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リアクション
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)とレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は、二階に残って探索を続けていた。
秘宝の知識のスキルを持ち、またトレジャーセンスを発動させているグラキエスが中心となって、まだ地図の埋まっていない箇所を丹念に探索している。
「エンド、そちらがまだ探索されていません」
ノマド・タブレットを使ってマッピングを担当するのはグラキエスのパートナー、ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)だ。
「よし、行ってみよう」
ロアの言葉に、グラキエスは通路を曲がる方向に進路を取る。レリウスは黙ってそれに従った。
予め、探索はグラキエスが、戦闘はレリウスが中心になるということを決めている。とはいえ、いつもは生真面目ながらも穏やかな応対を見せるレリウスが、妙に素っ気なく、またぴりぴりしていることに、グラキエスは少し不安を覚えていた。自分は何か、彼を不愉快にさせてしまったのではないか、と。
「こっちで大丈夫だろうか、レリウス」
「探索はあなたに任せている、グラキエス。俺はあなたを信じてついていくだけだ」
少し気を遣って聞いてみるグラキエスに、しかしレリウスはただ淡々と答えた。信じてくれているというのは嬉しいのだけれど、どうにも空気が重たい。
「なあレリウス――」
レリウスのパートナー、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)がため息混じりに何かを言おうとした。と、その時。
「……行き止まりですか」
一行の足が止まった。グラキエスのもう一人のパートナー、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が目の前に現れた壁に触れる。とはいえ、グラキエス達の目的は隠し部屋の探索だ。壁に隠れた仕掛けなどが無いか、念入りに調査をする必要がある。
「おかしいですね……エンド、見て下さい」
タブレットを覗き込んでいたロアが、何かに気付いた。すっと画面をグラキエスに向けて差し出す。グラキエスが覗き込むと、ロアはほら、と表示されたマップ上を指差した。
「通路がこうあって……ここに行き当たったのなら、私達の現在地はここでなければなりません」
画面には、複雑に入り組んだ通路の様子がきっちりとマッピングされている。
地図が確かならば、この道は他の通路と直角にぶつかって行き止まりになって居るはずだ。しかし、地図上での自分達の位置は、ぶつかる通路よりかなり手前になっている。この周囲の他の通路は既に全てマッピングされて居るので、地図上にはぽっかりと謎の空間が残されている形になる。
「これは当たりかもしれないな」
グラキエスの顔が少し明るくなる。ちら、とレリウスの方を振り向くと、レリウスも力強く頷いた。そして、二人を中心に壁を丹念に調べていく。すると。
「……ここ、他の漆喰と色が違うな」
グラキエスが、壁の違和感を見つけた。煉瓦を積み上げて作られた壁の、煉瓦同士を繋ぐ漆喰、その僅かな色の違い。
ロアが、ミニツインドリルを取り出して進み出る。慎重に色の違う漆喰を剥いでいくと、ちょうど人一人が通れるくらいの大きさの枠ができあがった。
「当たりのようですね」
レリウスが慎重に得物を構えてその前に立ち、ハイラルに合図をする。
ハイラルが切り取られた壁を蹴り倒すと、濛々と煙が上がり、黒い空間が姿を現した。
煙が落ち着くのを待ち、五人は小部屋に足を踏み入れた。ここには明かり取りの窓が付いていないらしく、部屋の中は真っ暗だ。頼りになるのは通路から差し込む光だけ。慎重に目が慣れるのを待つ。
と、暗闇の奥で、きらりと何かが光った。次の瞬間、突風が巻き起こり、何かが羽ばたく音がする。
「エンド、下がって」
咄嗟にロアがグラキエスを背中に庇う。同時に、レリウスが前線に踊り出た。
暗闇になれてきた目に映ったのは、一体の翼を持った石像、ガーゴイルだ。室内の狭い空間でも飛び回れるようにだろう、ずいぶんとミニサイズだが、油断は禁物。
エルデネストがレリウス達の後ろからサイコネットを放つ。見えない網に翼を絡め取られて、ガーゴイルは藻掻きだした。そこにレリウスが、薙刀状の武器、逵龍丸を構えて飛び込んで行く。一度飛び上がり、勢いに乗せて逵龍丸を振るう。光条兵器に似た光で出来た切っ先が、一気にガーゴイルを沈黙させた。
「これは、お見事」
サイコネットを放った以外に仕事が無かったエルデネストは、グラキエスの隣にぴたりと寄り添ったまま、わざとらしく拍手して見せた。しかしレリウスは気にする様子も無く、淡々と周囲に気を配り、他の脅威がないか確認する。
「殲滅完了です」
レリウスが無表情に言うのに、グラキエスはちょっとどきりとする。――のを、横で見ていたハイラルがため息を吐いた。
「レリウス、その、傭兵モードやめろって。グラキエスも困ってるだろ?」
「別に――そんなつもりは」
ない、と言いかけたレリウスの口が、微妙な表情をして居るグラキエスを見つけて閉じられる。
やれやれ、とハイラルが肩を竦めた。
「悪いな、グラキエス。こいつの悪い癖なんだ、任務モード入るとなんつーか、機械的になるっつーか」
そういうことか、とグラキエスは少し安心したような表情を見せ、ばつが悪そうにしているレリウスに微笑みかけた。
それから五人で室内を探索してみたが、しかし部屋の内部には書物らしいものはおろか、何も置いてない。ただ、古びた棚だけが空っぽのままくたびれていた。
グラキエスが棚をサイコメトリしてみる。おぼろげに、何かの道具類が棚に並んで居る景色が浮かんで来た。どうやら、この部屋は倉庫として使われていたらしい。
「手がかりらしい手がかりにはならなかったな……」
グラキエスは肩を落とす。しかし、レリウスはぽん、とその肩を叩いた。
「此所には何も無い、ということが解っただけでも収穫です。ほかの皆さんにも連絡しましょう」
レリウスの言葉に、そうだな、と気を取り直したグラキエスは、HCを使用して他の探索中のメンバーへ連絡を取った。
全員のマップ情報を統合することで、二階の空白空間は全て無くなった。
詩穂の見つけた隠し部屋はどうやら、グラキエスとレリウスで見つけたもののことだったらしい。
これ以上の探索の必要は無いだろう。そう判断し、二階を探索して居た面々は、先行した他のメンバーを追いかけ、三階へと急ぐ。
その後から一人、二階へと上がってくる人影があった。
白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)だ。彼はひとり、黒の商人側に荷担するために動いて居る。
他の契約者とぶつかったら排除しようとも思っていたが、一人であの森を抜けてくるのには些か骨が折れ、だいぶ消耗してしまっている。――それでも、たった一人で森を抜けてくることが出来た、ということが、竜造の手腕を証明しているのだが。
「塔の中が静かなのは、ありがてぇな……」
魔物だらけだった森の中とは違い、塔の中は先に行った面々のおかげでだいぶ楽が出来る。上がった息を整えながら、竜造は手元のHCにマップ情報を入れ、先へと進んでいく。
今の状態で他の契約者とドンパチになるのは頂けない。生半可な連中にはそうそう負けない自信があるとはいえ、塔の内部の魔物をここまで綺麗に片付けているのだから、あちら側にも手練れが居ると考えてしかるべきだし、自分に複数の契約者を相手にするだけの体力は残っていない、と言うことに気づけないほど浅はかでもない。
他の連中に鉢合わせないことを祈りながら、竜造は一人、梟雄剣ヴァルザドーンを頼りに進んでいく。
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