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第10章 水面上に

「こんなところで会うとは思わなかった。まだ、ヒエロを捜しているのか?」
 追っ手をやり過ごしたところで、宵一はカーリアに尋ねた。

 パートナーのリイムが、小講堂内の分科会で「最高のもふもふとは!?」というゆる〜いディスカッションをしたいという事で、そもそもはゆる族の分科会なので花妖精のリイムが入れるかどうかは分からなかったが(ゆる族の許可があれば参加できる場合もあるらしいと聞いたので、ゆる〜いディスカッションなら参加資格もゆる〜いかもと思ったのかもしれない)ここまで向かってみたのだが、その途中で思わぬカーリアとの再会になったわけである。

「……そうよ」
「それでここにいるってことは、ここにヒエロがいるの?」
 やはりカーリアとは一度会っていて、その目的も聞いたことのあるヨルディアが尋ねると、しばらくカーリアは黙っていたが、
「噂で聞いたの」
 沈黙に言葉を押し出されるような雰囲気で、答えた。
「コクビャクと、ヒエロが繋がっているっていう噂。それを確かめるために、来たの」
「そうか……で、確かめられたのか?」
 宵一の問いに、カーリアはかぶりを振った。
「コクビャクはやばい組織。表には出てこない。ここに来た企業のどれかと繋がっているけど、多分どこかに身を隠している」
 しかし、捜すすべが今のところ思い当たらない。
「……俺たちに、何かできることは?」
 宵一の申し出に、カーリアは息を飲んだようだった。
「どうして……?」
「俺が、カーリアを助けたいからだよ」
 宵一が言い切る後ろで、ヨルディアも無言でうなずく。
 前にあった時にも寂しげな目をしていたカーリアを、どこか孤独を纏うカーリアを、助けたいという思いはヨルディアにもあった。
「面白いお洋服でふね」
 リイムだけは、よく分かっていないのか関係ないことを呑気に言っている。
「できること……って、言っても……」
 まっすぐに見つめられることに堪えられなくなったかのように、カーリアは少し伏し目がちになって、ごにょごにょと声を出した。

「立ち入り禁止の廊下の奥を調べたい……取り敢えず、そんなことしか考えられないわ」




 偽情報がもたらした混乱の波は、じわじわと、水面下に隠れていたものを表面へと浮かび上がらせていた。


 クリストファーとクリスティーは、大講堂の壁際で、観察の末に絞り込んだ一人のゆる族に接触していた。
「失礼ですが、お名前と出身を教えて頂けませんか?」
 警察から職務質問を委託されている証の腕章(この腕章の偽の権利も偽情報に織り込まれている)を見せて、近寄ると、ゆる族は一瞬、大人しくこたえるような素振りを見せかけたが、突然逃げ出した。
「待て!」
 2人は後を追った。


 とある、人材派遣会社の控室に、甚五郎と羽純、そしてホリイがいた。
 会社の社員が集まって見つめる中、羽純は、彼らが昼食に食べた弁当の空き箱を一つ一つ拾い上げ、【サイコメトリ】していく。
 この会社の控室に三人が来たのは、モニターで「動揺する企業団体関係者」を捜していたさゆみとアデリーヌが、この会社に目を付けて、それを他の警備員に伝えたからである。
「……ふむ」
 やがて、羽純は空き箱をテーブルの上に置き、言った。
「人事担当のカダなる男、トイレに立ったふりをして、ドラゴンだかトカゲだかのゆる族から、何かリストを受け取っていたな?」
 ざわめきが室内に走り、全員が走らせた視線を受けた一人の男が咄嗟に、部屋の扉の方へと足を向けたが、
「おっと、どこに行く!?」
 動き出すより早く、甚五郎に肩を掴まれていた。
「それともう一人」
「すいません、トイレ行ってて遅く――」
 会社社員全員集合の命を受けながら、一人だけ遅れてやって来た、坊主刈りで眼鏡をかけた男が部屋に入ってこようとして、中の様子にハッと足を止める。
「そいつが共犯者じゃ!」
 羽純が叫んだのと、男が踵を返して駆け出したのがほぼ同時だった。
 甚五郎は肩を捕まえた男をホリイに任せるぞとばかりに押しやって、追いかけて部屋を飛び出した。



 逃げてきた眼鏡の男は、大講堂を出たところでいきなり、体当たりをされた。
「な……っ?」
「あなた、ミーを知ってるわヨネ? あのサイト、まだやってるのヨネ?」
 半分体当たりをするように擦り寄ってきたキャンディスであった。
 ――午前の講演の時にキャンディスが(無理矢理)飛び入り参加した時、壇のすぐ傍にいた企業スタッフの一人が自己紹介したキャンディスの名を聞いて「キャンディス・ブルー……? どこかで聞いたことのあるような」と呟き、隣りにいた誰かに耳打ちされて「あぁ、昔の登録リストに……」とさらに呟いたのを聞き逃していなかった。自分の名前が近くで囁かれたのを、喋っていても聞き逃さないのだから恐るべき聴覚だ。
 その呟いた男が、この眼鏡の男だったのだ。
 その呟きからキャンディスは、彼がかつて自分の登録していたパートナー出会いサイトの運営関係者だと感じた。だから、会場でも、契約を考えている同族にあのサイトへの登録を勧めようとした。そうして彼に紹介すれば、マージンがあるだろうと胸算用したのだ。
 だが、思いもかけぬあのピンクイグアナの言葉。自分も世話になったあのサイトも、何か違う恐ろしいものに変貌しているのだろうか。俄かには信じられなかった。それで、彼を探し出して確かめようと思ったのだ。
「コクビャクとかなんとか、関係ないわヨネ? 今でもゆる族が普通に登録できるのヨネ?」
 だが、コクビャクと聞いた瞬間、男の表情が変わった。
 それに気づいたキャンディスは、本能的に危機を感じて後ずさった。だが、背中から思いっきり殴り倒された。
「あーれー」
 背後に立っていたのは、アルマジロのようなゆる族だった。
「ずらかるぞ、ツガ。キーゾから連絡が来た。こいつは途中でどこかで始末するか、あっちに連れていくかだな。連れていっても大して戦力にはならん気がするが……キーゾはどこだ」
「ここだ、エング」
 走ってきたのはドラゴンのようなトカゲのような、大きな尻尾のあるゆる族だった――が、それを簡単に脱ぎ捨てると、サングラスの男が現れた。
 アルマジロはキャンディスを簡単に脇に抱え上げた。
「行くぞ。ツガ、車を回しておけ。他の連中は、捕まらなければ後からくる」
「待てっ」
 追っ手の声が聞こえた。サングラスの男、キーゾを追ってきたクリストファーたちだった。
 キーゾは追っ手に向かって、脱いだトカゲもどきの皮を投げつけた。そうして追手が怯んだ隙に、駆け出した。