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フィギュアスケート『グィネヴィア杯』開催!

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フィギュアスケート『グィネヴィア杯』開催!

リアクション

 
【1】競技前ーリンク開放!(1)

 巨大スケート場「ピクシー・ドリーム」。その正面ゲートをくぐりながら一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)は「あ、あの……」と声を漏らした。
 周囲の雑踏にかき消されても決しておかしくはない大きさの声だったが、半歩前を歩く仁科 耀助(にしな・ようすけ)は、
「ん?」
 と気付いて振り向いた。
「何か言ったかい?」
「あ、いえ……その……」
 そんなに真っ直ぐで見つめられると余計に言葉が悴んでしまう。
「ここまで来ておいて……その……お恥ずかしいのですが……私、こういうところ初めてで……」
「こういうところ? あぁ、スケート場ね。そうか初めてなんだ、面白いよ、意外と盛り上がるし」
 その屈託のない笑顔が今日ばかりは……素直に喜べない。過去に自分以外の誰かと来たんだよね、なんて思っただけで……。
 考えるだけ無駄だって、わがままだって分かってるのに。
「まぁでも、ちょっと寒いのがネックかな。見てるだけだから、じっとしたままだし」
「あっ……えっと……使い捨てのカイロなら持っているのですが……」
 鞄から取り出たカイロが一つ。悲哀はそれを恥ずかしそうに差し出した。
「これだけしかなくて……その……ごめんなさい」
 2人で一つ。温めたい手は4つもあるのに、カイロはたったの一つだけ。
「……あ、あの……一緒に持ってあったまります……か」
「お……おぉ…………そうだな」
 差し出されたカイロの半分だけを掴んで耀助はそっと視線を逸らした。今度ばかりは真っ直ぐに見ることはできないようだ。
 並んで2人で手をつないで。
 2人の間でカイロが一人で温もっているけれど、そんな事はお構いなしに悲哀の顔は茹だったように熱く赤くなっていた。
 今はここまで……でも、それでもきっといつかは2人で。
 少し肌寒さを感じる会場内へ、2人は一緒にゆっくりと入りていった。


 会場の裏手、競技が始まれば照明は落とされて真っ暗闇になるバックヤードにて、
「ありがとうございます。手伝って頂けて感謝しています」
 月摘 怜奈(るとう・れな)長曽禰 広明(ながそね・ひろあき)の横顔に礼を言った。専門ではない怜奈の代わりに放送機器の動作メンテナンスを行ってもらっていた。
「すごいですね……」
「驚かれるような事は何もしてないぞ」
「いえ……思わず見入ってしまいました。本当にすごい……」
「これを機に学んでみたらどうだ? この程度ならすぐに習得できるぞ。人並みに器用ならな」
「それは……どうでしょう」
 確かに今後のことを考えたら少しばかりでも知識はあるに越したことはない。その方が絶対に確実に長曽禰の力になれる、役にも立てる事だろう、しかし……。
 無駄も迷いもない彼の手つきを見ているだけで……自分がそうしている画はどうにも思い描けなかった。
「出ないのか?」
 突然の言葉に「はい?」なんて失礼な返答をしてしまった。怜奈はすぐに口を押さえたが、彼は特に気にした様子も見せずに、
「競技には参加しないのか? 一演目くらいなら問題ないだろう」と問いた。
 会場の警備にあたる人数は決して十分とは言えないが、足りないという程ではない。彼の言う通り、一演目くらいなら持ち場を離れても仲間がフォローしてくれることだろう。
 ただ、それより何より―――
「あの……長曽禰さん」
 持ち場を離れることよりも、競技に参加して何を表現すれば良いのかという不安どうこうそれ以前の心配ごとが彼女にはある。それは―――
「私が参加しても、見劣りしないと思いますか?」
「ん?」
 綺麗な衣装を着て着飾って、ステキな音楽の中を優雅に滑る。そんなことが自分に出来るだろうか、自分がやった時それは果たして見るに耐えるものになるのだろうか―――
「別に悪いことないだろ」
 ぼそっと言われたその一言に、また「キレイな髪してるしな」なんて追加のおかわりを貰って、ノックアウト。怜奈はどうにか「ど……どうも……」と呟いて顔を伏せた。
 長曽禰の手元を見てないといけないのに。頬の赤らみが消えるまで怜奈はじっと顔を上げられないでいた。


「わぁ♪」
 生まれて初めて「スケートリンク」というものを目にしたようで。思わずそう漏らしたフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)は、そこだけを聞けば正に乙女のような……もとい、彼女は今もれっきとした乙女、純然たる乙女なわけだが―――
「こういう時に凛々しさが足を引っ張るわけか」
「ん? 何か言った?」キラキラした瞳のままにフリューネが訊いてきた。レン・オズワルド(れん・おずわるど)は「いや」と応えてから、
「だからこそ引き立つとも言えるわけだ」
「だから、なぁに? さっきから」
「あぁ悪い。本当に何でもない」
 これ以上は分が悪くなる、とレンはリンクを指差して話題を変えた。
 パラミタで生まれ育ったフリューネにとっては会場内の何もかもがとても新鮮に感じるようで。特にスケート靴のエッジが氷を削る音の大きさにひときわ驚いていた。
「良い音ね。斬るとは違うのに、鋭さも力強さも感じる」
「音も演技の一部だと捉える選手もいる。と聞いたことがある」
「そうなんだ。でも確かに…………うん、そう感じるのも分かる気がする」
「そうだな」
 先程開場になったばかりだというのに、既に多くの契約者たちがリンクに立っている。
 氷の上に立つのは今日が初めてという者や明らかに競技経験者だろうと思われる者など顔ぶれは様々だが、スケート技術と経験がはにも表れているような気がした。上手く魅せようとも、そればかりは取り繕えない。
「大会、出場するんだって? 大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
 言葉とは裏腹に、そう彼女の瞳はとても楽しそうだった。
「だからこれから練習するの。手伝ってくれる?」
「……あぁ。もちろん」
 付け焼き刃の特別レッスン。2人は早速、リンクへ向かい―――と、その前に靴をレンタルしてこなきゃ。


 リンクに近い最前列。
「ここなんて如何です? どちらもよく見渡せそうですし」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)に訊ねた。今日の唯斗は彼女の護衛兼付き人だ。
「そうねぇ。う〜ん、そうだなぁ」
 おや? お気に召しませんか。
「ではあちらは如何でしょう。審査員席からも近いですし、今ならまだ……そうですね、席も確保できます」
「……うん。そうね、良いと思う」
「?」
 ここもどうにも上の空。どうした事かと唯斗は振り向いて彼女に目を向けた。
 彼女の視線はリンクの上、へっぴり腰のセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)と、彼女の手を引く小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)に向けられていた。
「ま、待て! 待つのだ美羽
「でもほら、あ〜、離れちゃう離れちゃう」
 先導するように……いや、ただのイジワルだろうか? 美羽は指の先だけを掴ませたまま、徐々に滑り離れていった。
「あ〜、ほらほら離れちゃう〜」
「待て! 待て待て! 待てというにっ!!」
 言葉は強くとも足はガクガク。生まれたての子鹿……いや今日ばかりは正しくカモシカのような足と言えようか。未だ「氷を蹴る」感覚が掴めずに美羽に引かれるままになっていた。
「もっと転べば良いのよ」
 エッジを鋭角に突き立てて一気にブレーキ。高根沢 理子(たかねざわ・りこ)はステップワークを見せつけるように、華麗な足さばきでセレスティアーナの真横につけた。
「何度も転べば次は転ばないようにって体が順応を求めて反応するわ。そっちの方が絶対に早いわよ、少なくともただ手を引かれているよりは」
「ぅ……でもまだ私……」
「ということでしばらく一人で居なさい。美羽、スピード勝負しましょう」
「えぇっ!! ちょっ……待っ……」
「良いわね、面白そう」
美羽までっ?!!」
 理子の理論も一理ある。感覚は自分で掴むものだし、ここらで手本を見せて「滑り方」を知ってもらった方が上達は早いかもしれない。
「行くわよ」
「えぇ。よーい、ドンっ!!」
 2人は同時に飛び出した。これが氷の掴み方だと言わんばかりの力強い踏み込みでグングン加速してゆく。2人の背中はあっという間に小さくなっていった。
「やるじゃない、リコ
「もちろん。でも、ここからよ!」
 8の字カーブの最初の内側を、タッチの差で理子が取った。そのすぐ後ろに美羽がぴったりとついている。
 2人は姿勢を低く屈めて保ちながらに唯斗ルシアの目の前を一瞬で駆け抜けていった。
「………………」
 ルシアが上の空だったのは……なるほど、そういう事でしたか。
 すぐに気付けなかった自分を責めつつも唯斗はそっとルシア問いた。
「滑ってみますか?」
「!!! 出来るの?!!」
「もちろん」
 すぐに2人分の靴を借り、彼女の元へと戻った。嬉しそうな顔で迎えてくれた事が嬉しくて、でも少しだけ恥ずかしかった。
 今日はどこまでも付き合うと決めている。もちろん靴紐だって、彼女の前に跪いて丁寧に履かせてあげますよ。
 ……いや、紐だけはキツく縛るとしましょうか。