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黒の商人と封印の礎・前編

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黒の商人と封印の礎・前編

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「こういうときは、ロジカルに考えよう」
 分岐に次ぐ分岐で早速迷子になりかけた冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は、しかし焦らず冷静に、右手を壁に当てた。必殺、迷路は片側の壁に手をついて進めばいつかゴールにたどり着く作戦。
 回り道は避けられないが、同じ所の行ったり来たりは防げるし、着実だ。
「壁が壊せれば楽なんだけど」
 永夜は時々どん、と壁を叩いてみる。しかし壁は頑丈で、ちょっと殴った程度では崩れそうに無い。それに、柱らしい柱が無いのでおそらくこの階では、無数の壁が柱の役割も果たしているのだろう。不用意に壊してしまっては、塔が崩壊する危険がある。むやみに破壊するわけにも行かず、結局、壁に手を付けたまま地道に進んでいく。と、進んでいた通路の先が壁で塞がれているのが見えた。
「む……行き止まりか」
 永夜の後ろを歩く緋宿目 槙子(ひおるめ・てんこ)が呟く。念のため隠し扉などが無いか充分にチェックしてから引き返した。そして、分岐点まで戻って来たところで槙子は懐からチョークを取り出し、壁に矢印とバッテンマークを書き入れた。こちらの方向は行き止まり、という印だ。
「さすが槙子姉」
 二人の後ろに隠れるようにひっついている司狼・ラザワール(しろう・らざわーる)が、冷静な槙子の行動を褒めた。しかし槙子は「お前ももう少し働いて見せろ」とにべもない。司狼はちぇ、と苦笑してみせるが、司狼とて何もしていないわけでは無い。ちゃんと超感覚を発動させて、先々の様子に気を配っている。
「あ、永夜、槙子姉、この先何かいる!」
 ぴく、と司狼の耳が何かの音を捉えた。重たく響く足音だ。巨大な魔物の姿を想像し、司狼の顔が引き締まる。司狼の言葉を受け、永夜も油断無く魔術を発動する準備をし、槙子は魔銃カルネイジを構え、いつ敵が襲ってきても良いよう構えた。
 ずん、ずん、と重たい音が響く。やがて通路の向こうから、一匹のゴーレムが姿を現した。槙子がいち早くクロスファイアで牽制の一撃を加える。
 その後を追うように、司狼が駆けた。一気にゴーレムとの距離を詰めると、鳳凰の拳を叩き込む。しかし。
「……ッてぇー!」
 司狼の拳はゴーレムの頑丈な岩の体躯にはじき返され、むしろ司狼の方がダメージを受けた。ゴーレムを破壊するには威力が不足しているらしい。くそっ、と吐き捨て、司狼は赤く腫れた手を振り振りその場を下がる。
 それをフォローするかのように、背後の永夜が歴戦の魔術の光弾を放つ。それはまっすぐゴーレムの体にぶつかって、その一部を抉った。しかし、機能を停止させるには至らない。
 再び槙子のもつカルネイジが火を噴くが、こちらもなかなか、致命傷を与えるまでにはならない。
 それでもゴーレムの足を止めるくらいのダメージは与えられているのだろう、ゴーレムは防御一辺倒で、こちらに襲いかかるまでの余力はないらしい。しかし、なかなか破壊には至らない。拮抗状態だが、おそらく先に力尽きるのは永夜達だろうと思われた。
 永夜の顔に苦いものが浮かぶ。
 と、その時。
「お邪魔するよー!」
 場違いな明るい声が響いた、かと思うと、軽快な銃撃音が続く。そして次の瞬間、ゴーレムの片腕が氷漬けになっていた。
 ゴーレムはその場でのそのそと方向転換をして、自分の背後から現れた新たな侵入者――セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の方に向き直った。セレンフィリティは両手に持った双子の銃「シュヴァルツ」と「ヴァイス」を構えると、先ほどと同じようにアルティマ・トゥーレを纏わせた銃撃を放った。今度はゴーレムの反対の腕が凍り付く。同じように続けざま、両足も凍り付かせてしまった。ゴーレムはその場に縫い止められる。が、振り解こうとしているらしく、氷ついた両手両足からはみちみちという音が聞こえてくる。
「おっきいの行くから、ちょっと離れててね!」
 それから、ゴーレムの向こう側にいる永夜達に牽制の声を掛けると、懐から機晶爆弾を取り出した。このままちまちま削るよりも、一度に破壊してしまえ――という思惑だったが、取り出した物体にパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は顔を曇らせた。
「ちょっとセレン、待ちなさい――」
「いっくよー!」
 しかしセレアナの牽制など聞きもせず、セレンフィリティは手にした機晶爆弾をゴーレムに向かって放る。
 カッ、と閃光が辺りを灼いて、続いて爆発音が五人の耳を襲った。
 身動きが取れなかったゴーレムはひとたまりも無く四散して、辺りにぱらぱらと小石が降る。
「ちょっとセレン、いくら何でも無茶が過ぎるわ……」
「もう、ちゃんと武器の威力くらい解ってるってば。現にほら、壁や床は傷ついて無いでしょ?」
 セレアナの苦言にも、セレンフィリティはしれっとした態度を崩さない。はあ、とセレアナはため息を吐いた。
「その、助かった。ありがとう」
 二組の間を隔てていたゴーレムが崩れたことで、やっとお互いの顔が見える。永夜は服の埃を払って体勢を整えてから、セレンフィリティ達の元へ歩み寄った。
「大したことじゃ無いわ」
 セレンフィリティは笑って答える。今日も相変わらず、羞恥心が迷子になったような服装だ。
「この先は行き止まりだった。隠し扉みたいなものも無かった」
「あ、本当? 情報ありがとう」
 永夜の言葉に、セレンフィリティは銃をしまうとその代わりに、銃型のハンドヘルドコンピュータを取り出した。ちなみに弐式。サーモグラフィ機能まで搭載された、探索に適したタイプだ。その、マッピング機能を呼び出すと、セレンフィリティは今聞いた情報を元に地図を書き加える。
「じゃあ、少し引き返して、こっちの曲がり角を――」
 セレンフィリティの作った地図と永夜の持っている情報を照らし合わせ、進む方向を決めた。たどれる道は一本しかない。合流して進もうと五人が進み始めた、その瞬間。
「げ、また来た」
 司狼の超感覚が、再び重たい足音を捉えた。耳に意識を集中する司狼の横で、セレンフィリティとセレアナはすかさず戦闘態勢を取る。永夜と槙子も遅れない。
 すると、ぬう、と今向かおうとしていた曲がり角から、またしてもゴーレムが現れた。
 いち早く動いたのはセレアナだった。
 凍てつく炎を放ち、こちらに向かってくるゴーレムを牽制する。そこへセレンフィリティと槙子による銃撃、永夜による魔術弾が加わると、さしものゴーレムも速いペースで消耗していく。
「今度は無茶しないでよね」
 セレアナはセレンフィリティに釘を刺すと、手にした幻槍モノケロスを振りかざし、一気にゴーレムとの距離を詰めた。そして、槍に電撃を纏わせると一気にゴーレムの中心部を狙って叩き込む。既に充分ダメージを受けていたゴーレムは、その一撃でどお、と地面に倒れて機能を停止する。
「よし、いきましょ」
 ゴーレムが倒れたことを確認して、セレンフィリティがにっこり笑う。
 五人はゴーレムの残骸を踏み越え、歩き出した。

 と、その時、セレンフィリティの銃型HCが情報の受信を告げた。
 開いてみると、ルカルカからのメッセージが届いていた。マップ情報付きで、階段を見つけた、との報告だ。おそらく、塔の探索をして居るメンバー全員へ同じものが届いているだろう。

『まだ隠し部屋は見つからないわ。私達は引き続き隠し部屋を探すから、三階の探索はお願いね』
 ルカルカからのメールに添えられたメッセージを受け、数組の契約者達は三階へ上がる階段を目指す。また、何組かは隠し部屋の探索のため、二階に残った。