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第8章 タイミングの乱戦

 さて、キオネはミネルヴァの引き合わせで、昼休憩を取りに控室に戻ってきたオリュンポスの天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)に出会っていた。
「お話は分かりました。もし僕らの力が必要でしたら、ご協力しますよ、”お弁当屋さん”」
「……はぁ、どうも……」
 あまりに話がとんとん拍子過ぎて、逆にやや戸惑い気味のキオネである。
「これから僕たち、ちょうど他の企業の方々に挨拶回りをしにいくところだったので、一緒に来ませんか。
 何かを探るにも、こそこそやるよりも堂々としていた方がいいでしょう?」
 十六凪はそうキオネを誘った。オリュンポスの参謀である彼は、この機会に地球の企業や自治体などの担当者に会い、【根回し】してコネを作ろうと考えていた。
「挨拶回り、ですか。大変ですね」
「必要な仕事ですからね」
 十六凪は愛想良く微笑む。
 キオネは考えていた。――ずっと考えていたことだった。着ぐるみ型魔鎧は、本当にいるとしたら、何の目的でこの場にいるのだろう。もしかしたら、このワークショップに参加する企業や自治体と、予め何かしら結びつきがあって、もしくは結びつきを期待して、ここにいるのかもしれない。契約者たちからコクビャクのことを聞いて、何故かは分からないがその考えは強くなりつつあった。
 この際企業や自治体の内側から捜してみるのは無益ではあるまい。
「お願いします」
 弁当配りで別れた梓乃らのことが気になったが、どうせいろんな控室を回るのだから、どこかでばったり会って、こうなった経緯を説明する暇くらいあるだろうと考えた。
「では参りましょうか。デメテール、」
「りょうかーい。警備対策はデメテールに任せてー。自宅警備員だけに、警備には詳しいのだ」
 自宅警備員ってそういうものだろうか、とキオネが首を傾げていると、
「あ、お弁当屋さん! 後で報酬のお弁当10パック、忘れないでねっ!」
 打診する暇もなく一方的に取引されていた。
(10パック……!? う、うゆさんに言えば何とかなるだろうか……?)



 ところで、ここでタイミングの問題が起きる。



 キオネが十六凪らと共に出かけていった、ちょうどその辺りから、アデリーヌらが発案した「偽情報による攪乱」計画が発動し始める。

 時を同じくして、徐々に警備員の数が増え始め、当初は立ち入らない予定であった講堂内も、隅でうろうろと不審者を取り締まるような格好で見張り始める。当初の遠慮した警備は物々しさを嫌う企業や自治体への配慮であったが、警察がコクビャクへの警戒態勢を強化することを正式決定した今、例え企業側から不満が出たとしてもこれを建前として堂々としていられる。
 何より、偽情報計画に合わせてコクビャク及び(いるなら)その協力者を心理的に追い詰める、その効果を期待してのことだった。


 

 午後から大講堂の警備に当たっている柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は、【密偵】として【下忍】を潜入させており、さらに【ピーピング・ビー】を3匹飛ばして大講堂内部全域の状況を把握し、不審な点が無いか探っていた。【機晶ゴーグル】をモニターに、常に1匹に行動全体の俯瞰図を送らせ、他の2匹に怪しいと判断したゆる族をマークさせるような形だ。
「……ん?」
 見ているうちに、大講堂の一部に変な画像の乱れがあることに気付いた。
「何だこりゃ。……? 誰か、映像送信を妨害してやがる……のか?」
 自分の機晶蜂以外にも、最初から施設に備わっている監視カメラがあるはずだ。その機能を止めるために、誰かが妨害電波を出すとか何かしているのを、傍受してしまったのかもしれない。
(だとすると、そこによからぬ輩がいるな)
 そこで、乱れが起きている場所を特定できるよう、上空で俯瞰図を送る1匹(1番機)は固定したまま、別の1匹(2番機)をその場に向かわせた。2番機が披露画像の乱れは進むにつれ酷くなるが、最後の1匹(3番機)を距離を置いて追尾させることで、位置情報だけは確認できそうだ。
「……ここは、控室? ……の方に向かう廊下、か」
 小さな機晶蜂はブースの立ち並ぶ講堂内から、奥へと続く人気のない廊下を、そっと飛んでいく。人間ならすり抜けられない小さな隙間から入っていったのだ。どこまで追えるか分からないが、少しでも詳しい場所が特定できれば、他の警備員が踏み込む役に立ちそうだ。ピーピング・ビーの遠隔操作可能範囲は限りがあるが、必要とあれば自分も可能な範囲まで動いてみるつもりだった。


「もしかしたらここは……扉そのものが隠されているかも知れないですね」
 挨拶回りをしながらやって来た廊下の奥に、不自然な壁面のスペースを見つけて、十六凪が腕組みした。
 各企業・団体の控室回りには、特に不審な点もトラブルもなかった。入れない部屋も時折あったが、そこはデメテールが【隠形の術】【壁抜けの術】【ピッキング】を駆使して先行し、扉を開いた。だが、どれも「関係者全員ブース等に出て留守なので施錠した」というだけのものであり、室内の荷物にもキオネの助けとなるようなものは見当たらなかった。人がいて迎えられた部屋では十六凪が完璧な営業姿勢でスマートに挨拶をこなし、キオネはその間、いかにも同じ団体の者であるような顔をしてぺこぺこと頭を下げているだけだった。
 そこで、大分奥に来て、いかにもおかしな壁のスペースである。ずっと規則正しく等間隔で控室の扉が並んできているだけに、何の表示もなくのっぺらぼうの部分があるのはあからさまに怪しい。
「何かの力で隠されている気がしますね」
「何か、ってー?」
 壁抜けの術も通用しなさそうなので少しむくれたデメテールが十六凪に尋ねると、十六凪は首を振って、
「恐らく何らかの魔力でしょうが、分析しないと分かりません。ちょっと時間がかかりそうですが……」
 そう言って、首を巡らし視線を天井の方に向けた。
「あれが厄介ですね」
 ちょうど、のっぺらぼうの壁を守るかのように向いた、いかにも性能のよさそうな監視カメラが、規則的にゆっくりアームを動かしている。
 十六凪は【先端テクノロジー】による【情報攪乱】を使い、このカメラの情報送信機能を無効化しようとした。
 ――それが、カメラを通じて通信網全体に作用しようとした時、恭也のピーピング・ビーまでも引っかけてしまったことに気付かなかった。


「ん!?」
「何ですかね、騒がしくなりましたね」
 急に、廊下を行き来する人影が増えてきた。3人がいる壁の前まで来る者はいないようだが、何だかそれぞれの控室に出入りする者が増えてきた。
「ちょっとどなたかに聞いてみましょうか」
 分析を始めるべく開いたノートパソコンをぱたんと閉じ、そっちへ十六凪が向かおうとした時。
「緊急事態だ! 二人とも速やかに戻れ!!」
 ハデスが走ってきた。その急ぎように、十六凪とデメテールは何が何やら分からず、同じく状況が飲み込めないキオネをその場に残して彼の方に駆け寄った。
「残念だが、今日の所は撤収するぞ!」
「ええ〜?」
「何があったんです?」
 そのうち、廊下に何やら、腕章を付けた一団がどやどやと入ってきた。警備員たちだ。
 ハデスらは、心なしかこそこそと、オリュンポスの控室の方へ早足で去っていく。廊下にはざわめきが走る。この状況で完全に外部の者である自分はどうしようか、と、困惑するキオネを一瞬の緊張感が襲う。

「こっち! こっちよ、キオネ!!」
 声をした方に反射的に顔を向けると、人影を縫うように現れたルカルカがキオネの腕を引いた。





 偽情報を聞き、出店する企業団体の多くが、急に何か書類を取りに戻ったり主催に詳細を確かめに行ったりと、俄かに動きを慌ただしくした。これはそれらの企業団体にやましいところがあったためではなく、単に最初に訊いていたのと手順が大幅に変わったため、戸惑って詳細確認のため各所に走っただけである。彼らは就職希望者に正確な情報を説明する義務がある、その責任を自覚しているなら当然な行動と言えた。
 その慌ただしさの中から、明らかに他と違う動揺を見せた者が、真の標的だ。それらを、さゆみやクリストファーら、契約者たちが協力して観察眼を駆使し、見抜こうとしているはずだった。
 ともあれ、急に廊下に人の行き来が多くなったのは、そういう理由からである。


「――というわけで、我々は、警察の手が入る前に引き上げねばならん」
 偽情報を鵜呑みにして、コクビャクでもないのに泡を食ったのはハデスである。
 何しろ自分たちは、地球征服を企む悪の秘密結社なのだ。
 きちんとその旨を就職希望者に説明し、社員の福利厚生は疎かにはしないと言い切るその(どこかずれているように見える)同じ律義さが、彼の「秘密結社の幹部」という『自覚』に働いたのだ。
 悪の秘密結社は、正義の手入れの前には(戦えないなら)逃走するべきである。
 なので、誰にも追われていないにも関わらず、彼は悪の自覚に素直に従って、呆気に取られる仲間たちを連れてトンズラこいたのである。


 警備員が大挙して控室のある廊下に入ってきたのは、ピーピング・ビーを操りながら「妨害者」の位置を探ろうとした恭也が、位置を変える途中で合流した下忍を通じて、警備本部にその事実を伝えたからだった。ピーピング・ビーの遠隔操作範囲の限界で、2号機及び3号機は十六凪たちのいる正確な場所までは突き止められなかった。が、施設内の全体図と合わせて、そこが控室か、控室に繋がる廊下のどこかであると割り出せたので、その事実を他の警備員たちに伝えて、それへの対処を彼らに託したのであった。