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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

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 それが訪れた時、何の合図が無くともジゼル自身にはそうなのだと理解出来た。
 声が、戻ってきた。
「……み、みんな?」
 どもりながらも紡がれた倍音を多く含んだ特殊な声は、前を歩く友人達の耳を捉えた。
「う、うん。声、出るよ。大丈夫」自分で自分に確かめる様に言ってから、
「多分アクアマリンの欠片が近くにあるんだと思うの」と推察出来る理由を明かす。
 慌てて掛け戻って来た友人達に、ジゼルは丁寧に頭を下げた。

「有り難う皆。助けに来てくれて、本当に……本当に……ありが……と………」
 途中から泣き出してしまったジゼルに友人達は足を止めた。
 加夜はジゼルを抱きしめて、子供をあやすように優しく背中を叩きながら、ジゼルの目を見て話しかけた。
「ジゼルちゃん、話してくれますか?」
 加夜の真っ直ぐな瞳に頷いて、ジゼルは考えながらゆっくり言葉を紡ぐ。
「アレクね、昨日……兵隊の人に、明日の朝に私の事殺せって命令してた。
 私すごく怖くて逃げたけど、でも一人で此処に隠れて居る間、きちんと考えてたら、おかしい事いっぱいあったの。
 私、ずっと部屋に閉じ込められてたけど……

 多分あれは超お高いホテルだった」
「は?」という皆の困惑を見ないまま、ジゼルは話しを続ける。
「私ね、なんとか逃げられないか部屋の中調べてて、そして見つけたの!
 ルームサービスの値段表に丸が沢山ついてたわ!
 コーヒー一杯1500って何!? そのお金があったら牛皿何枚食べられると思ってるの!?
 ミニだったら10皿よ!? 一杯飲んでもあんまりお腹が膨れない水分の癖にお肉様と対当に渡り合うどころか完全圧勝ですって!?
 そんなの……そんなの――」
 ツッコミ担当の陣が思わずスリッパを落とす程の勢いのジゼルの握り拳を、加夜はそっと握る。
「ジゼルちゃん、一回そこから離れましょうね」
「そ、そうね……ごめんなさい、取り乱して。貧乏キャラとしては許せないものが……いえ、離れるわ、そこから。

 ……うん。それで目が毎日その目がおっこちちゃいそうな値段のルームサービスのご飯を食べて、
着替えとかもくれて、不思議だけど酷い事も危ない目にも遭わされなくて、
 皆と一緒にいられないこと以外、特別辛い事なんて無かったの。
 一日中殆ど傍に居て……くれて、
 ――こんな言い方変だけど、たまに来る他の兵隊の人から護ってくれてるみたいにしてくれてて、

 銃もくれたの」
「はあ!? んなモン渡したら逃げられるに決まってるじゃねえか」
 呆れ果てた陣の目の前でジゼルがスカートを捲って示した白い太腿には、
彼女が言う通りにレッグホルスターとそれに納められた『ベストのポケットに入りそうな大きさ』の小さな銃が覗いている。
「逆、だと思います。
 多分彼は……ジゼルちゃんがここまで逃げられるように渡したんじゃないかしら」
「だから……悪い人じゃないのかもって……」
 自分の言葉の意味を汲み取ってくれた加夜の服を摘みながらおずおずと言うジゼルに、
陣は頭を抑えてため息を吐いた。
 隣に居るユピリアは上を向いて考えを巡らせ、手を叩くと人差し指を上げる。
「それって一週間もいて情が移ったというか、なんとかシンドロームというか、
 むしろジゼル……あなたそれ財産目当てとか――」
 考察はそこで終わり、陣のツッコミが炸裂する。
 陣が何時も愛用していた緑のツッコミスリッパのスパーンッ! という快音を
頭の中で律儀に想像してから、ジゼルは首を振った。
「あのね、私もっと前からアレクの事知ってるわ。うちのお店とかで……陣もたまに見たでしょ。
 でも……
 きっとアレクは『私の事を知らない』。初めから『私なんか見えてない』」
「どういうことだい?」エースが聞き返すのに、ジゼルは説明する。
「蒼空学園の近くでね、初めて会ったの。その時私、知らない名前で呼ばれたわ。
 私、えっ? てなって、そしたらアレクは人違いをした、すまないって言って――
 それでおしまい。

 それから数日もしない内にまた偶然――、
 その時はちゃんと自己紹介出来て、その後からは勿論ジゼルって名前で呼んでくれてた。
 この辺でバイトしてるからご飯食べに来て下さいってエイギョウしたら、ちゃんときてくれたわ。
 あんまりご飯食べるの、好きじゃないみたいなのに。
 その時もジゼルって呼んでくれた。
 でもね、捕まってる間に何度も違う――多分最初に呼ばれた名前を聞いたの。
 ジゼルって呼んでくれる時もあったけど、日が経つと、どんどんそれが減ってて……
 私が夜寝る時にね、決まって小さい子にするみたいに私の頭を微笑って撫でて、
 知らない言葉で多分、『おやすみ』って、知らない名前で呼ばれるの」
「それかなりのホラーよね」ユピリアの正直な感想に、ジゼルは頷かず首も振らない。
「ていうか……ちょっとムカってしたし、悲しかった。
 人の心の中から追い出されるの、凄く怖かった。
 早く帰って、皆に名前、呼んで欲しくて……
 ホントはそれで逃げてきたのかもしれない。
 何時あの人の中から私が消えちゃったのかな。もし私が兵器だって分かったから……
 嫌われて、あんな風にさせちゃったんだとしたら悪いのは――」
 肩を落とすジゼルを前に、
ダリルは先ほどまでジゼルを乗せて来た箒に凭れながらきっぱりと言い切る。
「人より優れた能力。兵器種族である事は寧ろ誇ればいいだろ」

 暫しの沈黙の後、ルカルカは柔らかい金髪に指を絡ませながら口を開いた。
「……何かズレてない? それ。
 私から言わせて貰うとそうね――
 走るのが得意、力が強いみたいな『特徴』の一つだよ」
 彼女の見解を聞いた後に、
コードはジゼルの方をくるりと向き直ってにこりと微笑みそのまま口を開く。
「ジゼルはそのままのジゼルでいいんだ」
 ケロりと吐き出されたその言葉に、ジゼルは反射的に後ろにそのまま下がって居た。
「こ……コードはちょっと……そういうの、ズルいよね」
「ズルい? 何か変な事言ったか?」
「そ、そうじゃなくて……」
 赤くなった顔を隠す様に長いロングウェーブの髪を必死に両手で撫で付けているジゼルに、
ダリルは正解を見つけたようだ。
「(成る程、そう言えばいいのか)」と。
 そして満を持して正しいワードを頭から引き出し口に出す。
「ジゼル。存在は他者からの認識によっても定義づけられる。
 皆が君を一人の女の子と考えている事の意味を……」
 話しながら段々とスピードが落ちていくダリルの言葉は、最終的にため息で括れられた。

「……どうも俺は、こういう事を適切に表現出来ないな」
 年上の男の思い悩む姿に、ジゼルは慰められた自分もバツが悪そうに微笑って謝罪する。
「――うん、なんかごめんダリル。ありがとう。分かるわ、あなたが言ってくれてる事。

 ……そうだよね、多分、ダリルの言ってることは正しいし、
 ルカとコードが言う事も『そう』なのよ。
 でもきっと割り切れないものってあるのね」
 ジゼルの口から出た意外な台詞に、エースは目を丸くした。
 それはついこの間まで幼稚園児か小学生のようだと思っていた親戚の女の子が、
急に近寄りがたく見違えたようなあの感覚に近いものがある。
「大人になったね」
「お兄様のお陰よ」そう答えながら肩に頭をごつんと当てられて、エースは笑った。
 どんなになってもジゼルはやっぱりジゼルで、エースにとって妹のようなモノなのだ。
 二人につられ笑う仲間達の間で、加夜は何時もの――真摯で美しい瞳をジゼルに向ける。
「ジゼルちゃん、私にとってあなたは『大切な友達』です。
 たとえ誰が何と言おうとも、大好きなのは変わらないから」
 その言葉にジゼルは笑うのを止めて、何とも言えない顔になりながら今度は頭を下げずに言った。
「ありがとう、皆」

 声の後ろに軍靴の行進が迫っているのに、ジゼル達は気づいていなかった。