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平安屋敷の青い目

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平安屋敷の青い目

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「ありがとう!」
「助かったわ」
 同時に駆け込んできたのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だった。
 肩で息をする彼女達に、京子が近づいていった。
「私達はシャンバラ教導団の軍人よ。公務できたところで、巻き込まれたの。
 いくら叩いてもキリがなくて参ってたわ。入れてくれてありがとう」
 丁寧に自己紹介するセレアナに、京子はポップな柄が描かれたミニタオルを差し出した。
 しかし商品タグが付いている。
「お店の人が中にあるものは自由にしていいって。
 暫くはここに篭城出来そうだからって、食料とかはこれから話し合うつもりなんだけど……」
「はは、流石ドラックストア。なんでもあるわね」
 セレンフィリティにも軽口を叩く余裕も出てきた頃だった。
 武尊の低い声が、震えながら話し出したのは。

「軍人が助けを求めてくるって事は……援軍もこねぇってことだよな?」
 彼は続ける。
「ここに、このまま篭城するって?
 冗談じゃないぜ。
 援軍も来ない状態で何時まで立てこもればいいんだよ……そもそもこんな小さい場所じゃ無理だろ!!」
 独り言のようなそれは、口から出せば出すほど熱がこもっていく。
「こんなヤバイ場所に何時までも居られるか。
 オレのシックスセンス的な何かも、篭城はヤバイって言ってる気するし」
 何時の間にか武尊の手の周囲に、空間の歪みが出来ていた。
 非物質化されていたバットが物質として現れていく。
「完全に包囲される前に……」

 こっちから逃げ出す事にするぜ!」

 セレンフィリティとセレアナが入ってきた扉周辺は、バリケードが一時的に外されている。
 武尊はそこから勢いよく店外へ飛び出していった。
「おいあれヤバイだろ!」
 壮太は慌てて追いかけようとして、自分のバッグの中を確認した。
 頼りない感触が、そこにあった。
(ダガー一本……遊びにきてただけだしな)
 それでも見捨てることは出来ない。
 元より「機会があれば外にいる奴らを助けるつもり」だったのだ。
「姉さん!」
 走り出した壮太の声に頷いて、フリーダも彼の後ろを追う。 
「持ってけ壮太!
 それからもし無事な人が居たら」
「ここに誘導な? 分かってるって!」
 バリケードの一部になっていた豆のパッケージを投げて、真は勇敢な友人を送り出した。
 何時だかも、こんなことがあった気がする。
 あの時みたいに、無事に帰ってきてくれればいい。
 窓の外へ祈るように、真は扉を糸で塞いだ。





15時16分:住宅街

 何十、何百もの低く唸るような声が住宅街を包んでいる。
 怨霊に魅入られた者どもが狙うのは、人だかりの中心に居る集団だ。
 我先にと本能のままに手を伸ばすが、唸り上げるように立ち上る炎の壁に阻まれて、彼らはそこへ近づくことが出来ない。
 そんな中、今度は炎に入れ替わるように煙の塊を大波が飲み込んでいく。
 ベルク・ウェルナートとルカルカ・ルーの攻撃に倒れていく者どもの上を、柔らかな音が流れていった。
 ジゼル・パルテノペーの竪琴から、催眠の音色が爪弾かれていた。
 フレンディス・ティラとダリル・ガイザックは眠りについた彼らを、建物の中に押し込んでいく。
 コード・イレブンナインは取りこぼしを確実に押さえていた。

 そんな戦いの最中。
「――にしてもアレは何なんだよ」
 ベルクが額を抑えて吐き出した。
 アレ。とはつまり、ルカルカが連れてきた荷物運びアルバイトの人。
 そして今は「チョコレート仮面」に変身し、戦う謎のヒーローについてだ。
「世界征服を志す友達の所から来た人なの」
 そう素直に笑顔で答えられても困ってしまう。
 全身をチョコレートコーティングされた変態が居るだけで、シリアスな場面がぶち壊しだ。
「いやいやいやいやあれは無い! 居ちゃ駄目な方の人だろ!」

「…………」
 ベルクの必死の抗議に、ルカルカはやや離れた場所に居るチョコレート仮面を見やった。
 所謂ビックバンスイーツの類なのだろうか。
 怨霊へ投擲されたチョコレートはその場で爆ぜ、弾け、中から溢れてきたチョコレートはスタッフがおいしく頂きましたうんぬん。
「でも真面目に戦ってるよ?」
「……だから――」
 ベルクの話しはそこで終わってしまった。
 なぜならチョコレート仮面はその時すでに……

「あ。食べられた」
 ルカルカとベルクの声がハモる。
「チョコだけに。ですね、マスター」
 フレンディスの突然のボケに一同は笑っていいのかどうか分からなかった。

「それよりも、又奴等が来る前に先へ進むべきだ。
 キロスの話しだとドラックストアにある豆が、あの怨霊への唯一の有効手段らしいからな」
 ベルクの冷静な言葉に我に返りながら、空京の街の中心部へ向かって進み始めた時だった。

「ねえ! 男の子が……」
 ジゼルの声に一同が振り返ると、
かなり離れた位置で、ジゼルが幼い少年の手を握りながら途方にくれてこちらを見ている。
「おい、あんま離れるなよ!」
 引き返すベルクの声は、少年の泣き声でジゼルへ届いていないらしい。
「大丈夫よ。あっちにね? 安全なお店があるんだって。
 おねえちゃんたち、皆でそこに行くの。だからあなたも一緒に――きゃ!」
 少年に懐かれてしまったのだろうか。
 突然抱きしめられて驚きの悲鳴を上げるジゼル。
 ほほえましく見える光景に微笑んできたルカルカだが、何時の間にかジゼルを覆っていく黒い影に気が付いた。
「怨霊よ! その子、憑かれてる!!」
 ジゼルに向かって駆け出すが、阻むように数体の怨霊の壁が現れた。
「ジゼルさん! ジゼルさん!!」
 フレンディスの必死の呼びかけに、やっと気づいたジゼルがこちらを見た時だった。

 彼女の前に一人の男が現れ、少年の首根っこを掴むと、そのまま無造作に後方へ投げたのだ
 突然の事に皆が言葉を失っている間に、周囲は冷気に覆われて、一気に温度が低下していた。
「寒、い?」
 何時の間にかジゼルの周囲を囲むように、分厚い氷の壁が出来上がっていた。
 怨霊達はこれに中てられたのか、何時の間にか姿を消している。

 ベルクは目の前に出来た氷壁を指先でつついて、直ぐに手を引っ込めた。
 ほんの数秒触れただけで、傷になってしまいそうな温度だ。
「これ、ブリザードかナンカの応用か?」 
「マスター、炎で割れませんか?」
「いやここまで分厚いと時間が――」
 ベルクとフレンディスが話しているのを背に、ルカルカはダリルに声をかける。
 どうやらダリルはテレパシーで向こうと通信出来ているらしい。
「ジゼル、大丈夫なの?」
「……このままでは、時間を食うから場所を指定して後で合流しろと、
 その壁の向こうの男がジゼルをそこへ連れて行くと言っている」
「って、誰なの彼は」


「……アレクサンダル・ミロシェヴィッチ――、イルミンスールの生徒」
 ダリルの声を聞きながら、ベルクは何かひっかかるものを感じていた。
「マスター?」
「あ、いや、何でも無い。
 行こうぜ?」
 何事も無かったように笑顔をフレンディスに向けて、歩き出したベルクはそっと後ろを振り返る眉を顰めていた。