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カルディノスの角

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カルディノスの角

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序章 町の依頼書

 シャンバラ大荒野の一角に繁栄するとある町。
 町長の家からほど近い図書館の中で、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は黙々と、一冊の本を読みふけっていた。
「なるほどね……。カルディノスは昔から食用として有名な獣なのか」
 そうつぶやきながら、ページをめくる。種類としては竜の仲間とも数えられるらしいが、生息形態は獅子や虎といった肉食動物の獣に近いらしい。主に鉱山跡の洞穴や渓谷に棲むらしいが、そのほとんどは水辺の近くだ。いつでも水を確保できるようにしておくのが、カルディノスにとっての住処のセオリーのようだった。
 その肉はやわらかくも吸い付きが良く、脂身より赤み本来の味が強いらしい。そのためか、かつては乱獲も多かったようだが、いまは近くの町でも自主規制が進んでいる。特にカルディノスは、肉よりもその角に希少価値がついた。絶滅させるわけにもいかず、各々の町やギルド、それに契約者たちの学園でも、無闇やたらな獣の捕獲にはストップをかけているようだった。
「凶暴らしいけど、わざわざ縄張りに踏み入らない限りは安全らしいよ」
 エースは、近くにいたメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)にそう言った。メシエは『巨獣生物の生態』と書かれた本を読んでいたが、安心したように顔をあげた。
「そうか……。町の人たちもそれはよく分かっているようだし、野暮な心配だったかもな。……なあ、だから機嫌を直してくれないか? リリア」
「別に、そんなに不機嫌になってるわけじゃないわよ」
 むすっとした顔で座り込んでいたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が、メシエを見あげる。どこからどう見ても不機嫌だ。だけど、リリアはそれを認めようとはしなかった。
「ただ、わざわざ動物の縄張りに入って狩りをするってのが、あんまり好きじゃないだけ。そりゃ、狩りだって立派な文化だとは思うけどね」
「まあ、人の生活なんてそんなものさ。余すところなく使うのなら、まだマシじゃないかな」
 エースはそう言って、本棚に『巨獣カルディノスの全テ』と書かれた本をもどした。
「とにかく、渓谷まで行ってみよう。もしかしたら、依頼の為とかいう名目で乱獲しようとか、金儲けしようとか……そんなことを考えてる輩もいるかもしれない。そんなのは許せないしね」
「同感だ。さ、行こう、リリア」
 メシエに言われて、リリアは立ちあがった。すこし気持ちが落ち着いてきたようだ。顔は穏やかになり、強い意志を感じさせた。
「そうね……。あたしたちはあたしたちで、やりたいことをしないと。そうじゃないと、腐っちゃうよね」
「ああ。それでこそ、だ」
 メシエが誇らしそうに笑う。リリアは椅子を壁際にもどして、メシエとエースの後を追った。

 なにやら、町がすこし騒がしい。
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)がそう気づいたのは、町に立ち寄ってから数十分後のことだった。
 いったい、何だろう? ミリタリー風のパーカを着込んだアイビスは、その襟元を握って考えた。まだ本格的な騒ぎにはなっていないようだ。だけど、町のいたるところから噂話をする声が聞こえてきた。
「なんでも、二人の子どもが――」
「オリバーさんのところのビクルと、隣の家のシャディちゃんらしいよ――」
「もしかして、渓谷に――」
 二人のこども? ビクルとシャディ? アイビスは嫌な予感がした。
 そのとき、足元から「にゃーにゃー」という猫の鳴き声が聞こえてきた。
「あさにゃん? どこに行ってたの?」
 いつの間にか姿が見えなくなっていたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が、アイビスの足元で背伸びをしている。人形ぐらいのサイズしかないため、伸ばした手もとどかない。その小さな手には、一枚の羊皮紙が握られていた。
「にゃー!」
「これ? 見るの?」
 アイビスはあさにゃんから紙を受け取った。そこには、今朝から二人の子どもの姿が見えなくなったという事と、もしかしたら巨獣カルディノスのいる渓谷地帯に行ったかもしれないことが書かれていた。心配になった母親が町のギルドに駆け込み、厚意で作ってもらった捜索書というわけだ。どうやら二人の子どもたちは、昨日から巨獣カルディノスのいる渓谷地がどこかを探していたらしい。
 もしかして……。嫌な予感はさらに現実味を増していった。
 そんなとき、ふと、アイビスはあさにゃんがもう一枚、別の紙を握っていることに気づいた。
「あさにゃん、それなに?」
 慌ててあさにゃんは隠そうとするが、もう遅い。不審に思ったアイビスが手を伸ばして、あさにゃんごと紙を引っ張り上げた。
「にゃー! にゃー!」
「こらっ! 暴れないの! なになに? 〈白鹿の彫刻亭〉からの依頼。カルディノスの角を手に入れてきてくれないか? …………あさにゃん、あなた、あわよくばこっちも手に入れようとか思ってたんでしょ?」
「にゃ…………」
 あさにゃんは弱々しい声をあげて目を逸らす。アイビスはため息をついた。
「まったく……しょうがない子ね……。まあいいわ。とにかく子どもたちを探しに渓谷まで行くつもりだから。ついでにその依頼書も持って行きましょ。もしかしたら、二兎を追って、二つとも手に入れられるかもしれないからね」
「にゃっ! にゃにゃにゃ〜!」
 あさにゃんは跳びはねて喜び、アイビスの肩や頭を走り回った。
「もう! くすぐったい!」
 もし、子どもたちが渓谷地に迷い込んでるなら、早く見つけないといけない。
 アイビスは不安と決意を胸に、町を出発した。