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桜封比翼・ツバサとジュナ 第三話~これが私の絆~

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桜封比翼・ツバサとジュナ 第三話~これが私の絆~

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■魔吸桜、その呪い
 ……漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)にそして種子の摘出を終わらせたばかりの羽純がそれぞれ協力して『サイコメトリ』を魔吸桜の種子に対して使っていく。魔吸桜と魔力で直接繋がっていた種子ならば何か浄化のヒントになりそうなものが見えるかもしれない、という推測が立っていたためである。そして、『サイコメトリ』のビジョンに映ったのは……。


 ――それはまだ、立派な桜の大樹。そしてその大樹の根元には、一人の女性の姿があった。その姿からして、おそらくは魔女だろうか。
 その女性は手に大振りのナイフを持ち、表情はもはや幽鬼にしか見えぬほど鬼気迫ったものをしていた。
 そして雰囲気は全ての恨み妬み辛み僻みを抱え込んだかのような、険しくどす黒い気配。天を仰ぎ、その女性は大仰に語る。
「何が友情だ――何が愛情だ! 人の繋がりなど所詮稀薄、脆弱、無意味!! 全てに裏切られ、切り捨てられ、愛する娘すら奪われ、私を拒絶したこの世界にもはや希望など持たぬ! ……恨んでやる、恨んでやるうらんでやる怨んでやる!! パラミタの全てを恨んでやる! 大樹よ――私の呪いを受け、全ての絶望をこの世界に! アハハハハハハハハハハハ!!!」
 高笑いを上げ、手に持ったナイフを迷うことなく自らの心臓へと突きつける。何度も、何度も何度も何度も。目を見開きながら、その身体を桜の大樹の根元へ寄りかからせてもなお、全身を引き裂き、樹皮や根……大地に至るまで自らの鮮血を浴びさせていく。
 完全に事切れるまで、パラミタへの呪詛を吐き続けながら全身をズタボロにしていった魔女。そして――事切れたその身体は絶望へ堕ちきり、消滅した。
 ――これが、魔女の言っていた呪い。自らの身体を媒介にし、魔力を呪いに変えて対象に宿らせる呪法。そしてその呪いは全てを喰らい尽くさんと周囲へ広がっていく危険極まりないもの。彼女が生み出した絶望の呪いが、桜の大樹を魔吸桜へと至らしめていたのだった……。


 ……『サイコメトリ』のビジョンはそこで途切れる。あまりにもショッキングな映像だったのか、月夜の表情が少し青ざめているようにも見えた。すぐさまラグナ ゼクス(らぐな・ぜくす)が駆け寄って心配そうに月夜を見る。
「マスター、大丈夫ですか?」
「う、うん……大丈夫。でもこれで、桜の精を『サイコメトリ』した時に見えた怨念の理由がわかったわ……」
 全てに裏切られ、絶望した魔女がかけた強力な呪い。それが魔吸桜の正体であることを、月夜たちはみんなに説明していく。
「……すっごく不愉快だわ。桜の大樹を呪いの対象先にするなんて」
 リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が憤慨の表情を浮かべる。同胞である桜の大樹に呪いをかけられたのだ、当然の反応だろう。
「その後、呪いをかけられたことを知らなかった当時の仙道院家が、そのまま大樹ごと封印した……といった感じかしら」
「ふむ。そのようなのが空京まで来られるのは迷惑極まりないですね。早く何とかしませんと」
「そうね。でも、永年続いてる魔女の呪いを浄化するなんてこと、できるの?」
 狐樹廊の言葉に、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)も同意する。が、その後に続いた言葉は魔女の呪いを浄化できるかどうか……という点にあった。
「それなら心配ない。先のビジョンから見るにあれは古王国時代――よりは少し先になるが、その時代にあった呪法だろう。今は禁呪指定されているが当時はそういうのはなかったからね。物凄く強力、である点を除けば十分に浄化はできるはずだよ」
 メシエが『博識』を用いて魔女のかけた呪法を説明していく。それによれば、物凄く強力な呪いではあるが概念は『呪詛』に近いものらしい。かなりの労力は必要になるが、浄化は不可能ではない……というのがメシエの見解であった。
「それならすぐに浄化作業の準備をしよう。あまり時間をかけているわけにもいかないみたいだしね」
 エースがそう言いながらちらりと樹菜のほうを見る。……慣れない儀式で負担がかかっているのだろうか、その表情にわずかな疲れが見え始めている。その横では翼が心配そうに樹菜を見つめていた。
「う、ううん……」
 と、その時。ダリルが介抱していたカルベラがようやく目を覚ます。上半身を起こし、わずかに頭を振ると、周囲の状況に目をきょとんとさせた。
「――ええと……?」
「起きたか。だが無理はするな、頭部に埋め込まれた種子を取り除いたからその痛みがまだ残っているはずだ。……カルベラ、操られていたことは覚えているか?」
「ちょっと待って、今記憶の整理するから――」
 状況を把握し切れてないのだろう。カルベラはダリルへ待ったのポーズをすると、目を閉じて何が起こっていたのかを思い出していく。……その作業は数十秒で完了した。
「――OK、だいたいは覚えてる。何かお宝がないかと思ってこの祠へきたのはよかったんだけど、知らない内に種子とやらを埋め込まれてたみたいね。ここを出てからは“鍵の欠片”ってのを集めてここに持ってこなきゃならない、って考えしかなかったわ。桜の精を呼び出す力なんかも使えてたから、色々とびっくりはしたけど……操られてたとはねぇ」
 どうやら当人も操られてたという事実を知らないまま“鍵の欠片”を集めていたらしい。ダリルはふむ、と相槌を打つと口を開いていった。
「なら、自分が何をやったのかも覚えているな?」
「――ええ。“鍵の欠片”を手に入れるために翼ちゃんに桜の精をけしかけたり、資産家の家へ泥棒に入ったり、大型輸送飛空艇を不時着させて襲撃仕掛けさせたり、あとは……あの子を人質に取ったのも覚えてるわ。ああでも勘違いしないで、操られてたから仕方なくってわけじゃなくてほとんど自分の意志でやったことよ」
 そう言って、その視線を樹菜へと向ける。そしてすぐにダリルのほうに向き直す。
「そうか。……カルベラ、俺たちはこれから魔吸桜の封印を解き、桜の大樹にかけられた魔女の呪いを浄化しようとしている。その浄化を手伝ってほしい、お前にはその責任がある」
 ……ダリルからの要請に、カルベラは少し逡巡したが……わかったと頷いていった。
「私も魔吸桜に操られていたのは悔しいし、これでも契約者の端くれ……それなりの矜持は持ってるわ。手伝ったところで罪が軽くなるわけでもないのは重々承知してるし、何より色男からの頼みじゃあ、ねぇ?」
 本気なのか冗談なのか、流し目でそんなことを言いながら要請を受け入れるカルベラ。しかし浄化の手伝いとはいってもやれることは樹菜の護衛くらいなものである。カルベラは治療したてとは思えぬほどの動きで軽快に立ち上がると、樹菜の元へと向かった。
「あなたは確か……」
「改めて自己紹介するわね。私の名前はカルベラ・マーソン、トレジャーハンターをやってるわ。――樹菜ちゃん、だっけ。使えるものは何でも使う、っていう私の信念からあんなことやっちゃったけど……こんな事態を呼び寄せる結果を生んじゃったみたいね。本当にごめんなさい」
 頭を下げ、樹菜に謝罪するカルベラ。翼は樹菜を人質に取ったカルベラを許せないのか、ムッと表情を厳しくするが……樹菜は儀式に集中したまま、翼を諌めるように首を横に振った。
「……問題ありません。過ぎたことを気にしても仕方ありませんし、何より“鍵の欠片”は戻ってきたのですから」
「でも、樹菜……!」
「いいのよ、翼ちゃん。こんな謝罪だけじゃとても謝罪とは言えないし、これからは行動で示させてもらうわ」
 と、大人の女性らしい微笑みを見せるカルベラ。翼は納得いってない様子ではあるのだが、樹菜が許すというのなら……ということで許すことにしたようだった。

 ……それから少しして。浄化作業を行える契約者を中心に陣形を組み直すと、樹菜は伝えられた作戦に頷き再確認する。
「――私が魔吸桜の封印を解いて魔吸桜が姿を現したら、浄化班の方々が一気に魔吸桜にかけられた魔女の呪いを浄化する……という流れですね」
「ああそうだ。でも、おそらくは魔吸桜の封印が解かれると共にこの周囲も一気に危なくなるだろうな。特に危ないのは、もしこっちの作戦が失敗した際に再封印の手立てを持つ樹菜。真っ先に狙われるだろうから、それをオレたちが護衛する形で守り抜く。だから樹菜は自分のやるべきことだけに集中しな、もちろん翼もだ」
「はい!」
 シリウスからの言葉に、翼は元気よく、樹菜は力強く返事をする。
 翼と樹菜の護衛に回る契約者たちは、二人だけではなく浄化を担当する契約者も守らなくてはならないためその負担も大きくなるだろう。しかし、誰も恐れや不安は見せない。全員、シャンバラの――パラミタの危機を救わんと、それぞれの役割を十二分に果たそうとしている。
「――準備が整いました。それでは……魔吸桜の封印を解きます!」
 全員の準備が整い、頷き合う。それを確認した樹菜は意識を最大限にまで集中させ、“鍵の欠片”の力を引き出す。そして――次の瞬間、封印の解かれる雰囲気が周囲を走り……魔吸桜が、再誕する。