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スパークリング・スプリング

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スパークリング・スプリング
スパークリング・スプリング スパークリング・スプリング

リアクション




第5章


「ふむ、ツァンダまで来た甲斐があったというものだな!!」
 と、アヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)はギラギラした視線を道行く人々に向けている。
 何しろ独自の治療法を提唱し、日々実践している彼女のこと、目の前にこんなに不健康かつ不自然な太り方をしている人々がいるのだから、多少テンションが上がってしまうのもしかたないというものだろう。

「ハハハハ、これは治療しがいがあると言うものだ!!」

 もちろん、そのテンションの上がり具合には春の嵐の影響が多分に含まれているのだが、本人にその自覚はない。
 そしてその様子を見守るのが、パートナーの高峰 結和(たかみね・ゆうわ)である。

「ア、アヴドーチカさん。その、治療というのは……」
 恐る恐る切り出した結和の心配をよそにアヴドーチカが取り出したのは、一本のバールである。
「もちろん、いつも通りだ。これで治療する」
 そう、アヴドーチカが提唱する治療法とは、彼女が繰り出すバールによるフルスイングで体内のツボを刺激し、気の流れを整えるというものだった。
 それにより体調の不良、また精神の乱調などあらゆる病状を回復することができるのだ。

 と、アヴドーチカは主張している。


 ちょっと独特すぎませんかお姉さん。


「ああ、やっぱり……」
 結和はいつもの流れに頭を抱えた。
 こうして街の人々をフルスイングして回るアヴドーチカを追い、その後始末に追われるのが結和のいつもの役割である。
 被害者役としての安定した揺るぎないポジションであった。
 もちろん、本人が望んだわけではない。
「ううう……なんだか太っている人も多いけどカップルさんも多いです……アヴドーチカさんが迷惑かけないようにしないと……。
 それにしてもカップルさん、ちょっと羨ましいな……。
 ……しばらく、会ってないな……どうしてるんだろう……元気に、してるといいな……」
 春の気にあてられているカップルを眺めていると、それはそれとして不安定な気持ちになってくる。

 結和にも、想い人はいる。
 ただ、遠方に留学してしまい、今は自由に会える状況ではなかった。
 常に全体の平和や他人の命を尊重し、自分のことはどうしても後回しにしがちな結和だが、潜在的には自分の幸福を追い求める心理は当然持っている。
 春の嵐はそんな彼女の中の感情を激しく揺さぶり、表面に引っ張り出してしまった。

「わ、私だって……もっとおでかけとか……デ、デートとか……」

 多くを望むわけではない。
 傍にいられるだけでもこの上なく幸せだったあの頃。
 それすらもかなわない現状を、呪うわけではないけれど。

「……会いたい、な」

 ぽつりと零れてしまった言葉とともに、心から落ちたひとしずく。
 それが視界の端を歪めようとした時。


「うわぁっ!?」
「ハハハハハ! ほら、次の患者だ!! 気をつけ!!」


 アヴドーチカが何かやらかしている音声と爆裂音が結和の耳に飛び込んでくるわけで。


「あ、あれ? アヴドーチカさん!?」
 その爆裂音で、自分が物思いにふけっていたことに気付いた結和は、慌てて走り出すのだった。


                    ☆


 なんだかんだで、鳴神 裁と物部 九十九、そして風森 巽と共に街中をハードに走り回ってダイエットするという一団に加わったブレイズ・ブラス。そしてウィンター・ウィンターとツァンダ付近の山 カメリアもさりげなくその一団に加えられていた。

「そら、走りながらツァンダー体操だ!! さぁイチニ! イチニ!!」
 妙にテンションの高い巽の先導で走る一行。その中のブレイズに上空から突然抱きついてきたのがライカ・フィーニス(らいか・ふぃーにす)である。
 背中に水色の翼『夢色幻光蝶』を広げ、勢いよく一直線だ。

「ブレイズさーんっっっ!!!」
「おおっ!?」

 以前、いくつかの事件を共に経験したことのあるブレイズとライカ、特にヒーロー好きのライカはブレイズと行動を共にすることも多かった。
 突然街の人間が太り始め、またカップルが異常に増大しているこの事態を見たライカは、何らかの事件の発生を感じ取り、ブレイズを発見し接近したのである。
 したのであるが。

 現在ブレイズはデブである。
「……ブレイズさん、久しぶりだねー……って誰?」
 そして、ライカは魔鎧であるエクリプス・オブ・シュバルツ(えくりぷす・おぶしゅばるつ)を装着している。
「……えーっと……誰だっけ? この鎧?」
 ブレイズはエクリプスと会うのは初めてなので、この状態では突然ゴツい鎧に抱きつかれたようにしか感じられない。
 ライカはライカであまりにデブってしまったブレイズを、本人かどうか認識し損ねていた。
 抱きつかれて困惑するブレイズだが、とりあえず状況を整理しようとする。
「いや、俺はブレイズで合ってる!! ちょっと太っちまっただけだ!! それよりお前は誰だ!? つか鎧が冷てぇ!!」
「あ、ブレイズさんで合ってる? なんか今、とても誰かに抱きつきたいんだよね!」
 春の嵐の影響で人恋しくなっているのか、ライカは鎧姿のままブレイズを抱きしめてしまう。
 だが、魔鎧であるエクリプスを装着したままのフルプレート姿では、相手がライカであると認識されていない。
 エクリプスは、そんなライカにそっとアドバイスした。

「ライカ、誰かに抱きつくなら俺を解除した方がいいと思うっすよ。何しろ今、俺の中は保冷剤で冷え冷えっすから」

 重厚な鎧姿という外見にそぐわない軽い感じの声が響いた。

「あ、そっか。これじゃ誰かわかんないよね……サンキュ、エクス」

 アドバイスに従って魔鎧の装着を解除するライカ。中からは今までのゴツい鎧姿からは想像できない、小柄な赤髪の少女が現れる。
「なんだ、ライカじゃねぇか。久しぶりだな!!」
 ようやくお互いを認識したブレイズとライカは熱い握手を交わす。
「ブレイズさん、久しぶりっ! ところで、みんなもしばらく見ない間に随分と見た目が変わったね!」

 ライカが見ると、カメリアもウィンターもブレイズも皆一様にデブっている。
「……実は、スプリングが大変なのでスノー……」

 それを受けたウィンターが、事の顛末を話し始めた。
 日頃の生活態度や、仕事状況のせいでスプリングを怒らせてしまったこと。
 それにより、スプリングの感情と共に春の嵐が暴走してしまったこと。
 その能力が街の住民の精神状態を乱していること。
 そして、狸の獣人 フトリのヨーグルトと春の嵐が異常反応を起こしたせいで、街に太った人が増大したこと。

「ふーん……みんな大変だったんだね……」
 ウィンターの話にうなずくライカ。
「……そうなのでスノー。どうしたらいいか、わからないのでスノー……」
 さすがにバツが悪そうなウィンター、鎧姿を解除したライカにそれとなく相談する。

「うん……あのねウィンターちゃん。私ね、地球に兄ちゃんがいるんだ」
「……そうなのでスノー?」
「うん、でもね。しばらくの間ずっとケンカしてたことがあって……。
 原因なんて、本当に何でもないくらい些細なことだったんだけど……。
 時間が経つにつれて、どうしてあんなこと言っちゃったんだろうとか、ああ言えばよかったんじゃないかなとか、ずっと後悔ばっかりしてたんだ。」
「……」
「だからさ。色々考える時間も必要だろうし、気持ちも整理したいだろうけど……。
 勇気を出すことも、必要なんじゃないかな」
「……勇気、でスノー?」
「うん。強い敵や、危険な状況に立ち向かうことだけが勇気じゃないよね。
 自分の心に立ち向かうことも、勇気なんだと……パラミタに来て、思うようになったんだ」
 ライカはパラミタに来てからの数々の冒険の記録を『冒険記』として綴っていた。それは彼女自身の日記のようなものだったが、時折それを読み返すことで、彼女自身のわずかな成長に繋がっているのかも知れない。
「だから……エクス、あれ出して」
「はい、よく冷えてるっすよ」
 ライカは、エクリプスの中からバナナを取り出して、ウィンターに手渡した。
「……?」


「勇気の出る、おいしいバナナだよ」


 極上の笑顔と共に。


                    ☆


「今それは関係ないじゃないですか父さん! いつもは影が薄いくせに、どうしてこういう時だけ主張するんです!!」
 凛・グラード(りん・ぐらーど)は苛立ちの末の言葉を、口から吐き出した。
 その相手はシオン・グラード(しおん・ぐらーど)。未来人である凛が自らの父と呼称する人物である。
 今のところ、未来人が『未来から来た』ことを事実として証明する術はない。
 ゆえに、シオンが凛の父親であるという凛の主張も、本人の自己主張にすぎないワケだが、ここでの問題はそこではなかった。
「影が薄い!? 大きなお世話だ! それを言うなら君は胸の方がだいぶ薄いじゃないか!!」
 対応するシオンも売り言葉に買い言葉、もはやどうでもいい口論を繰り返している。

 ツァンダの街を訪れたのはいいが、なんだか妙に不安定な気持ちになり、身近なパートナーに八つ当たりに近い形で口ケンカを始めてしまったのである。

 もちろん、その不安定な気持ちの正体はスプリングが巻き起こす『春の嵐』による精神的乱調なのだが、本人達にその自覚はない。

「あー……なんだこいつら」
 その親子喧嘩のような、痴話喧嘩のような光景を呆れ顔で眺めているのが、もう一人のパートナー、ナン・アルグラード(なん・あるぐらーど)
 街に入った途端、なんだか他愛もない会話から突然始まった口喧嘩を、止めるでもなくボンヤリと眺める。

「む!? むむむ胸はそれこそ関係ないでしょう胸はぁっ!!」
 日頃からサバサバしていて言動が男っぽいことを指摘だれた凛は、顔を真っ赤にして怒った。両腕をなんとなく胸部の前でクロスさせる。
「と、父さんはそんなだから女心が分かってないっていつも言われるんですっ!!」
「そ、そんなことは言われたことないぞ!!」
「言われてるんです、これから言われるんですっ!! 未来で母さんによく言われるんですっ!!」
「そんな風にズケズケ物を言うのも女の子っぽくないって言うんだ! もうちょっと女の子らしくしてだな……!!」
「女の子らしく!? そんなこと、貴方みたいな女心の分からない鈍感な朴念仁に言われたくはありませんよ、父さん!!」

 止める者がいないものだから、二人の口喧嘩は更にエスカレートしていく。
「……ん?」
 ナンの足元で従者である獣人、山田が『止めないの?』という顔で見上げている。
 そんな山田の頭をぽん、と軽く撫でてナンは呟いた。

「そうだなぁ……そろそろ止めた方がいい気もするんだが……。
 なんつーか、はっきりとした喧嘩の原因があるワケじゃないようだし……。
 正直めんどくさいし
「にゃっ!?」

 本音だだ漏れすぎ。

そうこうしている内、シオンと凛の喧嘩はいよいよクライマックスを迎えようとしていた。

 どうやら『鈍感な朴念仁』は、シオンの心にヒットしてしまったようで、冷静なシオンも珍しく更に声を荒げている。

「ど、鈍感は言いすぎだろう!? それに、君はいつも未来ではどうのこうの言うけれど、そんな証拠はどこにも――」
「――!!」
「おっと、すまんな山田。一役買ってくれ」
「にゃっ!?」

 シオンがそれを口にしようとしたのと、ナンが山田の頭にかけた手に力を込めたのとは同時だった。
 未来人である凛の身元を証明する術は何もない。あくまで本人の自己主張。
 だから、特に凛とシオンのように未来の子孫を自称する場合には、その関係性は互いの信頼関係だけを基に成り立っている。
 だから、『それ』は決して口にしてはいけない言葉。
 だから、『それ』がシオンの口からはっきりともたらされる前に、ナンは行動を開始した。
 とりあえず口喧嘩を終わらせるために、手元にあったものを苛立ちまぎれにブン投げて、事態をうやむやにするというナンの荒業である。

 もちろん、手元にあったものとは――山田のことである。


「あにゃあああっ!?」


 ナンにブン投げられた山田は、いつの間にかだいぶ接近していた二人の間に割って入るように飛んでいく。
「――っと!?」
「危ないっ!?」

 そして、そこに現れたのがアヴドーチカ・ハイドランジア。
「ふむ、おおまかな話は聞かせてもらった!! その拗れた仲を叩き治してやろう!! このバールでな!!」
 しかし、そのアヴドーチカに突進してくるのは患者ではなく山田である。
 後ろからようやく追いついた高峰 結和が叫ぶ。
「あ! アヴドーチカさん、危ない!!」
 しかし、アヴドーチカは飛来する飛翔体、山田に対して冷静な対処をした。
「――フッ!!」
「ぐわぁっ!?」
「うわぁっ!?」
 手にしたバールで飛んできた山田をフルスイング、打ち返された山田はまるでビリヤードのようにシオンと凛にぶつかって跳ね返り、そのまま大空へと飛んでいった。
 バールによる打撃を叩き込んだ物体から衝撃を伝え、間接的な対象者にも治療効果をもたらすという、アヴドーチカ式バール整体術の極意である。
 真偽のほどは不明。
 効果は学会での発表が待ち遠しいところである。

「うにゃあああぁぁぁっ!!?」

 こうして、山田は星になった。


「……ててて……大丈夫か、凛……」
「ええ……父さんこそ……」
 そうして初めて、理由もなく熱くなっていたことに気付く二人。
「……その、すまない。柄にもなく……頭に血が上ってしまって」
「いいえ……お互い様です……」
 だが、とりあえず強引に喧嘩が中断されたことにより、シオンと凛は冷静さを取り戻した。
 互いに謝意を口にする二人を見て、アヴドーチカは満足げに微笑む。

「ハッハッハ、どうにかバールの効果で治ったようだな!!」
「……絶対、違うと思います……あと、あの獣人さんは大丈夫なんですか……?」
「ま、そのうち戻ってくるだろ」


 いいんですかそれで。