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【六 思いがけない戦利品】

 レオン率いる第二小隊は、相変わらず激しい消耗戦を強いられている。
 そんな中にあって、第四陸戦隊と共に第二ラインに到着したローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)上杉 菊(うえすぎ・きく)、そしてエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)の四人からなるフォーマンセルが、早くもその存在感を発揮しつつあった。
 菊とエシクが罠設置及び発動を担当し、ローザマリアが狙撃、そしてグロリアーナが接近戦での牽制と、見事な程に役割分担が明確化され、それぞれが己の役割を忠実に守ることで、敵の進撃速度を大幅に鈍らせつつあった。
 勿論ながら、四人ともヘッドマッシャー出現の可能性については十分な考慮を施し、対策もそれなりに練っていたのであるが、今のところはそれらしい気配もなく、単純にレイビーズS3にて強化された敵兵を地道に仕留めていくのみであった。
 しかし――。
「う〜ん……やっぱりちょっと、数が多過ぎるかな」
 徹底した迷彩装備で、ほとんど完全に周囲の樹々の中に溶け込んでいるローザマリアが、狙撃姿勢を維持したまま、低い吐息を漏らした。
 傍らでは菊が、同じく弓を腰だめに軽く構えたままの姿勢でじっと息を潜めているが、矢張りローザマリアと同様の息苦しい感想を抱いているようであった。
「御方様……罠で一気に人数を始末するといいましても、これだけ数が多いと、その罠がこちらの位置を敵に教えてしまう可能性もありますね」
 一個中隊とひと口にいっても、その数は部隊編成によってまちまちで、大体の概算では200〜400と大きく幅が出る。
 それが三個中隊規模ともなると、最少は600、最大は1200と、とんでもない数の開きになるのだ。
 しかも、敵兵ひとりひとりがレイビーズS3による強化兵であり、まとめて始末出来ることの方が、実は稀なケースだったりもする。
 今のところは、グロリアーナが上手く立ち回ってこちらの位置を特定させないよう努めてくれているが、それもいずれは時間の問題となってくるだろう。
「そろそろ、ポイントを変えた方が良いかな。四人対数百じゃ、どのみち結果は見えてるし」
「では、退路の確認をしてきますね」
 ローザマリアに応じて、菊が僅かに腰を浮かせた、その時。
『大至急、そこを離れろ! 敵の砲兵小隊が、射線を読み切っている!』
 グロリアーナからの、半ば悲鳴に近い叫びが無線機を通してローザマリアの鼓膜を強く刺激した。
 直後、ふたりが隠れている緑に覆われた岩場周辺が、激しい爆音に見舞われ、次々と火柱が屹立した。
「お、御方様! 無事でございますか!?」
 自身も背中に酷い火傷を負いながら、それでも菊は己よりもローザマリアを案ずる声を放った。
 幸いローザマリアは、装備の一部を焼かれただけの軽傷で済んだが、菊の受けた傷を考えると楽観視など、到底出来る筈もなかった。
「退避します! 早く、こちらへ!」
 エシクが砲火をかいくぐりながら、慌てて駆け戻ってきた。
 ローザマリアとふたりで菊に肩を貸し、急いで別ポイントへと向かおうとする。が、今度は真正面から、機銃の一斉掃射が三人を出迎えた。
「えぇい、くそっ!」
 珍しくエシクが、口汚く罵った。
 ローザマリアが視線を巡らせると、左の太腿から酷い出血が見られる。銃弾が頭上をかすめる岩場に飛び込んだ三人だが、完全に足を止められる格好となった。
「弾は貫通している……これで止血を」
 エシクに止血ベルトを手渡しつつ、ローザマリアは敵の射線を見抜くべく、岩場からそっと顔を覗かせた。
「湿度と風向きに、あれだけ注意してたのに、この体たらくか……レイビーズS3って、本当に厄介極まりないね」
 敵は恐らく、ローザマリアからの狙撃に対し、着弾の際の弾き飛ばされる方角と貫通度から、弾道と距離を計測してきたのだろう。
 数を揃えている大部隊ならではの、観測法であった。

 このまま釘付けにされたまま、砲撃の餌食になるのか――自らの結末に、ふと嫌な予感を覚えたローザマリアだったが、しかしその直後、敵の掃射に乱れが生じた。
「御方様……どうやら、味方のようです」
 菊の言葉を受けて、ローザマリアは再び岩陰から顔を出した。
 見ると、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が樹々の間をトリッキーな動作で駆け回り、或いは跳躍し、樹々の影に潜む敵兵を次々に薙ぎ倒してゆく。
 いや、薙ぎ倒すという表現はあまり適切ではない。どちらかといえば、刺し倒していく、といった方が正しいだろうか。
 時折、離れた位置からコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)が狙撃を加え、敵を樹の陰に押し込む。そうして敵が隠れたところを、吹雪が頭上から静かに襲いかかり、ひとりずつ仕留めていく、という戦法である。
 ある程度敵の動きが鎮まったら、イングラハムが索敵射撃を加えることで再び敵の位置を特定し、そこをコルセアが狙撃して動きを封じた上で吹雪が静かに迫る、という動作の繰り返しであった。
 しかしこの戦法は地味ながら、森林戦、それも数に劣る側の戦い方としては極めて理に適っている。
 常に移動し続ける戦術である為に、自らの位置を特定される恐れもなく、且つ敵をひとりずつ間引いていけるという確実性にも富んでいた。
「成る程、良い戦術だな……だったらこちらも、手助けしないとね」
 ローザマリアはコルセアに倣って、敵の動きを封じる為の狙撃を開始した。
 そこへグロリアーナも駆けつけてきて、吹雪と同様、敵をひとりずつ確実に仕留めてゆく。
 だがそれで、全ての問題が解決したという訳ではない。まだ彼女達の後方に、厄介な砲兵小隊が控えているのである。
 ともあれ、ひと通り敵の掃射班を始末したところで、吹雪、コルセア、イングラハムの三人がローザマリアのフォーマンセルと合流し、すぐさま負傷者の処置へと入った。
「見事な戦いぶりだったわね。お蔭で、蜂の巣にならずに済んだわ」
「こちらも、ゲリラ戦は得意とするところであります」
 不敵に笑う吹雪の傍らで、イングラハムが微妙に息を切らせていた。どうやら囮を兼ねて索敵係であった為、少々スタミナを切らしているようである。
「だ、大丈夫。まだまだいける。我とて、真面目に仕事は出来るのだよ」
 どう見てもこの疲れ具合は大丈夫とはいえないのだが、それでもイングラハムはずい、と頭を反らした。
 胸ではなく、頭である。蛸型生物の悲しいところであった。
「それにしても、あの砲兵小隊は少し手間がかかりそうですね。焦らず確実に仕留めるにしても、少々手が足りないでしょうか」
 尚も砲撃が続く丘の裾野方面を眺めながら、コルセアが難しそうな表情で囁く。
 近づいてしまえばこちらのものだが、近づくまでが大変なのだ。
「他に誰か、近くに居る者は?」
「少々お待ちを……えぇっと、天学から参戦しているふたりが、すぐに呼べるようであります」
 吹雪の回答に応じ、グロリアーナが無線を通してすぐさま、その両名を呼び寄せた。
 程無くして、仁科 姫月(にしな・ひめき)成田 樹彦(なりた・たつひこ)のふたりが駆けつけてきた。
「あの砲兵小隊を叩きたいんだけど、護衛の陸戦隊を引き離したい。援護をお願い出来るかしら?」
「勿論、任せてよ!」
 ローザマリアからの要請を受けて、姫月は元気よく請け合った。傍らの樹彦も、クールに頷きながら了解の意を示す。
 実際にはこのふたりは、吹雪の指揮下に入ることとなった。
 菊とエシクが動けない為、ローザマリアは現地点から砲撃の様子を分析し、吹雪達に突入経路を逐一報告する役割を受け持つ。
「途中に、菊とエシクの仕掛けた罠があるから、それを利用すると良いわ」
「了解であります」
 かくして、敵の砲兵小隊排除に向けた行動が開始された。

 吹雪達にとって幸運だったのは、丘を下る途中の戦闘現場にて、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)カムイ・マギ(かむい・まぎ)の両名と合流を果たしたことであった。
 対ヘッドマッシャー戦を想定しつつ、目の前の敵に集中した戦いを見せていたレキとカムイだが、その戦術はどちらかといえば、倒す為の方策ではなく、相手を行動不能に陥れることに主眼を置いていた。
 簡単に説明を加えるならば、森林内の気流を探って風上へと移動し、しびれ薬を散布するという実に単純な作戦であった。
 但し、敵はレイビーズS3で相当に強化されている。しびれ薬の効果が思った程に出なかったのは、レキにとっては痛い誤算だった。
 とはいえ、全く意味のない作戦だったかといえば、そういう訳でもない。
 少なくとも敵側は、レキがしびれ薬以外の薬品を使用してくるかも知れないと警戒し、必要以上に踏み込んではこなくなったのだ。
 敵を行動不能にさせる、という意味合いでは、警戒させることで出足を鈍らせることに成功したのだから、目的そのものはある程度達せられたといって良い。
 だがそれも、砲兵小隊の出現によって半ばご破算になりかけていた。そこに、その砲兵小隊排除を目的とした吹雪達と合流出来たのは、ある意味、渡りに船だったかも知れない。
「そんなにややこしいことを考える必要はないのであります。要は砲兵小隊に近づきさえすれば、それで良いのであります」
「だったら、ボク達のしびれ薬で護衛小隊の位置を後方に押し下げさせるよ。そこを姫月さんと樹彦さんで別方向に気を逸らして貰って、後は君達で仕留めるっていうやり方が、良いと思うんだよ」
 レキの進言を、吹雪は素直に受け入れた。
 教導団員だという変なプライドに凝り固まった者であれば、レキのこのフレキシブルな作戦を過小評価したかも知れなかったのだが、幸か不幸か、そういう面では吹雪は驚く程に素直である。
 例え他校の生徒であろうとも、その提案が優秀であれば、変な色眼鏡で見ることなく、真っ正直に評価を下すことが出来る率直さが、吹雪の強みでもあった。
「僕が仕掛けた罠がまだ一部、残っています。しびれ薬で敵をその方向へ誘導し、敵が混乱し始めたところで姫月さんと樹彦さんで一気に仕留めにかかってください」
 話がまとまり、レキとカムイは改めて、姫月と樹彦を加えたフォーマンセルでの行動に入った。
 一方の吹雪はというと、イングラハムとコルセアを従えて、真っ直ぐ砲兵小隊へと接近してゆく。
 数分後には、両チームはそれぞれの配置についた。
『敵の砲兵小隊は、ほぼ動きを止めている模様。護衛部隊の引き剥がしには、ライザも参戦するわ』
「了解であります」
 ローザマリアからの無線通信を受けて、吹雪はレキ達に合図を出した。
 直後、しびれ薬散布を察知した護衛小隊が、飛び込んできた姫月と樹彦、グロリアーナといった面々の奇襲を受けて浮き足立ち、砲兵小隊との間に僅かながら、距離が発生した。
 ここで、吹雪達三人がすかさず動き出す。
 まずはイングラハムが索敵射撃を加え、敵の反応を見てからおおよその位置を割り出した。
 次いで吹雪が、樹々の間に紛れながら接近していき、70ミリ自走砲が数台並んでいる開けた空間へと突撃してゆく。
 実のところ、吹雪の個人戦闘力は意外な程に高い。
 その戦闘力が適切な作戦のもとで、適切なタイミングで発揮されれば、驚く程の戦果を叩き出す。今回がまさに、その典型であった。
 平和な場に於いては非リア充エターナル解放同盟に加担したりするなどして、幾分馬鹿っぽい行動が多い彼女ではあったが、いざ本職にてその能力を発揮させれば、極めて優れた結果を他に見せつけることが出来るのである。
 レイビーズS3での肉体強化を得たパニッシュ・コープスの兵員は、吹雪の突撃とコルセアの援護射撃の前にほとんど為す術も無く、次々と打ち倒されてゆく。
 その間に要した時間は、10秒とかからなかった。
「作戦完了であります。ついでなので、これらの自走砲も頂いて帰りましょうか」
『そうしよう。武器は少しでも、多い方が良いしね』
 ローザマリアの了解を得た吹雪は、護衛部隊を蹴散らして合流してきたレキ、カムイ、姫月、樹彦、そしてグロリアーナら五人の手伝いを受け、トータルで十台にも及ぶ自走砲をまんまと持ち帰ることに成功した。
 吹雪達が持ち帰ったこの十台の自走砲が、実は後々、非常に重要な意味合いを持つことになるのだが、この時点ではまだ、それ程の重要性を認識する者は誰ひとりとして居なかった。