あの日。
傷ついた身体を引きずって、距離にすれば数百メートルも無い家へ辿り着いたのは夜の帳が街に溢れた瓦礫を包んでからだった。
歴史的趣のある屋敷の外観は無惨な迄に破壊しつくされ、全く原型を止めていない。
未だに距離感の掴みづらい目の代わりに、暗闇の中を手探りで歩みを進めて行く。
階段の手すり。その横にある大きな柱。
断片的に残された家財と記憶を掴み取りながら進むうちに、足に何かが当たった。
床に屈んでそれに触れると、どろりとした液体が手を汚し、思わず引っ込めそうになってしまう。
(……なんだ?)
アレクが手を動かしたせいで、腕にさらさらとした毛束が落ちてきた。
「人の……頭」
爆風でその殆どが失われ、特徴を伝える瞳の色や鼻や歯はおろか顔の形すら分からない。
ただ屋根を失った天井は、雲間の月明かりを導いてくれた。
黒い髪の隙間から辛うじて残された耳にピアスが煌めいている。藍色の鉱石。
「コヴェライト……」
近頃すっかりませてきた妹にせがまれて、留学先から送ってあげた誕生日のプレゼント。
だったらこの藍色の石を付けた耳と、血と、髪は??そんなはずは無いと否定して、アレクは妹を呼ぶ。
「……Милица? Мора да се шалите!? Милиц,Где р ви!?
До?и овамо! То ?е у реду! Нисам ?ут на тебе. Не брини!」
周りへ向かってどんなに呼びかけても返事は帰って来ない。当たり前だった。彼の妹が居るのは、その手の中なのだから。
「...не,милица...не...не...」