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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

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「これで終わりだ毒舌幼女!」
 煉の怒号に目を瞑ったトゥリンだったが、落ちてきたのは大剣の一撃ではなく『げんこつ』だった。
「……なんで?」
「ったく。ちっとは反省したか?」
 片目を瞑ってそう言う煉の後ろから、京子が走ってこちらへやって来る。
「動かないでね」
 トゥリンに向かって看護師のような声でそう言った京子は、すぐに回復をはじめていた。
「敵なのに……」
 隊士の一人の口からついた言葉に、京子はトゥリンの傷口をみたまま言葉を返す。
「この戦いはジゼルさんを助ける事が目的だもん。

 ねえ。意志があり、傷つける事を拒絶してもなお兵器ならば、私も兵器。
 でも……学校生活楽しんでるよ!」
 そう言って振り向いた剣の花嫁の笑顔に、隊士達は手にしていた武器を落としてしまった。

 京子の腕に抱かれ、治療されているトゥリンの姿は、本当に子供そのものだった。
 荒い息で脂汗を流しているその痛々しい姿を、朱鷺は唇に指を当てじっと見ている。
 トゥリンはあの瞬間、己の身体の限界までの力を引き出す力を使っていたのだ。
 朱鷺の能力で封じられたその攻撃だったが――
「しかしなんという無茶を……一歩間違えれば死んでいたというのに」
 朱鷺の口から出た疑問に答えたのは、それまで押し黙っていたハムザだった。
「その娘(むすめ)は、親に捨てられたのだ」


 トゥリン・ユンサル。両親が離婚したその年、彼女は初めてパラミタの土を踏んだ。
 奔放な母の気晴らしに付き合っていた彼女はそれを『少し長い休暇』程度に思っていた。
 ハムザと出会い、学校へ通うようになってもそうだった。
 しかしそれから数ヶ月の後、突如として母親が蒸発した事ではじめて、
彼女はこれが『少し長い休暇』でない事を知る。
 新しい男を二人きりで生きていきたいという甚だ我が侭な理由に、ふつふつと沸き上がっていく怒りはやがて、
一つの信念に達する。

 『私が、私の信じる道を、私の為だけに選ぶ』。
 幼い彼女は今までその信念に突き動かされて生きて来たのだ。

「結局この娘を助けたのは、隊長殿だ。
 一人だったこの娘に手を差し伸べ、この娘が望む通りに一人の大人として扱い、そして身を守る術を教えた。
 その点は少々……いやかなり過剰だったとも思うが。

 隊長殿はあの娘の父で、兄で、たった一人の友なのだ。
 だからこそ体長殿の信じるその道が、あの娘の道でもあったのだ。
 私にとってそれが……その道が間違っているかどうかは問題ではなかった。

 私は結局、自分の契約者に何もしてやれなかったのだからな」
「だからせめてあの子を護ってあげたかったんですね」
 隣に立つ真の言葉に、ハムザは静かに頷く。

 朱鷺はいつの間にかそこへ座り込んで、泣きじゃくる子供の顔を見つめていた。
(ふふふ……しかしなかなか面白い娘ですね。
 言動と態度はまだまだ子供ですが、戦闘能力はこの年代にしては高めです。
 武器を問わず扱える点も良いですね。
 この娘はきっと良い陰陽師になります。そして八卦術の道も歩めるかもしれません。
 こんな素材をここで、裏の道に進ませるわけには――)
 初めて知った完全なる敗北の味に悔し涙を止められないトゥリンのに、
朱鷺は思いついた言葉をそのまま口に出していた。

「キミの名前はなんていうんですか? 朱鷺に教えて下さい。
 朱鷺の名前は、葦原明倫館の八卦術師、東 朱鷺。
 以後お見知り置きを」

 意外な台詞に困惑した目を向けるトゥリンに、朱鷺は手に顎を乗せ微笑む。

「これで朱鷺と、キミは『知り合い』になりました。
 なんなら、葦原でキミの訓練を請け負いますよ?

 キミはもっと、大人になるべきです。そして自分の力で作り上げた道を進むべきなのです。

 キミの大切な……その隊長には会った事ははないですが、きっとその人もそれを望んでいます。
 さぁ、一緒に帰ってその道を歩んでみたくはないですか?」

 身体が温かい。京子の治療は間もなく完了するのだろう。
 今は何も言う事は出来ない。理解も出来ない。トゥリンはただ、朱鷺の言葉に強く頷いていた。