リアクション
* * * 一行は秘密喫茶へ向けて出発していた。 「大丈夫?」 『○■▽×☆』 「……そうじゃないね」 コハクが心配そうに話しかけているのは、腕に抱えた土星くん。跳ぶ気力もないらしく、ぐで〜っとしている。 しばらくそのまま無言でいたのだが、コハクはずっと気になっていたことを土星君に尋ねた。 「どうして壱号は、そこまで修理を急ぐの?」 たしかにこれから、移動式住居が使えるようになれば便利になるだろう。しかしそれにしても土星くんは急ぎ過ぎな気がした。焦っているような……。 『……んかった』 「え?」 茫然と、夢うつつな顔をした土星くんが何かを言った。 『守れんかった、誰も』 移動式住居は、ニルヴァーナ人が脅威から逃れるために作ったものだ。生き延びるために作ったものであり、その制御を司る彼の使命はそこに住む人々を守ること。 だが目覚めた時、見知った顔は1つとしてなく、守るべき対象(住民)を失ったのだとすぐに察した。 『わしらは移動式住居』 移動式住居……そう住居だ。住民のいない住居など、なんの意味もありはしない。誰もいないのならば、存在する価値もない。 だが目覚めた時、見たことない人間たちがそこにいた。彼らが新しい守るべき対象(住民)たちなのだとすぐに察した。ならばやることは決まっている。 『今度こそ、守るんや。わしは……』 うわ言のように繰り返す土星くんに、コハクは「そっか」と返しつつもこう続けた。 「それでも、たまには休まないと、倒れちゃうよ」 返事はなかった。 そう。SAN値直送絵によって、土星くんはここに永眠し 『するかボケェー! 勝手に殺すなー!』 とりあえず元気そうなので次に行こう。 * * * 「しかしアガルタも随分発展してんなぁ。ついこの間街ができたんじゃなかったか?」 感心した声を上げたのは姫宮 和希(ひめみや・かずき)。護衛として参加しつつ、街を栄えさせるこのノウハウを学んで、シャンバラに活かしたいと考えていた。 シャンバラにもまだまだ復興や支援を必要としてる所も多いのだ。 「なるほど物資の輸送か……っと姫さん。ちゃんと前見とけよ」 「んおおっ? た、助かった」 「おう。あ、おっちゃん、話ありがとな」 道中で住民に話を聞いてしっかり学びつつ、こけそうになったセレスティアーナの腕を引いて支える。 「それにしても中々見つからねぇなぁ、その秘密喫茶とかいうの……お?」 「見つかったか?」 「いや違ぇけど、面白そうな店があるぜ」 和希が指差した先にあったのは、呪符が貼られた小さな店だ。左側が八卦陣、右側が対極図になるように貼られている。 立てられた看板には『全然怪しくない八卦術師の便利屋さん』と書かれていた。 怪しくないとわざわざ書いてしまっているところが、何とも言えない怪しさを醸し出している。 「お、なんだか楽しそうだな。行ってみるか」 だが我らが代王はそれぐらいでひるまない。止める間もなく店内へ突入。 出迎えたのは白澤と黒い麒麟……に似た何か。 「……いらっしゃい、ませ」 驚く面々に声をかけたのは店主である東 朱鷺(あずま・とき)だ。以前は呪符を適当に貼っただけの店だったのだが、アピールが少ないと気づいたらしい。 マスコット(白澤と黒麒麟)を用意したり、自分で作成した呪符や、数々の冒険で余ったグッズの販売も始めたらしい。店内には何に使うのか分からないものも置いてあった。 とはいえメインはなんでも屋、なのだが。 「なんでも屋、か……あ、それならさ。秘密喫茶ってしらねぇか? 姫さんたちが探してるんだが」 「秘密喫茶、ですか」 朱鷺が少し考え込む。 「秘密なのかは不明ですが、喫茶ならそこにありますよ?」 誰かが驚きの声を上げるのと、朱鷺の店の正面の壁が開くのは同時だった。 * * * 「ここが秘密喫茶でござるか。たしかにこのドアは見つけにくいでござるよ」 ロビーナが見つけたドアは、見事な迷彩塗装が施されていた。……喫茶なのに? 「ま、行くよー!」 細かいことは気にするな、とレキが元気よくドアを開けると、聞こえたのは高笑い。 「フハハハハ! この俺が【迷彩塗装】で隠した入り口、よくぞ見破った! だが、【要塞化】を施して、悪の秘密結社のアジトと化したこの店から、簡単に帰れると思うなよ!」 悪の秘密結社風の飾りつけがされている店内でドクター・ハデス(どくたー・はです)にそう言われたが、悪意はまったく感じない。 「ふむ。どうやらゆっくりしていけ、ということらしいの」 ミアが冷静に頷いた。 「ちょ、ちょっと、兄さん! 家計の足しにするために喫茶店にしたのに、どうして入り口を隠したりするんですかっ! もうっ通りでお客さんが来ないはずです。それに、何ですか、私のこの衣装はっ!」 文句を言いながら奥からやってきたのは悪の女幹部の衣装(けっこうきわどい)を着せられた高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)だ。客の存在に気づいてないのか、内装や先ほどのセリフにも文句をつけている。 「ちゃんとしっかり……って、きゃ。お客さん。い、いらっしゃいませ」 「いらっしゃいませ、ご主人様」 悪の女幹部の横に立ち、礼をするのはメイド服のヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)。 メイド喫茶なのか悪の秘密結社なのか、どっちなんだろう。 「ご注文は何になさいますか? 当店のお薦めは、ハデス博士……じゃなかった店長の淹れたコーヒーです」 「ご注文どうぞ。 当店のお薦めは、手作りケーキです」 咲耶とヘスティアの声が被る。なんで店員同士でお薦めが違うのか。首をかしげつつも、 「じゃあコーヒーと、ロビーナはケーキでいいか?」 「2つともください」 「あ、私もですぅ」 忍とロビーナ、レキ、ルーシェリアがそう頼むと、ヘスティアが「え?」と驚いて哀れむ目を向けてきた。それを見たミアはコーヒーだけを注文した。 注文が入ったことで嬉々として厨房の奥へと消えていく咲耶。そしてヘスティアがハデスに注文を告げると、なぜか実験室風なカウンターでハデスが試験官やフラスコを使ってコーヒーを入れていく。 「くくく。コーヒーを入れるなど、所詮は実験と同じで、適切な材料を適切に加工するだけだからな!」 たしかにその通りかもしれないが、見ていて不安になるのは否めない。 だがミアは冷静にその手つきを眺め、とりあえず危険物ではないと判断した。実はハデス。料理が上手であったりする。 「お待たせしました」 厨房から咲耶がケーキを笑顔で運んでくる。 まずそのとき、レキが異変を感じ取った。念のためにと発動させていたイナンナの加護が、彼女に危険を知らせた。 コトッという音を立ててソレがテーブルに置かれた。 「こ、これはっ!」 一体何が入っているのか。青紫色のどろっとした何かが皿に乗っている。それを置いたであろう咲耶はニコヤカに「ご注文のケーキです」と言った。 ケーキって、こんなにどろっとしてましたっけ? 「……俺、初めてニルヴァーナ来たんだけど、こういうのが流行ってんのか?」 「安心してくださいですぅ」 「ボクも初めてだよ(食べ物にイナンナの加護が反応するなんて)」 何とも言えない顔でケーキ(らしい)を眺める。動じていないのはミアぐらいだ。 「ええいっ女は度胸よ! ミア、何かあったら回復よろしく」 ぱくりっとレキがそれを口にした。ドキドキと見守る面々に、レキはにこっと笑い パタっと倒れた。 「れ、レキさんー!」 「しっかりしろー傷は浅いぞ!」 「やれやれ。どうみてもヤバイ物を口にしおって」 「素晴らしい女子力でござった」 犯人はケーキ……そんなダイイングメッセージがテーブルに残された。仕方ないと傍に寄ったミアが浄化の礼を使ったが、ピクリとも動かない。 「あれ? お客さん寝てしまったんですか?」 咲耶が首をかしげたのに、ツッコミなど入れられるはずはなく 「お待たせしましたコーヒー……はっ。もしかして咲耶お姉ちゃんの作った料理を食べたんですか? 大変です」 「待ってヘスティアちゃん、そのまま走ったら」 ビーカーに入ったコーヒーを手に、慌てて近寄ろうとしたヘスティア。咲耶が声をかけるも少し遅く 「はわわっ、コーヒーがっ!」 「あっづ」 「わわわわわっすみません」 「大変ですぅ、すぐに治療を……あれ? なんだか気が遠くなってきたですぅ」 「ルーシェリア、お前もか! うっ、てか俺もやべー。目がいてぇ」 「料理から出る臭気にやられたんですね。とにかくみなさん、マスクを!」 どたばたとしている面々を、いつのまにか店の端(窓の傍)にいたミアが眺めていた。御託宣のおかげで難を逃れたようだ。 そして手には店長から直接受け取ったコーヒー(ビーカー)。 「……うむ。良い香りじゃな」 これが経験値の差か。 ちなみに気がついた時、レキ、忍、ロビーナ、ルーシェリアの4名はここで起きたことを覚えていなかったという。 「あれ? たしかに行った、よな?」 「そのはずですぅ。店員さんともお話しした覚えがありますぅ」 「おかしいね。ミアも覚えてない?」 「……しらんな」 「不思議でござるな」 「でもちゃんとコーヒー代とかは減ってるし……また行ってみるか」 「そうだね」 無限ループって怖い。 記憶を失くしたくない方には、店長の料理を頼まれることをお勧めします。ただ運んでくるのがドジッコなので、まともに口に入れられるかはあなたの運次第です。 秘密喫茶オリュンポスは、いつでも挑戦をお待ちしております。 しかしそれにしても、アガルタにはデンジャラスな店が多いような気が……いや。気のせいですね。 |
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