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リアクション
14時21分:住宅街
遡る事7分前。空京の住宅街に位置する、ロイヤルガード宿舎。
その一室で、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)のパートナー、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は呆れ顔でベッドの上の毛布に包まれた蓑虫を見ている。
「美〜羽。そろそろ起きたら? もうお昼過ぎだよ?」
蓑虫、もとい西シャンバラのロイヤルガードである美羽は、前日の用事をたった数時間前に終えてやっと温かい毛布の中にありついたところなのだ。
当然ながら寝たり無い。
一度起きて、蒼空学園の制服に着替えたものの、やっぱり二度寝してしまった。
「うーん、もう少し……」
「もう少しって、あんなに遅くに帰ったのにまた夜更かししたんじゃ……」
夜更かしと言われても、女の子のメンテナンスがあるのだ。
風呂に入ってさっさと眠れる男と一緒にしないで頂きたい。兎に角今は、「夜更かし」の分を回復させるくらいまで眠りたい。
おやすみなさい。ぐーぐーぐー。という具合だ。
何時まで経っても出てきそうにない美羽に、コハクはあの手この手で突っついていく。
「折角空京なんだし、買い物は?」
「そういえばレポートの続きがあったんじゃなかった?」
「お腹減らない?」
コハクの問いかけラッシュに美羽は毛布の中から腕だけ出して、テーブルの上を指差した。
コハクが怪訝な顔で摘み上げたそれは、パッケージごときらきらと輝いていた。
「何これ……スパークル福豆?
また変なもの買って……」
ふっと息を吐いて、説得を諦めたコハクはベッドの上の美羽の横に腰掛ける。
(何だか僕まで……眠くなってきた)
欠伸をした時だった。
硝子を引っかいたような不快な悲鳴に、コハクは目を見開いた。
「今の、外から?」
彼が立ち上がろうとした時、
隣で丸まっていたはずの美羽は既にベッドを飛び降りて居た。
トレードマークのミニスカートから、健康的な足を惜しげもなく晒して階段を駆け下りていく。
正義の西シャンバラ・ロイヤルガード 小鳥遊 美羽。
出動である。
14時45分:大通り
往来を、我が物顔で闊歩していく餓鬼の群れ。
(ところであいつはオスなんかな、メスなんかな……)
ふと浮かんだしょうもない考えに、仁科 耀助(にしな・ようすけ)は震えるように頭を振った。
空京の大通り、多くのショッピングモールやファッションビルを軒を連ねるその通りの一角、ブランドの名前が書かれた旗と旗のわずかな隙間に、耀助は潜んでいた。
この男は割と長身な方でもあるが、その身体すら容易に隠してしまうのが葦原明倫館誇る、ニンジャ生徒なのだ。
更に言えばこの耀助という男、戸隠流忍術の使い手であり、素晴らしい才能にも恵まれているのだが、普段この能力を行使しているのはもっぱら宅配のアルバイト中であったり、
可愛い女の子を見れば思わず声を掛けずにはいられないという残念な性(さが)も持っていた。
(俺の休日……街で可愛い女の子と楽しくお茶でも……)
心の中でため息を吐いて、耀助は視線を遠くへ投げる。
事件が起こった初めに、彼が居た場所よりも、ここは被害が少ないらしい。餓鬼の数は似たようなものだが、怨霊に魅入れられ操られている人間は少ないようだった。
それでも逃げ惑う人々は、彼の位置から何人も認められた。
捕まり、腕をへし折られ、頭から丸呑みにされる男。
狂気の笑顔を浮かべたまま、地面にへたり込んだ老婆。
抱き合ったまま泣き叫ぶ若い女達。
彼らに対して何も出来ない訳じゃない。常日頃から隠し持っている武器を振るえば、一人の命くらいは救えるだろう。
けれども耀助はじっとその場で息を殺していた。
(一人助けても、その間に別の犠牲者が出る)
ニンジャらしい、情に縛られない合理的な考え方だ。けれども耀助は何もしていない訳でも無かった。
投げた視線は、右へ左へとせわしなく動き続けている。
(何処だ。 大本は何処なんだ?)
闇の中から次から次へと餓鬼たちが沸いてくるのを、耀助は見ていた。
(きっとあいつらが沸いてくる原因になる場所がある、そこを見極めないと……)
その時だった。動き続ける視線とは別に、耀助の耳がある一点を捉えた。
「落ち着いてください!」
一本の糸を張ったような凛とした声。
よく知っているその声に導かれて視線を動かす。
一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)。同じ葦原明倫館に通う女子生徒だ。
彼女の後ろにはパートナーのヴェール・ウイスティアリア(う゛ぇーる・ういすてぃありあ)も居る。
(何でッ!?)
思って直ぐに、耀助は言葉を口の中へ飲み込んだ。
買い物。娯楽。散歩。空京は人の集まる場所なのだ。知り合いが居たって可笑しくはない。
ただこんな状況で、知っている顔を認めたくは無かった。
(助けられないんだ。今はまだ……)
耀助は、自分がこの溢れてくる餓鬼を止める方法に気づくまで、彼女達には何とか逃げ延びて欲しいと身勝手にも願っていた。
「どうか落ち着いて」
天の川のような美しい軌跡を描きながら相手を捕らえたリボンは、そのまま正気をなくした買い物客らしき男を縛り付けた。
悲哀はリボンに込める力をぎりぎりのところで調節しながら、男に向かって必死に呼びかけている。
「余り傷つけたくはないのです!」
説得も虚しく、彼女の声を男の唸り声が塗りつぶしていく。
リボンの隙間を縫って伸びてくる手を悲哀が避けているのを見て、ヴェールは日傘を揺らしながら口元を優雅に覆った。
「まぁっ! 乱暴な方ですのね。
殿方が無粋な真似をしてはいけませんわ。
何があったのか知りませんが、冷静に……」
話しの腰を、第三者の――つまり襲い来る怨霊に遮られ、ヴェールは美しく形の整えられた眉を歪ませた。
「もう、少し、頭を、冷やして下さいましっ!」
口元にあった指を、怨霊に突きつけるように伸ばすと、彼女の指から無数の氷が小さな刃のように放たれた。
先ほどからこの透けたものには何も効かなかったけれど、それでも溜飲を下げるために。
ところがだ。
「……まぁ」
自分自身驚いた事に、ヴェールの勢いで放った氷の刃は、怨霊の透けた身体に突き刺さったのである。
「今のは、一体――」
説明を求めるように飛んできた悲哀の視線に、ヴェールはゆっくりと首をかしげた。
「えぇと、良く判りませんが……。
皆様頭に血が上ってらっしゃるようですし、冷静になって頂けるよう、水を被って頂けば宜しいのかしら?」
少しの間反芻して、リボンで縛り付けていた男を昏倒させると、悲哀はヴェールに向かった。
「……わかりました。
どこまで出来るか分かりませんが、氷術が効くのならば、
敵を一箇所に集めて狙ったほうが早そうですね……」
「成る程。
なら、濃度を低くしたアシッドミストで一箇所に誘導し、上から氷術と火術の複合で大量の水を被せてあげれば或いは――
そうとなれば私、箒で上から誘導致しますわ」
言うや否や、ヴェールは取り出した箒に跨ると、コンクリートの地面を蹴り上げて高く上っていく。
「ほら、悲哀。
頑張って下さいな」
隣のビルの窓を見るに、大体三階程の高さからヴェールは優雅に傘を揺らして悲哀に笑いかけた。
それを合図に悲哀は息を吸い込み声高に名乗りを上げた。
女を襲っていた餓鬼も、
少女達を操ろうとしていた怨霊も、
その怨霊に魅入られた人々も皆揃って悲哀に注目する。
(駄目だったとして、逃げそびれてしまった人達を逃がすだけの時間くらいは稼いで見せましょう)
悲哀の覚悟を受けたのか、闇の者共は一斉に彼女に向かって襲い掛かっていった。
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