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リアクション
【厨房】
「カルパッチョ入りましたー。丼にして欲しいそうです」
「ほらほら、羽純君、出番だよ」
隣で鮪とアボカドをサラダにしている歌菜に促されて、羽純はぎこちない手つきで先ほど水にさらして置いた玉ねぎを丼の上に乗せる。
「それから鮪を乗せて……どうするんだったかな」
ちらりと視線を送ると、歌菜が笑いながらオリーブオイルを手渡してきた。
ジゼルの「女将さんの教え」によると、オリーブオイルは
イケメンが、
なるべく客の前で、
派手に、
打点は高く。
がポイントの調味料らしい。
羽純は厨房の視線に促されるままにオリーブオイルの瓶を高らかに上げた。
「きゃあああああっ」「料理男子だわあ」「素敵!」
黄色い悲鳴が上がった。
それを見て耀介はふむと頷いている。
「成るほど、こういう事か。
でも普通は中々あんな風にはいかないよねぇ」
「そんなこと、無いと思います……」
出番を終えた悲哀が耀介にそっとオリーブオイルの瓶を手渡した。
普段はナンパな耀介も、こういう瞬間には弱いらしい。
二人で赤くなっているのを、悲哀のパートナーのアイラン・レイセン(あいらん・れいせん)が見守っていた。
(悲哀ちゃん、違う意味でも頑張ってる!
あたしも頑張らなきゃね)
アイランは早速炙った鮪とチリソースでいためた野菜を乗せた洋風丼を完成させた。
「それから満を持してこれ!」
アイランが取り出したのはミタラシソースだ。
団子以外に何に使ったらいいのか分からないそれだが、
某番組のお陰で局地的な人気があるらしい。
この意外な調味料の登場は、大いに客を沸かせていた。
「でもそれ、どんな風に使うの?」
横からネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が顔を出す。
「漬焼きにして焼き終えたところに塗るの」
「へぇえ。色々アイデアがあるんだね」
「まだまだ考えてるよ。
ケチャップはホールトマトと煮込みに。
ソースとマヨネーズはお好み焼き風に。ね♪」
「あたし達とは大違いだねぇ、お姉ちゃん」
舞衣奈・アリステル(まいな・ありすてる)は感心して唸っている。
ネージュと舞衣奈。
二人は元々料理好きがこうじて、ヴァイシャリーに学校の休日限定の店を構えていた。
この店での看板メニューといえば、ネージュの得意な「カレー」である。
だからこそこの日も得意なカレーで勝負しようと、ネージュはわざわざ店からオリジナルスパイスを持ち出してきていた。
ミルと薬研も準備し、風味を損なわないように。かなりの本格派だ。
店がオープンする前から、彼女の仕込みはおこなわれた。
「クミン、ベルペパー、キャラウェイ、カレーリーフ、カルダモン、クローブ――」
素人からすれば呪文にしか聞こえないような、料理好きでも余りその数はそろえないであろうプロの拘りのスパイスは、
赤身に使われる。
「いつもはカレーライスだから今日はタンドーリ(釜焼き風)にしよう」
ネージュはてきぱきと手を動かす。
オリーブオイルに挽きたて煎り立てのスパイスとヨーグルトを調合し、そこへ鮪を……。
かなりの時間を置いてから余分なヨーグルトを落としてオーブン焼きにした。
酢飯用に用意されたものとは別に用意していたバターが香るサフランライス。
そこへ鮪を盛り付けると
「最後の調味料だね」
ガラムマサラにオリーブオイル、バジルを混ぜたそれをスプーンで回しがける。
「鮪のタンドーリカレー丼、出来上がりだよー!」
一方の舞衣奈は、アグレッシブにスパイシー特化型。
「辛口〜激辛注意なのですよ」
と、ホール担当は予め注意を促すように指示されていた。
パイ生地に包まれたオーブン焼き。
ひき肉と野菜たっぷりのキーマカレー。
どれもこれもネージュが用意したスパイスを特性ルゥペーストと混ぜ、
激辛な中にも複雑な香りの余韻を残せるように計算されたメニューだ。。
キーマカレーにはマグロタンドーリパイがのせられる。
「サクサク崩して、一緒に召し上がれ。なのです」
*
【ホール】
「ジゼルさん、忙しそうでしたね」
定食屋内のテーブル席で、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は仲間に向かってそう言った。
折角友人の働く店でイベントだと聞いてやってきたものの、
当のジゼルは厨房で通常メニューの注文があったらしく、急いで厨房へ向かってしまったから、余り会話することはできなかったのだ。
「そうねぇ。
仕方ないけど、今日はマグロさんを楽しむことにしましょ。
でも――、お料理の種類が沢山あって迷ってしまうわ」
セリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)は呟いて、目に留まった店員、壮太を呼び止めた。
「何かオススメはあるかしら?」
壮太は考える時間も取らずに答える。
「ネギとろ丼」
「まあ、どうして?」
「俺が食いたい」
壮太の素直な言葉にセリーナはうふふと笑ってしまう。
「ほんと、今日まかない飯とかあんのかな。
マグロ食いたいんだけど、超喰いたいんだけど」
「お仕事頑張ったら、た、食べられるかもしれません」
リースと話しながら、壮太は仕事を続ける。
「そうだなー。あ、そちら注文は?」
「わ、私は……」
「リース、どうしたの?」
メニューを見ながら固まっているリースの顔をマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が覗き込んだ。
「どうしよう、この鮪丼セットが食べたいんですけどちょっと多いかなって」
「それ女性用にミニ丼にも出来るぜ?
値段もオトクだし」
「じゃあそれでお願いします」
壮太はペンを走らせると、注文の終わっていないマーガレットと桐条 隆元(きりじょう・たかもと)を見る。
「わしはそこの小娘と同じものでいい。それから――」
「あ。あたしはね、カブト焼き!」
「それならすでにあのジゼルという娘に頼んで予約済みだ、注文しなくとも問題ないであろう」
「そうなの? じゃあ店員サン、お願いします!」
マーガレットの笑顔に、壮太は口を挟めないままテーブルから離れて行く。
「……カブト焼き、カブト焼きって確か……」
それは少し前の日のこと。
友人のジゼルの店が例の鮪を競り落としたという話を聞いたときのこと。
皆で食事に行こうと話していたマーガレットに、隆元は言った。
「ならばカブト焼きでも食べるがよかろう。お主には似合いの料理ぞ」
珍しいアドバイスに、そして聞いたことの無いメニューにマーガレットはわくわくしていた。
知らないものは一度チャレンジしてみなくては気が済まない性質だったから当たり前にそれに決めてしまった。
「どんなものかなーあははーたのしみー」
にこにこと笑うマーガレットは数分後。
テーブルに載せられた「カブト焼き」の姿に絶句することになるのだが。
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