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――中庭、車庫。

「いやー大量大量♪」
 毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が収穫物を見てホクホク顔になる。
 車庫を漁り得た物は自動車整備に用いる工具、そして車に使うガソリンである。
 ガソリンはタンクに詰められていた物を、持てるだけ持ち出した。
「しかし、この工具を持ち出した者は一体どこへ行ったのだろうな」
 大佐が呟く。車庫内を探索している時、工具は車の横に置きっぱなしになっていた。まるで使っている最中のように。
 ふと、視線を車に移す。そこにある車は、ただ沈黙を守るだけであった。
「まぁ、どうでもいいか。用は済んだしとっとと去るとしよう。先程も何やら妙な爆発音があったからな」
 興味を失ったように言うと、大佐はタンクを手に取った。

――東館1階、物置小屋

「……一体何があったというんだ?」
 物置部屋の前の光景に根暗モーフが呟く。
 広がるのは、何かが爆発したような悲惨な光景と焦げたような臭い。そして死屍累々。
「……こいつら、一体何したんだかなぁ?」
 転がる屍――グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)阿部 勇(あべ・いさむ)、そしてオリバー・ホフマン(おりばー・ほふまん)を見て根暗モーフが一人呟いた。
 果たして何があったのか――時は少し前まで遡る。

「さぁいざゆかん物置部屋へ!」
「あまり騒がないでください。聞きつけられても困ります」
 背負われドヤ顔になっているグラルダをシィシャが無表情で諌める。
「所で、何故武器をお探しになるのに物置部屋なのでしょうか?」
 シィシャがグラルダ、ではなく同行していた甚五郎に問いかける。
 グラルダと甚五郎達は物置部屋へと向かっていた。目的は武器の調達である。
「武器、というよりもチューン用にだな。あの正体がわからん奴らから武器を奪った際に使おうと思ってる。まぁ他にも色々用途はあると思うぜ?」
「わかっていないわね」
 甚五郎の言葉にふふんとグラルダが鼻を鳴らす。
「わかってない? どういうことだよ?」
「愚問。刀剣や銃器ではなく、工具こそが真の武器だということよ
「口を挟んですまないのだが、わらわにはそなたが何を言っているかよくわからないのだが」
「私も同感ですグラルダ。説明を求めます」
 羽純とシィシャに言われ、仕方なさそうにグラルダが口を開く。
「ネットで知り合った宇宙最強のエンジニアこと哀☆ザックさん――ああ、これハンドルネームね。まぁその人が言っていたのよ。『敵を殺るのに銃器は必要ない。カッターさえあればマグロだって殺れる』ってね」
「すまない……さっぱりわからぬ」
「わからなくて正解だと思います」
 顔を顰める羽純に、無表情であるが呆れた様な口調でシィシャが言った。
「私も『宇宙最強のエンジニア』とか正直よくわからないんだけど、不思議と説得力があったのよね……だから私は哀☆ザックさんを信じるわ」
 ぽつりとグラルダが呟いた。
「そういやわからないといや、なんでお前背負われてるんだ?」
「ああ、僕も気になっていたんですよ。怪我をしているわけではなさそうですし」
 オリバーと勇が、背負われているグラルダを見て問う。
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた! このグラルダ・アマティーは確かに完璧な頭脳と鋭い洞察力おまけに類希なる魔術の素養を兼ね揃えたパーフェクトな魔術師よ。けどそんなアタシにもたった一つ、他者に劣る点があるわ」
「一つでは足りないでしょう。そもそも完璧な頭脳とか全て自称ですし」
「黙れ。たった一つ劣る物……それは身体能力ッ! しかしそのウィークポイントを補う方法がこれよ! 万能たる頭脳と、それなりの移動力を兼ね備えた姿、これこそがアタシの究極完全体なのよ!」
「ちなみに身体能力に関してグラルダは過去に猫を追いかけて足を攣らせて死にかけた、というレジェンドホルダーです」
「そ、それは確かに凄い伝説です……」
「むしろ背負われていた方がいいだろうなそれは……」
「足攣って死にかけるってどういう状況だよ……」
 シィシャの補足に勇と羽純とオリバーが慄く。
「お喋りはそこまでだ……着いたぞ」
 甚五郎が物置部屋の前に立つ。扉は閉まっており、様子を伺うが中に誰かいる気配は見られない。
「中に何かあればいいのだがな」
 羽純が先程の探索結果を思い出し、ぽつりと呟いた。
「グラルダ、もし目当ての者が見つからなかった場合は貴方を射出するということで宜しいですね」
「いや宜しくないわよ」
「無かったら無かったで考えればいいだろ。開けるぞ」
 グラルダとシィシャの漫才を尻目に、甚五郎がノブを手に取り、扉を開ける。

――瞬間、扉に仕掛けてあったワイヤーがピンと張り設置してあったテルミット爆弾が爆発。爆風に、グラルダと甚五郎達は巻き込まれた。
 フラグ回収お疲れ様でした。

――そして現在に至る。
「……まぁ、何があったかはさっぱりわからんが、とりあえずこいつらは確保で」
 首を傾げながら根暗モーフ達が、爆風で気絶したグラルダと甚五郎達を運んでいく。
 
 どうやら宇宙最強のエンジニアこと哀☆ザックさんはグラルダに大事な事を教えていなかったようだ。『敵は身内にいることもある』という事を。

――西館1階、書斎。

「全く面倒になったわねぇ……」
「どどどどどどうしようパパ……」
「落ちつきましょうかリルくん」
 書斎の隅の方、月詠 司(つくよみ・つかさ)シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)リル・ベリヴァル・アルゴ(りる・べりう゛ぁるあるご)がそれぞれ布を被り息を潜める。
「しかし、本当に役に立たないわねぇ……」
 そっと布をずらして様子を見るシオン。その先には、
「あ、あら!? 何故ワタクシは捕まっているのですの!? というか薄い本は!? お宝本は一体何処!?」
「えぇい大人しくしろ! というか何を探しているんだお前は!」
「いえ、ここに販売開始早々瞬殺されたという薄いお宝本があると聞いて探していたのです! 何処に!? 薄い本は一体何処に!?」
捕まっているというのに根暗モーフに縋る様にしている天寺 御守(あまでら・みもり)が居た。
「ちっ……囮にもなりやしないとか使えないわねぇ……」
 シオンが忌々しげに吐き捨てる。御守が捕まっているのはシオンが舌先三寸で騙して放り込んだ結果である。
――現在書斎の中には根暗モーフが集まっていた。捕まったのは御守の他に、もう一人いる。
「おらぁッ!」
「ぐふぁッ!」
 床に転がった久我 浩一(くが・こういち)目がけ、根暗モーフが蹴りを入れる。咄嗟に身を丸めるが、衝撃に呻き声を上げる浩一。
「畜生! お前の……お前のせいでぇ……ッ!」
 根暗モーフの声には涙が混じっているようであった。
「い、いや……確かに申し訳ないと思うんですが……」
 苦痛に顔を歪めつつ、浩一が呟く。

――浩一が書斎に来た目的は、館のブレーカーを探す為である。
 館内には電気が通っている。ブレーカーの存在を把握していれば、いざという時に電気を消して足止めに使えるのでは、という判断からであった。
 そこで館内の構造を示す物を書斎で探そうとしたのだが、あっさりと書斎でブレーカー自体を発見してしまった。
「まぁ手間は省けてよかったんですがね……えーと、何処がどこに対応しているんですかねぇ……?」
 どのスイッチが何処に対応しているのか、確認している時であった。
「えーと……うわッ!?」
 何処かで、爆発音と地響きが起こる。
「今のは爆発? あ、しまった……」
 驚き、浩一はうっかりとブレーカーを切ってしまっていた。部屋の明かりが切れ、暗くなっている。
 慌ててブレーカーを上げると、部屋に灯りが戻った。
「ふぅ……す、少しの間ですし、大丈夫ですよね?」
 急いで戻したが、少しの間館は停電状態になった。この異常事態に根暗モーフ達が気づかないわけがない。
「……逃げた方が良さそうですね」
 浩一がそう決断し、行動に移そうとしたその時。
「「「お前かぁ―ッ!」」」
扉をぶち破る勢いで、根暗モーフ達が乱入してきたのであった。

「俺の! 気が! 済むまで! 暴力を! やめない!」
 根暗モーフ達は浩一をフルボッコにしていた。何故かと言うと、
「俺の! 俺の●時間を返せぇーッ!」
先程の停電で何やらとんでもないことになっていたようであった。時間と何があったかは想像に任せる。
「何やら相当な事があったみたいですねぇ……」
 その光景を見て司が呟く。彼らも書斎を調べていたのだが、根暗モーフが浩一に一直線だったのと、御守を生贄に捧げたおかげで隠れる事はできたのであった。
「はぁ……アイツら早くどっか行かないかしらねぇ」
 シオンは気怠そうに溜息を吐いた。
「ぱ、パパ……大丈夫だよな? 見つからないよな?」
「とにかく布をしっかりと被っていてください。【光学迷彩】を施してあるから見つからないはずです」
 司が落ち着かせるように、不安がるリルに言う。
「おい! そこに居るのは誰だ!」
 直後、書斎を捜索していた根暗モーフが司達に武器を向けた。
「……あっさり見つかったじゃないのよ」
「ば、馬鹿な……【光学迷彩】を施してあるのに何故……!?」
 ※解説:布が何枚あろうと【光学迷彩】は自分にしか効果が無いんだZE☆
「ツカサ、責任取りなさい……ワタシに良い考えがあるのよ」
 そう言うとシオンがそっと司に小声で策を話す。
「え、えぇ!? で、でもそれは……」
「いいからやるのよ。これ以上の策はないでしょう?」
「わ、わかりましたよ……」
 渋々と、司はシオンに言われた通りに動く。
「おい何やってるんだ!」
 ごそごそと動く布の塊に、根暗モーフが怒鳴る。すると布の一つから、パンツ一丁の司が姿を現した。
「ご苦労様です! 先輩達のお手伝いの為にこの辺りを調べていました!」
 そう言って根暗モーフに敬礼をする。パンツ一丁になり仲間のふりをする、という作戦であった。
「まだ私は新人なので皆さんの面識は「お前みたいな貧弱な後輩持った覚えは無いわぁッ!」なぁッ!」
が、あっさりと見破られぶん殴られ、吹っ飛ばされる司。
「ぱ、パパぁ!?」
「あーあ、やっぱ即席の変装は駄目ねぇ」
 壁を殴って鍛えた根暗モーフ達と、司の身体は明らかに違っており流石に即ばれる。
「お前らも大人しくしてもらおうか!」
 吹っ飛ばされた際、司はシオンとリルの布まで巻き込んでいた為二人もあっさりと見つかってしまい、捕縛されてしまうのであった。

――西館1階、浴場。

 浴場内は、緊迫した空気が漂っていた。
「さあどうしたでありますか? 来ないでありますか?」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が挑発する相手は武装した根暗モーフ達。
「そっちこそ、そこで突っ立ってるだけか?」
 根暗モーフも銃を向けるが、迂闊に撃てない状況であった。
 吹雪と根暗モーフ達の間には、水たまりが出来ていた。浴槽から溢れた水が、浴場から更衣室まで流れてきているのだ。
 そして水には漏電したドライヤーが突っ込まれており、現在電気が流れている状態にあった。

――吹雪の作戦というのは、浴槽の水を流し電気による罠を作ることにあった。囮を用いて罠に嵌め、根暗モーフの武器を奪うのが目的だ。
 本来なら廊下まで水浸しにさせる予定であったのだが、浴場は予想以上に広く、溢れさせても時間がかかりすぎる為嵌める場所を浴室内にと変更。
 だが途中で敵に気付かれ、膠着状態にと陥っていた。

「あばばばばばばばばばばばばb」
 水に足を踏み入れたイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が感電し、ビクビクと痙攣している。吹雪に騙され囮役を請け負ったのはいいが、結果一人だけ罠にはまってしまうのであった。
「なあ、そろそろ止めないとコイツ死ぬんじゃね?」
「戦いは非情なのであります」
 そう言って吹雪はイングラハムに目も向けない。
「ったく……面倒だな……」
 根暗モーフが呟く。状況的に言うと、追い詰められているのは吹雪達。電気による罠があるとはいえ、水に触れなければ問題は無い。遠距離攻撃可能な銃器を持っている根暗モーフ側が有利なのであったが、中々手を出せない理由があった。
「おっと、これが見える?」
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が持っている物をひらひらと見せる。それは二種類の洗剤の容器と、混ぜた中身入りビニール袋。
 洗剤は塩素系とアルカリ系。混ぜると毒性の強い危険なガスが発生する。撃ってコルセアが袋を手放した場合、浴場にはガスが充満して危険な事になる。その為迂闊に手は出せないでいた。
 尤もそのような状況になったら吹雪達もただでは済まない。強力な武器であるが、諸刃の剣であった。
 お互い何もできず、様子を伺うだけの時間だけが過ぎていく。

――だが、転機は急に訪れた。

「……何!?」
 一瞬にして、部屋の明かりが切れたのだ。
「何が起こったのでありますか!?」
「まさか停電!? まず……きゃあッ!」
 暗闇の中、コルセアの悲鳴が上がる。
「どうしたでありますか!?」
 吹雪の呼びかけに返事は無い。
「くっ……どうすれば……」
 何かが起きたことは間違いない。コルセアを助けに行くべきか、吹雪が悩む。
 その時、明かりが点灯する。
「……ちっ」
 目の前の光景を見て、吹雪が舌打ちをした。
 水から抜かれたドライヤーに取り押さえられているコルセア。そして、自分に銃を向ける根暗モーフ。
「大人しくするか?」
「……仕方ないであります」
 吹雪がゆっくりと両手を挙げた。
「さてこいつは……大丈夫か?」
 吹雪を縛り上げ、根暗モーフが見たのはイングラハム。長時間の電気を浴び続け、解放された今でもビクンビクンと痙攣を続けている。
「見捨てるわけにもいかないしな……」
 痙攣し続けるイングラハムを、根暗モーフ達が運んでいく。そんな彼からは何処かこんがりといい匂いがしたとか、しないとか。
 
――西館2階、仕事部屋。

 地図に『仕事部屋』と書かれた部屋には小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)エグゼリカ・メレティ(えぐぜりか・めれてぃ)がいた。
 現在根暗モーフは一人もいない。一瞬の停電により中にいた者達が飛び出してきた隙を狙い、侵入したのであった。

「うーん……探してもそういうシステムは見当たらないなぁ」
 パソコンを操作する美羽が呟く。
「そうかぁ……それじゃこの館にそういう物は無いのかもしれないね」
 コハクの言葉に美羽が頷く。
 二人がパソコンで確認していたのは、館のセキュリティ関連。警報や電子ロックのような物が存在するのかどうかである。
 しかし探してみてもそのような物は見当たらなかった。
「それじゃ次は役に立ちそうな情報を探してみようか」
「そうだねー……ねぇ、そっち何かあったー?」
 美羽が別のパソコンを操作していた恭也に問う。
「あ、ああ……あったというかまぁ、あったにはあったんだが……」
 恭也の言葉は歯切れ悪く、言い辛そうな様子であった。
「あったの? あったならそれで……ッ!?」
 恭也の操作しているパソコンを覗き込み、美羽が言葉を失う。
「どうしたの、美「コハク見ちゃダメッ!」わぁッ!? め、目がぁ! 目がぁ!」
 本日二度目の目潰し入りました。
「あー……見ない方がいい、って言えばよかったな」
 その様子を見て恭也が呟いた。
 画面に表示されている物は、所謂エロ画像。主に二次元が大半で、種類は多岐にわたる。その中でも今表示されている物は『来いよア●ネス! 倫理なんて捨ててかかってこい!』という所謂ロリ画像であった。
「データ漁ってみたけど他にはゲームとかそんなのしかない。仕事部屋っていうけど、どこが仕事だっていうんだろうな」
 呆れた様に恭也が呟く。
「しかし主、先程からそのような画像を何故ダウンロードしているのでしょうか?」
 恭也が【銃型HC弐式】でデータをダウンロードしている様子を見て、エグゼリカが問う。
「もしや主もその様な趣味が?」
「ちげぇ。もし襲われたりした時に切札に使えるだろ。こんなの持ってるなんて広めてやる、なんて脅迫すれば動きは止めるだろ……よし、完了」
 ダウンロードが終わり、【銃型HC弐式】を仕舞う。
「さて、こっちは終わったしそろそろ離れようぜ。アイツらいつ戻ってくるかわかりやしない……って大丈夫か?」
「え? あ、うんそ、そうだね! 行こうコハク!」
 慌てて床を転がるコハクを起こす美羽。
「ぼ、僕なんで今日目潰しばっかされるんだろ……」
 溜息と共にコハクが呟いた。その答えはきっと出ない。

――西館1階、食堂。

「……ここにいればいいんだけど」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が訪れたのは食堂。九条 レオン(くじょう・れおん)の装備は不完全。空腹になった場合訪れそうという判断からであった。
「……ん?」
 食堂を通り、厨房を覗きこむと何者かの姿が見える。
 トレンチコートに金髪ポニーテールの後ろ姿。同行した者で一致する格好をした者は記憶にない。
「ち……もうちょっと武器になるものが欲しかったなぁ……」
 九条が指にある【プロレスリング】を見る。今ある武器、というか装備はこれだけだ。玄関で武器になるような物を探したのだが何もなかったのだ。
「……よし!」
 気合いを入れると、一気に駆け寄る。相手が九条に気付き、振り返るが動きは止めない。
「先手必勝頂きぃッ!」
 拳を握りアッパー。【プロレスリング】で強化した拳が相手の顎を砕く――
「てぇぇぇ、ってえぇぇぇ!?」
ことなく腕を掴れ、九条の体は宙に浮き、何が起きたのかわからないまま背中から落とされる。
「……む?あなたは」
 追撃の拳が顔面を貫く寸前、相手――エルが九条に気づいたようであった。
「失礼。敵かと思いまして」
「い、いや、こっちも悪かったよ、うん」
 手を借り九条は起き上がると、
「……どっかで会ったことある?」
とエルの顔を見て言ったが「気のせいでしょう」と笑った。
 実は過去、仕掛けられたとはいえエルは苦情を路上でパイルを仕掛けて沈めた事がある。詳しい事は割愛するが、その事を思い出させて面倒事になるのを避ける為誤魔化すことにしたのである。
「……っと、そうだ! ねぇここ辺りで男の子見なかった? はぐれちゃって探しているんだけど……」
 九条がエルに細かいレオンの特徴を話す。エルは腕を組みながら、話を聞いていた。
「うーむ……その様な子は見ていないのですが……」
「ですが?」
「いえ、あれが気になりまして」
 そう言って指を指したのは、厨房の片隅にある段ボール。
「あれがどうしたの?」
「よーく見ていてください」
 エルに促され、九条が段ボールを見る。すると、ガタガタと揺れたかと思うと、すっと動き出した。よく見ると下に小さい足が見え、ひょこひょこと動かして歩いているようであった。
「よっと」
 足元を通り過ぎようとした時、エルが段ボールを持ち上げた。そこに現れたのは、
「レオン!」
「あ、ロゼ」
九条を目にし、嬉しそうな表情を浮かべるレオンであった。
「ああよかった……無事だったんだね……」
 怪我をしている様子も無く、元気そうなレオンを見て九条が安堵の息を吐く。
「所で、何で段ボールなんて被ってたの?」
「それはね、ロゼとあそんだげーむで、だんぼーるがさいきょうだってレオンまなんだから。これでたべものいろいろあつめたんだよ」
「確かに戦場に於いて段ボールは必要不可欠ですからね」
 レオンの言葉にエルが一人頷く。
「……とにかく、早く逃げた方がいいね。ここはなんか嫌な感じがするんだ」
「ならこの先に裏口があります。そこに行けばそろそろ他の探索者の方々が集まっていると思います。脱出の策が見つかっているかもしれません」
「わかった……君はどうするの?」
「私は時間稼ぎをしてますよ……と、その前に」
 そう言うとエルは厨房のガスに歩み寄ると、繋がっているホースを力任せに引き抜いていく。
「ロゼ、なんかくさい」
 レオンが漂うガスの臭いに顔を顰めた。
「ねえ、何してるの?」
 ホースを引き抜き終え、何かを壁にテープで留めて細工をしているエルに九条が問いかける。
「伏線は張っておいた方がいいですからね……さて、ここも危険になりますし、早く行きましょうか」
「そ、そうだね……ねぇ、やっぱりどっかであったことない?」
「気のせいですよ」
 最後までしらばっくれる気であった。