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黒の商人と封印の礎・前編

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黒の商人と封印の礎・前編

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 塔の入り口の扉はたっぷりと埃を被っていたけれど、不思議とさび付きすらしておらず、力をこめればスムーズに開いた。
 扉を開けた先は少し開けたホールのようになっていて、壁の高いところに何カ所か明かり取りの窓、と言うか切り欠きというか、穴が開いているので思ったよりも明るい。右手に通路が延びているのが見えるが、それ以外は何も無い。石壁に囲まれている空間には、装飾らしい装飾も無かった。
「よし……行きましょう。くれぐれも慎重に」
 そんな中、一行の先に立って歩き始めたのは御凪 真人(みなぎ・まこと)だ。
 細く伸びている通路に足を踏み入れる。やはりこちらにも明かり取りの窓が儲けられていて、薄暗い感はあるものの視界の確保には困らない。しかし、通路は曲がりくねっていて、見通しは悪かった。
 真人はディテクトエビルと禁猟区を重ね掛けして、行く先を警戒しながら進んでいく。そして真人を先頭に、ヴォルフを真ん中に庇う様にして、一行はぞろぞろと細い通路を進んでいく。

「何か居ます!」
 そうして暫く進んだところで、真人が鋭く、低い声で後続を制止した。一行は足を止め、そっと物陰から様子を伺う。
 こちらが息を潜めることで沈黙が落ちる。すると前方から、ずる、ぺた、と何かが地面を這いずるような音が聞こえてきた。
「僕達が足止めをします。みんなは、先に上の階を目指して下さい」
 真人のすぐ後ろを歩いていた清泉 北都(いずみ・ほくと)が壁越しに先の様子を伺いながら小声で言うと、真人は小さく頷いて返す。後に続くメンバーとも軽く目配せを交わすと、まず真人はそっと下がり、北都はパートナーのクナイ・アヤシ(くない・あやし)と共に通路の先を伺う。
 ず、ず、と這いずる音が近づいてくる。北都達は息を詰め、手にしたアルテミスボウに矢を番える。
 来る。
 そう、超感覚が告げる。
 その瞬間、連続で矢を放つ。と、同時に通路の先に、巨大な赤いトカゲの顔がにゅうと現れた。サラマンダーだ。
 先手を打って放たれた矢は、狙い違わずサラマンダーの額を捉える。しゃぎゃぁ、とサラマンダーが吠えた。
「今だっ!」
 一瞬の隙を逃さず、真人が合図する。その声に、一行は駆け出した。サラマンダーの横をすり抜け、奥を目指す。
 が、少し進んだところでまたしても、また別のサラマンダーが一行の行く手を塞いだ。口からは炎が溢れ、今にも吐きださんという様子だ。
「ここはわしらに任せておけ!」
 すると今度は夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)達が慌てずに飛び出す。
「みなさんは先に行ってくださいねー」
 と同時に甚五郎のパートナーのホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が護国の聖域を発動させて、魔術に対する防御を張る。また、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)の二人もそれぞれに戦闘態勢を取った。
 ひとまず此所は彼らに任せることにして、他の面々はさらに上の階を目指して駆ける。
 しかし、サラマンダーはそれを牽制したいらしい。蓄えていた炎のブレスを放つ。
「させぬ!」
 羽純が飛んだ。光の閃刃を放ち、ブレスを打ち消す。それから続けざまに光の刃を放つと、サラマンダーも放っては置けないと判断したのだろう。瞳を甚五郎達の方へ向ける。
 その間にも、他の面々はサラマンダーの横をすり抜ける様にして先を急ぐ。

 道はずっと一本道だった。
 ぐねぐねと曲がりくねっているため方向感覚を失いそうではあったけれど、どうやら、外周から内側に向けて、渦を巻くような構造になっていたらしい。塔のほぼ中心部までやってきたところで、階段を見つけた。
「よし、進みましょう」
 真人達は上の階へと進んでいく。
 しかしその中で一人、佐野 和輝(さの・かずき)だけが足を止めていた。和輝のすぐ後ろを歩いていたアニス・パラス(あにす・ぱらす)が、心配そうに和輝の顔を見上げる。
 それに気付いた和輝は、アニスの方を振り向くと、彼女を安心させるように笑う。それから、これ、と呟いて壁の一部を指差した。
 そこには、小さなノブのようなものが付いている。よくよく見れば、壁にも切れ込みが入っている。そう、ちょうど、扉のような形で。
「……上の階の探索は任せて、こっちを探ってみよう。何かあるかもしれない」
 和輝はアニスと、もう一人のパートナー、禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)を伴って恐る恐る扉を開けた。

■■■■■

 階段を上った先は、早速左右二手に分かれていた。
 それぞれの通路の先を覗いてみると、複数の枝道があるのが確認出来る。どうやら、二階は複雑な迷路になっているようだ。しかし、それでも不思議とどこからか光が差し込んできているらしく、視界は一階と大して変わらない。
「よし、ここは任せて!」
 一行の中から一歩進み出るのは騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だ。
 皆に静かにするよう合図して、風術で風を巻き起こす。起こった風は通路という通路、隙間という隙間を駆け抜けて行く。その音や流れを、詩穂は研ぎ澄ませた意識で捉える。
 風は逆巻き、行き止まりに阻まれて淀みながらも塔の中を駆け抜けていき、一部は上へ向かって抜け、あるいは外に流れていく。
 しかし、何かが引っかかる。巻き起こした風の量と、階上や外へ吹き抜けていった風の量が合わない気がする。
「うん、すごく複雑な迷路になってるね……それから何か、変な淀みがあるみたいだよ。もしかしたら隠し部屋とかがあるのかも」
「隠し部屋か……この塔が何なのか、手がかりが見つかるかも知れないな」
 詩穂の言葉に契約者達は顔を見合わせて頷き合う。
「じゃあ、階段探しも勿論だけど、隠し部屋も探さないとね」
 そう言って軽くステップを踏んでみせるのはルカルカ・ルーだ。よーし、と軽く準備運動のような仕草をしてみせると、行ってきまーす、と走り出してしまった。あ、とパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が呆れ気味の視線を向けて見送る。
「……あれは、放って置いても大丈夫だ。手分けして探索を行おう」
 ため息交じりにダリルが告げると、一行は気を取り直して、それぞれ思い思いの方向に散っていった。

 飛び出して行ったルカルカは、千里走りの術を使って、フロア中をしらみつぶしに走り抜けていた。遠回りになりそうな所は壁抜けを使ってしまう。四十センチも厚みのある壁などそうそう無い。外壁を突き抜けてしまわないようにだけ気をつけ、トレジャーセンスを頼りに走り回る。
 と、壁をひょい、と抜けた先に半透明の白い物体。ゴーストだ。
 想定外の事態に、ルカルカの足が止まる。が、ゴーストの方も壁から人が生えてくるなんて思っていなかったのだろう、混乱した様子で、その場でくるりと宙返りを見せた。その間にルカルカは呼吸を整えて、落ち着いて光術を放つ。
 ぱ、と辺りが明るく照らされて、同時にゴーストは断末魔を残して消滅してしまった。
「脅かしてくれるわね」
 ぱんぱん、と手を打ち払って、ルカルカは再び走り出す。

 一方、パートナーのダリルはと言えば、猪突猛進型のルカルカとは対象的に、着実にマッピングをしながら進んでいた。時折思い出した様にルカルカからデータが届くのでそれも含めて処理していく。
 一本道だった一階とは違い、二階は完全に迷宮になっている。マッピング機能があるとは言え、通っていない道の先は解らない。自然、行き止まりに行き当たれば引き返してこなければならず、同じ道を二度三度通ることになる。隠し部屋がないかもチェックしながらの行軍なので、どうしたって移動の速度は望めない。
 と、突然進行方向の曲がり角から、重たい足音が聞こえてきた。
 ダリルは咄嗟に、腰の曙光銃エルドリッジと魔銃ケルベロスを両手に構え、襲撃に備える。息を潜めて待ち構えていると、天井近くまであろうかというゴーレムが、足音を響かせながら現れた。
 とはいえ、抑も天井自体びっくりするほど高いわけでは無い。天井まで届くほどの大きさ、と言ってもゴーレムとしては小ぶりな部類に入るだろう。ダリルは冷静に、関節の継ぎ目を狙って左右の銃を放つ。弾は見事にゴーレムの関節を貫くが、しかし致命傷には至らない。ゴーレムはゆっくりと体勢を変え、ダリルへ向かい攻撃態勢を整えた。
 その間にも続けざまに銃弾を放つが、頑丈なゴーレムの体を完全に破壊するまでには至らない。魔力を供給する源を断てれば話は早いのだが、ゴーレムが通路を塞ぐように立ちふさがっているため、なかなか思うように立ち回れない。対処に時間を取られてしまうことは避けられない。
 ダリルは淡々と、ゴーレムを機能停止に追い込んでいく。