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盛夏のフラワーショー

リアクション

 常葉樹 紫蘭(ときわぎ・しらん)は、紫蘭の花妖精。紫蘭は地球では日本、中国、台湾などに分布するのだが、彼女自身はティル・ナ・ノーグのハイ・ブラセル地方の出身だ。
 その名の通り薄紫の花と、同色の髪。後頭部に花びらの形の大きなリボン。五枚ほどの花弁の中には縦の筋が並んでいるが、丁度着物の、絞りの帯揚げのような雰囲気だ。
 彼女は小さな子が大好きで、だから「頑張って!」の応援の代わりに。
(可愛い子やちっちゃい子が好きなら、あたし自身がが一番のエールになるからね)
 ステージに上がる直前の彼女に、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)はきゅうっと抱きしめられていた。
 「紫蘭さんを出品」したのはパートナーのネージュだ。
(蘭の中でも少し希少な品種だし、846プロ所属のアイドルだし、保母さんだもんね。しかも、ハイブラセル原産種。絶対に負けないんだからね)
「頑張っちゃうね」
 ステージに上がる彼女を、ネージュは見送る。何時もなら壊れるくらい抱きしめられるところだが、今日はそっとしたものだった。
(現役アイドルの端くれですし、ハイブラセル出身として、絶対に負けられませんからね、ふふっ。
 ねじゅちゃんのちっちゃかわいいパワーが何よりの速成肥料。やる気も元気も満タンですからね)
「お名前をどうぞ〜」
 渡されたマイクを手にして、充分小柄な彼女は張り切って手を振る。
「エントリーナンバー10、常盤樹 紫蘭ですわ。現役アイドルで、保育士ですの。子供のお世話が大好きですわ」
 歌を歌いながら、ダンスをしながらアットホーム系な花妖精をアピールする。
 紫蘭がステージを降りると、同じく846プロ所属の女の子が立っていた。

「ハルちゃん。ピュリアちゃんと一緒に応援してるからね」
 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は彼女の長い髪を整えていた。
 頭に咲いたクチナシの白い花が映える緑の髪、そしてその双方を引き立てるのは晴天の爽やかな空のような、彼女お手製の水色のワンピースドレス。
 ハルちゃんと呼ばれたクチナシの花妖精ハルモニア・エヴァグリーン(はるもにあ・えばぐりーん)は、少しくすぐったそうに、嬉しそうにしている。
「このミスコンがきっかけで本当の家族に会えるといいね」
「うん」
「ピュリアもママと一緒に、ハルちゃんの応援頑張るよ!」
 ピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)はママ──養い親である朱里の隣で、ぐぐっと拳を振り上げた。
 そう、彼女は朱里の養子であり、本当の家族はいない。
(ピュリアの本当の家族は死んじゃったけど、ハルちゃんの家族はどこかで生きてるかもしれないんだもん)
 それは少し悲しいけれど、ハルモニアの親が見つかればいいというのは本当だ。ハルモニアは親友であり、一緒に「豊浦宮」の魔法少女として人助け活動したり、846プロでアイドルユニット「プティ・フルール」を結成する仲なのだ。
「できたわよ、さあ行きましょう」
「うん」
 ハルモニアはステージの司会から手を差し延ばされて、ステージに上がった。
「続いてはこちらも846プロ出身のお嬢さんたちです、どうぞ〜」
 ハルモニアを先頭に、三人はステージに上がった。
「私は、花妖精のぉ、ハルモニア・エヴァグリーンですぅ」
 彼女はマイクを受け取るとぺこりとお辞儀をした。
「私、ティル・ナ・ノーグ出身の花妖精なんですけど、ある日突然闇商人に浚われて売り飛ばされてしまったんです。
 その時朱里さんたちに助けられて、居候という形でお世話になっているんですけど、実の家族とは離れ離れになったまま行方も知れず……。
 そんな時にこのミスコンの話を聞いて、少しでも存在をアピールする事が出来れば、どこかにいる家族も気付いてくれるかもしれない。そう思って参加を決めたんですぅ。
 すぐには会えなくても、私が元気でいることを風の噂で伝える事が出来れば、きっと安心すると思うんですよぅ」
 突然の告白に観客は静まり返る。まだ10歳にも満たないように見える女の子が、
「恩人の朱里さんはもちろん、ピュリアちゃんとお友達になれたことが一番の幸せですぅ。皆さん、私の歌、聞いて下さい……!」
 以前イナテミス感謝祭のステージで歌ったミニオペラ「咲くや此の花」のメインテーマを、今回のステージのために再構成したものだ。
 原曲は人と魔族の戦後和平がテーマだったが、今回は花妖精と守護天使という「二つの種族の絆」をテーマに一部歌詞を改編した。
 朱里とピュリアのコーラスをバックに、彼女の声が会場に響き渡る。

 咲くや 咲かせや 千万(ちよろず)の花
 天の輝き 地の恵み あまねく愛を受けし子ら
 百年(ももとせ)千年(ちとせ)永遠(とこしえ)に
 争いの無き世を願い 愛し絆を育まん

 短い曲が終わると同時に、会場に感動の拍手が広がった。
「さあ、次の方も846プロ所属のアイドル、トネリコの花妖精さんです、どうぞ!」

 多比良 幽那(たひら・ゆうな)は浮かれていた。
 満面の笑みで、前から後ろから上から下から斜めから、大事な娘を眺めて、ほっぺたが落ちそうな表情で、うふふと笑っている。
「は、母よ……我がこんなのに出てもいいのだろうか?」
 注がれる情熱的な視線に戸惑いながらアッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)が言えば、間髪入れずに彼女はぶんぶんと首を振った。
「何を遠慮することがあるの。どの花妖精も私の娘だけど、やっぱりアッシュが一番素敵で素晴らしくて可愛いわ!!」
「そうか、服装などはこれでいいのだろうか……」
「アッシュは可愛いからいつもの服でいいのよ。それにあまり着飾っても素の可愛さを見せるところだと思うわ」
 素とはいえ普段右目に付けた眼帯は外し(むしろこちらの方が自然かもしれないが)、額の左に咲くトネリコのふわふわした白い花を飾りにしたように、頭にがホワイトブリム。化粧も薄化粧にしている。普段よりだいぶ控えめだ。
「とにかく可愛いんだから心配しないで」
 疑いなく言い切った力強い言葉にアッシュは感染したのだろうか、
「……そうか、ならば我が一番であることを証明せねばならんな!」
 アッシュは頷くとステージに上がった。
「その調子よ、頑張って」
 と幽那は送り出した途端に近くの観客席に戻り、歓声をあげる。その3秒もあっただろうか。
「きゃーっ! アッシュー!!」
 観客席で手を振る幽那と、周囲の五人のアルラウネ達は、ちょっとした応援団になっていた。それぞれ名の付いたアルラウネはだがよく見れば全員応援している訳ではなかったが、観客席の中で目立っている。
 幽那のアルラウネにはそれぞれ名前と声楽があった。お嬢様っぽいヴィスカシアは、ミスコンには興味がないようだったし、短気なリリシウムは先程アッシュに突っかかっていて、今も憮然としてそっぽを向いていた。
 ディルフィナは、微笑ましそうに頬に手を当てて見ており、ラディアータは両手を振って幽那の真似を、ナルキススはぼーっとしていて、何を考えているのかちょっと分からない。たぶんぼーっとしているだけなのだろう。
 それだけではない、舞台に立てば歌姫であるアッシュのファンがどこからともなく集まってきて、彼女らに合わせて手を振った。
 そして歌姫たる存在の力は、観客たちを自然と熱狂させる。
「アッシュ・フラクシナス。歌わせていただく!」
 可愛らしい歌声で歌われる“幸せの歌”と共に“虹色の舞”を舞えば、花びらがアッシュを包み込んだ。