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盛夏のフラワーショー

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盛夏のフラワーショー

リアクション

 棚に幾つも並べられたハーブの瓶や茶葉の缶は見ているだけでも嬉しくなるけれど。
「やっぱりローズが人気なのかしら」
 空になりかけた瓶を見て、琴理は踵を伸ばして、高い場所のストックを取ろうとする。同じくカフェで働く花妖精のスタッフたちは彼女より小柄だったから。
「薔薇は花の中でも人気ですねー。豪華っぽいからでしょうか?」
「華やかですからね。私は食後はレモングラスやレモンバーベナが好きですよ」
 彼女の指先が薔薇の入った袋を掴もうとして、一度滑った時、
「……どうぞ」
 横からすっと手が伸びて、彼女に袋を渡したのは、フランセットの船に乗る主計長だった。彼とて背が高い方ではないのだけれど、琴理よりは頭半分は背が高い。
「ありがとうございます」
「ただの在庫確認のついでです」
 カウンターに乗せたクリップボードを手にした彼は、それに目を落とす。今日は仕入れと在庫管理の手伝いをしていた。
「まだきちんとご挨拶をしていませんでしたね。村上 琴理(むらかみ・ことり)と申します。百合園女学院では生徒会の会計をさせていただいています。海軍の方々には以前から大変お世話になっております。あの……主計長さんでいらっしゃいますよね。お名前をお伺いしても宜しいでしょうか」
「……ウィルフレード、です」
「宜しくお願いいたします。もし不都合がなければ、在庫管理等、色々と教えていただけると嬉しいです」
 琴理は頭を下げる。相手は会計のプロで、自身は会計としてはまだ未熟だ。ハーブティーについて学べたらと楽しみにしていたが、こうして会計の勉強になるかもしれないと琴理は思っていた。
「……こちらこそ宜しくお願いします。僕には大したことはできませんが、皆さんのお役にたつようにと、提督に言いつかってますので」
 彼は長い前髪の奥で目を伏せると、軽く頭を下げた。
 何度か会ったことはあるが、こうして話す機会があるのは初めてだった。せっかくの機会だから何か聞いてみようかと、思い立つ。
「ヴァイシャリー艦隊の皆さんは、ヴァイシャリー出身の方が多いかと思うのですけれど……パラミタ内海に来られた皆さんも、そうですか?」
「ええ」
「ご存知かと思いますが私のパートナーのフェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)も、ヴァイシャリー出身なんです」
「シャントルイユ家なら知っていますよ。旧い商家ですから付き合いもありました」
「……仕入れなどで、ですか?」
「僕自身は元々軍属ではなく、商家で今と同じような仕事をしていたんです。それから軍船に乗るようになり、軍属になりました。それで軍人らしくないと時折言われますね。
 それに主計兵とコックの仕事は別ですが、かなり被っている部分もあります。軍によってはそれこそジャガイモの皮むきを荒れた洋上ですることもありますが……僕は完全に事務ですね」
 彼は在庫のチェックを続けペンを走らせながら、淡々と抑揚のない声で応える。
「……フェルナンさんは苦労性のようですね」
「軍人の方にお話するのは失礼かもしれませんが、……地球に行こうかと考えたこともあります」
 小さい声で言ってから、ヴェネツィアという、ヴァイシャリーによく似た都市があるんですと、琴理は続けた。小さなスコップでハーブティーを詰め替えながら。
「……そうですか。僕は軍や思想に殉じるつもりも、世界のために死ぬつもりはありませんが……最後まで自分の使命を全うし、ヴァイシャリーや提督の船と共に生きるつもりですし、死ぬ覚悟はできているつもりです」
 琴理は、小さく、喉を鳴らした。
「ヴァイシャリーが好きだから、ですか?」
「僕にとって居場所というのは、そういうものです。フェルナンさんがどうかは僕の知るところではありませんが」
 たとえパラミタが滅びても──生きて欲しいと。
 できれば彼の家族も、友人も、百合園の学生たち皆も、この街の人たちも。そう思っているけれど、自分で出来る事は少ないから。だから手が届くところだけでも生きて欲しいと彼女は思っていた。
 地球に行けば生きられると。でもそれは、苦い思い出があっても、地球が彼女が生まれた故郷だから。ヴァイシャリーは、彼女にとって二番目の故郷だから。
「私は、多分、ここに来てまで、魔物と対峙していまで、分かっていなかったのかもしれませんね」
 自分が死ぬときはその死体は日本の両親の元に届くだろうと何となく思ってしまっていたのだ。
 ……きちんとパートナーの気持ちを聞いてもいなかったのに、勝手に決めてしまっていたことを琴理は恥じた。そして、覚悟ができていないことを恥じ、生徒会の役員として相応しい行動をしようと改めて思う。
「……ありがとうございます」
 何かが吹っ切れたように微笑すると、いえ、とウィルフレードは小さく言った。
「すみませんー、ハーブティーのローズヒップひとつ、トロピカルひとつお願いします」
 ローズを瓶に詰め替え終えると、丁度次々と注文が入って来た。彼女は急いでお茶を用意する。といっても抽出中は待っていることしかできないのだが。
「先輩、こっちから持って行きますねっ」
 秋月 葵(あきづき・あおい)が出来た分からお茶とクッキーをトレイに乗せて、エプロンのリボンを翻した。一度琴理を振り返り、ウィンクをしてみせた。
「天使の微笑みでおもてなしはバッチリ♪」
「ええ秋月さん、よろしくね」
「お待たせしましたー」
 足取りも軽く、彼女は彼女自身の名でもある、葵の花を飾ったテーブルの前に立ち止まった。夏の花でもある葵は満開で力強く咲いている。
(えーと、花言葉はなんだっけかな?)
 それは、「大きな志」とか「野心」、「高貴」、「威厳のある美」とかそういった意味であったけれど、ちょっと違う。黄色の葵の「率直」や「開放的」な感じが似合うだろう。
(実のところ花のことはよく分からないんだけどね〜。けど、誰だって綺麗なものを見ると心がなごむのは確かなことだよね。
 向日葵と薔薇が一緒とか、何だか妙な気がするけれど、綺麗ならまぁ良いか〜)


「えへへへ、お姉ちゃんありがとう!」
 東雲 珂月(しののめ・かづき)はぴょこんと頭を下げた。
 胸元にリボンタイの付いた、パフスリーブのお嬢さん顔の白いブラウスに、こちらも裾にリボン付きの、お行儀のよいかぼちゃパンツ。ツインテールのピンクの髪、根本に見えるハエトリソウの、顎にも見えるトゲのある葉の側にも、可愛い白い花を模したヘアアクセ。
 買ってもらったばかりの夏服。ノースリーブのすとんとしたワンピースや、カーディガンからこれを選んで身に着けて。
 お姉ちゃんと呼ばれた佐々木 樹(ささき・いつき)が頷いて、良く似合ってるわよと言えば、
「なんだかボクこんなにしてもらっていいのかなぁ〜って」
 親切にされることに慣れてなかったからか、珂月はもじもじする。
「いいのよ。喜んでもらえたら嬉しいな。……ああ勿論、私も来て良かったって思ってるのよ」
 先程少し庭を見てきたけれど、大切な思い出でもある白薔薇にもあんなにたくさん種類があるなんて、といい意味で驚きもした。
「それにしても、ハエトリソウの花って本物は初めて見たかも」
 樹は珂月のほっぺたから頭上に視線を移す。ほっぺたに描いてある花に似た、白い花に。
 あのカチカチ音がしそうな葉っぱの近くから、細長い茎が伸びており、その先にまとまって、白い五枚の花弁を持つ、可憐な花が咲いていた。茎の長さは三十センチ以上もあるだろうか。
「ここに来たら、なんか頭がむずむずするなーって思ったら、お花が咲いていたの。びっくりしたなぁ〜。わぁ、ハーブティー美味しいね。そうだ、お姉ちゃん、ケーキも頼んでいーい?」
 ハーブクッキーをすぐに食べてしまうと、珂月は甘えるように聞いた。
「いいわよ」
「ありがとう! ねぇお姉ちゃん、花妖精のみんながすごく綺麗だねー。みんな、あのショーに出るのかな?」
 ステージ付近に集まっている、それぞれ着飾っている花妖精たちを眺めて珂月がほうと感嘆のため息をつく。
 薔薇や百合、タンポポなどの誰でも知っている花は分かるけれど、樹たちには解らない、見たことのない花もある。
 見たことはないけれど、マイナーでも、綺麗なことには違いない。そんなことなんて花妖精自身にはあまり関係ないのだろう。むしろ契約者とステージを待つ花妖精たちを見ると、珍しい花の方が多いようだ。
「頭の植物がとっても素敵で見ているの楽しいな♪」
 樹は年の離れた妹を甘やかすように、樹ははしゃぐパートナーを眺めていた。
 お茶をそうっと飲んだり、花の砂糖漬けと花のかたちに絞り出したクリームを乗せたケーキを、食べるのがもったいないと言いながら、壊さないように花の一つ一つを口に運んだり、そんな様子を。
 二人きりで出かけることは余りないから、こんな風にゆっくり見ていることもなかった。
 珂月には、昔の記憶がない。そして人間は──地球人とシャンバラ人は、厳密には違うけれど──どこでも見かけるけれど、花妖精は故郷が遠く、仲間が少ない。だから態度には出さないけれど、寂しいと思うことも有ったのかもしれない。
「お姉ちゃん、いつもありがとう。またこういうところに、一緒に遊びに来ようね」
 無邪気なほんわかした笑顔を浮かべる珂月の頭を撫でながら、可愛らしく思いながら。
 樹は、今度はイルミンスールの知り合いの花妖精にでも合わせてあげようかと、そんなことを思っていた。


「……え? 意外に見える?」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)はハーブティーのガラスのカップをソーサーに置いた。
「そんなに沢山の種類の花を一度に見られる機会はそうそうないでしょ?」
「花が好きっていうのが意外というか」
「結構花って好きなのよ。花言葉だって多少は知ってるし。もしかして……つまらなかった? そういえばノアはともかく、カイルも舞も花の話なんてしたことなかったわね」
 せっかくのリゾートのつもりで誘ったんだけど間違いだったかしら、と、理沙はちょっと首を傾げた。
 うん、自分だって特別に花が大好きっていうことはないけれど、お土産に買った造花のシュシュ──種類別に幾つも買ってしまう位には花それぞれの違いが好きだ。
「いや、いや、つまらないなんて事は無いぞ? こういう自然の多い風景は割と好きな方だからな」
 カイル・イシュタル(かいる・いしゅたる)が平然と言えば、白波 舞(しらなみ・まい)も続けて、
「あ、私も花は好きよ。えっと……まぁ、普通にだけど」
「普通にかぁ」
「いいじゃない、わざわざ嫌いって人は何かそういう理由のある種族じゃない限り滅多に居ないと思うわよ。でも確かにこれだけ多くの花が咲いてるんだったら見に来て良かったわ」
 滅多に見られない光景っていうだけでもね、と舞は理沙を安心させるように笑顔をつくった。
「ふふっ、皆さんもお花が好きみたいで良かったです」
 ノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)はにこにこと彼女たちのやり取りを見ている。
「ところで理沙が言う花言葉って気になりますね」
「もしかして地球独自なのかしら? 誕生花っていうのもあるんだけど」
 ノアは顔を輝かせて身を乗り出した。
「あら、そういうのもあるのですか? 理沙、ちょっと教えてくれませんか?」
「えーとね……誕生石っていうのがあるでしょ、あれと同じで誕生日に花を割り当ててね……」
 理沙はノアに知っている限りで、話を始めた。
 彼女たちの目の前には、ローズティーやそれぞれ蜂蜜を入れたカモミールティー、ハーブのクッキーやケーキが並んでいた。どれもハーブを使用しているものだ。
 カイルはいつの間にか小さい器に甘い蜂蜜酒や、フルーツと各種ハーブを漬けたお酒を平然と、次々飲み干して行きながら、甘いハチの巣ケーキを肴に彼女たちの話に、時折相槌を討つ。食べるのが好きというよりは、元々無口だからだけれど──いや、もちろん本人酒豪のせいもある。
「カイルさん、いくらなんでも飲みすぎじゃない? また後で見て回るのよ」
 ペパーミントのお茶を飲みつつ、フォークでパウンドケーキの欠片を持ち上げたまま、舞がたしなめるが、
「そっちこそ食べ過ぎないように気を付けろよ」
「花に囲まれてるとなんかリラックスするのかお腹が空くのよね……そうそう、ハーブティーには消化を助ける作用もあるんだって」
 理沙とノアも話をしながら喉が渇くのか、二杯目のアイスハーブティーを飲んでいた。
「ねぇ、ローズヒップってお肌にいいんですって。これフルーツも入っていて飲みやすいわ」
「こちらも美味しいですよ、トロピカルな味がします」
 彼女たちは顔を見合せてくすくす笑いながら、あの人の誕生花は似合うとか似合わないとか、そんな話に次々と花を咲かせる。