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リア充爆発しろ! ~サマー・テロのお知らせ~

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◆その4 キミたちは美緒がすきなのか、それともみおっぱいがすきなのか。

 
 暮れなずむ空は夕闇へと変わっていった。夜の帳が辺りを包み込む。
 日が沈んで気温は下がりつつあった。心地よい夜風が吹き始めた頃、空京の神社から祭囃子が聞こえてきた。祭りは通常通りに始まっていた。
 うっそうと茂った深い森に囲まれた境内には、提灯が幾重にも連なりながら明かりをともしており、少し離れたところからでは人魂が浮かんでいるようにも見える。
 さほど大きくない神社であったが、今年の締めくくりの夏祭りと結構大勢の人たちがお祭りを楽しみにやってきていた。
 すでにあちらこちらで不穏な騒動は起こっていたが、そこはそれ。警備を引き受けてくれた人たちもいるし対策も立てられている。問題なく安心して参加できるイベントとして催されていた。
 そんな中、周囲を警戒してびくびくしながらやってきたのが、難を逃れた泉 美緒(いずみ・みお)だった。すでにひと騒動を終えて、疲れ切った様子で俯いている。
「……お恥ずかしい。穴があったら入りたいですわ……」
 顔が火照って赤くなっているのは、さっきの行動を思い出したからというのもあるが、汚れを落とすために近くの施設で熱いシャワーを浴びてきたからだ。
 美緒はケチャップまみれになった浴衣から新しい浴衣に着替えなおしていた。薄桃色の生地に花柄の描かれた浴衣で帯は紫。まだ乾ききっていない縦ロールの長い髪の毛がお祭りの提灯の光を受けてしっとりと輝いている。
「すいません。何から何まで付き合ってもらって。そうまでしてお祭りに来たいのかと言われたら返す言葉もありませんが……」
 美緒は、一緒にお祭りに行こうと迎えに来てくれていた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)に申し訳なさそうに視線だけを送る。
 あの後……、小夜子は妙なゲームに巻き込まれて困っていた美緒を見つけて連れ出し、身体をきれいにさせてもう一度やってきたのだ。新しい予備の浴衣を美緒の部屋から持ってきてくれたのも彼女であった。
「……あそこで帰っていたのではつまらないですわ。こんな機会少ないんですもの、そうまでしてお祭りにこなくちゃ……」
 ちょっと照れた表情で小夜子は微笑む。彼女も、祭りの前に美緒に付き合って一緒にシャワーを浴びてきた仲であった。特におかしなことがあったわけではないのだが、こういうのも新鮮かもしれなかった。薄い生地の浴衣に包まれた豊満な身体のラインがはっきりとわかり、美緒と並んで歩いているとある意味圧巻だった。
「とりあえず、何か食べましょう」
 境内の両脇に軒を並べている夜店の屋台を眺めながら小夜子は言う。甘いものでも食べれば美緒の元気も戻ってくるかもしれない。
「綿菓子にするか、リンゴ飴にするか、天津甘栗もありますし、それともまさか……チョコバナナ……?」
「……わたくし、綿菓子がいいですわ」
 美緒は唾を飲み込むような表情になって答える。太るといけないので普段は健康的に節制している分、こういう時くらいしか味わう機会がない。そしてそれは小夜子も同じことであった。いかにも身体に悪そうな食べ物ほど美味しかったりするから仕方がない。
「おじさん。二つくださいな」
「……はいよっ」
 二人は屋台で綿菓子を購入するなり、さっそくちびちびとなめてみる。
「……おいしっ」
「ですわね」
 甘いものをなめながら夜風に吹かれてお祭りの会場を並んでてれてれと歩いていると、ほどなく美緒も気を取り直したのか、面白そうにきょろきょろし始めた。
「わぁ……ヒヨコさんがいっぱいいます」
 ヒヨコ釣りの屋台を見つけた美緒は、みっしりとヒヨコの詰められた大きな容器に近寄って行った。ピィピィ鳴いている色とりどりのカラーヒヨコを眺めながら美緒は首をかしげる。
「緑色やオレンジ色のヒヨコもいるのですね。私、知りませんでしたわ」
「いや、それは……色を付けてあるだけですのよ」
「大きくなったら、緑色の鶏になるのでしょうか……」
「そ、そうかもしれませんわね」
 小夜子は困った苦笑を浮かべた。屋台のカラーヒヨコは育たない。たいてい数日で死んでしまう。だが、それを美緒に伝えたものか否か……。
「こんなに狭いところにたくさん入れられて可哀そうですわ……」
 美緒はしばらくカラーヒヨコを見つめていたが、ややあって一つ頷くと浴衣の袖の奥から小さな財布を取り出しカードを引き抜く。
「全部くださいませ。お支払は一括で」
「……いやあの、そういう買い方をする場所ではありませんわ」
「わたくしだって、お買いものくらいは一人でできます」
「ここではカードは使えません。……って、だからって現金でもいいわけじゃなくて。そういうことではなくてですね……」
 このままでは金魚すくいを見つけたら金魚も浴槽丸ごと買いそうな予感に、小夜子は慌てて押しとどめる。
「ここはやめておきましょう。こんなにたくさん育てられないでしょう? 生き物を最後まで面倒を見るっていうのは大変ですわよ」
「そ、育てられます。毎日えさをあげてしっかりお世話できますから」
 まるで親にペットを飼わせて欲しいとねだる子供とのやり取りのような展開に、小夜子は心を鬼にして美緒の手を取り無言でその場を離れる。
 劣悪な環境に薬物による着色、蔓延する病原菌。どんなに丹精をこめて育ててもここのカラーヒヨコは鶏にはならない。飼っていたヒヨコが一匹でも死んだら美緒は落ち込むだろう。お祭りが終わったらあのヒヨコたちが処分されるであろうということも言うつもりはなかった。残酷なお祭りの裏側は見なくてもいいのだ。
「ああ……」
 名残惜しそうな美緒。だが、小夜子のもの言いたげな表情に気づいたのか、何かを察したように黙り込んでしまった。
「……」
 手をつないだまま、しばし二人は並んで星空を眺める。
「射的がありますわね。一緒にやってみませんか?」
 ほどなく、別の屋台を見つけた小夜子は気を取り直して美緒を引っ張っていく。
「うわぁ……。昔欲しかったゴム人形があります。古くてお店では売っていなかったんですよ。あれを取ればいいんですよわね……?」
「この離れた場所から銃で撃って当てたら、ね」
 すぐに気持ちを落ち着けなおした美緒に、小夜子は見本とばかりに屋台のおやじから銃を受け取ると、台の上の小さなキャラメル箱に狙いを定め撃ち取ってみる。
「すごいです、小夜子様。では、わたくしも……」
 今度はぬかりないとばかりに美緒はドヤ顔になって財布から万札を数枚取り出した。
「弾丸ありったけくださいませ。といいますか、あのゴム人形いただきたいですわ」
「ですから、そういうお買い物ではないのですって……」
 小夜子は呆れ気味に笑いながらも、美緒に射的を教えて一緒に楽しむ。
 二人だけのお祭りの時間は、ゆっくりと流れていったのだった。



「ちょうどよかった。俺も今来たところだったんだ」
 二時間以上前から美緒を待っていた如月 正悟(きさらぎ・しょうご)はそう言ってほほ笑んだ。
 風情のある夏のお祭り。こういう機会だから思い切って美緒を誘ってみようと、正悟は声をかけ美緒と待ち合わせをしていたのだ。
 彼女は意外にもすんなりとOKの返事をくれた。それでも、実際に会うまでは不安すぎる。やはり来てくれないのではないか、と。
 早く着きすぎたため、リア充の集まる夏祭りの入口の前でじりじりと待つ羽目になり、危うく神経がささくれ立つところだった。どいつもこいつも目の前でいちゃいちゃしやがって……。それでも、浴衣姿の美緒がやってくるとそれまでの欝憤など一瞬にして吹き飛んでしまう。
「……本当はずいぶんと待ってくださっていたのではありませんか? 申し訳ございませんわ。言いわけするつもりはないのですが、たてこんでしまいましたの」
 しょぼんとした表情で美緒は答える。
 真っ白な首筋にうっすらと浮かび上がる汗が、彼女が急いでやってきた様子を物語っていた。薄桃色の浴衣に上気した顔色が映えてとても艶っぽい。
 浴衣姿も美しく似合いすぎだった。正悟は思わず見とれて、とっさに言葉が出てこなかった。ちょっと声が裏返ったかもしれない。
「い、いやマジだって。マジで今来たところ。俺も寄り道しちゃってさ、美緒を待たせてしまったんじゃないかと心配してたんだ、うん……」
「本当はもう一人、お連れの女の子も一緒に来てくださるかと思っていたのですが、途中で帰ってしまわれて……」
 一人でやってきた美緒は少々心細そうな表情だった。
 正悟との待ち合わせ時間までは小夜子と二人で一緒に夏祭りを楽しんでいた美緒。
 小夜子は、美緒が待ち合わせをしているのを知ると、「実は私もこの後予定が……」などと言いながら去って行ってしまった。小夜子にこの後の予定などなかったのに……。気を使ってくれたわけだが、美緒は、お祭り見物の途中で無意識に何か失態をやらかしてしまい気分を害した小夜子が怒って帰ってしまったのではないかと、内心危惧していた。
「そうか……。それは悪いことをしたかな。いいお友達を持てて美緒は幸せだな」
 正悟は美緒を安心させるためにもう一度柔らかく笑みを浮かべる。それにつられて、美緒もすぐに笑顔を返してきた。
「ところで、先ほどからわたくしをじっと見つめておられますが、顔に何かついておりますか……?」
「い、いや、失礼。美緒の浴衣姿があまりにも素敵だったから」
 正面から見つめ返されて正悟は少しどきまぎした。なんというか……距離が近すぎる。その危なっかしい無防備さが一層彼の胸を掻き立てた。これなら誰にでも攫えるだろう。全力で守らないと……。
「正悟様も、よく似合っておりますわよ、その衣装。今夜のためにわざわざ用意してくださったのですね。ありがとうございます」
 甚平を小粋に着流している正悟に美緒は目を細める。浴衣姿の美緒に合わせるために雰囲気重視で選んできたのだが、満更ではない反応だった。
「……タンスの底に余っていたから着てきただけで、深い意味はないよ。……さあ、行こうか」
 そんなことを言いながら、正悟は美緒と並んでゆっくりと歩き始める。
 お祭りはかなりの賑わいだった。人いきれの中、美緒の甘い香りが涼しい微風に乗ってほんのりと正悟の鼻をくすぐった。
「結構な人が集まっているな……」
 正悟は自然と美緒の手を握っていた。放っておいたらどこかに行ってしまいそうで……はぐれないように、攫われないように。彼女を守ると誓ったのだから。
「……」
 美緒は、驚いたように正悟を見たが、特に嫌がったそぶりもなく軽く握り返してきた。そのまま、二人はのんびりと夜店を見て回る。
「……」
 しばらくためらってから美緒は複雑な表情になって言った。
「お気持ちを示していただいても、この間のお返事……まだ出来そうにありませんわ」
「いいさ。……というか、まあ仕方がない」
 正悟は気にしていない口調で答える。
 彼は、以前から何度も美緒に自分の想いを告白したことがあるのだ。
 その時美緒はこう答えた。『その気持ちが本当なら、わたくしを安心させてください。決して他の方に目移りしないと、行動で証明してください』と。
「ああ」
 そういえば……。色々あったなぁ、と正悟は思わず夜空を仰ぐ。
 先日のプール掃除の時にも、雅羅と派手な水着おっぱいプレイをやらかしたっけ……? 不可抗力とはいえ、あれを近くにいた美緒に見られていたのもまずかったかもしれない。彼の本心がどうあろうとも、不誠実な男と見なされても仕方がないのだろう。
 美緒は苦笑気味にため息をつく。
「まあ、いいですわ。お祭りですものね。今夜は普通に誘ってくれただけでしょう? そんな答えを求めているのではなくて……」
「まあな」
「でしたら、このお話はここまでにいたしましょう。わたくしも、今夜はお祭りを純粋に楽しみに来ただけですから」
 最初は身を固くしていた美緒だったが、心地よい夏の夜風に吹かれて心も落ちついてきたらしい。気を取り直してリラックスした様子で言った。
「お店がたくさん出ておりますわね。何かお召し上がりになりますか、正悟様。せっかく誘っていただいたんですもの。僭越ながら、今夜はわたくしがごちそういたしますわ」
 あれから自分も一回りも二回りも成長したのだ、と美緒は得意げな明るい笑顔を浮かべた。
「……気持ちは嬉しいけど、美緒に奢ってもらうつもりはないよ。むしろ、何でもほしいものがあったら言ってよ。ここは俺が出すからさ」
「そんな……申し訳ないですわ……」
 美緒は少し気兼ねした様子だったが、正悟の好意を素直に受け取って甘えることにしたようだった。人だかりを見つけて指さす。
「向こうにとても気になる風船があるのです。よろしければ、その……ご一緒に……」
「……ああ、ヨーヨー釣りか。いいよ、取ってやるよ。いくつほしい……?」
 正悟はにやりと笑うと、屋台の出し物に挑むことにした。これくらいは簡単だ。ほいほい釣り上げていく正悟をじっと見ていた美緒は、自分もやってみたくなったらしい。針を受け取るとまなじりを決して隣にしゃがみ込む。そろりと引き上げようとして……。
「きゃあ!」 
 薄い紙でできた釣り針はあっさりとちぎれた。
「あうう……どうしてでしょうか。もう一回やってみます」
「気張りすぎだ、美緒。肩の力を抜いて……そっちの端っこのやつを針の先で引っ掛けるように水に濡らさないようにして、だな……」
 正悟は美緒の手を軽く取ってコツを教えてくれる。何回か繰り返したのち……。
「と、取れましたわ!」
 苦労して手に入れた水風船に、美緒は歓喜の声を上げた。宝物でも手に入れたようにはしゃぎまわる。ゴムを指にはめると物珍しげにパンパンと弾き始めた。
「こんな面白い遊びがあったなんて知りませんでしたわ。ありがとうございます。この風船、大切にしますわ」
「良かったな、美緒。……俺も、たくさん取ったけどこんなにいらないや。この一個だけでいい」
「……色がお揃いですわね」
 満足した美緒は、屋台を離れると再び正悟と並んで歩きだす。正悟は美緒に負担をかけないように気遣いながら、そんな彼に美緒はちらちらと視線を投げかけながら、無言の時間が流れていく。
「……」
 ずいぶんと長い間歩いていたように感じたが、実はたいした距離を歩いていたわけではない。
 噂の境内の裏の大きな木の傍まで来ると、正悟はほっと溜息をついた。美緒との二人だけの空間。大切に、もう少しゆっくりしていくとしよう。
「ちょっと、休憩しようか……ついでと言ってはなんだが、一緒にやらないか、線香花火」
 正悟は、美緒と一緒に楽しむために前もって隠し持っていた線香花火を取り出すと、美緒をエスコートしてさらに人目の付かない森の奥へと入って行こうとする。
「……今夜無理して付き合ってもらったおr」
 ズボリ。
 派手な転落音とともに、正悟の言葉が途切れた。
「……!?」
 美緒は何が起ったのかとっさには理解できないまま、両手を口に当てて後ずさる。突然、目の前から正悟がいなくなったのだ。
「……えっ!?」
 突然、足元に空いた大きな穴。正悟は深い落とし穴の底へと転落していた。
「リア充、爆発しろ!」
 次の瞬間……。不気味な怨嗟の声と同時に、森の奥から疾る人影。
 嫉妬とトラウマを充満させた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が、今宵孤高のパイ拓ハンターのフリーテロリストとして現れる。本気のどく黒いオーラを身にまとい威嚇の唸り声をあげる彼女は、すでに狂った野獣。墨のたっぷりしみ込んだ大判の紙を構え、立ちすくむ美緒に迫る。
「……っ!?」
「……まて、そうはさせn」
 予め吹雪が罠として掘ってあった落とし穴から這い上がろうとする正悟。だが……
「アッ――!?」
 彼の腰に気持ち悪くまとわりつく感触があった。ナノマシンからタコのような宇宙人スタイルへと変貌を遂げたイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)は、ショッキングな光景とともに、正悟の甚平を脱がしにかかる。
 吹雪のパートナーであるイングラハムもまた、フリーテロリストの一員としてリア充を待ち構えていたのだ。
「女ならパイ拓。男なら金拓を取ってやることにしたのであるよ」
「うわやめろなにをすr」
 拓を取るために衣裳を剥ぎ取ろうとするイングラハムに絡みつかれて、正悟は暗い穴の底へと転がり落ちていった。
「ほう、これはなかなか立派な……」
「アッ――!」
 暗い闇に正悟の断末魔が響き渡った。
 彼の熱い想いは、線香花火のようにひと時だけ輝き、儚く燃え落ちたのであった。
「ああ……」
 あまりの出来事に、美緒はその場に硬直する。怒りのフリーテロリスト、吹雪の迫力に呑まれ、胸を両腕でかばいながら怯えた目で震えていた。
「くくく……、リア充を大量生産するその胸の巨悪、拓にして残してやるであります!」
 吹雪は容赦なく襲いかかってくる。力任せに草むらに押し倒し、美緒の浴衣を目いっぱいまで脱がせた。
「い、いやあああああっっ!」
「ぐへへへへ……」
 強姦魔ばりの邪悪な笑みを浮かべた吹雪は、墨の染み込んだ紙をあらわになった美緒の胸に押しつけようとして。
 ゴンッッッ!
「ぐふっ!?」
 不意に、こめかみに強烈な衝撃をくらって吹雪は吹っ飛んだ。
「よりにもよって何をしてくれやがるんだ、この野郎!」
 吹雪よりもさらに怒りのオーラを纏った男は、祭りが始まってからずっと美緒の様子を見守っていた柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)だった。
 本当は美緒を誘ってお祭りを楽しもうとやってきたのだが、彼女には先約がいた。楽しそうな笑顔を浮かべる美緒の姿にすっかり出そびれていた恭也は、さんざんに見せつけられじらしプレイを食らい、強力な非リアの一人としての暗い情念とパワーを秘めていた。
「祈れ悪党。貴様に今宵の月は拝ませない」
 不意打ちで強烈な蹴りを食らい地面に転がっていた吹雪に信号弾を撃ち込んだ恭也は、【我は射す光の閃刃】を連発して、問答無用で葬り去ろうとする。
「これで終わりだ! 我は射す光の閃刃!」
「空蝉の術!」
 激しい光に視界を灼かれながらも吹雪は必死で退却する。まだ戦える。まだリア充たちを爆発しつくしていないのに、こんなところで朽ち果てるわけにはいかなかった。体勢を立て直して反撃だ。用意してあった墨を辺りにぶちまけながらなりふり構わず姿を消す吹雪。同時に、穴の底で正悟の拓を取り終えたイングラハムの気配も消えていった。
「……逃がしたか。ったく、せっかくの夏祭りなのによ。こんな阿呆な事しないで普通に楽しめよ」
 そこいらに潜んでいた無名のテロリストを身代わりにして逃げ切った吹雪に、恭也は舌打ちする。だがすぐに、美緒に向きなおった。
「よお、大丈夫だったかい、お姫様……」
「……」
「大丈夫じゃねえよな。……すまねぇ、出てくるの遅すぎたわ」
 とりあえず重大な被害は防げたものの、ぐったりと力を失っている美緒を労りながらそっと抱き起こす。
「……心配するな。何も見てねえよ」
 恭也は、美緒の乱れた浴衣を直してやるとそのままお姫様を抱くように両腕で抱き上げた。ひどい目に遭ったのだ。彼女はほとほと疲れ果てているだろう。医務室で休ませてやるか、と恭也は美緒を姫抱きしたまま歩きだした。
 と……。
「……」
 よほど怖かったのか、美緒は抱かれたまま無言で恭也の胸にすがりつき顔をうずめてくる。
「……いいぜ、俺の胸でよければいつでも使いな」
「……いいえ、すいませんでした。もう大丈夫ですわ」
 美緒はすぐに顔を上げた。ほっと安心したのか、表情を和らげる。
「助けてくださってありがとうございました。お心遣いにも感謝いたします。ですけど……わたくしこれでも慣れているのですよ、こういう出来事」
 言うと、美緒は恭也の腕の中から離れようと身を起こした。
「……おっと、無理しないほうがいいぜ。もう少し休んでな」
「皆さんこちらを見ていますわ。また変な人たちが出てきたら大変ですし」
 みんなに見られても全然平気だし、テロリストに襲われるってことはリア充ってことだし、全然困らないんだけどな、と恭也は思ったが、美緒が恥ずかしがっているような気がして、無理じいしないことにした。
 何事もなく、元気を取り戻して一人で歩けるならそれに越したことはないし、強引で嫌われたら元も子もない。
 美緒を放して手を貸してやると、彼女は一人で立ち上がった。心を落ち着けるように何度か深呼吸をしてから、美緒は笑顔を向けてくる。
「重ね重ね感謝いたします。このお礼はいつか必ずさせていただきますわ」
「それはいいんだけどよ。……なんなら、この後は俺がお祭りを案内するぜ」
 恭也が思い切って誘うと、美緒は少し考えてから頷いた。
「せっかくですので、お言葉に甘えさせていただきますわ。……何かお召し上がりになりますか? 些細ながらわたくしがごちそういたします」
「だから、いいって。女の子に金出させるわけにはいかねぇよ」
 同じようなやり取りをしながら、恭也は美緒とお祭りを見て回ることになった。
「ところで……」
 ふと気になって恭也は落とし穴の掘られてあった事件現場を振り返る。正悟は穴の底で何があったのか、しばらく出てくる様子はなかった。
「あいつ……、助け出さなくていいのかよ?」
「正悟様は強いお方ですわ。それに……」
 美緒は言って……。珍しいことに少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「わたくしと歩いているときにも、他の女の子の胸を見ておられましたので……」