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震える森:E.V.H.

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【十一 死線を活線に】

 少し前にレオン率いる第二小隊と合流したルカルカ、ダリル、カルキノスの三人は、第一ラインの瓦解、並びに敵兵力の全てが第二小隊に雪崩れ込んでくる旨を聞かされ、揃って渋い表情を浮かべていた。
「……でも、やれることをやるしかないってとこかしら」
「しかし、情報収集が出来るかどうかは、かなり雲行きが怪しいな」
 ルカルカの決意に満ちた言葉とは対照的に、ダリルは敵兵ひとりひとりの、非コントラクターにしては並外れた能力を前にして、幾分悲観的な観測を口にした。
 だからといってこのまま何もせず、おめおめと引き下がる訳にはいかない。
「絶対、ここに居る皆を無事に連れ戻す。そう決めたんだから、必ず結果を出してみせるわ」
「意気込むのは良いけどよぉ……実際、どうなんだ? 気合と覚悟だけじゃ、現実は何も変わらねぇぜ」
 カルキノスの不安も、尤もである。
 ただ宣言するだけで全てが上手く進むのであれば、これ程楽な話はない。
 物事を実現させるには、それに適した計画と実行力が不可欠なのであるが、今のルカルカ達に、それらが全て揃っているか。
「……悔しいけど、たった三人じゃ焼け石に水、だよね」
「そういうことならさ、私達も協力するわよん」
 いつの間にか、理沙とセレスティアがルカルカの背後に佇んでいた。
 更に。
「敵がざっと1000人……文字通り、ナンバーサウザンドってところかしら。面白いじゃない。こっちも混ぜてもらうわ」
 セレンフィリティとセレアナが、ルカルカ達に協力を申し出てきた。
 これで、ちょっとした分隊が形成されたことになる。
 気心の知れたコントラクター達が揃えば、何とかなるかも知れない――ルカルカの心の中に、ほんの僅かにではあるが、希望の光が灯った。
「ありがとう、恩に着るわ。私達の後から、黒豹小隊と小型飛空艇分隊が到着予定だから、要はそれまで持ち堪えてしまえば良いだけなんだからね」
 全員が、同時に頷く。
 結束を確かめたところで、セレアナがふと、冗談めいた口調で囁いた。
「それにしても、この前は市街戦、その前は屋内に、砂漠……次は空中戦かしらね?」
 在り得る話なだけに、笑うに笑えなかった。

 敵の総攻撃が、始まった。
 第二小隊の本営地周辺は、十字砲火による激しい銃砲音と灼熱の弾光に覆い尽くされ、怒鳴りでもしなければ会話が成立しない程の状態に追い込まれた。
「おい! そこの若人達! ちょっと手伝ってくれないかぁ!」
 ルースが呼び寄せたのは、エヴァルト、ロートラウト、甚五郎、羽純、ホリイ、ブリジット、シャノン、グレゴワールといった面々であった。
 厳密にいうと全員が全員、若人という訳でもなかったのだが、この際、細かいことをあれこれいっても仕方がない。
「ルカルカの即席分隊が、10時の方向に防衛線を張る! しかし2時の方向が手薄だから、こっちを突破されると、彼女達が孤立してしまう! 君達には、この2時方向の守備を受け持って貰いたい!」
 呼ばれた面子には、特段、断る理由もない。
 全員が応諾する意思を見せたのを確認してから、ルースはエヴァルトとシャノンにそれぞれ、アサルトライフルを手渡して、曰く。
「そんな装備じゃ、ものの役には立たん! こいつを使え!」
「ありがたい! 遠慮なく拝借しよう!」
 いち早く応じたエヴァルトが、ロートラウトを伴って2時方向の守備戦線へと向かう。
 次いでシャノンが、使い方がいまいち分からないアサルトライフルのレクチャーをルースに求めた。
 ところが、そこへ甚五郎が横から割り込んでくる。
「ここで使い方の説明などしておったら、時間がいくらあっても足りん! わしが道中で教えるから、しっかり覚えてくれい!」
「ありがとう! じゃあ、そうするわ!」
 そうして、シャノンと甚五郎達もエヴァルト達の後を追って、指定の守備位置へと向かった。
 去り行く彼らの後ろ姿を眺めながら、ここでルースは、グレゴワールが接近戦用の武器しか所持していないことを今更ながら思い出し、一瞬困ったような表情を浮かべた。
「こりゃやっぱり、おじさんも一緒に行った方が、良いかな」
 結局ルースも、2時方向の防衛線に参加することとなった。

 ルカルカ達とルース達の防衛線は、あくまでもその場凌ぎの処置に過ぎない。
 矢張り数で圧倒されている以上、いずれは突破を許してしまうことだろう。
「ルカ! ひとり、手強いのが居る!」
 少し離れたポイントで狙撃の位置に就いているダリルが、銃砲火の激しい音に負けないよう、声を張り上げて呼びかけてきた。
 ルカルカも、既に気付いている。
 パニッシュ・コープス兵の中でひとり、異彩を放つ者が居るのである。刹那であった。
「狙撃じゃ、無理か……セレン、ここお願い!」
 ルカルカはセレンフィリティとセレアナに場所を譲り、SAWでの一斉掃射を任せた。そして自身は、刹那との一騎討ちに向かう。
 理沙とセレスティアが、ルカルカのバックアップに入った。
 深緑の壁の中をするすると駆け抜けたルカルカは、ものの数秒で刹那との距離を詰める。刹那もルカルカの接近に気づいており、肌が擦れ合う程の至近距離戦闘を準備していた。
 相手も熟練の手練れだから、勝負は一瞬で決まる。緊張感が、双方の胸の中で一気に高まった。
 分があったのは、刹那の方であった。
 圧倒的な人数による援護がある上に、風上を味方にしている。即ち、しびれ薬が絶大な効果を発揮する条件が揃っていた。
 果たしてルカルカは、刹那のしびれ薬に一瞬、動きを封じられる格好となった。
(しまった……!)
 相手が単純にパニッシュ・コープス兵だけ、という想定が、この場では仇となった。刹那の裏稼業的特徴を擁する戦術に、対応出来ていなかった。
 だが、理沙とセレスティアがバックアップに入っていたのが幸運だった。
 ふたりはルカルカの動きが鈍ったと見るや、すぐに回復行動に入り、ルカルカの肉体をしびれ薬の効果から解放した。
 すると刹那も心得たもので、自分の戦術が通用しない相手と悟った瞬間、一気に後方へ退いていった。
 ルカルカはすぐさま、得物を狙撃用ライフルに持ち替えて刹那の動きを追ったが、既に刹那の姿は樹々の向こうに消えてしまい、狙撃範囲から消えてしまっていた。
 刹那を追い返したのは、意味合いが大きい。
 残る敵はパニッシュ・コープス兵ばかりであり、これなら何とか、あと少しは持ち堪えられそうである。

 ふたつの防衛線は、確かに機能的に効果を発揮したが、結局はそれも一時凌ぎである。
 圧倒的な人数差で迫るパニッシュ・コープスの大部隊は、真綿で喉を絞めるが如く、じわりじわりと包囲の輪を縮めつつあった。
 そしてもう間もなく、ルース達が守る2時方向の防衛線が抜かれそうかという頃。
「待たせたな! 騎兵隊の到着だ!」
「相沢少尉!」
 レオンは、小型飛空艇分隊を率いる洋の叫びに反応し、一瞬だが、その面に喜色を浮かべた。
 洋は軽いサムアップで応じ、配下の分隊員に指示を飛ばす。
「爆撃許可! 各機、使用可能な武装にて攻撃! 味方に当てさえしなければ良い! 森を焼き払うつもりでかかれ!」
 直後、みとと洋孝、そしてエリスの小型飛空艇が一気に飛び出していき、正面に迫る敵大部隊へ痛撃を加え始めた。
「ファイアストームとブリザードの併用による爆撃を行います。友軍、射線上になし。これより一斉砲撃開始します!」
「やっときたぞ〜。アルバトロスは輸送機だけど、火力はあるんだぜ〜」
「これよりミサイルレインを発動します」
 それぞれが最大火力を駆使して、正面に展開する分厚い敵の壁へと挑む。
 敵は、それまでとは格段に異なる火力の出現に、一様に出足が鈍り始めていた。
 そして更なる増援が到着した。
 黒豹小隊である。
「レオン中尉! これより我が隊は、遊撃運動に入る! しばらく混線が続くだろうから、直接的な連絡は不可能になる! 緊急の際は信号弾を!」
 隊長の音子が告げると、レオンはアサルトライフルを掃射しながら、大きく頷き返した。
 レオンの了解を得たところで、黒豹小隊はかねてからの予定通り、敵大部隊の攪乱戦へと突入した。
 最初に狙うのは、敵の指揮系統である。
「これだけ数が多いということは、指揮官の数も多いということですわねぇ。まさに、より取り見取り♪」
 アウグストが若干不謹慎ながらも、妙に嬉しそうな笑みを漏らした。
 その隣で麦子が、普通に自らの任務をこなしている。
「無線傍受。11時の方向に敵突出小隊の指揮官の位置特定」
 そこでジャンヌが、小型飛空艇分隊を率いる洋に、無線を利用した光信号でモールスを送った。
 これから該当のポイントにて遊撃運動を行う為、その方角への攻撃は控えるように、との指示である。
 受けた側の洋もすぐさまこれに対応し、黒豹小隊の動線を確保させた。
「移動経路、確保確認。作戦開始」
 ジャンヌの報告を受けて、黒豹小隊は激しい銃砲火を頭上にかすめながら、深緑の海の中を静かに、そして滑るように突き進んでゆく。
 最初のターゲットは、すぐに見つかった。
「狙撃……完了」
 ライフルを肩付けに構えていたソフィーが、淡々と報告する。
 見るまでも無く、ターゲットである敵指揮官はその場に崩れ落ちており、最初の仕事が早くも完了したことを黒豹小隊の全員が確認した。
 この後、第二小隊を包囲しかかっていた敵の巨大兵力は、次第にではあるが、後方へ引き下がる動きを見せ始めていた。
 黒豹小隊による指揮官限定の暗殺遊撃行動に引っ張られる形で、後方の守りを固め始めているのが、その大きな要因であった。
 これはいいかえれば、第二小隊への圧倒的な人数による突撃が減少していることを意味する。
 特殊部隊としての能力を、最大限に発揮していることの証といえよう。

「ダンドリオン中尉、撤退戦に入るなら、今が好機じゃないか?」
 防衛線から引き返してきたルースが、レオンに進言した。
 黒豹小隊による敵部隊の後方移動が機能している今こそが、最も退き易いタイミングである。
 敵が再び、圧迫運動を開始する前に退路を確保せねば、今度こそ逃げ道は無くなる。
「全隊に告げる! これより、撤退戦に入る! 黒豹小隊に向けて、信号弾射出!」
 勝つ為ではなく、生き残る為の戦い。
 その最後の総仕上げが、始まろうとしていた。