー。先生の占い、すっごく良く当たるって」
 式神として使うため、タロット占い好きと公言したところ、休み時間のたびにこうして尋ねてくる女子生徒が増えた。
 陰陽道とオカルトを組み合わせ、うまくタロット占いに見せかける。
「ポータラカ人のサーバ用の資料も入手できて最高ネ。一応、予備生体サーバー「アストラル」にもデータを送っておくネ。魔剣があれば、オレの訓練にもかなり役立つネ。朱鷺を利用して、早く強くなりたいネ」
 第六式・シュネーシュツルム(まーくぜくす・しゅねーしゅつるむ)もナノマシン拡散状態で、サイコキネシスを使いながら図書室で資料検索を行っていた。
 ゲオルクとの決着をつけるまでの短い期間で、貪欲に知識を吸収しよううとしていた。

「卒業したはずだけど、また高校生をやるというのも悪くないですね」
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は年齢を偽装した転入資料を持って、事務室に向かっていた。
「わたくしも、また高校生をやれるとは思いませんでしたわ」
 ついて歩く常闇 夜月(とこやみ・よづき)もどことなく楽しそうだ。
 夜月は早速二人分のお弁当を作り、持ってきていた。
 転入書類を持って窓口に行くと、担当者不在ということで用務員として潜入していたルーシャ・エルヴァンフェルト(るーしゃ・えるう゛ぁんふぇると)に処理してもらう。
「何か気になる点がありましたら、こちらにも知らせてください」
 そう言うと、ルーシャは事務室の奥へと戻る。
 貴仁と夜月が割与えられた教室に行くと、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)が転入したばかりだった。
 休み時間に情報交換のため5人で集まると、勇平が遠い目をして呟いた。
「なんか、俺だけ一人だな……」
 彼氏彼女という設定を多少なりとも演じているにせよ、息のあったパートナー二組を間近にすると、微笑ましいような、うらやましいような不思議な気持ちになる。
「あの、マ……いえ、ベルクさん。次教室移動です。そろそろ移動しないと……」
「ああ、そうだな。行くか」
 そう言うと、ベルクはフレンディスの手からレシピやエプロン等の荷物を取ると、二人分を持って歩き始める。
 調理実習は煮物と味噌汁、ご飯、浅漬けと焼き魚という和食メニューだった。
 フレンディスが野菜を刻むと、ベルクが袋に入れて浅漬けを作り始める。
「なんだか家で作る朝ごはんみたいですね、ベルクさん」
「なっ……! あ、ああ、そうだな」
 それは家庭の朝の風景だろうか、と思い、ベルクは一瞬慌てた。
 が、恐らくフレンディスはそんなに深いことを考えて言ったわけではないだろうと思い直し一人でしょんぼりする。
「ベルクさん?」
「あ、いやなんでもない。魚はどうだ?」
「もう少しですね。良い匂いがしてきました」
 エプロン姿で動きまわるフレンディスを見て、ベルクは幸せな気持ちになる。
「……なんか、慣れない環境といらない気を使ってたせいでしょうか? 妙に疲れましたね。ここはひとつ、保健室で仮眠でもしましょうかね。……サボるのもまた、普通の高校生らしくていいですよね?」
 貴仁は夜月にそう告げると、保健室へとサボりに行ってしまう。
「後でお料理持っていきますね」
 夜月は貴仁のためにと心を込めて料理を続ける。
 勇平も一人調理器具と格闘していたが、良い意味で男の料理という風格のある料理が出来上がった。
 実習が終わると待望の試食タイムとなる。みんなでおかずを交換しあいながらがやがやと食事をしていたが、意外なことに勇平の煮物が大人気だった。
 ベルクとフレンディス、夜月、勇平はそれぞれクラスメイトと話ながら、失踪に関する噂話を集めていく。
 そろそろ決着をつけなければならない。
 これ以上、被害者を増やさないためにも。
「絶対に皆を護る……。絶対にだ!」
 クラスメイトたちの姿を見ながら、勇平は改めて決意を固めた。

「やっぱり中等部にもあったよ。四つ辻の噂」
 昼休みに輝夜がルーシャのところに来るなり、そう報告する。
「なるほど。どんな内容でしたか?」
「うん、初等科より具体的。夕日で校舎が真っ赤に染まる時間に、校舎の影が十字に重なる四つ辻に立つと異世界に引きずり込まれる、って」
「正解を引いた気がしますね」
「やっぱり? でも、時間帯は気になるよね。夕方より夜のほうが目立たないし」
「そこは脚色かと思いますが……いや……」
「そっか。夜になっちゃうと、建物の影が見えないんだ……」
 ルーシャと輝夜は顔を見合わせると外へと飛び出す。
 ちょうど夕日が落ちて、辺りが暗くなっていくところだった。
「あー! 間に合わなかったー」
「仕方がないですね。今日のうちにみなさんにお知らせして、明日を待ちましょう」
「しょーがないもんね」
 言いながら二人で用務員室へと戻る。
「それにしても、よくこんな短時間で話を聞きましたね」
「うん。みんな怖い話とか好きじゃん? 最初ちょっとこれのせいで引かれちゃったんだけど」
「ああ……」
 輝夜が自分の傷を指差す。
「でも、1回みんなで話し始めたら全然平気でさー。お互い怖い話とかしあったんだよね。結構楽しかったなー。不謹慎だけど」
 そう言って笑う輝夜を見て、ルーシャは彼女がこの短期間でクラスに馴染んだ理由が分かる気がした。
「とりあえず私は栄斗様に連絡して合流します」
「ん。あたしはフェンリルに連絡してみるね」
 二人は解散するとそれぞれ報告と情報交換に奔走した。

 その夜。
 誰もいない校庭を凄まじい勢いで疾走する女の姿があった。
「ルー、これ以上変な噂を立てるな」
 人影を見つけて慌てて暗がりに逃げ込んだルカルカが、恥ずかしそうに姿を見せる。
「昼間力をセーブしてたら、なんか発散したくなっちゃって」
「抑えるのって逆に大変よね。私もランディくんも隠してなかったから動きやすかったけれど」
 フェンリルとともに情報収集にあたっていた火村 加夜(ひむら・かや)がお疲れ様でしたと頭を下げる。
「まあ、ちょうど良かった。これから召集をかけようと思っていたんだ。明日一気に動くぞ」
「目星が付いたってこと?」
「ああ」
「学園の敷地内の可能性が高いようです」
 今集まっている情報を加夜が簡単に説明した。
 メンバーが集まると、フェンリルが改めて状況を共有する。
「つまり、みんなの話をまとめると恐らくゲオルクの本拠地は学園の敷地内だ」
「皆が注意を引いてくれている間に俺たちで相当学園内も調べたんだが」
「何かの儀式ができそうな広さの土地はなかったであります」
「つまり、恐らくは地下だ」
 隠密行動を取っていた恭也と吹雪が学園内と付近の地形を細かく調査した資料を広げた。
「明日、その確証を取るために昼間の教室、夜の寮までの通学路を調べる」
 フェンリルの言葉に皆頷いた。