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リアクション
第10章
「す、スプリングさん、かくごぉ〜!!」
リース・エンデルフィアは、ようやく追いついたスプリングに攻撃をしかけた。
春の嵐の影響で根拠のない自信ですっかり無敵気分になっている彼女にとって、スプリングは問答無用で倒すべき敵だった。
「!!」
しかし、その攻撃を辛うじてかわすスプリング。そもそも、魔法使いである彼女が超賢者の杖で殴りかかったところで、たかが知れているのだ。
「どおりゃあああぁぁぁっ!! くらうがよい、我輩必殺のぼでえぷれすっ!!!」
と、そこにパートナーのアガレス・アンドレアルフスもまたみっちりと太ったボディを利用しての錐揉み体当たりを敢行する。
「あれ?」
しかし、その先にあるのはスプリングではなく、闇雲に振り回されたリースの杖だった。
リースが振った杖は、アガレスの体当たりに的確にヒットし、遠い空の向こうに自らのパートナーを叩き飛ばす。
「のおおおぉぉぉっ!?」
こうして、アガレスもまたひとつの星となった。
☆
「……ずいぶん流れ星が多いな、今日は。こんな昼間に……いやしかし、今はそれどころじゃねーな」
日比谷 皐月(ひびや・さつき)はぼんやりと空を見上げて呟いた。
その傍らには、パートナーの雨宮 七日(あめみや・なのか)の姿がある。
軽く10倍ほどにデブった姿が。
「……ええと」
七日は戸惑いながらも、状況を把握しようとしていた。
突然に太った、以外の情報は何もない。
だが、突然目の前でパートナーが太ったことに皐月も自分の姿を見て驚いているということは、自分だけに見える幻などの類ではないということだ。
「どうして突然に太るのでしょうか……不思議なこともあるものですね……」
むにむにと自分のお腹のあたりに、あまり感じたことのない感触を感じる七日。
「……」
「……」
突然の事態に、二人とも無言の時間が続く。
「……まぁしかし、特に命に別状はなさそうだし……しばらく様子見でいいんじゃねーか?」
という皐月の提案に、七日も特に異論はない。
「まぁ、そうですね……言ってしまえば太っただけのようですし……きっとしばらくすれば元に戻るでしょうし……それにしても」
「?」
「……どうせなら胸にだけ集まればよかったのに……」
あ、その辺気にしてたんですか?
「何か言ったか?」
「い、いえ何でもありません……ありませんよ?」
慌てて訂正する七日。やはり彼女も春の嵐の影響で、多少ピントがズレているのかも知れない。
「ま、まぁ落ち着けよ七日……」
といいつつ、やはり精神的乱調を抱えている皐月もまた、七日のお腹から目が離せない。
「どうしたってーんだ、七日のお腹が妙に気にかかる……変に浮ついたような、胸のときめきが止まらない……。
そ、そうか……俺はデブ専だったのか……!!」
いいえ違います。
「何か言いましたか?」
「い、いや何でもない……ねーよ、うん」
何かお互い、すっきりとしない気持ちを抱えたまま、二人の視線がさまよう。
ふ、っと。
どこか自然な笑みがこぼれた。
やがて、七日が口を開く。
「……どうも落ち着かないですね。こんな時は甘いものを食べるのが一番です。
皐月、少しそこのケーキバイキングまで付き合って下さい」
「……その状態で食うのかよ」
皐月は笑った。
そのまま、七日に右腕を預けるように腕を組む。
「んじゃま……付き合うとしましょーか」
あくまでマイペースな二人は、街を歩いて行くのだった。
☆
いよいよスプリングの春の嵐が止まらない。
それによって、まるでここがクライマックスだと言わんばかりに、街のカップルもドキドキが止まらないのである。
「お、俺……おまえのことが好きなんだ!! ずっと前から、好きだった!!」
キルラス・ケイ(きるらす・けい)とアルベルト・スタンガ(あるべると・すたんが)もそんな二人である。
ちなみに、今告白したのはアルベルト。
「そうなのか……ああ、俺も、俺も好きさぁ」
と、笑顔で即答したのがキルラスである。
「そ、そうなのか!!」
春の嵐のせいで、つい積年の想いを告白してしまったアルベルトだったが、まさかこうすんなり快い返事をもらえるとは思っていなかった。
だがしかし、これで二人はカップルなのだ。これからはバラ色の恋人ライフが待っているだろう。
「俺はもう銃が恋人なんさぁ……そりゃあ、確かにリア充羨ましいけどもなぁ……恋人も欲しいよなぁ……」
だがしかし、キルラスの一言でアルベルトの舞い上がった気持ちが一気に奈落の底に突き落とされる。
「ん……? キル、今なんつった?」
「ん……? 聞いてなかったのかぁ? 俺も恋人欲しいなぁって言ったんだよぉ、アル」
春の嵐でフワフワしたままのキルラスは、無意識で発動した超感覚――白猫の尻尾――をふりふりと揺らしながら、アルベルトを撫でた。
道行くカップルを眺めながら、ぼんやりとアルベルトに語りかける。
ちなみに、普段の彼は訓練用のBB弾ライフルを使用してカップル狩をしているリア充キラーとして知られている。
「でもさぁ、俺もいつまでもリア充キラーなんて言ってらんないよなぁ……いいよなぁ、カップル……」
そんなキルラスに、アルベルトは再度アタックする。
「だ、だから俺はお前が好きなんだって!! だから俺と!!」
「うん、俺も好きさぁ。でもさぁ……確かに俺は銃が恋人だけどさぁ……」
「いやだから!!」
一向に噛み合わない会話に、アルベルトは絶叫する。
何が噛み合わないのかと言うと、アルベルトはモデルガン型のポータラカ人なのである。
今日はたまたまストラップサイズになってキルラスと一緒にお出かけだったのである。
つまり、現状としてキルラスは銃型ストラップに愛の告白をされたことになる。
「ああ、もちろんお前のことは大好きさぁ」
そう言って、キルラスはアルベルトをさらに撫でる。
「このストックも硬くて男らしいし……」
「お、おぅ……」
「マガジンも充分な包容力で弾がいっぱい入るしなぁ……」
「あ、ああ……うん」
「特にこの、トリガーの絶妙な柔らかさ……ああ……いつまでも触っていたい……」
「う、ううむ……」
アルベルトからキルラスへと向けられた感情は、完全に愛だと言っていいのだが、果たしてキルラスからアルベルトへと向けられた感情は愛でいいのかと言われれば、少々の疑問は残る。
だが、愛するキルラスに全身撫で回されて、悪い気はしないアルベルトだ。
「ああ……でも恋人も欲しいよなぁ……」
だが違う。決定的に何かが違う。
そんな心の叫びを抱えつつ、しかし恍惚とした午後を過ごすアルベルトとキルラスであった。
まだまだ、先は長そうだ。
☆
銃といえば、こちらも今、ひとつの銃を挟んで対峙しているコンビがいた。
「……桂輔? 何ですか、その姿は?」
アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)は銃を構えている。その照準はパートナーである柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)にロックオンされたままである。
「ま、待って!! 銃を向けないで!!」
桂輔はアルマの方へ両手をかざして一応の牽制をする。
ちなみに、場所は冷蔵庫の前である。
街で突然太った人が続出したというニュースはアルマの耳にも届いていた。
どうやら、その原因は『ぽんぽこ印のラクーンヨーグルト』にあるという噂も。
そして、そのヨーグルトはちょっと前から街で噂になっていた美容食品であることもアルマは知っていた。
何故かと言うと、アルマもまたそのヨーグルトを買って、大事に冷蔵庫にしまっておいたからである。
そして、噂を聞きつけたアルマがヨーグルトをチェックしようと冷蔵庫の前で発見したものはといえば、8倍ほどの体重に太ったパートナーだったというわけである。
つまるところ、桂輔がアルマのヨーグルトをつまみ食いしたわけだ。
「ア……アルマさん? ち、違うんですよこれは、別に俺はヨーグルトを食べたわけじゃ……」
ぴたりと狙いをつけられた銃口を冷や汗と共に眺めながら、桂輔はパートナーの名を呼んだ。
「ヨーグルト……つまり……桂輔は私が大事に大事に取っておいたヨーグルトを食べたんですね……?
それでそんなにぷっくぷくの身体になってるんですね……?」
結論はすでに出ていたが、あえて口に出すアルマ。
食べ物の恨みは深いのだ。
ちなみに、春の嵐の影響でご他聞に漏れず、彼女もちょっといだけ抑制が効かなくなっている。
「ま、まってアルマ!! 痛い痛い!!」
容赦なく銃弾が発射された、冷蔵庫から離れて逃げ惑う桂輔。
しかし、思いのほか太った身体は重く、思うように逃げることは出来ない。
格好の的であった。
「何ですかその姿は、ふざけているのですか? よくも人のヨーグルトを食べておいてそんなふざけた姿を私の前に晒せますね?」
「痛い、痛い!! つ、つい出来心だったんです!! あんまりにおいしそうだったから!! 撃たないで、撃たないで!!」
桂輔はひたすら情けない敬語で謝り続けるが、アルマの怒りは治まらない。
機晶姫といえど彼女の体は8割ほどが生体ボディ、生身の人間である。ヨーグルトの美容効果も充分に期待できたであろう。
美の恨みと食べ物の恨みは深いのだ。
「こ、今度必ずヨーグルト買って返すから!! 痛いです、痛いですアルマさん!!」
「当然です……ですが、盗られたものを返されただけではこの怒りは治まりそうにありません……!」
「ヨ、ヨーグルトだけじゃダメっ!? んじゃあ、髪とか肌にもいいって言ってた椿油も買ってくるから!! 助けてーーーっ!!!」
「……む、椿油店……それならばまぁ、いいでしょう……」
ようやく銃撃が止んだ。桂輔は太った身体のまま、その場にへたり込む。
「ふぅ……酷い目にあった……つまみ食いなんて、するもんじゃねぇな」
その傍らに腰を落とし、アルマは呟く。
「当然です……それに桂輔……食べたかったのなら、ひとこと言ってくれれば良かったのです。
『一緒に食べてもいいか?』って」
「うん……そうだな……ごめん」
食べ物の恨み以外にも、自分のミスに気付いた桂輔は、素直に謝るのだった。
☆
「うう……また迷惑をかけてしまいました……私は、どうしていつもこうなんでしょう……」
ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は呟いた。パートナーの柊 真司(ひいらぎ・しんじ)とリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)の3人で買い物に来たのはいいが、ヴェルリアが迷子になり、真司が何とかして見つける、という日常的な流れを踏んだところだった。
ヴェルリアは、極度の方向音痴だ。
その不満を本気で迷惑だと思うことは真司にはないのだが、やはりヴェルリアとしては迷惑をかけている、という思いを捨て去ることはできない。
「いつもいつも真司に迷惑ばかりかけて……いつか嫌われるのではないでしょうか。ああ、一体どうしたら……」
今日は特に春の嵐のせいで、ヴェルリアの落ち込みが激しい。それに、いつもならもう少し慰めてくれる真司だが、今日は黙って歩いている。
ひょっとして、怒っているのだろうか。
と、ヴェルリアが思ったその時。
「……ヴェルリア……」
その真司が後ろから抱き着いてきた。
「し、ししししん真司さん!?」
真司は真司で、春の嵐による葛藤と戦っていたのである。
こちらは率直にヴェルリアに対する想いを止められなくなり、ついに抱きついてしまったという形だ。
「すまないヴェルリア……抑えられない……」
「え……」
耳元でささやく真司の声に、ヴェルリアの胸が高鳴る。
ストレートに自分の感情を出すことが少ない真司は、ヴェルリアに対してもはっきりとした言葉で想いを伝えることはめったにない。
「ヴェルリア……」
後ろからヴェルリアを抱きしめたまま、美しい銀髪を撫でる。
「ああ、真司……嬉しいです……」
背中に感じる体温が心地いい。ヴェルリアはうっとりと真司を振り返り、視線を合わせる。
それが、合図だった。
「もう、ダメだ……ヴェルリア……」
「……真司……」
二人の唇が接近していく。こんな街中で、普段の二人だったらありえない行為だ。
そして、その行為を見守っているパートナー、リーラ・タイルヒュンの存在を忘れないであげて下さい。
「ちょ、ちょっと何なの二人してっ!?」
突然の展開に戸惑うリーラだが、すでに二人の世界に没入している真司とヴェルリアには、その声は届かない。
「何これっ!? いきなりの放置プレイっ!?
いきなり放っといてイチャつき始めるなんてどんな嫌がらせよ!?」
「ヴェルリア……ステキだ……」
「真司ぃ……」
ダメだこりゃ。
放っておくとその場でヴェルリアを押し倒して次のステップに進みかねない真司であるが、リーラはもうそれを止める気力もない。
「も、もういいわよ!! こうなったら私だって一人で楽しんでやるんだからっ!!」
と、荷物の中から先ほど買ってきた酒を取り出し、一人呷り始めるリーラである。
「いつもなら飲みすぎとか言われるけど、今日は好きなだけ飲んでやるんだからねっ!!」
ぐびぐびと、リーラの喉に吸い込まれるように酒が消えていく。
そんなことは気にもせずに、街角でイチャつき続ける真司とヴェルリアなのだった。
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