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再び、みんなで楽しく? 果実狩り!

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再び、みんなで楽しく? 果実狩り!

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『リア充ですが爆発はしません』

「どうぞ、ケイオース様。沢山召し上がってください」
 収穫した果実を脇に置いて、敷かれたシートに座ったティティナ・アリセ(てぃてぃな・ありせ)がケイオースの前でランチボックスの蓋を開ける。具だくさんのサンドイッチに色とりどりのおかずが現れ、ケイオースはしばし目を奪われる。
「これは……凄いな。これだけの量を、君一人で?」
「いくつかは、お姉様に手伝ってもらいましたわ。
 もう、お姉様ったら。手伝うだけ手伝って「私は考え事がしたい」なんて。それがお姉様の、わたくしとケイオース様を二人っきりにするための口実だってこと、分かってるんですよ――
「? どうした、ティティナ?」
「! ああいえ、何でもありませんわ。さ、さあ、ちゃんとご飯を食べませんと元気も出ませんし、沢山採ってセイラン様にもお土産をお渡ししませんと」
 しどろもどろになりつつ勧めてくるティティナに、ケイオースは差し出されたランチボックスに意識を振り向ける。サンドイッチの一つに手を伸ばして掴み取り、口に頬張るのをちらちらとティティナが気にする。
「うん、美味い。作った人の真心が感じられる」
「ほ、本当ですか? よかった……」
 安堵の息をついたティティナもランチボックスに手を伸ばし、そして暫くの間和やかな昼食の時間が流れる。

 ナイフを持つティティナの手がちょこちょこと動き、やがて皿には数匹のうさぎ(皮を耳の形に残された、林檎)が載せられる。
「可愛らしいな。食べるのが惜しくなってしまう」
「ふふ、そうですわね」
 二人微笑み、感謝するように優しく林檎を摘んで口にする。
「よく熟している。一口ごとに活力を得ているような、そんな気分にさせてくれる」
「果実は美容と健康の味方、と聞きますが、本当その通りですわ。ドライフルーツにすれば保存食にもなりますし、思い出と一緒に長く楽しめますわ、きっと」
 リボンを巻かれた瓶に詰められたドライフルーツ、それは甘酸っぱい思い出をギュッと閉じ込めた宝石箱。
 ――今日のこの一緒の時間を、いつまでも。そして来年もまた同じように、素敵な思い出を残せますように。
 隣で笑うケイオースを見つめ、ティティナは切に願う。

 他愛もない日々の話に興じていたケイオースが、ふぁ、と欠伸を漏らす。
「どうぞ、眠いようでしたらお休みになられてください。私が見ていますので」
「あ、あぁ。寝てしまうのは流石に失礼と思ったが、そう言ってくれるのなら甘えさせてもらおう」
 言うと、ケイオースは仰向けに寝転がり、目を閉じる。幾許もしない内にすぅ、と寝息が漏れ始める。
(イナテミスの領主として、精霊長として、お忙しい毎日をお過ごしですものね。安心してお休みいただけたなら、わたくしも嬉しく思いますわ)
 ケイオースの寝顔を、ティティナが微笑みを浮かべながら見つめる。そうしているとティティナの心に、ある欲求が生まれてくる。
(……ほんの少し、少しだけなら、構いませんわよね……)
 何度か左右に首を振って、辺りに人の姿がないのを確認して、ティティナがケイオースの頭へと手を伸ばす。徐々に距離が縮まっていき、後少しで触れようとした所で、ケイオースが「……ん……」と呻きを漏らす。
「!!」
 慌てて手を引っ込めるティティナ、起きてしまったかと心配していると、また安らかな寝息が聞こえてくる。安堵の息をついて、しばらくたってまた、ティティナの手がケイオースへと伸び、今度はその黒々とした髪へ触れる。
(硬くて、しっかりしていて……でも、温かい……)
 手から伝わる心地いい感触を、ティティナは楽しんでいた――。

(果実が人の姿を取った、と聞いて、まさか全部が? と思いかけましたが……そうではないみたいですね)
 樹の幹に身体を預け、沢渡 真言(さわたり・まこと)がぼんやりと考え事に浸る。ティティナに「一人で考え事がしたい」と言ったのは確かにティティナとケイオースを二人きりにする意図もあったが、言葉通りの意図も含まれていた。
(今日に至るまで、色々な事がありました……どれも思い出深いものですが、そうですね……)
 そうして思い返すのは、季節外れの寒波に見舞われたイナテミスで、住民にパンとスープを振る舞った時のこと。あの時に子供たちとティティナと、歌ったことがなかったと言ったケイオースと歌を歌った。その、初めてとは思えない歌声に勇気付けられるように、激しくなる寒波から街を守り、その後は子供たちが安心して暮らせるよう、施設の建設に尽力してきた。あの時建てた『こども達の家』は今でも子供たちの憩いの場として、いくつかの出会いと別れを繰り返しながら存在し続けている。
(……私にはこれだけの人との交流が、絆がある。
 ティティナ、あなたにも私とではない、他の人との大切な絆を得て欲しいと思います。それはきっと、あなたを守ってくれる力になるから……)
 今頃はケイオースと幸せな時間を過ごしているであろう、大切なパートナーの事を思う。
 ――もし自分に万が一の事があった後でも、自分の足で立っていられるように。
   幸せな思い出を、積み重ねていけるように――。
「……おや」
 潤みかけた視界に、頭上から林檎がころん、と落ちてくる。何となくそれは、膝の上に乗ってくる猫を思わせた。
「ええ。あなたがいるから、私は寂しい思いをしなくて済みます」
 まるで猫にそうするように、真言は林檎を拾い上げ、膝に載せて撫で回す。


『覚えている限り、みんなはここに、生きてる』

「カヤノちゃん、身体の方はもう大丈夫?」
 秋月 葵(あきづき・あおい)が尋ねると、カヤノはあはは、と苦笑して答える。
「うん、すっかりよくなったわ。しばらくは酔ったような感じが抜けなかったけどね……。
 そうそう、ちゃんとお礼を言うの忘れてた。あたいを心配して来てくれて、ありがとね」
 カヤノが『煉獄の牢』の件で、内部に閉じ込められたのを葵が助けに来たことを感謝すると、まさか言われると思ってなかった葵が慌てて顔を赤くする。
「な、なんだか改まってお礼言われると、照れちゃうな……。
 でも、嬉しい! 今日は果実狩り、楽しもうねっ☆」
「そうね! 見てなさいよアオイ、あたいが片っ端から落としてあげるからっ」
 そう言って、カヤノが頭上の栗の木に手を向けて、極小の氷柱を飛ばす。氷の欠片は毬のついた栗を見事に射抜いて落とす。
「わ〜、カヤノちゃんすご〜い!」
「どう? あたいも成長してるんだからねっ」
 調子よく、ピシピシと栗を落としていく……が、狙いが逸れたのかそれとも栗のいたずらか、落ちた毬栗がカヤノの頭にざくっ、と突き刺さった。
「いったぁぁぁい!!」
「あはははははは!!」
「もう、笑わないでよアオイ! う〜失敗したわ〜……」
 失態を葵に笑われ、カヤノが頬をふくらませつつも楽しそうに気を取り直して、果実狩りを続ける。

「ふ〜、たくさん採れたね〜。これだけあったら沢山美味しいスイーツが作れるよ」
 一通り収穫を終え、果実がたっぷり入った籠を前に、葵が満足気に言う。
「うっかり作り過ぎても、あたいとアオイだけじゃ食べ切れないわよ」
「そうだね〜、雪だるま王国の皆も誘ってくればよかったかな」
 何気なく葵が言った『雪だるま王国』という言葉に、カヤノの表情が何かを思案するような、気にするようなものに変わる。
「? どうしたの?」
「……ううん。ただ、ミオに久しく会ってないな、って思っちゃったの」
 カヤノが一人の『親友』の名を挙げ、そして懐かしき過去を振り返る。
 『雪だるま王国』はイナテミス精霊祭の時、カヤノがその親友に「雪だるま王国を作る気ない?」と迫ったのが始まりだった。それが約2年前のこと、それから雪だるま王国と『氷雪の洞穴』は連携を図り、エリュシオンとの戦争、『ザナドゥ魔戦記』をくぐり抜けてきた。
 カヤノが親友と最後に会ったのは、約1年前。それからは顔を見ていない。思えば他にも、何人かの最近顔を見ていない知り合いがいたことを思い出す。
「いろんな都合があることは分かってる。もしかしたらあたいが嫌なことしちゃって、会いたくないって思ってるかもしれないって考える。
 ……ホントバカよね、なんでこういうことだけ頭が回るのかしら」
 コンコン、と自分の頭を叩いて、カヤノが自嘲めいた呟きを漏らす。葵が心配して言葉をかける前に、カヤノが先に口を開く。
「あたいはバカだし、忘れっぽいけど。でも、みんなのことは絶対忘れない。
 あたいが覚えていれば、みんなはここに、生きてる」
 呟き、カヤノが空を見上げ、手を突き出す。
 広がる蒼空。『蒼空のフロンティア』、パラミタ大陸を示す言葉。
「……さ! アオイ、お腹が空いたわ、スイーツ作って!
 あたいは果物なら何でも好きだから、フルーツ盛り合わせね! 期待してるわよ!」
 珍しくしんみりした雰囲気をぶっ飛ばして、カヤノが葵にスイーツをねだる。
「う、うん! 期待されたよ! お菓子作りは得意だから任せてっ!」
 葵が腕まくりをして、スイーツの製作に取り掛かる。
 ――このひとときが、楽しい思い出としていつまでも残るようにと願いながら。