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リアクション
第2章
「真田、真田はおるかぁ!!」
とある家の玄関先に立った大男、長宗我部 盛親(ちょうそかべ・もりちか)が上げた大声で、家が揺れた気がした。
「――なんだ、騒がしい……っと、お前か」
家の中から玄関を伺った男、真田 幸村(さなだ・ゆきむら)は久方ぶりの友の顔に相好を崩す。他でもない、目の前の大男を家に呼んだのは幸村自身なのだ。
「長宗我部、よく来たな……と言いたいところだが、ずいぶん遅かったではないか? お前に文を遣ってからもうひと月は経とうというのに」
幸村と盛親の二人は英霊だ。パラミタが『出現』してからというもの日本の武将も多く現れているので、生まれ変わる前の知り合いが旧交を温めることも珍しいことではなかった。
今回は盛親の存在を知った幸村が、故郷の海でカツオの一本釣りをしていた盛親の元に手紙を送って呼び寄せた、というわけだ。
「ははっ、まあそう言うな! なにしろこっちの交通事情がよくわからんでなぁ、歩いて来たもんだから時間がかかってもうたのよ」
呆れる幸村の招きに応じて敷居をまたぐ盛親。
「――しかし、また随分と奇異というか――けったいな姿になったもんだな、お前も」
幸村の今の身長は174cm決して低いほうではないが、何しろ盛親は今245cmの巨躯、玄関の扉を通る時も頭をぶつけないように注意しないといけないほどだ。
「そうかい? 真田がちっこうなったんでねぇか?」
「煩い、そちらが無駄に体格がいいだけだろう!」
ふっ、と一拍おいて二人は笑いだした。
積もる話は山ほどあれど、今はとにかく再会を喜び合おう。
「ともあれ、良く来てくれた。主にも紹介しよう……お前さえ良ければ、此処に――我らの『家』に滞在して欲しいのだ」
幸村の主、とはパートナーの柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)のことだ。いろいろと複雑な事情を抱えた彼らではあるが、今は夫婦としてうまくやっている。
そして、家の奥から幸村と盛親の仲の良い様子を眺めているのが、その氷藍である。
盛親の大声で来客には気付いていたが、幸村の旧知のようだったし、なんだか親しげな感じがして出て行けなかったのだ。
「ぐぎぎぎ……なんだよあのデカブツ、突然やってきて幸村と親しげにしやがって……俺の嫁だぞ、俺の!!」
幸村と盛り上がっている盛親に遠慮なく嫉妬の視線を送る氷藍のさらに後ろから、もう一人のパートナー、クレナ・ティオラ(くれな・てぃおら)が廊下を歩いてやってきた。
「あれ……、お客様ですか? 今日は幸村と氷藍しかいない筈……?」
その時、盛親の背後から夏の香りのする、春の嵐が吹き込んだ。
「うぉっ――今日は風が強いのぅ。と、奥に誰かおるのぅ」
その風にあおられて、盛親のボサボサの前髪がふわりと舞い上がった。
「……!!」
クレナと盛親の視線が合う。次の瞬間、クレナは氷藍の後ろに隠れてしまった。
「おいクレナ、どうした?」
氷藍が見ると、クレナは盛親の視線から逃れるようにしている。いつもは聖女のように包容力のある彼女にしては珍しい反応だった。
「わ、わかりません……!! けれど、けれどあの人を見ていると脚が震えて……。お、お声を掛けたいのですけれど……」
「ん……? アイツが怖いのか? 確かにデカいけど……悪い奴じゃなさそうだぞ?」
「い、いえいえ……! 怖いのではないのです!! むしろとても素敵な方だと……。あの大きな手……低い声……」
クレナの頬はすっかり紅潮している。
「まさかお前……アレか。あのデカブツに……一目惚れってヤツか?」
珍しいクレナの態度をからかうように氷藍は告げた。
氷藍の言葉に、クレナはこくりと頷いた。
「は、はい……そうかもしれない……です」
「え、マジで? 冗談のつもりだったのに!? アレなのか? まさかの本当にアレなのか!?」
「……」
確かに、氷藍の陰から盛親を盗み見る彼女の瞳はすっかり恋する乙女の視線を送っている。
スプリングから吹き荒れる『春の嵐』の影響なのかもしれないが、とにかくクレナは盛親に一目惚れしてしまったのだ。
「……お前、変なところで変わってるなぁ……まあいいさ、個人の恋愛についてケチをつけるつもりはないし……んじゃあ、一肌脱ぐとするか」
まだモジモジしているクレナに先んじて、氷藍は玄関先の二人の方へと歩いていった。
「幸村、客人か? まぁ、大体聞こえてたけどな」
「おお、氷藍殿。こちら、古い知人の長宗我部 盛親でございます」
「ちょーそかべ? ああ、土佐の大名じゃないか。なるほどな」
氷藍の視線に、盛親もまた頭を垂れて礼を尽くした。
「長宗我部 盛親、旧知の友、幸村殿の招きに預かって参上した。よろしゅう頼む。
――まぁ平たく言やぁ、あんたの妻のダチ公じゃあ、しばらくやっかいになるんで、よろしゅう頼むわぁ!!」
豪胆な笑い声を上げる盛親に、氷藍もつられて笑い出した。なるほど、幸村の旧友だけあって、本当に悪いやつではなさそうだ。
が、しかし。
「ま、それはそれとして、今の幸村は俺の嫁なんで……」
氷藍はぽん、と幸村の肩に手を置く。
「……氷藍殿?」
次の瞬間、死角から幸村の腹に突き刺さるボディブロー!!
「ふっ!!」
「おぐっ!?」
一瞬の出来事に対応できず、白目を剥く幸村を抱えて、氷藍は廊下を奥へと歩いていく。
「ああ、案内はそこのクレナにさせるから、好きに使ってくれ……俺はこれからちょっと嫁の再教育に……」
ずるずると幸村を引きずって、家の奥へと消えていく氷藍。
後に残されたのは、玄関先の盛親。
「ふむ……話には聞いとったが、変わったおなごじゃな……と、もう一人おったか」
行き掛かり上、案内係にさせられてしまったクレナは、物陰からおずおずと姿を現した。もはや幸村の運命は余人の知るところではない。
「あ、あの……私、クレナ・ティオラといいます!! その……差し支えなければ……お名前を……」
「おう、長宗我部 盛親じゃ。……入っても、構わんかね?」
「は、はい!! 失礼しました、どうぞ……!!」
「ははっ、ここは愉快なヤツらが揃っとるな」
「ええ、みんないい人ですよ……。その……盛親様は、どちらにお住まいなのですか……?」
春の気にあてられたクレナは、どうにかして盛親の個人情報を聞き出そうと必死に尋ねるが、盛親はそれを笑い飛ばしてしまった。
「はははっ!! 本来なら幸村から正式に紹介されねばならんとこだろうが、どうもここに厄介になることになりそうじゃ」
「こ、ここに住まわれるのですかっ!? まぁ……なんという……」
嬉しさのあまりすっかり舞い上がってしまったクレナの表情に、盛親もまた笑顔を浮かべる。
「やれ、これもまた変わったおなごじゃ……せっかくじゃ、一曲聴いてみるかね?」
盛親は、荷物からギターを取り出してクレナに示した。
「は、はい……っ!! ありがとうございます、盛親様!!」
穏やかな春の風に乗って、盛親のギターの音色が家中に響き渡る。
なんとも言えない至福の時をゆったりと過ごすクレナだった。
「ふふふ……旧友とはいえ主を放っといて玄関先でイチャイチャしやがって……!!」
それはそれとして、奥の自室ではヤキモチを焼いた氷藍が幸村に襲い掛かっていた。
「いや氷藍殿!! イチャイチャとかしておりませぬから!!
あぁっ、何故縛るのですか!?
こんな昼間からそんな!! というかその凶悪そうな遊具はどこから!?」
「ふふふ……こんなこともあろうかと思って用意しておいたのさ……ほうら、よく動くだろう……?」
普段何を考えているのですか、あなたは。
「いかん、目が本気だ……お、おい長宗我部!! 助け……んむっ!!」
「んむ……助けなんて……呼べないようにしてやる……ふふ……ん……」
うんまぁ、仲良きことはなんとやら。
☆
「ふははははっ!! 今日この時こそがチャンスッ!!!」
随所で春の嵐にあてられてイチャイチャするカップル、突然太ってしまって困惑するカップルがあふれるツァンダの街角で、行動を開始した一団があった。
「そうら、そのデブった姿が貴様らの本当の姿なのだっ!! 鏡をよく見ろっ!! それが恋人にふさわしい姿かよく考えるのだっ!!」
突然太ってしまって困惑する人々に罵詈雑言を浴びせているのは、『独身貴族評議会』のメンバーである。
見れば、みな一様に太った姿をしているが、全身は肌色のタイツ状の趣味の悪いスーツで覆われ、仮面を被っているため素性の特定はできない。
『独身貴族評議会』とは匿名メンバーで構成され、あまりにモテない身の上を呪いすぎて頭のネジが2〜3本外れてしまった(頭の)可哀想な厄介者の集団である。
主な活動は、世の中のカップルをどうにかして破局させようとし、あわよくば自分がモテたいという欲求を満たせないかと画策することである。
もちろん、成功した試しはない。
今回かつどうを開始したメンバーは、もとより自分が太っていることにコンプレックスを感じ、そのせいでモテないのだとスタイルの良い男女を標的にする『ファットマッスル』を名乗っていた。
もちろん内心では痩せたいと思っているので、街で流行っていたヨーグルトも食べてみたところ、今回めでたく36倍の体重に跳ね上がった、というわけだ。
こうなればもうヤケである。彼らは街に出て同様の被害に合いつつも破局に至らないカップル憎しと大暴れしているのである。
「きゃーっ!!!」
もちろん、ヨーグルトを食べていない人間には無理やりにでも食べさせてデブを大量生産することも、今日の彼らにとっては重要な活動であった。
「な、何をするのですぅ!」
パートナーを探して街をさまよっていたフィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)もその標的である。
「ふふふ……可愛い花妖精ちゃん……!! 大人しくこのヨーグルトを食べるがいい……!!」
肌色のタイツを着た仮面の集団にヨーグルトを片手に迫られて大人しく食べる人間がいるわけもない。
じりじりと後ずさるフィーアだが、いかんせん相手の数が多い。その手にしたヨーグルトの容器を目にしたフィーアが驚きの声を上げた。
「あ、そのヨーグルトは、『ぽんぽこ印のラクーンヨーグルト』!! 流行ってるから食べてみたいと思ってたのに!! 食べたらそんなに太っちゃうなんて知らなかったですっ!! あ、だからさっき――!!」
「その通りッ!!!」
そこに、パートナーを救うべく現れたのが新風 燕馬(にいかぜ・えんま)である。
パートナー達から流行りの椿油とヨーグルトを買って欲しいをねだられて、毒味と思ってヨーグルトを食べてみたところ、あっという間に春の嵐の影響で太ってしまったのである。
その重さ、ざっと375kg。
その重さを利用してフィーアを取り囲むファットマッスルに向けてボディプレスを敢行したのだから、くらった方はひとたまりもない。
「ぐはぁっ!?」
その隙に燕馬の背後に隠れるフィーア。
「ツバメちゃん、どこ行ってたんですぅっ!?」
危ないところだったと抗議するフィーアだが、むしろそれは燕馬の台詞だった。
「いやいやいや、突然太った俺の胸部にショックを受けてふらふらしてたのはフィーアだろ」
「う……だって、まさかツバメちゃんに裏切られるとは思ってなかったですぅ……まさかデブのついでにちょっと巨乳になってるなんて……神は死んだですぅッ!! そんな脂肪燃やし尽くすがいいですぅッ!!」
と、そこにもう一人のパートナー、ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)も追いついてくる。
「あ〜ん、待ってよ燕馬ちゃ〜ん。もうちょっとぷにぷにさせて〜!!」
「いやだから、ローザもいつまでも太った俺の腹の触感を楽しんでてもしょうがないだろって」
「だって、気持ちいいんだも〜ん。もうちょっと、もうちょっとだけ〜」
「もうちょっとって、どのくらい……?」
「もう3時間くらい?」
「長い長い長い!!」
「いいじゃない、代わりに私の胸肉で遊んでいいから」
「ええい、我々を無視するなぁっ!!」
そこに、燕馬の登場で陣形を崩していたファットマッスルが体勢を立て直して三人を取り囲んだ。
中の一人がビシっとローザを指差す。
「そこの女ッ!! そんな脂肪よりも我々のほうがよりたぷんたぷんで気持ちいいぞッ!! 大人しく我々に付き合ってもらおうかッ!!」
しかし、ローザはその誘いには乗らずに燕馬の陰に身を寄せる。
「お断りよ、そんな醜い肉の塊より、燕馬ちゃんの方が気持ちいいもーん!!」
ある意味分かりきっていた回答だったが、それでもファットマッスルはお約束通り激昂してみせた。
「うぬぬぬー!! ならば無理やりにでもぷにぷにさせるまでよーっ!!」
3人を取り囲んだ肌色タイツの集団が、じりじりと距離をつめていく。
その時。
「アホですかーーーっ!!!」
突然、一人の少女が上空からその一団に突っ込んできた。
秋月 葵(あきづき・あおい)である。
ツァンダの街に異常を感じた彼女は、上空から街の様子を伺っていたのだが、妙に街の一角で起こっている騒動を聞きつけて突撃してきたのである。
過去、数回評議会のメンバーとも関わったことのある彼女、評議会の連中の思考パターンはすでに熟知していた。
「なんか街に太った人が続出してると思ったら……!! 今回もあなた達の仕業っ!?」
ステッキを構えて、ビシッとファットマッスルを示す葵だが、それでひるむ評議会ではない。
「ふん、魔法少女ごときにおびえる我々ではないっ!! ついでに言えばこの太るヨーグルトは我々が開発したものでもないっ!!
だがちょうどいい機会なので便乗させてもらっているだけだっ!! さぁ、お前もこの機会にたっぷりと太るがいいっ!!」
「――お断り、だよっ!!」
最初から説得など不可能なことは分かっている。騒動の原因が評議会にないのであれば、目の前の太った肌色タイツの集団はただの迷惑者でしかない。葵の容赦ない歴戦の魔術が炸裂した。
そんな街角の騒動を上空から眺めているのは、スプリングだった。
「相変わらず元気だね――葵は」
ふわりと感じる春の香りに、上空を振り向く葵。
「――スプリングちゃん?」
しかし、そこにはもう誰もいない。
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