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――地上階 門を目指して


 セルマとイーオン、セルウィーは非常口を抜け、非常階段を2階へ駆け下りた。ここは地下階へ下りるスロープの屋根の真上で、階段は2階までしか通じていない。そこから落下防止用の柵を挟んで数十センチ下にスロープ屋根があり、そこへ降りればあとは地上までせいぜいが2メートル弱しかなかった。
 いざとなれば点滴チューブをロープ替わりにして途中から飛び降りることも想定してセルマたちだったが、陣とユピリアのおかげで追手はなく、無事地上へ下り立つことができた。
「高柳さん…」
 セルマは3階の非常口のドアを見上げた。彼らのため、開いたままになるよう細工してきたドアはそのままで、いくら待ってもそこを出てくる彼らの影は見えない。
「行くぞ、セルマ・アリス」
「……はい」
 いつ現れるかしれない者に、これ以上時間は割けない。3人は死角をつくらないよう互いの懐中電灯の光で補い合いながら、門を目指して進んだ。
「問題は、ここからです」
 別棟の外灯の下で足を止め、セルマは門までの距離を目測する。ここから先、門まで一切外灯がなかった。どこに何があるかも判別がつかない、真の暗闇と静寂が広がっている。
「行くしかあるまい」
 イーオンの言うとおりだ。覚悟を決め、彼らは一歩を踏み出した。
 懐中電灯はたしかに明るく彼らの周囲を照らしていた。しかしその光は放射で拡散されている。屋内のような反射する壁もない。
 外灯の光から完全に離れ、数歩と行かないうちに、まるで脆弱な光をあざ笑うかのように白い四角頭の女が彼らを襲撃した。
「……くっ!」
 襲いかかる手に懐中電灯を照射し、ひるませるも、すぐに敵は闇へ逃げ込んでしまう。そして闇は今、彼らを包み込んでいるのだ。
「どこだ!」
 周囲を見渡すイーオンの頭部をねらって宙から白い腕が伸びる。その手をセルウィーが掴んだ。そして腕を巻き込んだまま、持ち主の体にしがみつく。振りほどかれることのないよう背中に回した手首を握り、しっかりとホールドした。
「2人とも行ってください。この敵は私が抑えます」
「セルウィー!」
「この手は決して放しません。ですが、抑えきることはできないでしょう。残念ながら。
 私が抑えられているうちに、あなたたちは門へ到達してください」
「……行きましょう、イーオンさん」
 彼女の覚悟にイーオンは全身をわななかせた。心臓をえぐり出されるような激痛に耐えるよう、奥歯を噛み、一瞬だけ目をぎゅっとつぶる。そして彼は走った。何も口にすることなく。
 肩越しに彼が目にしたのは、もう片方の腕がセルウィーの頭をわし掴んだ瞬間だった。
 2人は走った。陣、ユピリア、セルウィー……彼らのためにも、たとえ手足を失うことになったとしても自分たちは門へたどり着かねばならないとの思いが2人を走らせていた。
 門までこんなに遠かっただろうか? 自分たちはどれくらい走った? あれから何分経過した?
 振り返らずとも敵が背後に迫っているのは分かった。すぐ後ろで敵の吐き出す息がうなじに触れて、毛が逆立っているような感覚がしていた。
(だめだ、追いつかれる――!)
 2人が覚悟を決めたときだった。
 突然後方でギュルギュルギュルッとコンクリートでタイヤがこすれるような音がして、まばゆい光が2人を背後から照らした。
 思わず振り返った彼らは、目が耐えられないほどの光の洪水に圧倒され、立ちすくむ。夜道で車の前に飛び出した動物はこんな思いを味わうのだろうか? それは、彼らを追っていた四角頭の女も同じらしかった。
 とっさに動けず硬直した四角頭の女を、突如現れたセダンが猛スピードで跳ね飛ばす。
 唖然となった2人の前、車はスピンしながら門の鉄柵をぶち破り、勢いよく横転した。爆発することはなかったが、むき出しになった底部が白煙を上げている。ドアを開け、下りてくる者はいなかった。
「た、助けないと!」
 一体何が起きたのか――まだ理解できない頭ながらも、あたふたと2人は車へ駆け寄る。そして門を抜けた瞬間、2人は白光に包まれ、意識を喪失してしまったのだった。