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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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chapter.2 坐禅(1) 


「はーい、じゃあ坐禅の人は中に入ってねー!」
 苦愛が元気な声で案内すると、坐禅を希望していた参加者たちが庵々の中へと入っていった。運良く、希望者がちょうど十名ほどだったため、入れ替えなどは必要ないようだ。

 庵の縁側に整列させられた参加者たちは、苦愛の指示で正座の姿勢を取った。
「坐禅の方法は……?」
 と、ここで式部が当然の疑問を口にする。
「とりあえず正座は基本なんだけど、もし疲れてきちゃったら女の子座りしてもいいよ!」
「え、いいのそれ!?」
「それがCan閣寺流だから。あと、瞑想とか難しいことも考えなくてオッケー。好きな人のこと、恋のこと、未来のダンナ様のこと、いっぱい考えてみて!」
「え、ええー……」
 それは偏り過ぎでは。式部が言おうとしたが、既に苦愛は何やら棒状のものを取り出している。式部はそれが何か、知っていた。
 あ、アレ警策だ。雑念抱いてると、バシンって肩とか叩かれるヤツだ。
 がしかし、苦愛が取り出したのは式部の想像とは違ったものだった。
「じゃーん、これね、美顔ローラー」
「美顔ローラー!?」
「坐禅中にへんなこと考えちゃってる人には、これで顔ごろごろしちゃうからね!」
「……」
 式部は言葉を失った。このノリでずっと続くのかなあと、不安になったのだ。
 ていうか、普通に考えたらさっきあなたが言った内容ほとんど雑念なんじゃないの、と。
 さっきから不安しか覚えない式部だが、もうどうにでもなれ、という気分でとりあえず目を閉じ、修行に入ることにした。
 式部と同列に並んだ参加者も、思い思いの精神統一を始めていた。
 その中のひとり、鈴木 周(すずき・しゅう)の心の様子を、少しのぞいてみよう。

 俺の女の子への思いは、邪念なんかじゃねぇ。それを証明するために、超悟ってやるぜ……!
 心を研ぎ澄ませ、そして大事なものだけを思うんだ……!

 どうやら周は、真剣に、そして一心不乱に精神を集中させんとしているようだった。
「どれどれ……おっ、よかった、ちゃんとした修行みたいだね」
 それを少し離れたところから見ているのは、パートナーのレミ・フラットパイン(れみ・ふらっとぱいん)だ。彼女こそが、周を半ば強引に今回のイベントへ参加させた張本人なのだ。
 彼の無軌道な煩悩をどうにかしたい、その一心で周をここへ導いたレミだったが、募集にあったキャッチコピーをうっかり見逃し、一時は冷や汗をかいていた。
「女の子は、もっと可愛くなれる! 尼寺体験でモテ度アップを狙っちゃおう!」
 という、どこかの雑誌にありそうなあの一文である。
 これ、逆に煩悩を増幅させてしまうんじゃ。そんなことを危惧していたレミだったが、実際見てみれば、それなりにちゃんとした修行のようなので、胸をなでおろしたところだったのだ。
「まあ、あの尼さんが持ってるものが気になるといえば気になるけど……」
 苦愛の持った美顔ローラーに視線を向けながら、レミが呟いた。しかしとはいえ、当の周はいたって真面目に正座し、目をつむっている。
「ふふっ、なんだかんだ言って、ちゃんとやる時はやるってことなのかな」
 それが少し嬉しかったのか、レミはどこか上機嫌で周を見つめる。
 しかし、この時周が心で告げていたのは、レミの期待をあっさりと裏切るものだった。

 俺の大事なもの……そう、たとえばボクっ娘、図書委員、幼なじみ、同級生、学園のアイドル、姉、妹、水泳部、OL、タイツ、巫女、家出少女、パツキンのチャンネー、女剣士、女優、熟女、二次元、女流棋士、四十八人くらいいるアイドルグループ、シスター、ウエイトレス、女教師、婦警、キャンギャル、スッチー、女将、新妻、団地妻、みどりのおばさん、くノ一、女子大生、リクルートスーツ、田舎娘、女子アナ、メイド、人外娘、幼女、ロリババア、ヤンデレ、ツンデレ、ヤンキー、ビッチ、ツインテール……!!

 思いつくまま周は女という女を頭に浮かべると、彼は僅かに口元を緩ませた。

 そうだ、問題ねぇ。
 俺はすべてが大好きじゃねぇか!
 これはもはや浴じゃねぇ、人類の半数に及ぶ広大な愛……!

「……なんか、にやけてない?」
 様子を見ていたレミが、眉間にシワを寄せた。だが周の悟りはまだ終わらない。

 ああ、見える。見えるぜ……世界ってヤツはこんなにも、女の子に満ちてやがる。
 不本意だけど、レミのヤツもこの中に入ってんだな。
 でも、愛に満ちた今の俺には、それが認められる気がする。
 認められるからこそ、今まで受けたあんな仕打ちも、暴力も、許せる気がするぜ……たぶん。

「ん? 今周くん、失礼なこと考えてる気がする」
 レミの表情が険しくなっていく一方で、周の瞑想はとうとう極地へ達そうとしていた。

 俺は女の子たちに惹かれ、女の子たちもまた俺に惹かれる。
 それはきっと、不純でも何でもねぇ、この世界の仕組みなんだ。自然なことなんだな……。
 ああ、男ってヤツは、輪廻を繰り返してるのか。
 すべての女の子たちを愛するため、そのために苦しい性……じゃねぇ、生を何度も繰り返す。
 そこから解脱するためには……そう、今だ!

 そこまでを悟ると、周は何を思ったか、突然正座を止め、すっと立ち上がった。
「え、あれ? キミまだ終わってないよ? もうっ、美顔ローラーでごろごろしちゃうからね?」
 苦愛が棒状のそれを周に向けようとしたその時、周がきっぱりと言い放った。
「俺は決めたんだ。この人生で、すべての女の子を愛そうと」
「うん……うん?」
「そこでおねーさん、どうか俺に下着を……」
「こらっ!!」
 彼の言葉を遮るように、レミが勢い良く縁側にダッシュしてきた。
「あれ、レ、レミ、なんでここに」
「すいません、それじゃヌルいと思うんで、これ使って叩いてやってください!」
 周を無視し、レミが苦愛に渡したのはモーニングスターだった。どちらかというと叩くというより、粉砕する用途のものである。周の顔から一気に血の気が引いた。
 が、苦愛はそれを受け取らなかった。
「こんな危ないもの、女の子が持ってちゃダメだよ? それに、きっとこの子も、そういう年頃だからそういう方向に考えちゃっただけで、恋愛を求める気持ち自体は間違ってないと思うの」
「お、おねーさん……!」
 まさかの対応に、感激し声を震わせる周。対照的にレミは「え、あたしの方がヘンなの……?」と目を丸くしていた。
「そういうわけだ、レミ。もう俺は、今までの俺じゃねぇ」
「いや、どう見ても今まで通りの周くんだよ……」
 レミはそう返しつつも、首を傾げて庵々を背にした。
「さ、続けて続けてっ」
 苦愛に促されるまま瞑想の続きを行う周。はたして、この調子が続くならば美顔ローラーの出番はあるのだろうか。
 しかし、心配には及ばなかった。
 周の隣で坐禅を組んでいた緋柱 透乃(ひばしら・とうの)とパートナー緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)、そして陽子のものと思われるアンデッド、レイスの朧らが異様な気を発していたからだ。
 透乃は目を閉じ、「ただの床張りの板じゃ物足りないな」なんてことを思いつつも、過去を見つめていた。

 パラミタに来て、数年経って、その間に色々あったねー。
 もともとはパラミタの食べ物に興味があって来たんだっけ。来た当初のパートナーも、思えば陽子ちゃんじゃなかったなー。
 そこから蒼空学園に入って、普通に学生として過ごすのも面白くないって思って、刺激を求めて戦闘のある依頼をこなしてるうちに、すっかり戦う事が楽しくなってきたんだよね。

 透乃は思い返す。今まで戦ってきた敵のこと、自分が振るってきた拳の数、むせ返る戦いの匂いを。

 今ではかなり強くなったと思うんだけど、戦闘に求めるものもどんどん上がってきちゃったよ。
 普通は、できるだけ自分にも相手にも被害を出さないようにするんだろうけどね。でも。
 今の私が求めているのは、なんていうかこう、ギリギリの戦いなんだよね。
 相手の生存本能を引きずりだして、いっぱい怪我とか負いながらも、相手を上回る生存本能で生き延びる。そんな感じの。

 透乃がそんなことを考えている横で、陽子もまた、共に戦ってきたことを見つめ直していた。

 最近、以前にも増して戦ってばかりです。透乃ちゃんの喜びは私の喜びですのでそれはいいです。
 そういえばここしばらく、鎖を振り回したりして戦っていることが多いような?
 でも、本当は鎖で敵を縛るよりも……。

 が、どうやら陽子は透乃とは違い、純粋に戦いのことだけを考えていたわけではないようだった。

 そう、本当は、私が透乃ちゃんに鎖で縛られたり痛めつけられたりするほうが。
 いいえ、それだけでなく、いっそのこと恥ずかしい格好にさせられたりあんなことやこんなことを……。

「あれっ、なんかキミたち、いけないこと考えてるね?」
 陽子の妄想が肥大したあたりで、苦愛がふたりのそばへやってきた。苦愛はゆっくりと前かがみになり、美顔ローラーを構える……が、それを当てられたのは、陽子ではなく透乃だった。
「わっ」
 突然顔にごろごろと気持ち良い感触が伝わり、透乃は思わず小さな声を漏らした。それを見て、苦愛が言う。
「ダメだよー、女の子は恋のこと考えなきゃ! 今キミ、恋愛じゃないこと考えてたでしょ?」
「……」
 なぜ分かったのだろう。顔に出てしまっていたのだろうか。いや、というかそもそも、陽子ちゃんのアレはセーフなの?
 透乃は今ひとつ納得いかない様子で、陽子と自分を見比べるのだった。
 ちなみに陽子の隣にいたレイスの朧さんもまた、ついうとうとと眠りに落ちてしまい、美顔ローラーの餌食となっていたという。

 どうもこの坐禅は、通常の坐禅と違う気がする。
 参加者が次々とそう気づき始める中、屋良 黎明華(やら・れめか)はひとり、周囲の空気や雰囲気を一切無視し、フリーダムに坐禅に取り組んでいた。

 ひゃっはあっ! 真面目に坐禅をしちゃってサーセンなのだ〜!

 念のため説明しておくが、これは黎明華の心の声である。そしてさらに念のため説明しておくと、彼女自身はいたって真剣に、「もっとイカす女の子になろう」と思っているのだ。
 ただ残念なことに、その方向性がちょっとオリジナリティに溢れすぎていたのである。

 集中、集中なのだ。悟りの道は厳しいのだ。迷走しないように、一途に瞑想していかないといけないのだ。
 軽装だけど、たとえ冷蔵されても「へえ、そう?」くらいのテンションで集中するのだ。

「……そこっ、何かしょうもないこと考えてるでしょっ!?」
「っ!?」
 バシン、と苦愛に軽く背中を叩かれ、黎明華は思わず振り返った。そこには美顔ローラーを手のひらで転がしながら、冷たい笑みを浮かべた苦愛がいた。
 ていうか、ローラーで叩いたりはしないのかよという話だが。
「し、真剣に瞑想してるのだ〜!」
 黎明華は苦愛に反論すると、再び坐禅を組み直し、目を閉じた。そう、彼女は真剣なのだ。

 さあ、改めて集中なのだ。
 集中すれば、きっと才能が開花したりするに決まってるのだ。
 集中、開花。集中。開花。
 ……ああ、今気付いたのだ。集中開花と週休二日って、何か響きが似てますよね〜なのだ。
 週休二日。
 週休二日あったら、集中開花して、九州南下したいのだ。
 あ、でもそんなに休んでばっかりいたら収入悪化して……。

「またしょうもないこと考えてたよね?」
「……へ? なのだ」
 気がつけば、背後にまた苦愛が立っていた。
「いやこれは、アレなのだ! ずばっと悟りを開けるよう頑張って……」
「ちょーっと頑張りの方向が違うかなー。えいっ」
 言って、美顔ローラーで顔を転がされる黎明華。
 両肌に摩擦を受けながら、黎明華は一応あることを悟った。
 ダジャレだけでアクション埋めるって、無謀だったんだなと。