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運任せ!! 冬のパラミタグルメの旅!!

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5/いい思い、したいもの。

「いやー、大漁大漁」

 ぽんぽん、と、捕らえた大イノシシを叩きながら、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は実に満足げな表情をつくってみせた。
 足許には、手当たり次第に採取しまくった、キノコが籠の中にいっぱい。適当に彼女が引っこ抜いたものをひとつひとつ、パートナーのセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が跪いて、食べることができるかどうか調べてくれている。
「大丈夫でしょ? 危なそうな色のやつはないし」
「そういう問題ではありませんわ。……まったく、もう」
 キノコの毒は、そうそう火を通したからといって消えるものばかりではない。むしろ、それでは抜くことのできないものばかりといっていいほどだ。
 だからきちんと、調べないと。ましてそれが自分たちの口にするものでなく、人が食べるものともなればなおさらだ。
 イノシシを、パートナーのもとに追い込むため活用した自身の愛銃を置いて、キノコを順に、データに照らし合わせて選り分けていく。
「でもさ、なんだろうね? いきなり。耀助ってば、『もう一食、鍋の用意をしておいてくれ。それもできるだけ大盛りでたっぷりと』ってさ」
「さあ……?」

 ひょっとして、Pが丸焼きにして一匹足りなくなっちゃったとか?
 笑い、言う理沙にその可能性は充分あり得ると、セレスティアは内心相槌を打つ。

「とりあえず、周りの警戒、お願いしますわ。なにしろこの辺りは動物もたくさんいますし……熊なんてのも出てきたら」
 ひと悶着起きそうだ。
 言いかけで一旦言葉を切ったその間に、かさりと落ち葉を踏む音が聞こえ、セレスティアは顔を上げる。

「!?」

 噂をすれば影、というやつか? 辺りを見回す──が、熊らしき影などはどこにもなく。
 周囲を警戒する理沙とともに、彼女もまたあちこち、視線を巡らせ音の正体を探す。

「……無、念」
 
 見つからない影の代わりに聞こえてきたのは、声。
 すぐ傍の、大木の上からそれはふたりの耳に届いて。一拍遅れて、その声の主は落ちてくる。
「……あっ!?」
 それは、まだ溶けきれていない雪まみれになって、その上全身泥だらけの。狙撃銃を担いだ少女。
 なにやらズタボロで、ぐるぐる目を回した、吹雪だった。





「……なんだ、これ」
「さあ……?」

 差し出されたのは、黒いリボンというか、手ぬぐいというか。細長い布。そして、アイマスク。
 どうやらこれを身に着けて、どこかについてこい、ということらしい。
 だが、それをキロスも雅羅も、手に取れないでいる。
 指示に従ったところでどうせ碌な目に遭わないのだろうという確信にも似た予想が、諦めとして先に立っているからだ。
「あたしたちとしても、受け取ってもらわないことにはそれ以上、なにも知らされてないからなぁ」
 掌、ふたつ。それぞれにキロスたちへとアイマスクを突きつけているミルディアがぼやき、隣の悲哀と頷きあう。
 彼女らにスタッフたちから指示されたのは、キロスと雅羅にこれを手渡すということだけ。それが一体何を意味するのかまでは、教えられていない。
 つまり、ふたりがこの目隠しを受け取るまで彼女たちも思うように動けない──こういうのを、人質って言うんじゃないかなぁ。

「ま、まあ。動けたところでタガメさんたちを食べるのはちょっと、って感じですけど……ね」

 悲哀が、引き攣った笑いを見せる。まあ、そりゃそうだけども。
「どっちにしろ、従うしかないか」
 大きく肩を落とし、しぶしぶふたりはアイマスクを身に着け、その上からぎゅっと布を顔に結んでいく。
 一体、どこで。なにをやらされるのだろう?
「さて、あとは……みのりさん?」
「……ん。……『それでは、おねがいします』」
「おお!?」

 黒く消えた視界の向こうで、明らかにカンニングペーパーを読みあげただけのみのりの声が聞こえた。
 更に、引き戸を乱雑に開ける音。続けてなにやらどたどたとやってくる、無数の足音。そして──浮揚感。
 誰かが、いや、誰かたちが……キロスと雅羅とを、持ち上げている?

「え、わ、ちょ!? どこ触って……なんなのよこれっ!?」

 雅羅の、きゃあきゃあという悲鳴。その声を上げる雅羅自身も、キロスも情景を知らない。
 自分たちが今、唖然としているミルディアや悲哀、みのりたちの目の前で。
 なぜだか旅館の浴衣の上からアメフトの防具を装備した、従業員のみなさんに担ぎ上げられ、運び去られようとしていることを。





 どうやら、狩猟成功に満足して大きな声を上げてみたのが、まずかったらしい。

「うーわー……」
 録画映像を見ているだけのこちらが思わず、口をあんぐりと開けて見とれてしまうくらい、見事な雪崩。
「なるほど、この雪崩に呑み込まれた、と」
 布団に寝かせられ、うなされている吹雪を理沙は見遣る。
 柚が、彼女の額に濡れタオルを載せてやっていた。……まあ、雪崩に巻き込まれてうなされるだけで済んだというのはある意味、ものすごく幸運なのかもしれないが。
 というか、スタッフ。助けてやれよ。そんなつっこみは野暮なのだろうか。
 一部始終をカメラに収めることを優先するって、下手したら相手取られるんじゃあなかろうか。

 ──とにかく。ひとまず、目を覚ますまではこうやって、寝かせておいてやろうということになった。

「でもさー、てっきり誰かのぶんが足りなくなったからまた一匹イノシシを、ってことかと思ってたんだけど。そういうわけじゃないんだ?」
「あ、それは」

 まあ、それは置いておくとして。吹雪とともに運んできたイノシシや食材の数々は既に、厨房へと運び込まれている。
 今は、ベアトリーチェとセレスティアが、ネージュとともに新しいイノシシ鍋の仕込みに入っていた。

「ちょっとはいい思いさせてあげなきゃ、ってことで」
「?」

 微笑む柚。そして、この計画の言いだしっぺが、部屋に戻ってくる。

「ただいまー。料理、どんな感じだって?」
「美羽」
「おかえりなさい」
 ちょうど今、仕込みの真っ最中ですよ。柚が答える。
「そっか」
 順調順調。美羽が腕組みとともに、大きく二度、頷いた。

「あっちも、もうちょっとで到着するって。タイミング、ばっちりだね」





 大浴場の中で、恋人とふたりともに過ごして。少しはくさくさした気持ちも和らいで、手を繋いで部屋まで戻ってきた。
 湯船の中でセレアナが言った意味は──そして、部屋のドアを開けたそのとき、ようやく理解できた。

「これ……ルームサービス?」
「食器と、カートだけね」

 自分たちのいない間に運び込まれたのであろう、大ぶりのキャスター付きテーブル。その上に並ぶ食事の数々。
 どれも、けっして高級ではない。材料の貧相さはフルコースとは比べ物にならないけれど、そこにはたしかにいくつかの、セレアナ入魂の家庭料理が並んでいる。
 そしてライスやパンに代わって主食の場所に鎮座する──見覚えのあるカップ麺。
「ホテルの調理師さんと仲良くなってね。余った食材だったら使っていいよって言ってくれたのよ」
 主食だけは、相変わらずのカップ麺だけどね。
 ベッドに腰掛けると、テーブルはほどよい高さに設定されている。セレアナが先に座り、隣を軽く叩いて、早く座るよう促して。

「私の料理じゃ、フルコースには到底、及ばないかしら?」

 はにかみ気味に、微笑んだ。──まさか、そんなこと、ない。してやられたといった感じで、セレンフィリティも肩を竦め、首を左右させて苦笑を返す。
「フルコースより、最高よ」
 静かに、セレンフィリティは恋人の隣へと身を滑り込ませる。
 肩と肩とが、触れ合って。

 食事より、先に。恋人同士、互いの唇を求めあった。


 そして、同じホテル、別の部屋にて。


「……フレイ?」

 ふたりで泊まる、部屋の中。
 一緒に夜景を見つめていて、不意にパートナーが静かになったことにベルクは気付く。
 同時に、自分の左肩が重くなったことも。
 それまで交わしていた言葉の代わりに、すうすうと寝息が聞こえ始めたことも、だ。

「なんだ……寝ちまったのか」

 いいムードだ。この流れならいけるところまでいける、それはそう思っていた矢先のこと。
 少しがっかりするとともに、けれどどこかほっとしてもいて。
 ホテルのロビーで買ってきたチョコレートの洋酒が、よく効いていたせいだろうか。フレンディスはベルクの肩と腕とに頭を預けて、気持ちよさそうに眠っている。
 その寝顔だけで、今はいいかとも思えた。
 風邪など引かないように、抱き寄せて、そしてふたりシーツを被る。
 
 高層階の部屋は、静かだった。ほんの数部屋隣では、剛太郎を巻き込んで血縁者たちが盛大に、どんちゃん騒ぎを繰り広げていることなどまるでここからはわからないほど。
 そしてまだ開発中の、発展途上の夜景が窓の外には広がっている。

 眼下には、ホテルの庭。その芝生の真ん中に──多分定員ぎりぎりなのだろう、帰ってくるときに見た、時折揺れる小さなテントが、今もくっきりと見えていた。
 
 騒ぎ、楽しむ者。
 楽しみ方を、すれ違ってしまった者。
 ふたりきりを、楽しむ者。
 
 それぞれに、夜は更けていく。