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盛夏のフラワーショー

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盛夏のフラワーショー

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 一方で、まだ四季の庭を巡っているカップルたちもいた。
「ねぇ羽純くん、あの花綺麗だね」
「そうだな」
「見て羽純くん、このお庭ちょっと英国式じゃない? あ、英国式って分かるかな。えーと、有名な庭師さんの作品なんだね」
 遠野 歌菜(とおの・かな)が上機嫌で、鼻歌でも歌い出しそうなので、夫である月崎 羽純(つきざき・はすみ)は不思議に思う。
「何を笑っているんだ?」
「んー……華やかなお花が色彩鮮やかで、良い香りに包まれて……自然と笑顔になっちゃうんだよね♪」
「そうか、俺も花にはそこまで興味はなかったが……、美しいものだな、悪くない」
 咲き誇る花々に目をやって、羽純はひとつ目を引かれた花を指差した。
「あの白い花は何か知っているか? 俺は詳しくないので分からないのだが」
「私だってそんなにお花の事に詳しくないよ」
 だからねー、と、歌菜は肩にかけた鞄の中からごそごそと一冊の本を取り出した。
「そこで! これを持ってきました!」
「『パラミタ植物図鑑』、か。ふむ……調べながら鑑賞は……悪くないな。気が利くじゃないか」
 感心した夫に頭を撫でられて、歌菜はふふふと得意げに幸せそうに笑って、パラパラとページをめくった。
「そうだよ、これで調べながら見て回ろう。……あのね、この花はスノードロップだって」
「俺はデジカメを持ってきた。気に入った花があったら撮っておこう」
 二人は仲良く肩を並べて道を歩く。歌菜ははしゃいでいるのか、普段より足取りも軽く早い。羽純は彼女に歩調を自然と併せながら、花よりもついそんな歌菜の方に目が向いてしまう。
「家の庭にもこのお花を植えたいね〜」
「ねぇこれなら、いつでもお料理にも使えるね。ちょっとお庭で摘んだ新鮮なの、食べてもらいたいなぁ」
「あ、このお花、花言葉も素敵! ね、ちょっとデジカメ貸してくれる?」
 歩いたり、走ったり、立ち止まったり見上げたりする彼女の一挙一動を微笑ましく見ながら、羽純もデジカメのシャッターを押していく。
 やがて歩き疲れた彼女たちは、オープンカフェに入った。
「いい香りだね。ここから見える眺めも素敵……何見てるの?」
「さっき撮った写真の確認を──」
 彼の言葉が終わる前に、歌菜はデジカメに手を伸ばす。
「私にも見せて」
「帰ってからでいいだろう?」
「羽純くん、撮影した写真見せて?」
 歌菜は語調を強めて、繰り返す。断られると余計見たくなるのが人間の性というものだ。
「駄目だ」
「え? 何で駄目なの? むー怪しい」
 歌菜は手を引っ込めようとする夫を無視して、尚もデジカメに手を伸ばした。
「いいから、見せて」
「駄目だってこら……」
 歌菜は抵抗する夫の手からひょいっと取り上げて、中身を確認して──歌菜の顔がむくれた。
「何時の間に? ズルイ」
「ズルイって何がだ」
 意味を取りかねる羽純に、歌菜は宣言した。
「私も羽純くんを撮りたい!」
 言うや否や、彼女はぽかんとした顔の羽純にカメラを向けると、すかさずシャッターを切る。
 そんなやり取りを近くで見ていたウェイトレスのは、申し出た。
「二人一緒に並んだ写真、撮りませんか? 良かったらあたしが撮りますよ、任せてください〜」
「いいんですか? お願いします」
 おい歌菜、と羽純が止める間もなく彼女は葵の手にデジカメを渡してしまう。
「こうもうちょっと椅子を寄せてくださいね。そうそう、奥さんを避けないで、奥さんそう、ぴったりくっついてくださいね〜。
 はい、お花も入りますからね〜。いいですか〜、はい、チーズ♪」
 二人の照れたような、幸せそうな笑顔は、またアルバムの大切な一枚になるだろう。


 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)桜葉 香奈(さくらば・かな)も、新婚ほやほやのカップルだった。
 香奈の長い茶色の髪には、乙女百合が二輪咲く髪飾りがある。以前忍から貰ったもので、彼女は大切にしていた。
 今日は彼女の手の中には、それとは別に、大切そうに抱いた花束があった。
「しーちゃんがプレゼントしてくれた、このお花も綺麗だけど、此処のお花も綺麗ね」
 手の中の、可愛らしい小ぶりのフリージアとマーガレットの花束を見下ろして、周囲を見回して、幸せそうにほほ笑む香奈を、忍は可愛らしいなと思う。
 元々可愛らしい美少女なのだが、外見ではなくて、そう思ってくれる彼女が可愛らしい。
「疲れないか、ちょっと休んでいこうか?」
「うん」
 二人がオープンカフェの空いている席に腰を下ろすと、メニューを眺めて香奈が指を差した。
 メニューは花妖精たちの手作りで、手書きのインクに味があるだけでなく、あちらこちらに押し花で飾られている。
「ここのパンジーが可愛いね、しーちゃん」
「ん? ああ」
「しーちゃんと開くお店も、こんな風にしてもいいかな」
 忍の目下の夢は、香奈と喫茶店を開くことだ。香奈の夢もまた、忍とお店を開きたいと思っている。
 色々と考えられるハードルはあるけれど、こうやって即席のオープンカフェだって工夫次第で素敵にできると思えば、何だかお店を開くのも、思ったより難しくない気になってくる。
「香奈が良いと思うなら、してみたらどうかな」
 二人がお店についてあれこれと話を膨らませていると、
「──お花、お水に差しておきますね」
 ウェイトレスの未憂が香奈の花束を大きな花瓶に活けてくれた。
 彼女にそしてマーガレットには、貞節、誠実や、心に秘めた愛という花言葉があるんですよ、と教えられて、二人の頬が赤く染まった。
「いや、別に知ってたわけじゃないんだぜ」
「う、うん」
 頬をテレながら指先でかきながら、忍は庭に視線を逸らした。そこには勿論、広がる庭園。
「花を見ながらお茶を飲むのもいいものだな」
「うん。桜でしょ、向日葵でしょ、紫陽花もあったよ。あとね、ネギやかぼちゃも咲いてた」
 野菜だけど、お花には違いないないもんねと香奈は付け加える。インゲンの白い小さな花など、意外と可愛らしい花もあるのだ。
「……喜んでくれたなら来た甲斐があったよ」
 二人は微笑み合って、のんびりと優しい時間を過ごしていく。


「ああ、ちょっと早かったかしら」
 “精神感応”を受け取って足を向ければ、彼女の姿はバックヤードではなく、まだテーブルの間にあった。
 お茶のポットを乗せたトレイを手にした羽切 碧葉(はぎり・あおば)の姿に、羽切 緋菜(はぎり・ひな)は控えめに声を掛けた。
 パートナーの姿を見付けて、碧葉の顔が明るくなる。
「ううん、もう休憩に入りました。これは私たちの分です。どうぞお座りください」
 冗談めかして隅の席に緋菜を案内して、彼女はガラスのティーポットを置いた。ポットの中に何種類かのハーブがお湯の中に入っている様子はとても綺麗だ。
「私のオリジナルブレンドなんですよ。といっても、花妖精さんに教えてもらいながら、ですけどね」
 ガラスのティーカップに注いでから、碧葉は彼女の向かいに腰を掛けた。緋菜はそんな彼女に、
「そういえば楽しみにしてたみたいだったもんね。よく見れた?」
「そうそう、ハーブってほんとにたくさんの種類があるんですよ」
 藍葉は大きく頷いた。
 良く知られているローズヒップやレモンバーム、セージやタイム。あまり知られていない雑草。パラミタ独自の草花。キッチンにはそれらがこれでもかと用意されていたのだ・
「それぞれ効果があって、組合せがあって。禁忌事項もありますし……勿論工夫しないと、香りも味もバラバラだから美味しくなるように──緋菜もお茶好きでしょう?」
「お茶そのものより、お茶飲みながらだらだらするのが好きっていうか」
 それは知ってますけど、と碧葉は朗らかに笑う。緋菜とは昔からの付き合いだから。
「そういえば、花泥棒とか大丈夫なんでしょうか? 百合園の皆さんお手伝いに行ってるみたいですけど、こんなにのんびりしちゃって」
「何とかなるでしょ? 盗んだのが子供だって分かってるんだし、警備のお手伝いの人も来てるし」
「そうですね、大丈夫かな?」
 碧葉は彼女が言うなら大丈夫なんだろう、と何となく頷いて、話題を変えた。
 お茶をまったり飲んでいる緋菜の顔を見て微笑む。
「……誘った時はあんなに渋ってたのに、結構楽しそうですね?」
「まあ、面倒だったけど。実際、タイミング見て注文聞きに行くとか、お茶を出すとか、ちょっとね。会場の準備ならまぁ、一旦やっちゃえば後はほら、もう自由時間じゃない。
 それにこうやって色んな花を見るのは、やっぱり楽しいわね」
 どうせなら碧葉と見た方が良かったかなぁと思わないでもないけれど、ここからでも花が咲いているのは見える。そう、歩きながらよりお茶を飲んで椅子に座れる方が素晴らしい。
 緋菜は碧葉の入れたお茶をすすりつつ、
「それに、あんたと一緒に花を見ながらお茶をするのも、悪くは無いわ」
 それは不意打ちで。
 碧葉は一瞬顔を赤らめたが、すぐに幸せそうに笑う。
「ふふ、ありがとうございます。私もそう思います」
 それから無言で、何でもない普段の、でも心から落ち着く時間が二人の間を流れていく。