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第6章 コクビャクの闇

 そもそも、コクビャクが従来の「契約詐欺」と違うのは、そのターゲットであった。

 従来の、通信手段などを使った契約詐欺の場合、契約を希望する地球人が標的となる。彼らに金銭と引き換えに「希望に叶う」契約相手を紹介する。しかし、現実に会ってみると紹介されたのとは違う相手だったり、より悪質なものになると金銭だけ取って契約を成立させずにどこかに消えてしまう、などという場合もある。



 しかしコクビャクは、どういうわけか、むしろ「契約やパラミタに大して興味のない」相手を狙うという。
 その理由が、当初よく分からなかった。
 契約を勧める方法は、パラミタ種族の方が「事情でどうしても契約をしなくてはならない」などと嘘事情を訴えて同情を引き、ボランティアのつもりでどうか、と誘う方法や、契約することで己の力やポテンシャルが高まる、と何かのサプリメントよろしくその側面的メリットをアピールする方法、薄謝を握らせる方法すらあったという。
 とにかく最後には彼らは決まって言う、「今の貴方の生活を変える必要はない、無理にパラミタに来る必要もない、契約するだけでいい、何も要求することはしないと約束する」と。
 そして実際、契約後、彼らは何も要求されない。コクビャクは契約を終えると、その人物にコンタクトを取ることはない。もちろん金も、取られない。
 代わりに、自分の契約した相手に会いたいと訴えても、なしのつぶてだ。そもそも連絡手段は断たれている。

 そして、そうやって契約した地球人の多くが今、突然倒れ、昏睡状態に陥っている。
 パートナーロストの症状である。


「コクビャクは己の手勢のパラミタ人――種族は分からん、多種に及ぶかもしれんが――彼らを『契約者』にすることで強化している。
 そして――まだ特定はされていないが、どこかで何か、『人命に関わるような法外的な行動』もしくは『闘争』に従事させている。
 つまり、強化させた『兵』を酷使して、使い捨てにしていると思われる。
 その『強化』手段として利用された地球人は、何も知らぬまま日常生活を送っていて、ある日突然倒れるのだ。
 ……残念だが、すでに、死者も出ている」

 空京警察から来た、コクビャク対策本部長という人物の言葉に、フォーラム警備に雇われた契約者たちはざわめいた。



 鏖殺寺院の中には、手駒を増やすべく、経済的に恵まれないゆえに契約の機会も乏しい発展途上国の人間に、契約相手を紹介するのと引き換えに加入を求め、組織拡充を図る一派もあると聞く。
 しかし、比較してほめるような形になるのもおかしいが、まだ彼らは、契約者となる地球人を仲間として「教育する(あるいは洗脳する?)」だけの手間をかけることは、している。
 コクビャクはそれすらしない。
 何の知識も技術もない、契約したての地球人を、仲間に引き入れて戦力とするための努力を払うつもりはないのである。
 ただ利用して、用が済んだら放置して、そして無頓着に死なせる。



 空京警察と地球の警察は現在まで、確証を得るまでは半端な情報を流してもパニックが起きるだけだとして、情報の一部を敢えて伏せつつ「コクビャクと名乗る団体の契約勧誘を受けないように」という注意喚起を地球人に対して行ってきた。
 しかし今日。
 コクビャク逮捕の一助として、地球からコクビャクによって契約させられた日本人六名ほどが、昨日のうちに空京にやって来ていた。彼らに面通しさせてメンバーを割り出すことを目的に、彼らは今日このフォーラムにも警察の護衛を受けてくるはずだったという。
 しかし昨夜、その全員が原因不明の昏睡状態に陥った。今も意識は戻っていない。
 地球の警察に連絡を取ると、彼らが確認しているコクビャクによる契約者の多くに、同じ現象が起きているという。まだコクビャクによる契約者全員を割り出せたわけではないので、把握していないだけで他にも同じように昏睡状態になった者もいるだろう。


「コクビャクがどの場所でどのような非道の行為を行っているのか、まだそれが割り出せていない。それらしき被害の報告がないのは奇妙なことだが、地球人契約者の多くがロストの症状を見せている以上、契約しているパラミタの住人が多く死んでいるのは明らかなことなのだ。
 そのためにも構成員を捕縛して情報を訊き出すことが重要なのだ。
 何が何でも、これ以上の犠牲は阻止しなくてはならん。地球人側も、彼らの手勢として契約させられたパラミタ人側も」
 苦渋に満ちた顔で、本部長は口を結んだ。



「やっぱり、このワークショップに参加している企業や自治体の中に、『コクビャク』の内通者がいるんじゃないかしら」
 さゆみはそう推測した。
「それでその人間と共犯で、連携して偽ゆる族を地球へと送り込もうとしているのじゃないかな」
 コクビャクメンバーを企業や自治体の人事担当者として送り込むのは難しいが、担当者を買収するなり弱みを握って脅迫したりして、自分たちに協力させたりするのは容易だったのではないか。そうして作った共犯者を使い、偽ゆる族を就職説明会での面接などでその場で「合格」を出せば、あとは企業や自治体が身分保障してくれるので地球へ連れ出しやすい。
「そうだとしたら、説明会にブースを出している企業や自治体の方から探っていけば、メンバーを割り出せるかもしれない」
「でもその企業や自治体のガードこそ固い、んだよね……」
 クリストファーとクリスティーがそれぞれに呟いて考え込む。
「それでしたら――」
 アデリーヌが口を開いた。
「偽情報を流してみたらいかがでしょう」

 会場内に、「就職が決まったゆる族には、当局から発行された身分証明書類や就労特別許可証などの書類を提示する必要がある」といった情報を断片的に流して攪乱させる。無論、調べればすぐにデマと判るが、限定的な間だけでも、該当する組織やゆる族に偽装したメンバーに動揺を与えることができるだろう。その動揺を見逃さずマークすれば、怪しい人物を特定できる。そして証拠を固め次第逮捕する――

 そのような提案だった。
「なるほど、やってみる価値はありそうだ」
 何しろこの人数である。絞り込むのだけで一苦労なのだ。情報を流すのに何人か協力者は必要だが……と、一同は計画を煮詰め始めた。


 一方瑠樹は、警備を請け負っていないのに知ってしまったこの話にどうしようかとしばし考えたが、ここで警察相手に順序立てて話して仲間入りするのも変に手間取るし、と思い、そっとこの部屋を離れ、しばし一人でいろいろ探ってみることにした。契約詐欺以上の悪事をしているらしいコクビャクなる団体を、放置してはいけないという思いは、警備として摘発を画策している契約者たちと同じだった。