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平安屋敷の青い目

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平安屋敷の青い目

リアクション



17時01分:ドラックストア

「あれは、何だろう」
 辿り着いたドラックストア。
 そこで繰り広げられている光景に、ジゼル・パルテノペー一行は首を捻って立ち止まっていた。
 ドラックストアの入り口で、怨霊と、それに魅入られたらしき者が何かを叫んでいる。

「うううううああああああ」
 唸り声を上げているのはドクター・ハデス(どくたー・はです)、その人だった。
 因みに今のは
「さあ行け、我が部下達よ!
 あのドラックストアを制圧し、我ら怨霊軍に対抗できるアイテムを無効化するのだ!」
 と言っているつもりだった。
 何故怨霊に魅入られてまでここまで自我を保てるのか、作者にすら分からないパワーがこの男にはあった。
 しかしそもそも怨霊に魅入られたきっかけは極めて間抜けなものだったのだ。


 遡る事15時。
「さすがハデス様!
 この結界があれば安全なんですね!」
 アルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)の尊敬の眼差しを受け、ハデスは得意満面に『対怨霊用結界』と彼が呼ぶものを頭の上に掲げた。
 ただしこれは実際には『ただのロープ』であり、陰陽師でも巫女でもないハデスには当然ながらに”そういった代物”を扱う能力も、作り出す力も無かったのである。
 しかしどういうわけか彼自身(とそして彼の忠実な騎士の娘)はこれを対怨霊用結界と信じて疑わなかったのだ。
「フハハハ! 当たり前だ!
 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才ドクターハデス!
 
 ……ククク、怨霊など恐るるに足りん!
 この俺が作った『対怨霊用結界』があれば……


 はうっ!!」
 こうして(最早説明するまでも無かったかもしれないが)、ハデスとアルテミスは瞬時に怨霊に魅入られたのである。
 そして何故か人間らしい? 自我を保ったまま、ここまでたどり着いたのだ。


「ううううおおお(さあ! 門を開けて貰おうか!)」
 中に向かってジェスチャーで伝えようとしているハデスに、硝子の向こうまでやってきていた中の買い物客たちは、
(なんだあいつ)という顔を固まっていた。
「おお?(な、なぜ分からないのだ!)」
(もう一度やってみよう!)
 再びふしぎなおどりを始めたハデスの正面に、赤い髪の男が立っているのに、アルテミスが目ざとく気づいた。
「(キロスさん……
 そのドラックストアに居るんですね……
 私には分かりますよ、ふふふ……)」
 アルテミスは妙な笑みを浮かべていた。
 怨霊に魅入られた影響か、キロスへの無自覚の恋心は暴走し、今や彼女は立派なヤンデレちゃんと化していたのだ。
「(ふふふ……
 貴方の命は、私のものです、キロスさん……)」


「東雲どう思う? あれって、怨霊の影響かしら?」
「そうだと思うよ。取り合えず悪い人達じゃないから、何か縛るものでも……」
 ジゼルと五百蔵 東雲が話していた矢先、
アレクがハデスの元へ一足飛びに往くと、彼の頭を掴んでそのまま硝子扉に向かって後ろから思い切り振りかぶった。
「へぶぁ!!」
 糸で強化された硝子(その上々強化硝子)に派手に顔面を打ち付けられて、ハデスは昏倒した。
 可愛そうに鼻血の跡が、硝子の向こう側に縦線の軌跡を描いている。
「よ、容赦ねぇ……」
 引き気味のキロスの頭に、「容赦ねぇ」相手からテレパシーが入ってきた。
「人と待ち合わせている、中に入れてくれないか?」
「あいつら大丈夫みたいだ。開けるぜ?」
 店内の守りを固めていた真やリースの承諾を得て、扉を開いたときだった。
 無防備なキロスに向かって突然アルテミスが飛び掛ったのだ。

「アルテミスッ!?」
 横によけると、アルテミスの放った斬激で、なんと強化硝子に亀裂が入ったのだ!
「なんつー……パワーだよ」
 驚いているキロスの横から、アルテミスの足元に向かって威嚇射撃の銃弾が発射される。
 セレアナ・ミアキスがスナイパーライフルで彼女を狙っていた。
「サポートするわ!」
 奥山 沙夢がセレアナと共にキロスの背後に付く。
「硝子を割られるとまずいわ!
 ここからサポートするから外へ出て!」
 指示されるままに外へ出ると、セレンフィリティ・シャーレットの重力制御の力で、開いたばかりの扉の向こう側に一気にバリケードが積み上げられた。
「退路を絶たれたって訳か」
 余裕の無いままに笑みを浮かべると、反射運動のようにアルテミスも笑みを浮かべる。
「普段は笑うと可愛いんだけどな!」
 今は不気味で仕方ない笑顔のまま、アルテミスは柄を握り締めている。
「このままはまずいな」
 キロスは間合いから飛びのいた。
 背中から彼を襲おうとする怨霊に向かって沙夢は氷を刃にして放った。
「やるときはやるのよ、私だって!」
 彼女が操る氷で、アルテミスを操っていた怨霊達は消えて行くが、アルテミスの催眠状態は解けなかった。
 今もソニックブレードが行く枚もキロスに向かって飛んできていた。
 コンクリートを抉り、看板を切り裂いていく力に、キロスは翻弄されているようだ。
「(キロスさん! キロスさん! キロスさん! キロスさん!)」
 思いを伝えようとするように、アルテミスの刃は強く、何度もキロスへ向かっていた。
 怨霊に魅入られたため、アルテミスの力はリミッターが外れた状態だ。
 実力で言えばどの程度の差になるのか分からないが、
 殺そうとして戦うのと、相手を思いやって守りに入るのでは戦いにすらならない。
「あたしがやる!」
 ドラックストアの入り口から沙夢のパートナー雲入 弥狐が術をあてようとアルテミスに狙いを定めている。
 そこへ遠くから不思議と通る小さな声飛んで来たのだ。

「手を……出してはだめ……です……」
 菊花 みのり(きくばな・みのり)が立っていた。
「……あの子は……思いを……伝えているの……です……
 だから……止めてはだめ…なの……です」
「でもこのままじゃあ」
 沙夢が声のする方を振り返った時だった。

「大丈夫ですわ」
 みのりと共にやってきたのは彼女のパートナーだけではなく、泉 美緒達と謎肉屋台と瀬島 壮太らだったのだ。
「もう少しで――ほら」
 そう言って美緒が示す。
 キロスは避けている間にアルテミスに向かって豆を投げていたのだ。

「正気に、戻れッ!!」
 最後の豆を受け、アルテミスは一瞬目を見開いて、それからすぐに糸が切れたように倒れこむ。
 それをキロスが正面から受け止めた。
「何だかわかんねぇけど、分かった。
 とりあえず、話しをしようアルテミス、戦いだけじゃなくて、話しを……」
 キロスの声を聞きながら、アルテミスは静かに目を瞑り、静かな寝息をたて始めた。
 セレアナが銃口を下げると、それを合図にドラックストアの扉が向こう側から開く。

 美緒は首をかしげて、柔らかく微笑んだ。
「さあ、中へ入りましょう。
 皆様にお話しがありますの」





17時06分:大通り


 片思いだった。
 いつも見上げていた顔も、スポーツが得意なところも、不器用なところも全部好きだった。
 伝えたかったのに、何故こんなことになってしまったのか。

 涙を堪えながら歩く杜守 柚の背中に、杜守 三月は静かに手を置いた。
(……そりゃショックだよな)
「僕は信じるよ。
 海が生きてるって」
 根拠の無い言葉に弱々しく頷いて、柚は携帯電話を握り締めていた。
 彼女の携帯電話には高円寺 海に貰ったバスケットボールの飾りがついたストラップがついている。
 青ざめたままの学友の顔を見て、皮肉なことに夏來 香菜も本来の性格を取り戻しつつあった。
(私がしっかりしなきゃ)
「大丈夫?
 あなたさえ良かったら肩を貸すけど……」
 香菜の申し出に、柚は健気な笑顔で首を振った。
「ここから先はまた大通りに戻るから……」
 そう言って感覚を研ぎ澄ます。
 どういうわけか、数が少なかった。
(出たところに鬼が三匹……怨霊はいない、他の人も……)
 そこでふと、彼女の感覚レーダーに何かが引っかかった。
 知っている人間の、何かが。
「これは…………海くん!!」
 矢も立てもたまらずに走り出す。
 細い道を抜けて、角を曲がって、その先の開けた大通りに居たのは、探していた海の姿だった。
 刀を振るおうと足を踏ん張ったのか、腹部から酷く血があふれ出していた。
「海くんッ!!!」
 抱きつきそうになるくらいの勢いで彼の前に飛び込んで、すぐに三体の餓鬼へ向き直ると、柚は氷の矢を放った。
 目の前に居た餓鬼達が霧消していく。

「……柚……」
 失血し過ぎて膝をつく海の身体を全身で支えて、ベンチへ座らせるとすぐにヒールをかけた。
「海くん、よかった、よかった」
 涙を見せないように下を向いたままの柚の頭に、海の手が乗ってくる。
「ありがとな。助かった」
「いいんです。
 それより酷い傷……すぐに治しますから!」
 てきぱきと手を動かし始めた柚に、海は天を仰いで話し始めた。
「お前も空京に居たのか……てことは三月もか……」
「はい、お買い物にきてて、
 今はあっちにで香菜ちゃんと一緒に――」
 見上げた海の顔が白く強張っている。
「どうしたん――」
 言おうとして、視界の端に認めた香菜の姿に、柚は言葉を遮った。
「香菜ちゃん!
 海くんを見つけたんです。怪我が酷いから今治療してて……

 そういえば三月ちゃんは?」
「……三月?」
 香菜は人形のようにガクリと横へ首を傾げた。
(そうよ、三月。もう一人一緒に居たはずなのに、私はどうして一人でここに居るんだろう)
 思い出そうと下を向いて、香菜は悲鳴を上げた。
 制服のスカートが血でべっとりと濡れている。
「ななななによおおこれええええ!!」
 頭を掻き毟る香菜の前で、海は刀の刃を彼女に向けた。
「柚、多分三月は死んでる」
「え?
 海くん、わかりません、何言ってるんですか?」

「あいつが 夏來 香菜が 俺を 殺そうとしたんだ!!!」

 突きつけられた刃に、香菜はまともに反応することが出来なかった。
「……私が?
 あなたを?

 何言ってるの?」
「あの時、あの妙な巻物の絵を見た途端、お前は俺を殺そうとした!
 忘れたのか!?」
「忘れたって、だって、だってあなたが私に「逃げろ」って言ってそれで私は――」
「やめろ」
 海の言葉に、香菜の動きが止まる。
「やめろって言ったんだ俺は。

 お前、怨霊に……いや、鬼に魅入られたのか?」


「やめろ」
(そう、あの時高円寺海は、私に「やめろ」って言ったんだ。
 なんで忘れてたんだろう。私は……)
 香菜の中の欠けていたピースが埋まっていく。
 そうだ。私が往来を走りぬける間、餓鬼達は道を開けていたじゃないか
 怨霊は現れなかったじゃないか、と。
 そして思い出していた。
 巻物の絵を見た瞬間に彼女が起こした、凶行の数々を。


 海の腹を裂いた。

 唯依がアクセルを踏んだ時に、背中から突き刺した。  

 コントロールを失った車にローグとギフト達が轢かれてぐちゃぐちゃになるのを、笑ってみていた。

 地面に投げ出された恭也の顔を潰した。

 柚が大通りに駆け出したすぐ後に、三月を○○にした。


「あの時伸びた爪は、餓鬼のものじゃない。
 私のものだったんだ。
 全部、全部私がやったんだ!」





























 大通りに面したベンチの下に、二人の男女が倒れている。
 虫の息の中お互いの命を守ろうと繋いだ手は、血で真っ赤に染まっていた。


「殺さなきゃ。

 もっと………たくさん!!」