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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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chapter.8 切り裂きボーイ(2) 


 その空京では。
 相変わらず通り魔を見つけることが出来ず、捜索隊は厳しい状況にあった。
「もう、本当に許せない!」
 業を煮やした琳 鳳明(りん・ほうめい)が、思わずそう口にした。
「いつになく張り切っていますね」
 パートナー、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)にそう言葉を返されると、鳳明は大声で返す。
「だって、女の子の服って、高いんだよ!?」
「それはそうですが……」
「この前セラさんに、もう少し服に気を使えって怒られたりしたから最近はちょっと気を付けて服選んでるし、非番の日は制服じゃなくてちゃんとおしゃれ着で外出するようにしてるけど、お給金の大半はおじいちゃんへの仕送りと生活費、っていうか食費に消えていくのに、可愛い服って高いんだよっ!?」
「……わ、分かったので一旦落ち着いてください」
 一気にまくし立てて息の荒くなった鳳明を、セラフィーナが落ち着かせた。どうやら彼女は、相当ご立腹のようだ。そしてそのすぐ近くでは、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が新聞を読みながらメガネを光らせていた。
「服が切り裂かれる事件……これは、まさか」
 ばさ、っと新聞紙を畳みながら、ハデスは呟いた。
「兄さん、もしかして犯人が?」
 その様子に、パートナーの高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)が真意を尋ねる。しかし返ってきた答えは、期待外れなものだった。
「ああ、これは妖怪カマイタチの仕業に違いないっ!」
「な、なんですかそれ! どこからカマイタチ出てきたんですか!」
 咲耶のツッコミを完全スルーし、ハデスは意気揚々とここからの計画を語った。
「妖怪カマイタチならば、どんなヒーローのスーツでも切り裂いてくれるだろう。これはぜひ、我が悪の秘密結社、オリュンポスに入ってもらわねばなるまい」
 先ほど全力で怒りをぶちまけていた鳳明が近くにいるため、ひそひそ声で咲耶にそう告げるハデス。
「カマイタチの線は譲れないんですね、兄さん……」
 はあ、と溜め息を吐いた彼女は、この時点で薄々自分が連れてこられた理由に気づいていた。一応確認のため、ハデスに質問をしてみる。
「それで、私が呼ばれたのは……」
「そうだ、囮をやってもらうためだ」
「……やっぱりそんな役割ですよね」
 もうちょっと妹として大事に扱ってくれてもいいのに。一際小さく呟いたその声はハデスまで届かなかった。そしてなんだかんだいって、咲耶はハデスの指示に従ってしまうのである。
「ということで、これを着てくれ」
「え、これって制服じゃないですか! いつの間に私の持ってきてたんですか! そもそも、なんで制服なんですか!」
「需要と供給を考えた結果だ」
「……そうですか」
 もはや何も言うまい。咲耶は黙って、制服姿になるため近くのトイレへと消えていった。

 その様子を見ていた鳳明は、あることを閃いていた。
「そうか、囮って手があったね! でも私あんまり女の子らしくないし……あっ!」
 鳳明が、ポンと手を叩く。その視線の先には、彼女たちに協力を申し出て、共に行動していた博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)がいた。
「ん? どうかしたかな?」
 視線に気づいた博季が、鳳明に向き直って尋ねる。すると彼女は、予想外の奇策を打ち出した。
「博季さん、女装して犯人をおびき寄せてくれないかなっ?」
「ええっ、女装!?」
 突然の提案に、声が裏返る博季。まあ、当然の反応だろう。
「うん。博季さんって顔立ち整ってるし、お肌も綺麗だし、しかも料理が得意で家事全般こなせるし」
「こ、後半はあんまり関係ないんじゃないかな」
「それに、囮の人って危ない目に遭うと思うけど、博季さんなら服を切られる前に通り魔なんてやっつけられると思うんだ!」
「うーん……囮が危ないっていうのは一理あるけど」
 明らかに気が進まない様子で、博季は返事を濁した。確かに、囮は危険な役目だ。そんな役目を那由他さんやほーめいさんたちにやらせるわけにはいかない。
 となると自分がそのポジションにつくのがベストなのかもしれない、そう思ってはいても、やはり女装は抵抗がある。
 そこに、背中を押すような形でセラフィーナが言葉を足した。
「女性ばかり危険な目に遭わせていたら、男性として情けないのではないですか? それに、男性捜査官が女装するのは古典的ではありますが効果的な手段でもあります。何より、見ていてたのし……あ、いえなんでもないです」
「今何か、変なこと言おうとしてなかった?」
「言ってません。断じて言ってません。さあ、男を見せてください。男として女の姿を見せてください」
「……」
 少なくともセラフィーナの方は間違いなく悪ノリでやっている。そう思いつつも、そこまで言われたら博季としても引き下がれなかった。
「うん……渡辺さんみたいに侍じゃないけど、僕だって男だ。誇り高き魔術師だ。女性は守らないといけないもんね」
「ほんと? やった、ありがとう博季さん! じゃあ私は逆に男装して、後ろから不審者が近づいてこないかチェックするね。ほら、私ってTシャツにジーパンはいて、帽子を目深にかぶると男の子によく間違えられるし! 博季さんの方が、よっぽど、女の子らしいし……」
「だ、大丈夫? 何か落ち込んでない?」
 自分で言っていて空しくなってきたところを博季に励まされ、鳳明はさらにちょっと悲しくなった。そんな彼女を慰めつつ、博季は女装のための準備を始めるのだった。



 そうして始まった囮作戦であったが、ここで予想外の事態が発生した。
 始めは、咲耶が囮をやるという話であった。これは良い。犯人のターゲットである女性そのものだし、しかも制服着用ということで狙われる率はおそらくアップしている。
 それを見た鳳明たちが、今度は博季に囮をさせることになった。
 これもまあ、許容範囲であろう。鳳明の言う通り綺麗な顔をしているし、実は彼は、女装を可能にする技能を持っている。となれば、それなりに女性を装うことは可能だろう。
 問題は、ここからである。
 彼らと行動を共にしていた探索隊の中には、この一連の流れを見て、勘違いする者が出始めたのだ。
「なんだ、男とか女とか関係なく、女装すれば囮になれるのか」と。
 その勘違いが、悲劇を生んでしまうことになるとはこの時誰が想像できただろうか。

「なるほど、囮作戦か。よし、ここは私もひとつ、体を張らせてもらおう!」
 そう言って拳を硬く握ったのは、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)だった。彼はキュロットスカートをどこからか、本当にどこからか取り出すと、それを着用しようとし始めた。
「ちょっ、ちょっとハーティオン! まさかあんた本当に女物の服着るつもり!?」
 慌てて止めに入るパートナーのラブ・リトル(らぶ・りとる)だが、コアはいたって真面目なトーンで返した。
「無論だ! 犯人は女性の衣服だけを切るというのなら、私は女性の衣服だけを着る!」
「何うまいこと言おうとしてんのよ! そういうのいらないのよ! そういうのっていうか、その女装もいらないし!」
 そもそも端から見たら、女装なのかどうかもよく分からない。パッと見コアは、なんというか、ロボットに見えるからだ。強いて言うなら、デザイン的には男チックかなあ、というくらいである。
 現に、スカートを履き終えたコアは、キュロットスカートから輝かしいメタルレッグを出しており、その外見は女装のレベルを超えていた。
「む、しまった!」
 と、ここでコアがあることに気づく。
「……どうしたの?」
「下着をつけるのを忘れていた! 確かアイテムにパンティーというものが……」
「……おい。おいっ」
 真剣な表情でパンツを装着しようとするコアを、物凄い形相でラブが止めた。
「殺すぞこのクソロボ野郎」
「な、何がそこまで気に入らないのだ……!?」
 あまりに直接的な罵りに慌ててコアは装着を止めた。ラブ、この日一番のファインプレーである。
 しかし、恐ろしい行動に出ていたのはコアだけではなかった。
「むう……女性の服を切り裂いて、何がしたいのだろう? クールビズ?」
 犯人の動機を考えながら、捜索隊の集団にいたのはスウェル・アルト(すうぇる・あると)。彼女は犯人がクールビズを推進しているのだと早々に結論づけていたが、たぶん間違いである。
「確かに、視覚的に涼しくなれば、自分も涼しくなった気にはなれる。けれど、無理矢理は、良くない」
 しかしまあ、犯人を捕まえようとしているのならどう推理していようと大きな問題はなかった。スウェルは肝心の捕獲手段を決めかねていたが、周囲が何やら囮ブームになってきていたのでそれに乗ることにした。
「那由他、那由他」
 そう言って、スウェルは捕獲隊の一員、那由他に話しかけた。
「ん? どうしたの?」
「那由他も、一緒に、おびき寄せ」
「おびき寄せ? えーっと、あっ、囮をやろうってこと?」
 那由他が聞くと、スウェルはこくりと首を縦に振った。
「そうね、いいわよ! でもそれなら、囮だってバレないように、自然にしてなきゃね」
「自然体。あくまで、自然体で」
 方向性が決まり、那由他とスウェルは共に囮役をやることになった。当然、ふたりとも女性なので女装などというものは必要ない。
 そしてふたりは、女性であることのメリットを生かし、女の子らしいトークを展開することで自然体を演じようとしていた。
「……那由他は、動物とか、好き?」
「動物かあ、その動物にもよるけど、好きな動物も多いよ! 何か好きな動物がいるの?」
「私は、猫が好き」
「猫って可愛いわよね! あたしも好きだなー」
「あと、ライオリンが好き」
「うん?」
「ライオリンが、好き」
「へ、へえ……」
「ライオリンは、時々無性に、会いたくなる」
「そ、そうなんだ……ごめんちょっとその生き物は分からないなあ」
 那由他が眉を潜めると、一旦話は中断した。ちなみにライオリンとは、普通に生活していたらまず見かけない珍獣である。主に特定の物語にしか出てこないので、知らない者の方が多いだろう。そして、特に知らなくても日常生活に何ら支障はない。
 と、話が途切れたそのタイミングで、ふたりの後ろから会話に混ざってくる者がいた。
「動物の話ですか? いいですねー、なんだかとても女の子っぽいです! アンちゃんもぜひ混ぜてくださいっ」
「ア……アンちゃん……」
 それは、スウェルのパートナー、アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)だった。スウェルは彼の姿を見た途端、開いた口が塞がらなくなった。
 なぜなら、彼、アンドロマリウスは女性物の衣服を身にまとい、バッチリ化粧をし、女になりきっていたからだ。いや、正確にはなりきれていない。女になりきろうとしている段階だ。
 つまり、女装がちょっとアレなため、オカマとかそっち方面の人に見えてしまっていたのだ。
「その格好は、なに?」
「いやー、女装すれば囮になれるということで、アンちゃんもやってみちゃいましたよ、はっはっはっ!」
「……なんだか、不気味」
「何を言うんですかスウェル! 大事なのは心、ハートですよ? アンちゃんのハートは今、女の子ですっ」
 女の子です、と言われても、明らかに彼は女の子の風貌ではない。これにはスウェルだけでなく、那由他も若干距離を空けた。
「ほら、ガールズトークしましょう! 最近話題のCan閣寺のこととか!」
「ちょっと、自然体って約束だったでしょ!?」
「……アンちゃん、ごめんなさいを、ただちにするべき」
 ふたりの冷たい視線がアンドロマリウスに突き刺さる。が、彼はそれでもめげずに、ぺろっと舌を出してこつんと自分の頭を軽く叩きながら「ごめんなさいっ」と女の子っぽい謝り方をした。だが決して女の子っぽくなかった上に、なんとも古くさい女の子のイメージであった。
「……」
「……」
 スウェルと那由他の視線が、より一層冷たくなったのは言うまでもない。

 那由他がスウェルたちと絡んでいたその時、侍の謙二もまた、犯人捜索隊のメンバーと会話をしていた。
「何やら辺りが騒がしくなってきたな」
 囮ブームで賑わう捜索隊の様子に、謙二がそう呟いた時である。
「あんたも、乗ってみる気はないかい?」
「む?」
 後ろから声をかけられ、謙二が振り向くと、そこにはアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)とパートナーであるウーマ・ンボー(うーま・んぼー)がいた。
「乗るとは、何にだ?」
「決まってるだろ、このビッグウェーブにだよ」
 周りで次々と女装し始めた面々を見ながら、アキュートが言った。その手には、女装用の服が既に抱えられている。しかも、三着分だ。
「待たれよ。拙者は今、とてつもなく嫌な予感がした」
「なあに、大丈夫、ちょっと女装するだけさ」
 思いっきり女装を勧められてる謙二は、思いっきり拒否反応を示した。しかしそこをどうにか納得させようと、ウーマが口を開く。
「女性が涙を流さぬよう、守り抜くためには必要なことなのだ、謙二殿。女性の涙を拭くのが漢ではないであろう?」
「いやしかし、他にも手段は」
「これが、あんたに着てもらいたい衣装だ」
 謙二の主張をオールスルーし、アキュートが彼に一着の服を手渡した。それは、綺麗で女性らしい色合いをした着物であった。
「拙者、着物は既に着ている。故にこのようなものは」
「ちなみに俺はこれだ。ちょっと着替えてくるから待っててくれ」
 謙二の言葉を遮り、アキュートが着替えてきたのは女性用のスーツだった。それも、ここ最近の流行である、ネイビーのスーツだ。
 ネイビーのスーツ。
 それは、締まった印象を与えながらも、その一方で堅くなりすぎない適度なおしゃれ感もあり、キャリアウーマンの間ではもっぱら大人気の色である。らしい。
 さらに彼が持っているスーツは、シャープでタイトなシルエットをしており、襟や裾に施されたパイピングはフェミニンさを漂わせている。らしい。
 加えて、ワイシャツの襟は大きめで鋭く、いかにも「出来る女」を演出している。らしい。
 とどめに、パンプスも用意していたアキュート。それもスーツと同系色のもので、トータルコーディネートとしての完成度は相当に高い。らしい。
 気がかりな点があるとすれば、二点。まず、なぜここまでベストセレクションなスーツをアキュートがこしらえることが出来たのだろうということくらいだ。まあたぶん、そういう専門の雑誌とかを読んで身につけた知識なのだろう。
 そして二点目は、彼のヘアスタイルだ。いくら完璧なコーディネートといえども、彼の頭頂部がそれを台無しにしていた。なにせ彼は、スキンヘッドにタトゥーを入れているのだから。
 当然、そのネイビースーツを着た彼は、思いっきり浮いていた。
 ある意味コアよりも、アンドロマリウスよりも浮いていた。
「どうだい? これが空京の最新OLスタイルだ」
 どうだい、と聞かれても、「不気味です」としか感想が出てこない。そして、ウーマにいたってはもっと大問題になっていた。
「それがしも覚悟を決め、着替えてきたぞ。しかしアキュート……漢は人生で覚悟を決める瞬間が三度あるというが、今がその時なのかもしれぬな」
 渋い表情でそう言ったウーマは、何の悪ふざけか、ロリータファッションに身を包んでいた。
 ピンクを基調としたふりふりのワンピースにはローズの刺繍があしらわれており、ある意味ゴージャスだ。
 その刺繍は裾のレースにも縫われており、まるで薔薇が咲き乱れているようである。
 さらに編み上げの背中や特大リボン、ローズカチューシャなど細部まで徹底したキュートアンドゴージャス。もうこれはみんなの視線を集めざるを得ない。
 ただし、冷ややかな視線だが。
 その理由は、女装にロリータファッションという高度な選択をしたこともあるだろうが、最大の理由は彼の外見がマンボウだということだろう。
 想像してみてほしい。マンボウがロリータファッションに身を包んでいるところを。
 少なくとも私は想像できない。レベルが高すぎて。
「……や、やはり拙者は結構だ」
 ふたりの惨状を見て、謙二は謹んで着物をアキュートに返すのだった。
 こうして様々な者が相次いで女装をした結果、捜索隊の中ではちょっとした女装ブームが巻き起こった。
 彼らはこの後すぐ、近隣住民から「謎の女装集団がいる」と不審者扱いを受け、あわや通報されるところだったという。