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リアクション
コンコンコン。
遙遠に手伝ってもらって寝間着から服を着替えていると、部屋のドアがノックされた。
「さあさあ朝よ、起きなさい、お寝坊さん――あら?」
かちゃりとドアノブを回して入ってきたクコ・赤嶺(くこ・あかみね)扮する母親は、2人がいつものようにベッドのなかにおらず、もう起きて服を着替えているのを見て、驚いたように目を瞠った。
「もう起きていたのね。なんてめずらしいこと」
「お母さん……おかーさんっ!!」
母親の姿を見て、チルチルは思わず叫んでしまった。
「お母さん! 会いたかったわ、お母さん!」
ミチルも泣きながら駆け寄る。
2人は同時に、母親にひしとしがみついた。
「どうしたの? 2人とも。昨夜ベッドに入るときに会ったでしょう?」
「だって……だってっ」
「僕たち、旅に出てたんだよ。ずーっと会ってなかったんだ」
「旅? ずっと? おかしなことを言う子ね。
ほら、ミチルも泣き止みなさい。まるで赤ちゃんみたいよ」
ミチルを抱き上げ、あやした。
クコもまた、現実では小さな子どもの母親なので、このへんは手慣れたものだ。子ども特有のかおりとなめらかな肌ざわりを楽しみつつ、ほおにキスをする。
「赤ちゃん!?」
その言葉に、ミチルは未来の国での出来事を思い出す。
「お母さん、おなかに赤ちゃんがいるでしょ! 私、知ってる! それでその子、男の子なんだよね!」
ドキン、と胸が大きく打った。
抱いていた手を伸ばして、ミチルをじろじろと見る。
「ええっ!? あなた、そんなことどうして知っ――」
「クコ」
ふいに肩がたたかれた。
「きゃあっ!」
ミチルとの会話に夢中になっていたクコは、本気で悲鳴を上げてしまった。
「そ、そんなに驚かせてしまいましたか? すみません」
いつの間にか入ってきていた父親赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が目をしぱたかせる。
彼も思いがけないクコの反応に驚いているようだ。
「ごめんなさい、霜月」
あわててクコは謝った。
「それで、何の用?」
「ああ、はい。
実はベルランゴーの奥さんが来られて、ぜひ2人に会いたいと言ってるんです」
「ベルランゴーのおばさん!」
ミチルはもがいて母親の腕から抜け出すと、玄関に向かって走った。
少し遅れて、チルチルも。
「あっ、ミチル! 待ちなさい! まだ着替えがすんでないわよ!」
「すんでるもーん!」
「ええっ? それで!?」
クコが驚くのも無理はなかった。なにしろ今ミチルが履いているのは超ミニスカ。パンツのラインギリギリまでしか裾がなく、もはやここまでくるとマイクロミニスカと呼ぶのがふさわしい代物だったからだ。
クコと霜月、双方の殺意のこもったひややかな視線が着替えを手伝っていた遙遠へと向く。
「あなた、まさか…」
「返答によってはただではおきませんよ」
「ええ? いや、それ誤解ですから。遙遠は何も……あれはミチルさまご本人が選ばれたスカートで……遙遠は、べつに幼女のパンツ見て喜ぶ趣味は…」
「チルチルさん、ミチルさん」
バタバタと足音を響かせて現れた2人を、ベルランゴーのおばさんに扮したベアトリーチェが笑顔で迎えた。
両手には今にもこぼれ落ちそうなほどの花を抱えている。
「ベルランゴーのおばさん、どうしたの!?」
おばさんは、涙のにじんだ目でうれしそうにほほ笑んで答えた。
「何もかも、チルチルさんとミチルさんのおかげです。ありがとうございます」
「え? 何が?」
「奥さんのところの長患いしていた娘さんのご病気が治られたそうです」
追いついた霜月が説明をする。
「へえ。それって、すっごくいいことだよね! おばさん、おめでとう!」
「ありがとうございます」
(……あれ? こんな内容だっけ?)
ミチルのなかで、内心美羽は首を傾げる。
(ここってたしか、私たちがチルチルの飼ってるハトを渡すんじゃ…)
美羽が疑問に思っている間も、場面は進行していく。
「それで、その理由というのがですね、どうやらあなたたちの飼っていた鳥のおかげ、らしいんですよね…」
どこか頼りないそのしゃべり方は、彼もまだ意味が飲み込めていないせいらしかった。
美羽はますます首を傾げる。
「鳥? でも……ハトは、まだ部屋の鳥かごのなかにいるよね…?」
訊き返したのは美羽だった。
一方で、心当たりのあるコハクは、経緯が分かった気がしてあらぬ方へと視線を飛ばす。
遥遠も一番後ろでこっそりため息をついた。
「娘から聞きました。チルチルさんのおうちの方から飛んできた鳥が、娘を歩けるようにしてくれたそうです」
――まあ、間違ってはいませんね。間がかなり省略されていますが。
「先ほど病院へ行ってきましたら、もうどこもおかしいところはないと先生に言われました。
これもすべて、チルチルさん、ミチルさんのおかげです。ありがとうございます。どうかこれを受け取ってください。庭から摘んできた花です」
おばさんのなかのベアトリーチェはすでに覚悟を決めていたようだった。そう言ったあと、視線でミチルのなかの美羽に何かを訴えていたが、残念ながら美羽には伝わらなかったらしい。渡されるまま花は受け取ったものの、美羽はすっかり混乱していた。
「で、でも……私、何もしてないよ? これからするとこだった――」
そのとき美羽の言葉に重なって、突然パパパパーーーーン! と盛大にクラッカーが鳴った。
「やったー。(青い鳥見つかってないけど)これって大団円、よね〜?」
どこからともなく現れた師王 アスカ(しおう・あすか)が、バンザーイと両手を挙げて高らかに宣言をする。
――えーと…。そう、なのかな…? 何かイロイロと置き去りにされてる気が…。
「チルチルたちも冒険をすませて無事おうちに帰ってこれたし、病気の少女は元気になったようだし〜。これはもう、パーティーするしかないでしょ〜 ♪ 」
「パーティー?」
ドゥルジ・ウルス・ラグナ(どぅるじ・うるすらぐな)が訊き返す。
「そうよぉ。忘れたの〜? この本のなかでは今日はクリスマス! クリスマスといったらパーティーよ〜」
イエス! レッツパーティー!
どキッパリ宣言したアスカが劇的なしぐさで外套を脱いで飛ばす。下から現れたのは、ミニスカサンタの衣装だった。
「えいっ」
続いてアスカは暖炉の横に向かって手を振った。すると、本物のモミの木のツリーが現れる。彼女が手を振るたびにモールが、リースが、クリスマス飾りが部屋のいたる所を飾って、テーブルにはおいしそうな料理がたくさん並ぶ。もちろんケーキだって忘れない。トナカイに乗ったサンタクロースとチョコの家が飾られた、三段重ねのチョコケーキだ。板チョコには『チルチル、ミチル、クリスマスおめでとう』の文字が入っていた。
「すごいじゃない、アスカ」
ほかほかと湯気をたてるできたてのおいしそうなスープを見つめながら、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が感嘆をもらす。
しかしアスカの暴走(?)はこれで終わらなかった。
「ほらほら。あなたたちもいらっしゃーい」
「うわ!?」
「きゃあ!」
待機空間にいたタケシとリーレンを引っ張り出す。
「いってー! いきなり何すんだよアスカ!」
背中から床に落ちて肩を打ちつけたタケシが噛みつく。
「タケぽんもリーレンちゃんも今回は頑張ってた(?)し〜。一緒にパーティーしましょ〜 ♪ 」
――ま、人が大勢いた方が、パーティーは楽しいですからね。
「そーそー」
「分かったよ! けど、もうちょっと丁寧に誘え!」
いたたたた、とぶつけた肩をさすっていると。
「タケシ〜、だいじょうぶ〜?」
オルベールが、ひざ立ちをしてにじり寄ってきた。
アスカを真似ておそろいのサンタ衣装に身を包んでいるが、こっちはかなり露出度高めだ。ぴっちりとしたスカートは太ももの半分も隠れていないし、やはりぴっちりした上着もオフショルダーで、白いフェイクファーのついた胸元はかなりきわどい位置まで開いている。真上から覗けば胸の谷間からどこまでも見えそうだ。
並の男なら生つばゴックンもの。
(ふふっ。これで今度こそ悩殺されちゃいなさいなっ)
「あらタケシ。あなた、ちょっと見ない間にずい分変わったのね。目がグレイじゃない。赤く光って…」
「あー。これ、この前俺も鏡見て驚いたんだ。知らないうちにこうなってて。ま、痛くねーし違和感ないからいいけど。
でも不思議だよな。こっちにきたら元の自分の目になってるかと思ったら、義眼のままでさ。夢の世界でもやっぱりなくしたものは元に戻らないのかな?」
「ふーん」
などと言いながら、ほおを手で包み、目を覗き込もうとする。
ますます迫る、熟れた果実のような胸! もちろんタケシの視線は下を向いてる!
このままではくっついてしまうぞ! どうするタケシ!?
「あのさ、ベル。おまえの……それなんだけど」
「んっ? なぁに?」
さわりたかったら、さわってもいいのよ? タケシだもん、夢のなかでのおさわりぐらいは許してあげるわ ♪
おほほほほほっ。
内心勝ち誇っていたベルだったが、タケシの言葉は彼女の予想のはるかななめ上をいっていた。
「それ、どこにあったんだ? すげーうまそう。俺も食べたい」
よくよく見ると、タケシの視線はオルベールの胸から少しずれて、床についている方の手のそばに置かれた、料理の乗った皿に集中していた。
「……………………取ってきてあげるわよ…」
「おおっ! サンキュー、ベル! やっぱベルはやさしーな、アスカより! ――って、いてっ!」
ゴンッ! と聞き逃さなかったアスカから鉄拳制裁を受けるタケシ。
料理の乗ったテーブルへ向かいながら、オルベールは深々とため息をついた。
「あの食い意地のはったお子ちゃまめ! 今度は絶対食べ物を持たないで近付かなくっちゃ」
タケシが食べたがっていた肉料理のほかにもいろいろと料理を皿に取り分けてあげているうち、ふと、もしかして、と思う。
(もしかしてあの子、ベルが全然本気じゃない、演技っていうのに気付いてるのかしら? だからわざとあんな態度をとってるの?)
急にたしかめたい気にかられて、肩越しに振り返り、タケシを見る。タケシはまだアスカにプンプンかみついていたが、どう見てもアスカに軽くいなされて終わっている。
そのとき、ドゥルジもタケシを見つめていることに気がついた。
「どうかしたの? ドゥルジ」
「……あの目…。いや、何でもない。俺の気のせいだろう」
独り言のようにつぶやくとふいっと視線をそらし、背中を向ける。それからドゥルジは二度とタケシを見ようとしなかった。
「まったくもー、アスカったら。呼ぶにしたって、もうちょっと平和的に呼びなさいよねー。あ、でもこれおいしー」
「リー」
テーブルの料理を取り分けながら、がまんできずにぱくぱくつまんでいたリーレンに、ホープ・アトマイス(ほーぷ・あとまいす)が声をかけてきた。
「ナレーターおつかれ」
「あ、うん」
差し出されるまま、飲み物の入ったコップを受け取る。
「そういやずい分会ってなかったね。いつ以来かな?」
「んー、この前のリストラ以来じゃない?」
「もうそんなになるのか。この前も同じ場所にいたって、あとで知ったよ。知ってたら合流したんだけど」
「あ、そうなんだ。ホープもあそこにいたなんて、あたし全然知らなかったなー」
あははー、と能天気に笑うリーレンの姿に、かちんときた。
渡されたジュースをこくこく飲んでいるリーレンを、つくづく眺める。
相変わらず妙に勘にさわるというか……まったく気に入らない女だ。
(というか、思い出したぞ。確か前のリストラのとき、ちょっと本当のこと言っただけでリーに突き飛ばされたんだっけ。
あれ、地味に痛かったんだよなあ)
事実を口にしただけなのに、まるで悪者のような扱いを受けるなんて、どう考えても理不尽だ。
多分そのときのこととかも無意識に作用しているに違いない。
いや、多分どころじゃない。絶対だ。
としたら、軽い復讐くらいしてもいいんじゃないか?
やられっぱなしでそのままっていうのは、こっちのやられ損だ。
――――ニヤリ。
自分を見るホープの目にいやーな光が浮かんだのを、残念ながらリーレンは見逃した。
「リー!」
「きゃあっ!!」
いきなり下からすくい上げるように抱き上げて、驚声を上げた唇にすかさず派手なキスをする。
「なっ、なななななな……っ」
真っ赤になって、混乱したグルグル目で口を押える。
「ふん。悔しかったら向こうで俺を殴りにきたらいいじゃん」
いけしゃあしゃあと言った、その直後。
ホープはぶん殴られ、ものすごい勢いで壁まで吹っ飛んだ。
「ホープのばかったれ!! あたしの初めてのキスはね、王子さまのためにとってあったんだからーーーーッ!」
わーーーーーん! と泣いて、リーレンは家を飛び出して森へと駆け込んでいった。
「うわー、ドラマみたいですわっ」
森の探索を終えて戻ってきて、パーティーに参加していたユーリカが、ちょっと興奮気味に感想を漏らした。
「ええ。これはもしかして、でございます」
アルティアも慎みは忘れていないものの興味津々、ケーキを食べる手を止めて、壁に飛ばされたままの格好でほおを押さえてうずくまっているホープを見つめている。
「ユーリカさん、アルティアさん。はしたない、ですよー」
近遠は完全に関心外。もきゅもきゅフォークで料理を口に運ぶ。
「そうだ。こういうときはな、見て見ぬフリをしてやるのが優しさというものであろう。さあ、あまり見てやるな」
「イグナさん、それって、そっちの方がかわいそうじゃありません〜?」
「そ、そうか?」
イグナたちの声は、もちろんしっかりホープの耳に入っていた。
「ホープ、大丈夫〜?」
「……痛い」
「そりゃ当然よ〜、女の子に遊びでキスしちゃいけないわ〜。あとでちゃんと謝りなさいよ〜?」
「くそ。あいつ、ひとの顔思いっきりグーで殴りやがった。とんだゴリラ女だ」
すっくと立ち上がったホープは、怒り心頭という顔つきだ。左ほおはもう赤く腫れ始めている。
「リーはどこ行った?」
「あっち」
とタケシが森を指差す。
ホープは走り出した。
「いいの〜?」
「なんで? 面白いじゃん」
カラカラ笑って、タケシは鳥の足にかぶりついた。
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