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黒の商人と封印の礎・前編

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黒の商人と封印の礎・前編

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「……ジョーカーさんは……『君の味方』だって……ヴォルフさんに言ったんだよね……?なら……きっと悪い人じゃないって……私は信じたいなぁ……?」
 ジョーカーと接触する為に森に残った四人は、ヴォルフがジョーカーと出会ったという辺りを重点的に探していた。
「水晶髑髏、か。記憶媒体だったりしてな。黒の商人はその記憶から生まれた魔道書みたいなもんか?それとも、記憶された、サンプリングされた人達のコピーとかな」
 ジョーカーの捜索に当たっているネーブル・スノーレインと紫月唯斗は、ぽつぽつと推理を交わしながら森の中を当てもなく進んでいく。
「ヴォルフさんのお話では、ジョーカーさんはヴォルフさんに協力を申し出て、商人のことにも詳しくて、その陰謀を阻止したいと言っていたらしいですが、その割には自分で塔に行く訳でも無し、どこか消極的に見えるですぅ。ヴォルフさんへの助言内容も、どこか中途半端ですし……」
 彼らと同行している佐野ルーシェリアが、指先を口元に当ててむむぅ、と唸る。
 しかしいずれの論も推測にしか過ぎない。本人に接触して話を聞かないことにはどうしようもないのだが、これといった手がかりもない。
「ジョーカーさんいらっしゃいますか……? ……って言ったら、出てきてくれない……かな」
 ネーブルがおずおずと中空に呼びかけてみせて、それから、恥ずかしそうに頬を染めた。
 すると。
「汝が後ろに……」
 ひゅう、と冷たい風が吹いて、いつの間にか彼らの背後に一人の男が立っていた。
 四人はばっと振り向く。全員、それなりに、あるいは明確に、人の気配などは察する事が出来るはずだが、全く気がつかなかった。
 バステト・ブバスティスはパートナーであるネーブルを背中に庇うようにして立ちふさがると、剣を抜いた。
「あ……」
 庇われたネーブルが、しかし咎めるような視線をバステトへと向ける。話を聞くために来ているのであり、戦うためではない、と。
「主がジョーカーを信じたい気持ちは判るが、よく分からない相手を警戒するのは当然であろう?」
 バステトはジョーカーから目を離さないまま、小さな声でネーブルを制する。その隣に、唯斗も並んだ。
「フフ……そんなに警戒しなくとも。あなた方に危害を加えるつもりはありませんよ」
 しかし、ジョーカーは特に気に留める様子もなく、おおらかにさえ聞こえる声で言うと芝居がかった仕草で両手を広げて見せる。
 笑顔の形に作られた仮面が、ぴたりと顔に貼り付いている。
「どうだかな……素顔も見せない奴を信用しろと言われてもな」
「信じる信じないはあなた方の自由です」
 唯斗はふん、と鼻を鳴らすと、武器を収める。
「質問にはきっちり答えて貰うぞ、ジョーカーさんよ」
 殺気立つ唯斗の言葉に、しかしジョーカーは飄々とした態度を崩さない。
「あの、ジョーカーさんは……黒の商人さんのこと……知ってるんですか……?」
 ネーブルが、バステトの影から恐る恐る問いかける。するとジョーカーは、心なしか満足そうに頷いてみせた。
「ええ、良く知っていますよ」
「えっと、その……聞きたいことがあるんですけど……まず……黒の商人さんって、何者なんですか……?」
「彼は、この世界の存在ではありません」
 さらりとジョーカーの口から出た言葉に、唯斗とルーシェリアはやはり、という顔をする。
「本来はナラカの生き物ですから、この世界に存在する彼は、精神だけの存在に近い生き物と言えるでしょう。複数体で活動しているように見えるのもそのためです。分身を作り出すことは、彼にとって容易いことですから」
「……そんなことまで知ってるんだな」
 確かに過去の事件で黒の商人が複数居ることは目撃されている。しかし、それは事件に関わった人間しか知らないはずだし、ジョーカーがこれまでの事件に関わっていたという報告はされていない。唯斗が訝しがるように問い詰めるが、ジョーカーは自分のペースを崩さない。
「彼の動向には注意を払っていましたからね。あの塔に近づかれては困りますし」
「あの塔と……商人さんには……何か、関係があるんですか?」
 ネーブルの問いかけに、ジョーカーは深く頷く。
「大ありですよ。彼の目的は、あの塔の封印を解き放つことですから」
 そう言うと、ジョーカーは仮面の下の視線を森の向こうに見える塔へと向けた。
「あの塔には、何があるんだ」
「あの塔は――封印の塔。ナラカとパラミタとを繋ぐ道を塞ぐ礎。……とはいえ、あそこにあるナラカへの道はごく小さく、不安定なものですが――それにしても、封印が解けてしまえばどんな影響があるか判らない。少なくとも、この辺り一帯は魔物に飲み込まれるでしょうね」
 淡々と告げるジョーカーの言葉に、四人の顔が青くなる。ナラカと繋がっている、その短い言葉の中に込められた危険性は計り知れない。
「彼が、髑髏を持っているでしょう。あれは塔の封印の礎となるもの――あの髑髏のエネルギー源は人々の絶望の感情。彼はそれを集めていた」
「……なるほど、そういうことなら今までの奴らの妙な行動も合点が行く、か……」
 唯斗はふむ、と唸って考え込む。
 これまでの商人のやり方は決まって、「願いを叶える」と言っておきながら、依頼者の一番大切なものを奪う、というものだ。しかも、肝心の願いが叶ったかどうか、一番大切なものを奪えたかどうかに関しては、どこか無関心な様子さえ見せていた。だがそれも、「絶望」という感情だけが目的だったのだとすれば、納得も行く。
「でも……変です……その、髑髏が封印の要だとするなら……それにエネルギーを溜めているということはつまり、封印を強化することになるんじゃない……ですか?」
「……」
 ネーブルの言葉に、ジョーカーは初めて、ペースを乱した。少し考える素振りを見せてから、ひょい、と肩を持ち上げた。
「言葉が足りませんでしたね。封印の礎となるものは二つ。一つは水晶髑髏、そしてもう一つは、人柱、です」
 人柱、という言葉に、四人は表情を一層硬くした。
 ジョーカーはそこで言葉を少し切ってから、改めて続ける。
「彼は、現在の人柱を解放しようとしている」
「つまり、クロノを人柱にしよう、と?」
 唯斗が鋭い視線をジョーカーに投げつける。ジョーカーはしかし、再び自分のペースを取り戻したのか、淡々と「そこまでは解りませんが」とわざとらしく肩を竦める
「可能性は高いでしょう。しかし、彼は決定的に勘違いをして居る。髑髏のエネルギーと新たな人柱があれば、古い人柱を解放できると思い込んでいる。ですが――」
 現実はそんなに甘くない、と言って、ジョーカーは俯いた。
「……ちょっといいですかぁ?」
 不意に、今まで押し黙って聞いていたルーシェリアが口を開いた。
「なんでジョーカーさんは、そんなに商人さんとか、塔のことに詳しいんですか? もしかして、黒の商人さんと何か、ご縁があるんじゃないですか?」
 まっすぐにジョーカーを見詰めるルーシェリアの言葉に、ジョーカーは言葉を止めた。
 それから長いような、短いような沈黙があって、ジョーカーはふう、と短く息を吐き出した。
「仕方がありませんね……」
 そう呟くと、ジョーカーはゆったりとした動きで仮面を取った。そして、道化師のような帽子も外す。
 すると。
「え……女?」
 思わず唯斗が呟く。
 仮面の下から現れたのは、美しい女性の顔だった。
 緩やかなウェーブを描く金色の髪が、帽子の下から表れてふわりと広がる。

「私の名前はエーデル。……塔の、人柱です」

 透き通るような声が響いた。
 ジョーカー――もとい、エーデルと名乗った女性は、静かな声で続ける。
「黒の商人と名乗る男の名前は、シェーデル。私の……恋人だった男です」
 その言葉に、四人は流石に驚きを隠しきれないという表情で言葉を失う。
「私はもともと、あの塔を封印するための人柱として作られた存在です。彼はそれを知った上で私を愛してくれました。けれど――そのために、私の肉体を人柱の運命から解き放ちたいと望むようになってしまった」
 エーデルはもの悲しそうな表情で言うと、空を仰ぐ。誰も何も言えなかった。
「彼が髑髏を持ち出した所為で今、塔の封印は緩んでいます。だからこそ私の魂はこうして、塔を離れて動くことが出来るのですが――あまり塔に近づくと、私は肉体に捕らわれてしまい、何も出来なくなってしまう」
「だから、自分で塔に近づくことは出来なかった、そういうことですねぇ」
 ルーシェリアの言葉に、エーデルは小さく頷く。
「封印の礎となることは、私に課せられた運命――人柱を入れ替えたれば、封印は正常に作動しなくなるでしょう。それだけは、避けなければなりません」
 そう言うエーデルの瞳には、固い意志の色が宿っている。

「お願いです。彼を、シェーデルを止めて下さい――」