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第7章 花よりも花のように


 花泥棒の犯人探しが行われている間にも時間は過ぎる。
 四季の庭を歩いていた人々は少しずつ中央のステージに集まって来ていた──ミス(ミスター)・コンテストが始まろうとしていた。
 ステージの裏、簡単に設けられた衝立の後ろには出場する花妖精たちが。ステージ前に並べられた椅子、観客席には観客と、出場する花妖精が契約者であればそのパートナー達も集まっている。
 観客たちが時計の長針を気にし始めた頃、どこからともなく曲が聞こえてきた。明るく軽やかで、心が弾むような曲だ。
 音の源はステージの脇でヴァイオリン・ゼーレを操る五月葉 終夏(さつきば・おりが)だった。
 側にいたパートナーの花妖精ブランローゼ・チオナンサス(ぶらんろーぜ・ちおなんさす)は、うっとりとして耳を傾けている。
 そのうちミスコンの始まりを告げる鐘が鳴らされると、終夏は手を止める。
「ありがとう、終夏。頑張ってきますわ」
 ブランローゼが一つ微笑を残しステージの裏側に行くのを見届けて、終夏もまた観客席のパートナーアニューラス・シンフォニア(あにゅーらす・しんふぉにあ)の横に腰を下ろした。
「いい曲だったわよ終夏。ブランローゼも喜んでたみたいね」
「だったらいいな。ローがリラックスできるといいなって思ってね」
「あら、終夏の方が緊張してるように見えるけれど?」
 アニューラスのちょっとからかうようなニュアンスに、終夏はふわふわした声で返した。
「何か落ち着かないんだよね」
 ローがリラックスできたら、と言ってはみたものの、彼女がどんな場所でも緊張しないことは知っていた。
(何だかローよりも私の方がソワソワ、とか。ドキドキ、とか。ワクワク、とか。そんな感じで緊張をしてきちゃって、落ち着かないや)
 そんな落ち着かなげな終夏を見て、アニューラスも何故だかドキドキしてくる。
(まったく、アタシまでソワソワして来ちゃったけれど、こんなんじゃブランローゼにまでソワソワが移っちゃうかもしれないわね)
「ほら、アンタが出るわけじゃないんだから落ち着きなさいな。すっごくブランローゼが幸せそうで見ていて嬉しくなってこない? 余計なことなんて考えてないのよ」
 アニューラスは終夏の肩をぽんと叩いて、落ち着くように笑いかけてみせた。
「せっかく来たんですもの、楽しまなくちゃね」
「そうだよね……うん。ローの出番まだかな、まだかな。ふふふ」
 ステージに上がった司会の花妖精がミス・コンの始まりを宣言すると拍手が起こる。終夏も一生懸命拍手して、パートナーの出番を待った。
 ブランローゼの順番は意外と早くやってきた。
「エントリーナンバー3、ブランローゼ・チオナンサスですわ」
 ここから見える景色、舞台裏の花妖精たち。違った景色に彼女の心は弾む。
(まあっお花がいっぱいですの!花妖精もいっぱいですの! 素敵ですわ!素敵ですわ! ミスコンに参加してみたいって言って良かったですわ〜♪)
 ステージに立った彼女に、終夏が周りの人の邪魔にならない程度に軽く手を挙げ、「がんばれ」というように笑いかけたのも見える。
(うふふっわたくし、頑張りますわっ。ええっと、まずは)
 スカートの裾をつまんで、お辞儀してみる。
「わたくしはチオナンサスの花妖精ですの。一つ一つの花は小さいですけれど集まって咲くので、まるで雪みたいに見えるんですわ」
 白く細い、プロペラのような形をした花だが、その量は多く、雪をかぶったように見える。満開になればそこだけ雪景色だった。
 彼女の頭に咲く花は、ロングウェーブの金髪の盗聴から、雪を散らすように咲いている。
「あっ! でも触っても冷たくありませんから、冷たいのが苦手でも大丈夫ですのよ? うふふっ。
 それから、私の契約者の故郷ではチオナンサスを『なんじゃもんじゃ』って呼ぶんですって! うふふっ面白いですわよね。わたくし、その呼び方も好きですのっ」
 アピールが終わって彼女がステージから降りれば、裾に移動した終夏が「きれいだったよ」と、手を上げた。ブランローゼが両手を上げると、そこにパン、と手を打ち合わせる。
(世の中綺麗な事ばかりじゃないけれど、でもこの原色の海は綺麗で、この町も綺麗で、このフラワーショーも綺麗で。何だか涙出てくるくらい、素敵な時間だよね)
 終夏がブランローゼの無邪気な笑顔を見て何となく幸せな気持ちでいると、急に背後からぎゅうっと抱きしめられた。
「わっ! ア、アニューラス!?」
「素敵だったわよっ」
「ちょっと、私は出場者じゃないってば」
「いいのよいいのっ」
 三人はひとかたまりになったまま、何だかおかしくなってきて。そこに笑い声と笑顔の花が咲いた。


「うわー花いっぱいだー。この花も凄く綺麗だけど、あっちのも面白い形だね!」
(一日だけの奇跡、か……不思議だな。とても賑やかなのに、瑞々しい植物達に囲まれているとなんだか安らいだ気分にもなる)
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)早川 呼雪(はやかわ・こゆき)を連れまわしながら、フラワーショーの会場を歩いていた。
「あ、あのカフェで食べてかない?」
「もう一杯食べただろう。後で友人とも食事をする予定だし、入らなくなるんじゃないか」
 ヘルは大丈夫だよーと言いつつ、今も買ったばかりの林檎飴をもぐもぐしている。
「だってシャンバラにはない感じのもあるし、みんな美味しそうなんだもん」
「ショーはもう始まっているんだ、タリアの出番に間に合わなくなるぞ」
 そうだった、とヘルが林檎飴を急いで口の中で噛み砕いて会場に行けば、パートナーのタリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)は丁度ステージに上がろうとするところだった。
「あら来てくれたの?」
「間に合ってよかった。……東洋の天女を思わせる装いだな」
 タリアは色っぽい顔に、感謝の笑顔を浮かべて首を傾ける。
「ありがとう、呼雪さんが褒めてくれて嬉しいわ。……ヘルくんは?」
「うん、綺麗だよ。タリアちゃんは花妖精の中では、やっぱりこう……落ち着いた感じでドーンとしてるね」
 細かい金のラメを散りばめた黒いチャイナドレスに白いシースルーのショール。細いストラップの金のミュール。
 長く艶やかな黒髪は一部を結い上げており、何より目を引くのは髪に咲く濃いオレンジ色の反り返った花弁──鬼百合だ。
 衣装のデザインこそシンプルで控えめだが、上質な素材のそれは、タリアの白い肌と黒髪、そこに咲いた花を引き立てるためのものだった。金も瞳と同色で、良く調和している。
 ステージに上がった彼女は、
「私は鬼百合の花妖精タリア・シュゼット。この都市に来ることができて良かったわ」
 タリアは、この街が生命力に溢れているのを感じる。 花や植物、人……全ての命が眩しいくらいに輝いて見える。
(なんて素敵なのかしら……嬉しくて幸せな気分だわ)
「一緒に楽しみましょう。そして、このお祭りを、 命満ちる都市とここに集う人々を祝福しましょう」
 ステージに上がった彼女は、植物を祝福する歌を歌う。周囲の植物達にも“人の心、草の心”で語りかけるように。
 その姿は艶やかで、女性らしい体つきも相まって非常に色っぽく──、
(身体的にムチムチうっふんなのもあるだろうけど。呼雪も本当はこういうのが好きなのかなー)
 ステージの脇でタリアを見守る呼雪に、ヘルは二人を見比べて軽い探りを入れてしまう。
「呼雪もタリアちゃんに票を入れるの?」
 嫉妬がほんの少しだけ混じった声。呼雪はそんな内心を知ってか知らずか、普段と同じように努めて冷静に返した。
「いや、俺は本当に一番美しいと思える出場者に……身内はどうしても厳しく見てしまうな」
 美しいという、その言葉にヘルは一瞬そっぽを向いて、
「ふーん。じゃあどんな子がタイプなの?」
 と、ヘルが聞こうとすれば。
 タリアがステージを降りたために、呼雪はふいっとその場を離れて、側に飾ってあった花に手を触れている。
 彼の薔薇の学舎での専攻はピアノだ。新しい曲作りのヒントを得る為に、 “人の心、草の心”で草花の気持ちを感じていた。自分の目ではない植物を当してみた世界──景色、色、温かさ、感情……それは良い刺激になるし、別の世界を垣間見るようで興味深い。
「ねぇ呼雪ってばー」
(……ムチムチより本物の植物と話す方が好きとか……むー)
 僕は何なんだと思ってほっぺたをふくらませかけた時、呼雪は振り返って軽く微笑した。
「悪いな。今、一緒にいるのは一番大切な人だと説明していたと」
 その魔法の言葉に、一瞬でヘルの機嫌は直ってしまう。にへらと笑って。
「もっと色々見て来ようよー」
 と呼雪の腕を引く。目がキラキラさせていることに無自覚なのだろうか、そんなヘルを可愛く思いながら、呼雪は彼の腕を取った。
「友人との待ち合わせには時間があるから、それまで二人でのんびりしよう」
「うんっ♪」

「次はエントリー・ナンバー10、まとは・オーリエンダー(まとは・おーりえんだー)さんです〜」
 黄色のドレスを纏ったタンポポ花妖精の視界が手を挙げると、本宇治 華音(もとうじ・かおん)がステージに上がった。
 グレーのワンピースにパンプスという暗めの服装で、頭の横で束ねた髪にはいつもリボンをつけていたが、今日は夾竹桃の花の飾りをつけている。
「えーっと、まとはさんですか?」
 あまりにシンプルな格好に司会が尋ね返せば、
「いえ、私はパートナーです」
 彼女が示したのは、両手だった。伸ばしていた両手をゆっくり胸元まで上げると、やっとそれは観客の目に入った。
 彼女の手にあるのは、よくできた人形ではなく、小さな花妖精だった。身長わずか23センチ。
 華音の胸元で、マイクを向けられた彼女はおずおずと口を開いた。
「……まとは・オーリエンダー……きょ、夾竹桃の花妖精……」
 白い縦ロールの髪、緑の瞳。白いブラウスにピンクのスカート。華音の服装は淡い色合いの彼女を引き立てるためのものだったのだ。
 一見可愛らしく儚げで小さな彼女は、もし華音がフリフリの華やかなドレスでも来ていたら、埋もれてしまっていたことだろう。
 だが、舞台に立ったというのに、いつも以上にその表情は乏しく、ジト目で司会者を見ていた。
「せっかくですから、笑って笑って」
「……わ、笑って……」
 にっこりしてみようと思ったが普段から使っていない筋肉は動かすのが難しい。彼女がそんな風なのは、だから今日だけではなかった。それは自身に咲く花にコンプレックスがあるせいでもあった。
「ここなら大丈夫だよ、怖がる花妖精はいないよ」
 華音が囁くと、まとはは小さく頷く。自分が変わるチャンスだ。
 何度もイメージトレーニングをしたのだ。たとえ賞に届かなくても自信を持って出れるように……。
 ぎこちなく微笑んでマイクに話し始める。
「……花は……白は一重だけど、ボクのようなピンクの花は八重咲で……」
 夾竹桃は、ちょうど夏に咲く花。竹のような葉と、桃のような花からその名が付けられた。白やピンクの花を付ける花だ。
 だが──強い毒性を持つ。
 果実や葉はおろか、花も枝も毒性があり、周辺の土壌や、燃やしても煙から毒が検出されるという。腐葉土にするにも毒性がしばらく残る。
 それだけでたいていの人は、そんな恐ろしい植物だと思うだろう、だが日本ではよく見かけられるのだ。毒性故に他の虫が付きにくく、公害──大気汚染に強いため、道路沿いや街路樹によく利用されていた。誰でも一度は見かけたことがあるだろう。
 それに、ここには毒があっているからって怖がる花妖精はいない。
 花妖精は、花妖精。植物には駅になるものも毒になるものも沢山ある。何処にでもいる花妖精の一人だ。


「えーと、まとはさんの次は……次も少し変わったお花です」
 観客席のレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は、ゆらりと幽霊のようにステージに近づくパートナーを追った。
(元の自分を取り戻すんだと息巻いていました。上手くいくといいんですが……)
 まとはの存在が少しでも救いになってくれればいいのだが、とレリウスは思ったが、見たところ彼女の表情は良い意味でも悪い意味でも、普段通りだった。
 彼はステージへ続く階段を上がろうとするパートナーを呼び止める。
「カルディナル、緊張しすぎていませんか? 体を固くしていてはいざと言う時満足に動けません。適度に力を抜いて、気を楽にしていて下さいね」
「軍人らしい忠告ですね」
 カルディナル・ロート(かるでぃなる・ろーと)は軽く、逆に心配そうなレリウスを安心させるように微笑む。
 一方もう一人のパートナーであるハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は気楽そうだった。様々苦労してきたせいで、ちょっとしたことでは動じないのかもしれない。
「これだけ花妖精が集まると壮観だなー。ミスコンにエントリーした奴の写真があったらそのまんま植物図鑑にできそうだ。
 じゃあ俺らは観客席の方に行くから、頑張って来いよカルディナル!」
「こんな大勢に囲まれて、カルディナルは大丈夫でしょうか」
 ハイラルはそう言うレリウスの背を観客席の方に押した。
「レリウスも行くぞ。大丈夫大丈夫、周りは人間じゃなくて花妖精だから!」
(普段は無茶ぶりで悩ませるレリウスが、逆にカルディナルを心配しているなんて、成長したなあ……)
 押しつつ、別のことでしみじみする。
 何とか席に着くと、カルディナルは既にステージに上がっていた。
 180センチを超える長身にチャイナ服を纏い、その上に薄い布を裾の長い打掛風に重ねていた。
 そして何よりも目に入るのは、見慣れた赤。カルディナルの頭をまるで帽子のように覆う、奈落彼岸花の赤。
「奈落彼岸花はこの鮮やかな赤い色が特徴……」
 カルディナルはゆっくりとその花を見せるようにお辞儀をして、頭を軽く下げた。
「毒々しいと言う人もいるでしょう……。実際に、私の赤は強い毒性の警告でもあります……。ですが……この色から目を逸らす方は滅多にいません……。
 弁の一枚一枚に至るまで、ムラなく咲いた鮮やかな赤……是非ご覧になってくださいませ……」
 カルディナルもまた、まとはとおなじく、毒で人に避けられた経験がある。だけでなく、好事家に飼われている間に対人恐怖症になったのだ。
 ここに立ったのは、そんな自分を変えたいと思ったからだ。
 それからカルディナルは、花を見せるために、得意の舞を披露した。日本舞踊と中国の踊りが混ざったような、不思議なゆっくりとした舞だった。
 カルディナルの出番が終わると、三人は買い物をしに市場へと向かった。
 カルディナルが好む肥料、それから、自分達が任務や遠い場所の訓練で留守の間寂しくないように、カルディナルと気が合う植物を探しに。