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 同・酒場

「なんていうか、むちゃくちゃな事情ね」
 メンバーのチェックをしていた一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が、呆れ返って言った。
 討伐依頼のデータでは伝わり難いウィニカとアイシァの事情を、黒崎天音の口から聞かされたのだ。
 人助けというよりは、軍人として開拓の危険を排除すると、『紅蓮の機晶石』の実在を確認することを目的としてやって来たアリーセには、こういう個人的事情でのイレギュラーな事態は、正直迷惑だ。
「うーん、非戦闘員の救助も織り込むなら、計画を少し修正しないと」
 ぼやきながらテーブルに広げられた計画表に向き直る。文句を言いながらも、それを切り捨てるという選択肢はアリーセにはない。
「けど……その子の気持ち、わかる気がするよ」
 笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が隣のテーブルでつぶやいた。
 自分も機晶姫をパートナーにしているせいか、パートナーを助けたいあまり暴走してしまったウィニカに、どこか共感するところがあるのだろう。
「なんとか、協力してあげたいな」
「……そう、だな」
 紅鵡の真剣な声音につられるように、傍にいた神崎 優(かんざき・ゆう)も思わず同意する。が、物思わし気に眉を顰めて続ける。
「俺も、できれば手助けしてやりたいが……行動が無謀すぎることも確かだ」
「そのとおりです」
 紅鵡に向けていた気遣わし気な視線を逸らし、アインス・シュラーク(あいんす・しゅらーく)が優の言葉に頷いた。
「無理をして危険を冒すことが良いとは思えません。まして、それで命を失うようなことがあっては……その機晶姫が喜ぶとは思いません」
「……わかってるよ、アインス」
 その言葉がパートナーである自分にも向けられていることを理解して、紅鵡はアインスに安心させるような笑顔を向ける。
「だからこそ、守ってあげられたらいいんだけど……」
「あと、もう一人のパートナー……ええと、アイシァ、だっけ。彼女のことも気になるわね」
 神崎 零(かんざき・れい)が傍らから口を挟んだ。
「アイシァのことも目に入らないのだとしたら、ウィニカ……なんだか、危うい感じがします」
 悲し気に表情を曇らせてそう言うと、酒場の中に沈黙が落ちる。
「……まあ、その子の事情は置くとしても」
 横で黙って聞いていた不動 煙(ふどう・けむい)が、話題を変えるように口を開く。
 咎めるように眉を顰めて、天音の方に目をやった。
「非戦闘員に、モンスターの出る未開地の情報を流したのか。その情報屋は」
「それ、僕もプロとしてどうかと思うなー」
 カウンターにコール・スコール(こーる・すこーる)と並んで退屈そうにジュースを飲んでいた不動 冥利(ふどう・みょうり)も、煙の声に反応して悪戯っぽく茶々を入れた。
「……まあ、ヤツも反省してるみたいだから、言わないでやってくれよ」
 別に庇ってやる義理もないのだが、天音は苦笑しながら一応フォローをする。
「自腹切って追加依頼もしてるし、ね」
「うん、まあ、それは評価しないでもない」
「何ゆえ、冥利が評価してるアルか」
 鷹揚に頷く冥利に、古代禁断 死者の書(こだいきんだん・ししゃのしょ)がツッコんだ。
「けど……ウィニカ、モンスターのことは知らないで一人で向かったのよね」
 探索と戦闘のための装備を整えている現場でメタリックなビキニ着用という非常識な出で立ちでありながら、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の発言は違和感を覚える程に常識的だ。
「さすがに危険すぎるわ。即刻保護が好ましいんだけど」
 煙と一緒に装備のチェックをしながらそう言うと、それ手伝っていたアイ・シャハル(あい・しゃはる)がふと顔を上げた。
「あれ……どこ行くの?」
「……」
 呼び止められた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、ぴたりと足を止めた。
 気配を消したままそっと出てつもりだった唯斗は、面食らったようにアイを見返す。
 唯斗の後を着いて出て行こうとしていたリーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)も、動きを止めて、唯斗とアイを見比べる。
 アイがきょとんとして唯斗をみつめていると、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も気づいてそちらを見た。
「ん、どうかした?」
「……あ、いや」
 唯斗は気を取り直して、軽く咳払いをする。
「その娘……ウィニカだったか。俺が先行して確保する」
 一斉に自分に向けられる視線を避けるように、唯斗はあらぬ方に視線を投げて続けた。
「まあ、放っておけないから、な」
「あ、それなら僕らも……」
 優がそう言って立ち上がりかけるのを制して、唯斗は被りを振った。
「いや、人数は割かない方がいいだろう」
 「放っておけない」と感じたのが自分だけではないことは、唯斗もわかっている。優からも、止めたことを咎めるような真摯な視線を向けられて内心鼻白んだが、敢えて気にしない風を装って続けた。
「確保して連れ帰れればベストだが、それほど状況は甘くないだろ。俺が行って危険を知らせて、本隊が着くまで、危険から遠ざけておく。とにかくスピードが勝負だ……人数は少ない方がいい」
「それならボクが着いて行くよ!」
 アイが元気に声を上げた。
「だいじょぶ、逃げ足には自信があるんだ」
 この場合、逃げ足はあまり関係がないのだが、先刻気配を読まれたショックが残っていたのか、唯斗は一瞬言葉を継ぐのを躊躇う。
「それに、ボク、一人だから」
 屈託のない笑顔でそう続けられて、唯斗はアイの傍に契約者がいないことに気づいた。
 その事情も気にはなったが、あまり、些末なことで迷っている余裕もなかった。
「わかりました」
 アリーセが立ち上がって言った。
「確かに、最初から戦力を分散しすぎない方がいいと思います。三人でウィニカの保護に向かってください。こちらも準備ができ次第、後を追います」
「……それがいいですね」
 彩羽も頷いた。
「地形とモンスターの情報も今集めていますから、まとまり次第、そちらに送ります」
「ああ、助かる」
 短く答えて、唯斗はアイとリーズを見た。
「じゃ、急ぐぞ」
「了解」
「はーい!」

「……やっぱり、僕も行きたかったな」
 三人が出て行ったドアを見つめたまま、榊 朝斗(さかき・あさと)が呟いた。
「合流してからでも、協力する機会はありますよ」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が、その肩を軽く叩く。
「彼女が『紅蓮の機晶石』を手に入れられるよう、サポートしましょう」
「そうだね。……アイビス、どうかした?」
 傍らで浮かない表情をしているアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)を朝斗が振り返る。
 アイビスはハッと我に返り、かぶりを振った。
「いえ、何でもありません、朝斗」
 微笑んでそう言いながら、アイビスは心に生じた不安をぬぐい去れずにいた。
 機晶石は彼女達『機晶姫』にとって、己そのものと言っていい。
 一度それを失った者に『紅蓮の機晶石』を組み込んだとして、以前と同じ『彼女』を取り戻せる可能性は……きわめて低い。
(……ウィニカさんに、その現実を受け入れる覚悟はあるのでしょうか)
 その向こうにウィニカの姿を追うように、アイビスも朝斗の見つめるドアに視線を向けた。
 そのドアが、勢いよく開く。
「おまたせー!」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)がパートナーの白銀 昶(しろがね・あきら)と一緒に、酒場に飛び込んで来た。
「情報仕入れて来たよー」
 データ収集をした彩羽のフォローをする形で、情報提供者から改めてデータ化されていない詳細を聞き出してきた北都が、そのせいかをまとめたHCをぶんぶん振り回してアピールする。
 銃型なので若干剣呑な光景だが、北都は気にも留めず、目を輝かせて報告した。
「少ないけど地形データも仕入れたから、ルートの確保はできそうだよ。あと、調査隊の一部が残って、情報収集してくれてるって!」
「調査隊、というと……?」