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第2章 こもれび観光


 中央にそびえるオークの大樹には、海面と接する部分から一定間隔、幹を取り囲むように広いデッキが設置され、枝からは橋や吊り橋が伸びている。それは他の周囲の木々に繋がるように、放射状に伸びていた。
 人々は樹上都市のあちこちから、笑いさざめきながら花や葉で飾られたデッキを歩きつり橋を渡り、大樹の太い枝に設けられた、遠目に見てもひときわ色に満ちた広場──フラワーショーの会場へと向かっていた。
 けれどその歩みは時々止まり、時々わっと声が起こる。
 至るまでの幾つかの樹木。月桂樹やトリネコなどの木々の枝では、今日の日のために住民が大道芸や演奏を披露し、屋台を出したり、飲み物を振る舞っていたのだ。
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)もまた、日除けの麦わら帽子姿でレモネードを片手に、大道芸を見物していた。
「わあ、すごいですね! ね、マーガレット!」
 目を輝かせるリースに、爪先立ちをして覗いていたマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が頷く。
「うん、そうだね。それにしても、どこにでも大道芸ってあるんだねー」
「セリーナさんも見えます?」
 リースの前、車椅子に座ったセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)は、傍らの賢狼・レラの頭を撫でながら、
「大丈夫よ、ありがとう」
 のんびりとした口調で言った。
 空を舞い小さな掌の間を行き交う、幾つもの押し花の箱。頭に生えた白詰草を花輪にした、花妖精の少女が見せる器用なジャグリングに、リースは思わず我を忘れて拍手をしそうになる。
「ふふふ、リースちゃん、レモネードがこぼれちゃうから控えめにね?」
「は、はい、そうでよね」
 セリーナの言葉に、リースは控えめにぽん、ぽん、と手を叩く。何時もは自分をあまり出すことのないリースだったけれど、澄み渡る空と海、木々の上という非日常、何よりパートナー達と一緒だからか。少し開放的な気分になっていた。
「リース、さっさと飲み干しちゃおうぜ。なんだったら俺が……」
 もう一人のパートナーナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)がリースの頭上から手を差し出し、さっとコップを奪おうとするのを、
「駄目ですよ、ナディムさんはもう飲んだでしょう?」
「あれはクローバー、こっちはアカシアだろ?」
 本気なんだか分からない口調のナディムからコップを守るため、リースはぐいっと甘い液体を飲み干した。
「もう飲んじゃいましたからね。……あら?」
 ちょっとわざと咎めるような目でナディムを見てから、大道芸に視線を戻したリースはあることに気付いた。
 ジャグリングを続ける少女の隣には、像が立っていたはずだ。いや、今も立っている。
 ブロンズ像だ。守護天使と花妖精が、額縁を支え合って記念写真を撮っているように見える像。
「ブロンズ像……わ、私の覚え違いかもしれないですけど『花妖精さん』と『守護天使さん』の位置が逆じゃないですか?」
 リースがパートナー達を振り返った。
「も、もしかしたら精霊さんとか幽霊さんがブロンズ像を動かしたのでしょうか。それともガーゴイルの一種かも……」
 ごくりと喉を鳴らすリースは至極真剣だった。鼻の上の“司書の眼鏡”の位置を直して目を凝らす。
 一歩、二歩。像に近づいて横から下から斜めから。見回したけれど特に眼鏡に反応はない。“ディテクトエビル”をかけてみたが、反応はない。
「動きましたよね?」
「うーん、どうだろう? あたしどの像がどんな風に建ってたか覚えてないんだよね」
 首をひねるマーガレットに、同意するように頷いたセリーナは、堅狼の頭をひとつ撫で、
「お利口さんなレラちゃんなら臭いでブロンズ像が魔物かどうか分かると思うわ。臭いを嗅いできてもらえるかしら」
「じゃああたしは、前に煩い教えてもらった『だるまさんが転んだ』って日本の遊びをしてみるよ」
 もしかしたら驚くかも、と、言いだして像に集う彼女たちを、一人ナディムは頭をかいて観ている。
 あれは大道芸じゃないかと言いかけたが、彼女たちがとっても楽しそうだったからだ。
(……どっかに金入れるところがないか……あ、あったあった)
「だーるーまーさーんーがー」
 像の前に広口の器があるのを見付けて、ナディムはすたすたと進み出る。
「こーろーんー……だっ!!」
 彼が1ゴルダを器に入れた時、マーガレットが素早く振り向いた。
 像の──ポーズが、変わっている。
「あ、やっぱり変わってました!」
 リースが嬉しそうに手を合わせた時、花妖精の像は足元にまとわりつく賢狼のレラの鼻先でくんくんされて、押されて、くすぐったさに思わず一歩、後ずさってしまう。
「あ、また動きましたよ!」
「これ大道芸だろ、スタチューって言うんだぜ」
 ナディムが言えば、ブロンズの肌と服を纏った花妖精は恭しく一例をして、守護天使はその横に立つとウィンクを一つ、そして再び、新たな恰好のまま再び止まった。
 ひとしきり満足したのかリースはスゴイですね〜本物みたいですね〜と頷いている。
「ね、あれ行こうリース! 何か動物とか作ってもらえるみたいよだ!」
 こちらも満足したマーガレットは、人ごみの中に浮かぶバールーンブーケを見付けて走っていった。


 揺れる吊り橋を渡り終え広場に足を踏み入れると、フラワーショーの会場だ。
 そこはまるで、デッキまるごと庭園であり、花畑だった。背の低い草、膝の高さで揺れる花、腰までそして時に背の上まで伸びた花。
 普段は茶色一面に見える広いデッキの木の板を並べた床面、その殆どは花で埋められ、わざわざ“道”が作られているほどだった。
 幹の近くにあるステージとオープンカフェは開けていたが、大樹の小さな梢が伸びて木陰を作っていたし、ラティスやハンギングバスケット、それに鉢があちらこちらに飾られており、庭園とのギャップによる人工的な雰囲気をなるべく与えないようにされていた。
 目を奪われて、一瞬目的を忘れそうになったディンス・マーケット(でぃんす・まーけっと)は、風で顔を覆った薄茶の髪を払い、瞬きをした。
(タダ遊びに来たワケじゃないのネ。日々これ精進、訓練ヨ)
 振り返れば、パートナーのトゥーラ・イチバ(とぅーら・いちば)は数メートル離れたところで、出展されている草花を見て呆としている。
 トゥーラも気になる作品でもあるのだろう、と、ディンスは彼を気にしつつも、距離を詰めずにのんびりと歩みを進める。が、その顔は商人らしいものになっていた。
(もしここの花が商品だったラ……どうやって売ろうカシラ? ここは海の上だから、根を広げる植物が売れるのカシラ?)
 たとえば自身が花屋だったとして、輝くばかりの植物をさらに魅力的に見せるにはどうしたら良いか。店内のインテリアはどうするか。どう配置と包装を整えて、花々の取り合わせを変化させて……どんな時に、どんな人にアピールするか。どうやって宣伝するか。たとえば売り文句は? どんなフェアを開く?
 ──どうしたら、もっと綺麗だと思ってくれるだろう。
 この場所には、一般的に言って「商品」にならないような雑草も、展示されている。タンポポ、カタバミ、白詰草に菜の花……どれも道端で良く見かけるものだ。それが一つ一つ可愛らしい小さな鉢に収まって、可憐な姿を披露している。当然、誰かが育てたのだ──精魂を込めて。
 変哲のない花も、誰かの手と愛情をかけられたら特別になる。
(どうしたらこの雑草の、花弁の一枚まで瑞々しく、葉も欠けてない健康な姿ヲ、お客さんに伝えられるカシラ? 育てた人の心ハ、何処まで伝えられるカシラ?)
 そう自然と考えてディンスはふと我に返った。
 過去の貧しかった頃にも、日々の糧を得るために同じように考えを巡らせたが、それは主に消費する側の欲望を生みだし、かきたてる方法の研究だった。
 今の自分はただ自然に、「商品」のありのままを、自分の感じたことを、伝えたいと思うようになっていた。
 そう考えていた自分自身に少し驚いて、彼女は再び瞬きをして、トゥーラの方を振り返る。
 トゥーラは歩きつつ、立ち止まりつつ、彼自身に思いを馳せていた。
(……この色……)
 見たことがある。それは記憶、どこかの記憶。
 目の前の花が滲んでただ色になって記憶と混じる。草原か道端なのか、それすらも思い出せない、ただ幼い夏の日の記憶。
 明るい日差しと肌に照りつける太陽──だが思い出そうとすれば、今瞼に差し込む光に、現実の日差しに、熱に、周囲の鮮やかな色に目が眩んで、記憶が途切れる。
(……あの花も……覚えがあります)
 トゥーラは霧散した記憶を追いかけるように、再び他の花に近づく。
 そして屈めば、記憶の中で鼻先をかすめる草の匂いをかいだ気がした。
 海上の賑やかな声は、一緒に草原で遊ぶ子供たちの歓声か、遠くの広場か、それとも市場か。
 傍らを通り過ぎていく人々の運ぶ風は、駆けまわる子供たちの気配か、さっと吹き抜けたただの風だったか。
 現実が記憶と入り混じり、目の前の葉にそっと撫でるように手を触れたけれど──その感覚は記憶にあるものとは程遠い。
(違います、あれは……もっと、ざらざら……していました)
 断片的に蘇る、生々しい指先の感覚。
 あの景色をもう一度見たい、あの記憶に揺れる花の名を知りたい、手を触れたい、土を踏みたい──。
 胸の奥で心臓が高鳴り、そんな想いが残っていたことに、トゥーラ自身も驚いていた。
(……いつか、帰りましょう)
 熱を確かめるように胸に手を当てていると、ディンスが声を掛けてきた。
「まだまだあっちも見てないヨ。全部回るんだヨネ?」
 彼は何か普段とは違う雰囲気のディンスに、普段の穏やかなアルカイック・スマイルを浮かべて応じた。
「そうですね」
 二人は並んで、秋の庭へと歩いていく。