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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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比丘尼ガールと切り裂きボーイ

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chapter.6 滝行(2) 


「な、何っ、この淀んだ空気……?」
 座禅を終え、滝行がどんな感じが覗こうと滝のほとりにやって来た式部は、場を覆う邪気にたじろいだ。
 それは、飢えた男たちの欲望のオーラだ。式部は思った。
 なんかここ危なそうだから、やめとこうかなと。
 がしかし、滝行に参加しようとしていた大岡 永谷(おおおか・とと)に話しかけられたことで、式部はそのタイミングを逃すこととなった。
「式部さん、この間は悪かった」
「え?」
 謝罪から始まった永谷の言葉に、式部は目を丸くし、聞き返した。思い当たる節がない彼女に、永谷が補足をする。
「ほら、こないだシボラでさ、うちのが迷惑をかけちゃったから」
「あ、ああ、あの時の……」
 以前のシボラ出張授業の時を思い出し、式部が返事をする。永谷は、パートナーがしでかした一連の無礼な出来事を謝る機会を窺っていたのだろう。
「あの、そこまで気にしてないし、そんな謝らなくても」
 式部は頭を下げている永谷にそう伝える。というか、その時たしか自分も悪口めいたことを言っていたと思い出し、逆に申し訳ない気持ちになっていた。
 ちょっとした過去の清算が終了すると、永谷は目線を滝へと移した。そう、彼女の本来の目的は、あくまで修行だった。
 最近、色恋ごとに気を取られているせいか、精神が弱っているのを自分で感じていた永谷は、この機会に鍛え直そうと思っていたのだ。
 ちなみに彼女の服装は、実家で修行していた時と同じ巫女服である。本来お寺で着るべきものではないのだろうが、まあCan閣寺のことだ、そのへんをうるさく言ってはこないだろう。
 永谷はその姿で、滝下へと入っていく。
 同時に、彼女の後を追うようにして滝へと向かったのは久世 沙幸(くぜ・さゆき)水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)、そしてゆかりのパートナーマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)であった。
「一日体験でモテ度アップなんて、そうそうおいしい話はないと思うんだけれど……」
「カーリー、たとえそうだとしても、女子としてはやらないわけにはいかないでしょ?」
 そんな会話をするゆかりとマリエッタのそばで、沙幸は改めて気合いを入れていた。
「こないだのコンテストで活躍できたのは良いけど、まだグラビアアイドルとしては駆け出しだもんね……この滝行は、私が飛躍するために必要なんだもん!」
 きゅっ、と拳を握ると沙幸は一歩踏み出し、滝を浴びた。同時にゆかりとマリエッタも、滝の洗礼を受ける。
「……っ!」
 頭から水を浴びた瞬間、永谷も含め彼女らは絶句した。足下がふらつくほどの水圧が、想定外だったのだ。
「ちょ……ちょっと想像してたのと違うような」
 水を浴びられるなら、涼しげで気持ちよさそう。始まる前は呑気にそんなことを考えていたゆかりだったが、実際に体験してみてそれがあまりに安易な考えであったことを知らされる。
「い、いえ、集中しなきゃ!」
 が、それでもゆかりは目を閉じ水の冷たさと勢いに耐える姿勢を見せた。ここで寒いだの痛いだの騒ぐのは、乙女としてどうなのだろうということが頭をよぎったからだ。
 そして寒さや痛みを感じていたのはマリエッタもまた同じであったが、彼女はゆかりのように堪え忍ぶことは困難なようであった。
「つ……冷たいっ!!」
 早くも全身を震わせているマリエッタは、滝行に参加したことを後悔していた。
 しかし隣を見ればゆかりがしっかりと目をつむったまま、凜とした佇まいで修行を続けている。
「す、すごいなあカーリー……」
 小さくそう呟くと、マリエッタは気を引き締め直した。自分だけ震えている場合ではない、頑張らなくちゃ、と。

 永谷、沙幸、ゆかり、マリエッタらは各々思うところはあれど、そうやって真面目に修行に取り組もうという気概を見せていた。
 それは、とても素晴らしい意識であり、賞賛すべきものだろう。
 ただ、ひとつ不幸だったのは、彼女たちが真面目に取り組もうとした故に、修行用の衣服を着ていたことである。
 巫女服を着ている永谷以外の三人も、きちんと白装束をまとい、衣服を濡らし続けている。
 そして、ここには先ほどから欲望を抱えたままモヤモヤしている思春期ボーイがいる。となれば、後はどんなことが起こるのか、容易に想像できるというものだ。
「あ〜、比丘尼のチクビが見てえ……おっぱい、おっぱい!」
 のっけからとんでもなく下劣な発言をしながら滝行に混ざってきたのが、その噂の思春期ボーイ、弥涼 総司(いすず・そうじ)だ。
 彼は、ひたすら機を窺っていた。濡れ透けが見られる、この機会を。
 そして今、最大の好機が訪れている。
「そもそも女性だって、見られてるとか、恥ずかしいとかいう雑念を振り払ってこそ可愛さもモテ度もアップするんじゃないのか? そうに決まってる」
 これから自分がやろうとしている行為を正当化するように、ぶつぶつと呟く総司。彼女たちからは滝の音で総司の呟きが聞こえなかったのが、彼にとっては幸いである。
 怪しまれていないことを悟った総司は、遠慮なく女性たちが修行しているスペースへと入り込んでいく。さすがにまったく水を浴びないのは不自然なので、自らも滝に打たれることにしたようだ。
「おおっ、これは本当に冷たいっていうかキツいな……これなら修行ってのも分かるぜ。今すぐにでも自然と一体化できそうだ」
 言いながら総司は、目を周囲に滑らせた。右を向いても左を向いても、びしょびしょになって今にも何かが見えそうな透け透けパラダイスが広がっている。
 ヘブンだ。ここがヘブンなのか。
 総司はすっかりテンションが上がって、もうおっぱいのことしか考えられなくなっていた。と、総司はここであることに気づいた。
「……あれ? よく考えたら、おっぱいって大自然みたいなもんじゃねぇのか?」
 なんだか分かるようでさっぱり分からないエロ理論を打ち立てた総司は「てことはおっぱいに囲まれてる俺はもう自然と一体化してるから、修行完了だな」と結論づけた。
 清々しいまでのド変態である。
「ん……?」
 と、ここで総司はあるものの存在に気づいた。それは、滝つぼに落ちている女物の衣服だった。そう、先ほど上着をなくし、イチャイチャを見せていたヴェルリアのものだ。
「誰のか知らないが、とりあえずこれは頂いておくか」
 ナチュラルに窃盗を働く総司。女性の服は手に入ったわ、周りには今にもいろいろ見えそうな女性たちがいるわで、彼はとても満たされた気分であった。
 だがしかし、幸せは続かないのが世の常である。
「やっぱりな。こういう修行をする女性を狙うヤツが、必ずいると思ってたんだ」
 滝の上で、修行する者たちの様子を眺めていた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)がぼそりと呟いた。彼は、今総司が女性の上着をパクっているのをバッチリ目撃していたのだ。
 さらによく観察すると、総司は何やらせわしなく首から上を動かしている。
「アレは……たぶん、女性の濡れた衣服から透ける肌にハァハァしてるんだな。なんてヤツだ」
 正悟は不届き者に制裁を与えるべく、こんなこともあろうかと用意していた木材を取り出した。
「あの手の連中に、手加減はいらんよな?」
 言うと、正悟はその木材を滝へと流した。勢いのある水がそれを運び、すぐに木材は滝下へと落下していった。そしてそれは、正悟の狙い通り真っ直ぐ総司の方へと向かっている。しかし当の総司は、気づく気配すらなかった。
「ここの滝行は良い。ディモールト良いッ」
 彼は女物の上着を抱え、至福の時を過ごしていた。唯一惜しむらくは、滝の勢いが激しすぎて、いまいち大事なところが見えないことだろうか。
「やはり、さらなる自然との一体化を実現するには、もっと近づかないと厳しいか」
 欲望を口にした総司が一歩踏み出そうとした時だった。
 ゴン、と鈍い音がして、彼の視界が一瞬真っ暗になった。
「っ!!?」
 正悟の流した木材が、総司の頭部にジャストミートしたのだ。あまりの痛みに、総司は我を忘れ大声を上げた。
「なっ……人が濡れ透けを楽しんでいるところを……っ!!」
「え?」
「濡れ透け?」
 しかし、結果それが命取りになった。思いっきり自分の行動を吐露してしまった彼に、冷たい視線が集中する。
「どうりで、なにかいやらしい視線を感じると思ってた……」
「おいコラ、そこのエロガキ!」
 マリエッタとゆかりが軽蔑と怒りの感情を総司に向けると同時に、総司は逃げだそうとした。が、ゆかりのサイコキネシスがそれを許さない。
「どこに逃げようっての? えぇ?」
「ちょっ、痛い、痛いって!」
 体を締め付けられるような感覚に、総司がもがき出す。
「もうっ、せっかくの修行に水を差すだなんて、のぞき魔許すまじ!」
 その隙に、沙幸が素早く接近する。そして総司の頬に、これでもかと往復ビンタを食らわせた。
「ぶふっ、やめっ、すいませ」
「あれっ、なんか体が軽い……? もしかしてこれって、修行の成果?」
 たぶん気のせいだが、沙幸のビンタはそれから十往復くらい続いた。
「わ、悪かった、本当に悪かった……」
 両頬を真っ赤に腫らした総司が沙幸の方を向き、謝る……と、そこには不幸中の幸いか、見事に濡れ透けを白日の下に晒している沙幸がいた。滝に打たれている時は見えなかったけれど、今なら丸見えじゃないか!
 総司はその光景を目に焼き付けるべく、沙幸の体をじっと見つめた。当然、彼女はその不自然な視線に気づく。
「……え?」
 自分の体を見下ろす沙幸。濡れた衣服がぴったり体に張り付き体が透けているその状態は、なんともアダルティな、検閲が通りそうもないことになっていた。
「いっ、いやぁあああああ!!!」
 今日一番のビンタが、総司に命中した。
 あまりの威力に総司はふらつき、体をよろめかせた。その拍子に、持っていた上着が落ちる。
「あっ、それ、私の上着じゃないですか!」
 それに気づいたヴェルリアが、大声を上げた。
「おまえ、よくも……」
「……自分がのぞかれるだけなら、修行の一種と考えて気にしないところだったけど、人のモノをこっそり取るようなヤツは軍人として許すわけにはいかないな」
 これには契約者の真司だけでなく、近くで修行していた永谷までもが反応を示した。
「違うんだ、これは大自然と一体化しようとした結果……」
 見苦しい言い訳を続ける総司だったが、それもそこまでだった。
 この後総司は、その場にいた全員に袋だたきに遭い、気絶することとなる。
 なお、あまりのダメージのせいか、せっかく目に焼き付けた沙幸の描写不能なアレやソレは、再び目が覚めた時にはすっかり記憶からなくなってしまっていたという。