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リアクション
『決着、そして……』
「それじゃ、そろそろここも終わらせようかしら。
いつまでも世界樹の真上にあったんじゃ、邪魔だものね」
姫子の言葉に、その場に居た者たちが身構える。まさかこの状態で消滅させるつもりなのかと言わんばかりの視線を受けて、姫子がそんなことするものですかと答える。
「ギリギリの所まで降ろしてからにするわよ。
……それと讃良、私に付き合ってもらうわよ」
姫子に呼ばれた讃良が、はい、と頷き、豊美ちゃんを見る。
「讃良ちゃん。私は讃良ちゃんがちゃんと帰ってくるのを、待ってますからね」
「はい、おかあさま、わたし、ちゃんとかえってきます」
微笑んで、讃良ちゃんが姫子の下へたたた、と駆け出す。他の者たちは徐々に近付くイルミンスールへ、思い思いの手段で降下していった。そして、あらかたいなくなった所で、姫子が讃良ちゃんに問う。
「……聞くまでもないとは思うけど。私と一緒になるという言葉に、嘘はないわね?
言っておくけど、辛いわよ。私はあなたとは全く違うもの」
「わたしがそうしたいっておもうんです。
いっしょですよ、わたしも、ひめこさまも。みんな、いっしょです」
「……そう。そこまで言うなら、私はもう何も言わないわ。
さ、手を出しなさい」
姫子に言われて、讃良ちゃんが手を差し出す。その手を姫子が取り、そして二人を光が包み込む。
同時に地平線から朝日が昇り、長く苦しかった闇を少しずつ晴らしていく――。
こうして、魔法少女たちの長い夜は終わった。
彼女たちの働きは、多くの人々にとっては知る所ではない。しかし確かに彼女たちは、彼らに安心と平和を届けたのだった。
「う、うーん……ハッ!」
目が覚めたリカインは、自分が意識を失っていたこと、そして誰かに運ばれていることを悟る。
「よかった、目が覚めたか」
「えっ、う、馬宿君!?」
自分を運んでいるのが馬宿と知り、リカインは混乱に陥る。このような姿を見せていることが、たまらなく恥ずかしく思えてくる。
「こら、暴れるな。疲労しているだろう、今はゆっくり休め」
「そんなこと言ったって……」
いわゆる『お姫様抱っこ』をされて、ゆっくりしていられるわけがない。けれど馬宿の力は思いの外強く、振り解けそうにないことを悟ったリカインは諦めてなすがままにされることにした。
「……リカイン。その、昨晩のことについてだが……」
「……うん」
何となくこうなるかなという予感の通りの展開に、リカインが覚悟を決めて馬宿の言葉を待つ。
「君は色々と忙しい立場のようだ。そして俺も、豊美ちゃんの補佐や讃良様、姫子様のことがある。お互いに一緒に、というわけにはいかないかもしれない。……それでも、俺でよければ、君をこうして支えさせてくれないか。
君が俺を必要とする時には、いつでも呼んでくれ。俺は君の声を聞いて、駆けつけよう」
「馬宿君……」
馬宿の言葉を聞いて、リカインはどう振る舞うべきか戸惑う。感極まって抱きつく、それはどうにも自分のキャラじゃない。でもクールに振る舞えるほど、大人でもない。
「えっと、その……うん、ありがとう」
結局、顔を真っ赤にしてお礼を言うことしか出来なかった。
「ああ」
そんなリカインの様子を見て、馬宿が微笑む――。
街へ戻ってきた人の中に、ティティナの顔を見つけて、ケイオースが駆け寄る。
「ティティナ、よく戻ってきてくれた」
「はい。ケイオース様の約束が、わたくしに力をくださったのですわ」
お互いの無事を喜び合う二人を、サラとセイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)、カヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)が温かく見守る。
「そういえば、セリシアは?」
「ウィール砦にずっとよ。ま、あたいたちがどうこう言える話じゃないし、見守りましょ」
「そう、ですわね。本当に助けが必要な時は、その時はもちろん」
セイランの言葉に、サラとカヤノがもちろん、と頷く。
メイシュロット+での騒動に始末がついてすぐ、関係者を交えてウィール砦で会談が持たれた。会談自体はロノウェが根回しをしていたのか短時間で済む。内容は、ウィール砦の割譲案の破棄と、代替案としてウィール要塞群の魔族による利用申請を求める権利の発行、及びイナテミスの人間と精霊、魔族の三族が共存する『友好都市』認定、要約するとこの三つであった。無論、これまで同様に人間と魔族の和平に向けた努力は、変わらず続けられることになる。
「魔神バルバトスの死を以て、ザナドゥにおける反乱分子はほぼ一掃されたと捉え、今後ザナドゥは人間、及び地上の種族と友好な関係を築くべく、尽力することをここに宣言する」
採択された宣言を読み上げるパイモン、その顔は少し前に自らの『母』を誅したのが嘘だったかのように、整然としていた――。
会談を終え、ザナドゥへ帰ろうとするパイモンへ、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が歩み寄り、言葉をかける。
「パイモンさん、あなたの為されたこと、覚悟は立派なものだと思います。今度こそ、本当の平和を目指しましょう」
「ああ……ありがとう」
言葉は少ないながらも感謝を口にし、そしてパイモンがロノウェと共に立ち去る。
(魔族の長として和平を取る、そのために自らの母を手にかける。バルバトスも納得の上であっただろうし、辛く厳しいのが母の愛とはいえ、あまりにこれは)
何もそこまでする必要があったのだろうか、ザカコは考える。もしかしたらそこは、決して埋まらない人間と魔族の違いなのかもしれないが、少なくとも今それを認める気にはなれなかった。
(バルバトス……あんたのおかげでザナドゥ内の反乱分子は一掃された。これからザナドゥはパイモンの元、新しい道へと進んでいくんだろう。……俺としちゃあ、あんたがもうこの世界を見ることが出来ないのが、何となく寂しく思うがな)
枝に腰を掛け、吹く風に身をさらして、強盗 ヘル(ごうとう・へる)が今は亡き者を思う。
(俺らは、あんたに試され続けるのかもしれないな。あんたがいない世界で、これからも人間は魔族と仲良くやっていけるのかって)
人間と魔族の和平。言葉で言うのは簡単だが、実際は途方もなく大変なものであるように思う。
(……へっ、上等だ。
やってやるぜ、俺たちは何度だって、困難を乗り越えてきたんだ。今度だって必ず乗り越えてみせるさ。
あの世で見てろよ、バルバトス)
遠くから、自分を呼ぶザカコの声が聞こえてくる。ヘルは手向けの言葉を心に呟き、枝から飛び降りた。
「伊織、おるかの? 入るぞ」
扉をノックして、サティナが伊織の自室へ足を踏み入れ、その先の光景に思わず笑みを浮かべる。
「すぅ……すぅ……」
ベッドで、伊織とセリシアが並んで横になって、すやすや、と寝息を立てていた。確かに夜通し動き回って、今になって緊張の糸が切れたのだろう。今後について意見をすり合わせる必要があったが、これを見て起こすのは流石に気が引けた。
(男と女が一つの床を一緒しておるというのに、なんともまあ、微笑ましいものよ)
思わず欠伸が漏れ、慌ててサティナは首を振る。このままここにいたら眠気が移ってしまいそうだった。
「ま、我らに任せておくがよい。今はゆっくり休め」
二人に布団をかけてやり、サティナは静かに扉を閉める――。
「……ふむ。ここまで来れば一安心か。
しかし酷いものだな、誰一人として元気な者がいないときた」
息をつき、シーマがここまで運んできた、倒れるアルコリア、ナコト、ラズンを見遣る。自分も片腕を落とされている故、ここまでやられたのは初めてではないだろうか。
「それだけ、誰も彼も、本気だったということだろうか。豊美も凄かったしな」
目を覚ました所で、ナコトの精神は大丈夫なのかとシーマは気にするが、気にしても仕方ないなと思い直す。
「……流石に、ボクも疲れた。少し、休むか……」
傍にあった樹に身体を預け、シーマが目を閉じる。休める彼女にも、木漏れ日は等しく温かかった。
「今度こそ、死んじまいやがった……」
荒れ果てた地を、竜造が特に当てもなく歩いていた。あの場にいた思考お花畑共にはバルバトスは殺されなかったが、『死んだ』という事実は変えられることなく、竜造の心に重くのしかかる。
「ん……?」
頭に何かがかかったのを、何気なく手に取った竜造は次の瞬間、硬直する。透き通るような純白の、先端にかけて黒く染まった羽根。これを持つ、いや、持っていたのは知る限りでは一人しかいない。
「……ふざけんな!! テメェらしくもねぇことしてんじゃねぇよ!!」
竜造はそれを乱暴にポケットに仕舞い、再び歩き出す。