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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

リアクション

 目の前に現れた2人組の姿に、アレクは落ちて来た前髪を持ち上げ如何にも鬱陶しそうな顔をする。
 藤林 エリスとマルクス著 『共産党宣言』が立っている。
「また餓鬼か。――今度のはもう少しまともに話す気があるのか?」
「そうね。
 話をしましょう、アレクサンダル・ミロシェヴィッチ。


 ……あたしも左派だし武器を減らすって発想自体は結構な事だと思うわ。
 物事の分別も碌につかない未成年が凶器を振り回している現状を異常だと思わない方が感覚麻痺してんのよ。

 ただね。
 あんた達、何の為に武器を無くしたいの?
 武器の所為で傷ついたり犠牲になる人を無くして人々を守りたいって気持ちがあるからなんじゃないの?
 だったらそのために守るべき人々を傷つけたら本末転倒じゃない!
 あんた達は目的と手段を履き違えてるわ。
 武器を無くすのはあくまで手段であって目的じゃないはずよ!
 確かにジゼルは兵器として作られた存在かも知れないけど、
日々を平和に穏やかに過ごしたいと願う普通の女の子と変わらない存在じゃないの!
 生まれが人よりちょっと不幸だっただけよ!
 私達とあの子と何が違うのよ!
 出自や人種で差別し迫害するそういう思想こそが争いの種を運で人間を武器開発競争に走らせるのよ!
 あんた達が本当に守るべきものはなに?
 もう一度よく考えなさい!」
 説得と言うよりも論破に近いそれに、アレクは表情を変えないまま落ちてくる前髪を払っている。
 視線はかろうじて前に固定されているものの、頭の半分で何処か別の事を考えるのを隠そうともしない。
「真面目に聞きなさい!」
「да.
 聞いてるよちゃんと。あー……どこから答えたもんか。
 なんだっけ。差別がどうとか言う話だったか。
 でもなぁ、人種がどうだの生まれが不幸だの言われようが、俺には『はいそうですか』としか答えられん。
 あんたが言ってるのは例のエスニシズム(民族主義)連中と同じ事だろ。
 俺の家はそいつらを弾圧する側だったからな、それをそんなに語られても苦笑いする気すら起こらない。
 いいか、王家の犬として一言言わせて貰うなら『こっちはマイノリティのご立派な思想なんか知ったことか』。
 否そもそもが間違いだ。
 兵器の根絶は人を守りたいからじゃない。
 平和な世界を作ろうなんて政治屋とビューティー・ページェントの阿呆女に任せておけ。
 いっそ組織を弾いて個人として答えようか。
 目障りなものを潰すのが目的で、手段は暴力だ。泣いて喚くならもう一度引っ叩く。
 根絶と根本解決は別だというのは解かってる。根絶して人の根っこがどうにかなるなんて思ってない。
 が、そこをドウコウする気も無い。
 リュシアンは俺を――Warmonger(戦争屋) とか抜かすが、結果的には大体それで合ってるかもな。
 潰された後どうするかはそいつらの私用で、別の奴らの仕事だ。
 Every man does his own business best.(餅は餅屋)
 さてこんなもんで満足か?
 ……もう一人居るのか。勘弁しろよそっちは?」 
 顎でしゃくられて、共産党宣言は意見を述べた。


「私達は共産主義者です。
 人民に真の平和と自由と平等をもたらす
 理想の共産主義社会の実現の為には革命が不可欠であり、
それは暴力革命によらざるを得ないのだと私の中には書かれています。
 力なき正義は無力であり、平和の為には戦わねばならない。
 非情な現実ですね。

 ですから兵器の武力制圧の為に武装組織化するという方法論自体は理解出来なくも無いのです。

 問題はその目的です。
 他者の兵器を奪い自分達だけが兵力を持つ事で世界を支配するのが目的とかなら
 私も同志エリスも 貴方を人民の敵として粛正します」
「ふーん、参ったね。そっちの考えも古いがこっちは16世紀のアンティークだ。
 The divine right of kings(王権神授説)
 ――神の定めた王権を持つ王を裁けるのもまた神のみ、人権なんか糞喰らえって考えだ。
笑えるだろ。その王が消えたらどうしろってんだよ馬鹿が。
 それでも無様に残された俺の頭の半分はそれで固まったままなんだよ。こっちは敗戦どころか交戦もしてないからな」
 その場にダルそうに座り込んだ相手に、エリス達は考え込む。
 少々時間を置いてから共産党宣言は赤い髪を揺らしながら一歩前へ出て座り込んだままの黒い頭に向かって冷静に続けた。
「…………先ほど話しと放送の――
 リュシアン・オートゥイユと貴方の考えは大分相違点がみられますね」
「そーそーその通り。
 でもな。そういうのはもういっそ全部リュシアンの奴に言ってくれ。あいつは演説もディベートも大好きだぜ?
 俺は思想家でも政治家でもないただの軍人だ。目標に向かって疾走するだけの突撃歩兵だ。
 今話しかけられても手榴弾と機関銃でしか挨拶出来ないんだよ」
「それでも私達の話を最後迄聞いた理由は何です。優しさ? 常識? 違うのでしょう。
 ……分かりませんね。教えて下さいアレクサンダル・ミロシェヴィッチ。

 貴方個人の、本当の目的はなんですか?」
 しゃがんだままのアレクの両手は頭の上に無造作に乗せられている所為で袖が下がっていたから、エリス達からは彼の手首に数珠状の紐が巻かれているのが見えた。
 世界平和を馬鹿らしいと言い放つ人間が、神に祈願するとは驚きだ。
「この手の理屈を掲げるテロリストの言い分が『まとも』だった試しはない」
 リカインの言葉が頭の中でリフレインし、もうこれ以上話しを続ける気力を持たないエリスに向かって、
アレクは下を向いたまま無感動に言うのだ。

「真っ赤なお二人さん。俺はね、毎日毎晩天に向かってお伺いを立ててるんだよ。
 どんな理由が有れば赦されるのですか。何時に成ったら俺の番なのですか。って。
 でもなぁ、返事がないんだよ。
 だから仕方なく自分の金で地獄往きの列車のチケットを買う為にこの世でこうやってチマチマ善行を積んでるんだ。
 敬虔だろ。理解するに値するだろ。だから話は、ここで、終わりだ。ウザいんだよアンタ等、もう帰れ」