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リアクション
【四 炭酸狂想曲】
カフェ・ディオニウスは、普段はひとの入りもそこそこの、極々落ち着いた雰囲気を楽しむことが出来るカフェである――筈であった。
しかしこの日に限っては、日頃の静かな空間などどこへやら、キャパオーバーに陥るかという程の大勢の客でごった返していた。
(どうして、今日はこんなに忙しいのかしら……?)
カフェを経営するディオニウス三姉妹の次女シェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)は、店内を慌ただしく行き来しながら、内心で小首を捻る。
いつもはもっと、ゆったりとした時間が流れる筈の店内が、今日はまるでどこかの有名なメイドカフェにでもなったかのように客でごった返している。
別段、近くで大きなイベント等が開催されている訳でもないのに、だ。
しかしよくよく観察してみると、この大勢の客の中に一部、他の客の注目を寄せ集めている顔ぶれが居ることが、何となく分かってきた。
それがこの日、初めて店を訪れたデーモンガス、ジェニー・ザ・ビッチ、そして若崎 源次郎(わかざき げんじろう)の三人である。
勿論、今の時点ではこの三人の名前や素性など、シェリエは全く分かってはいないのだが。
ところで、少しだけ時間を遡る。
デーモンガスとジェニーがカフェ・ディオニウスを訪れるほんの数分前、このふたりに接触を図っていたコントラクター達が居た。
「初めまして。あたしはニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)。叶大尉の命であなたの護衛に参上したわ。迷惑だったら少し距離を取らせて貰うけど、良かったら女同士、仲良くさせて欲しいわ」
デーモンガスとジェニーと、いきなり現れたニキータに怪訝な表情を浮かべたものの、特に断る理由もないということで、護衛を受け入れることにしたらしい。
また、更に。
「ご無沙汰してるわね。あなた方がこちらにいらっしゃると聞いて、久しぶりにお顔を見たくなって、来てみたんだけど……何だか、随分雰囲気が違うわね?」
ニキータに続いてリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、ヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)とシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)のふたりを従える格好で、デーモンガスとジェニーに手を振りながら近づいてきた。
リカインが指摘するように、今の両名は然程、奇抜な服装ではない。
デーモンガスは鋼鉄製のマスクこそ目立つものの、革ジャンとデニムのパンツでその巨躯を包み、ジェニーはカジュアルスーツとスラックスといういでたちである。
シャンバラ大荒野にて、野盗団アヤトラ・ロックンロールの幹部として行動している時のエキセントリックな服装や雰囲気は、今は微塵にも感じられない。
「トゥーエッジャーさんは、来てないのかしら。前に咆哮返しをされちゃってから、色々興味が出てきてるんだけど」
「幹部全員が、アジトを空にする訳にはいかんからな。奴はいわば、留守番だ」
デーモンガスの応えに、リカインはあの髭面の悪人顔がひとりで居残りを命じられる様を想像し、つい可笑しくなって口元を緩めてしまった。
一方でニキータは、自分ひとりが新参者という立場に若干の焦りを感じつつも、任務を忠実に遂行する為にはリカイン達とも顔を繋いでおかねばと考え、改めて挨拶を切り出す。
「教導団のエリザロフよ。ニキータって呼んでくれたら嬉しいわ」
「こちらはお嬢……じゃなくてリカイン、隣がフィス姉ことシルフィスティ、そして自分はヴィゼントです。お見知りおきを」
リカイン達三人を代表して、ヴィゼントがニキータとの握手に応じた。
その際、ニキータが何故か性的な色気を感じさせる流し目のような視線でヴィゼントの強面を眺めてきたものだから、ヴィゼントは内心で変な冷や汗を流してしまった。
「ところでふたりは、今日はどこへ行くつもりだったの?」
シルフィスティの問いかけに、ジェニーはすぐ目の前に構えるカフェ・ディオニウスの看板に視線を向けて応じた。
「そこのカフェに、用事がございまして」
「あら……あんまり大きなカフェじゃないわね。こんな大人数でぞろぞろと押しかけて、大丈夫かしら」
ニキータが困り顔で小首を傾げるも、ジェニーは店内の様子を知っているらしく、心配ないとかぶりを振って曰く。
「初めて入る店ですけど、情報は仕入れてありますの。この程度の人数なら端っこの席に収まるだけで、十分ですわ」
そんな訳で、都合六名の新規客がカフェ・ディオニウスに来店した訳だが――。
店内に入るや否や、いきなりシルフィスティが先客としてカウンターに陣取っていた源次郎に迫り、必死に両手を伸ばしてその胸ぐらを強引に掴んだ。
正確にいえば、源次郎がデーモンガスとジェニーに対し、クリス・ライオネルなる人物について呼びかけた直後であったが。
「か、返せ! フィスの時間を返せー!」
一体、何をいっているのか。
胸ぐらを掴まれて前後にぐわんぐわんと揺すられている源次郎は、
「おわおわおわぁっ、なっ、何やいきなり〜」
などと、されるがままに大きな体躯を揺すられている。
どうやらシルフィスティは、源次郎のヘッドマッシャー・ディクテーターとしての能力のひとつである時空圧縮について、クレームを入れているらしい。
直接被害を受けた訳ではないものの、源次郎が時空圧縮で時間そのものを削り取っているという考えから、自分の貴重な時間までもが犠牲になったと解釈したようで、そのことを必死に訴えているのである。
「こらこらこら、駄目だってばフィス姉!」
「流石にいきなりそれは拙いでしょう! 相手が相手ですぞ!」
リカインとヴィゼントが珍しく、顔を真っ青にしてシルフィスティを無理矢理、源次郎から引き離す。
シルフィスティは尚を両手足をばたばたと暴れさせていたが、店内の他の客からの白い目に気づき、ようやく渋々ながら、引き下がることにした。
(あの男が叶大尉のいっていた、若崎源次郎……案外、良い男じゃない)
源次郎の正体云々など端から抜きにして、その精悍な外観や端正な面立ちを最初にチェックする辺り、ニキータも只者ではない。
それはともかく、ニキータが意外に思ったのは、源次郎がシルフィスティに胸ぐらを掴まれ、更に何の抵抗もせずに前後に揺さぶられていた様を見ると、どうやらこの人物、本気での攻撃を仕掛けられない限りは、ヘッドマッシャーとしての能力を駆使しない性分であるように感じられた部分である。
(非戦主義者っていうのは、案外本当なのかも知れないわね)
だがそれでも、源次郎が要注意人物であることに変わりはない。
この後も、どういった行動に出るのか分からない以上、最大限の注意を払って然るべきであった。
カフェ店内の別のテーブル席で、源次郎やシルフィスティ達の一連のやり取りをじっと凝視しているグループが居る。
朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)、イルマ・レスト(いるま・れすと)、月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)、ひっつきむし おなもみ(ひっつきむし・おなもみ)の四名である。
元々はこの四人も、デーモンガスとジェニーがイルミンスールに足を延ばしたという情報を掴み、追跡してきたという経緯があったのだが、しかしまさかここで源次郎と遭遇することになろうとは、思っても見なかったというのが正直なところである。
最初に源次郎の姿に気づいたのは、あゆみであった。
何故か口元に肉まんの食べかすをつけたままの彼女が、源次郎の姿を見るや周囲の視線もお構いなしに、
「あー、ちーにゃんこさん、あそこに見覚えのあるひとが〜」
などと、何の考えもなしに指を差そうとしたのであるが、何故かイルマからの『お前殺すぞコラ』的な強烈な視線を浴びた為、慌てて口をつぐんでいた。
(ねぇおなもみ……イルイルの目がちょっと怖いんだけど。何だかいっつも、虫けらを見るような目で見られてるような気がするのは、気のせいかな? 気のせいだよね?)
(あゆみ……うーん……)
こそこそと小声を交わし合うあゆみとおなもみだが、その間もイルマからは時折、『こそこそ煩いから黙っとけやボケ』的な視線が突き刺さるのは、一体どういう訳であろう。
と、そこへ千歳のアイスティーのおかわりをトレイに乗せた臨時アルバイトの桜月 舞香(さくらづき・まいか)が、イルマ―あゆみ間で妙な空気に包まれているこのテーブルへと、若干急ぎ足で近づいてきた。
「お待たせしました〜、アイスティーのおかわり、お持ちしました〜」
ミニスカエプロン姿が堂に入っている舞香の笑顔に、千歳とイルマの視線が向かう。
この一瞬、イルマの突き刺さる視線ビームからようやく解放されたと、あゆみはほっと胸を撫で下ろしてみたりする。
そんなあゆみなど全くどうでも良いといわんばかりに、イルマは千歳の代弁者として、常連客であるらしいクリスなる人物について、舞香に問いかけてみた。
「あの、もしご存知でしたら教えて頂きたいのですが……クリス様というお方は、こちらの常連さんなのでしょうか? いえ、あちらの方々が声高にお話しされてましたので、興味本位でお伺いしただけなのですが」
「えぇっと、クリスさん、ですか? う〜ん……いわれてみれば、そのようなお名前のお客さんがいらっしゃったかも知れないし、居なかったかも知れないし……」
舞香は困ったように、首を捻った。
カフェ・ディオニウスには足しげく通う舞香であったが、正直なところ、シェリエ以外は眼中に無い舞香の記憶の中に、他の常連客の顔や素性など残っていよう筈もない。
更にいえば、舞香は源次郎やデーモンガス達に関してもあまり興味が無く、ひたすらシェリエと一緒に居たいからという理由だけで、カフェ・ディオニウスに居る。
そして憧れのシェリエがひとりで忙しく走り回っているのは見るに忍びないということで、臨時アルバイトとしてウェイトレスなどをやっているのだが、とりあえず源次郎に対しては、やたらコーラばっかりおかわりする変わった客、という印象ぐらいしか抱いていなかった。
アイスティーを置いて去っていった舞香の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、千歳はうむ、と小さく頷いた。
「やっぱり、ここのオーナー姉妹に訊くしかなさそうだな。っていっても、あっちで忙しく走り回ってるから、なかなかこっちに来る気配も無さそうだな……」
次いで千歳は、呑気な顔でコーラを飲み干している源次郎に向けて強い敵愾心の籠った視線を投げかけた。
これまで、源次郎の起こした行動でどれ程の血が流れてきたのか――そのことを思えば、今にでも飛びかかっていって取り押さえたい気分ではあったのだが、場所が場所だけに、自制していた。
いや、仮に千歳が飛びかかっていったとしても、彼女の実力で源次郎をどうにか出来る、という訳でもなかったのだが。
更にいえば、舞香が居る。
この時点では千歳は知らなかったのだが、舞香は店内で騒ぎを起こすような客が居れば、即座に店から叩き出すつもりでアルバイトに臨んでいた。
たとえそれが、テロリストを取り押さえる為の正当な行為だったとしても、店内をめちゃくちゃにするような行動は断じて許さない――それが、舞香の意志である。
いずれにせよ、源次郎がコーラのがぶ飲みを阻止される要素は、今のところ皆無であろう。
一方、シルフィスティが喧嘩を吹っかけたことで、思わぬ会話の切っ掛けが出来た格好となったヴィゼントなどは、千歳の怒りを嘲笑うかのように、平和的な態度で源次郎の陣取るカウンター席の傍らに立った。
「もし良ければ、お話を伺いたいのですが、お時間を少々、頂けますか?」
「男同士の長話は見てて気持ちええもんちゃうから、手短に頼むで」
妙な論理を展開する源次郎だが、基本的にはOKということらしい。
ならば、とヴィゼントはいきなりストレートな質問を投げかけた。
勿論、周囲の客の反応を考慮し、喧騒に紛れる程度の小声で話しかけたのであるが。
「ご存知とは思いますが、今、パニッシュ・コープスはベルゲンシュタットジャングルで大規模な部隊を動員しています。何故彼らは、森林兵などという限られた用途の兵員を大量に保有しているのでしょう?」
「いや、知らん」
源次郎はあっさりと、恐ろしく簡単な調子で答えた。
勿論、本当に知らないのかどうかは確かめる術は無いのだが、しかしそのあっけらかんとした対応を見ると、嘘をついているとも思えなかった。
寧ろ、知らないのも当然であった。
これは後々判明したことなのだが、パニッシュ・コープスがベルゲンシュタットジャングルに展開させていたのは、屍躁菌で強化した兵なのである。
別段、森林戦に特化して鍛えていたという訳ではない。いわば、レイビーズS3でオールマイティに強化された兵をたまたま森林戦に投入した、というだけの話であった。
つまり、森林戦仕様に特化した兵員など最初から存在しないのだから、源次郎が知らぬと答えたのも道理であった。
とにかく、いきなり出鼻を挫かれた格好のヴィゼントは、他にも幾つか質問を用意していたのであるが、のっけからこの調子ではほとんどまともに答えてくれないと判断し、ひとまず引き下がることにした。
残りの質問は、様子を見て聞き出せば良いのである。
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