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 現在から数年後。
 とある休日。

「さっさと片付けないと」
 祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)は休日というのに朝早く起床して洗濯機を回す。
 それから
「あぁ、これも」
 祥子は机に積み上げられている書類や資料を分類して棚に収めて掃除を開始。
 バタバタと忙しい祥子の日常が始まった。
 時間はあっという間に夕方。
「あぁ、もうこんな時間。早く夕食を作らないと」
 祥子は時計を確認し、時間の早さに慌てた声を上げる。
「今日はこっちに来るって言ってたし、ちょっと豪華な夕食にしたいけど……」
 祥子は時計の次に自分と相談する。今日はただの休日ではなく特別な日。そんな日には特別美味しい物を作りたい。
「まぁ、何を作っても美味しいって言ってくれるだろうけど、それだけじゃちょっと物足りないし……献立、何にしようかしら」
 考えるも何も思いつかない祥子はとりあえずと冷蔵庫を開けた。
「……あるのはこれだけ、今は外には出られないし……とりあえず、始めましょうか」
 時間も迫っているため祥子は冷蔵庫にあるもので出来るだけ豪華な料理を作る事にした。

 夕食を作り始めてしばらく。
「あー、はいはい」
 突然鳴り響くチャイムに祥子は急いで玄関に向かった。
「早かったわね」
 祥子がドアを開けると伴侶であるティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)が立っていた。
「ごめんなさい。早く会いたくて」
 ティセラは約束していた時間より早く来た事を謝った。
「謝らなくていいわよ、私も会いたかったんだから。それよりどうする? お夕飯の支度はもうそろそろ終わるから食事にする? それともお風呂にする? それとも……」
 祥子はティセラを迎え入れ訊ねるも最後に「私にする?」などとこぼしそうになり恥ずかしくなってやめた。
「あぁ、それでどうする?」
 こぼしそうになった言葉の恥ずかしさでティセラに背を向け、台所に向かいながら訊ねた。背後では何も気付かぬティセラが家に入る音がしていた。
「食事にしますわ」
 ティセラは祥子の後ろを歩きながら答えた。
 祥子が夕食を作っている間、ティセラは自分達の宝物の様子を優しく見守っていた。

 夕食が出来上がった後。
「それじゃ、早速……」
 祥子が料理に手を付けようとした時、赤ん坊の激しい泣き声が室内に響いた。
「目を覚ましたみたいね」
「お腹が空いたのかもしれませんわ」
 祥子とティセラは同時に先ほどまで眠っていた赤ん坊の元へ。
「ごめんなさい。ほら、もう泣かないで」
 祥子が真っ先に子供を抱き上げ、お乳をあげて泣き止ませた。
「いつ見ても可愛いですわ。きっとこの可愛さは世界一ですわ」
 ティセラは食事をする自分達の子供の頬に触れながら幸せそうな笑みを浮かべていた。
「今日はいつもよりご機嫌ね。やっぱり、ティセラお母さんも一緒だからかしら?」
 食事を終えた我が子がどことなくご機嫌な様子に祥子はにっこりし、ティセラに子供をバトンタッチした。
「ほら、ティセラお母さんですよ」
 ティセラは子供を抱っこしたり小さな手を握ったり楽しそうに相手をする。祥子はその姿を愛おしそうに眺めていた。
 満腹のためか子供はすぐに眠ってしまった。
「……眠ってしまいましたわね」
 もう少し遊びたかったティセラは少々つまらなさそうにするも起こしては可哀想なので静かにベッドに寝かせた。
「そっくりですわね。目元はわたくしで鼻筋はあなたに」
 ティセラは小さな手を握りながら隣の祥子に話しかけた。すっかり母親の顔。
「……」
 祥子はティセラ達に見入っていて訊ねる声が耳に入っていなかった。
「どうしたんですの?」
 ティセラは返事が無い事に不思議に思い、祥子の顔を覗き込んだ。
「……こうして愛する家族に囲まれるのって幸せだなと思って。何も要らないぐらいに」
 祥子は最愛の家族を見回し、この幸せがずっと続いて欲しいと思っていた。家族と過ごす度にその気持ちは強くなっていく。同時に大切にしなければという思いも。
 そして、
「……ティセラ、愛してるわ」
「わたくしもですわ」
 祥子とティセラは幸せなキスをした。

 先に唇を離した祥子は
「ねえ、ティセラ。この子がもう少し大きくなったらさ。今度は貴女に産んでほしいな」
 我が子の寝顔を見てからティセラにちょっとしたお願いをするのだった。
「えぇ。今よりもずっと賑やかになりますわね」
 ティセラは笑みを浮かべつつ家族が増えた賑やかな様子を思い描いていた。
 すっかり二人は夕食の事を忘れていた。

■■■

 覚醒後。
「……ティセラとの子供」
 祥子は体験した未来を振り返り、幸せな気分でつぶやいた。



 現在から数年後。

 巨大な屋敷。

「ねぇ、何を描いているのかママにも見せて」
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が背を向けてスケッチブックに何かを描いている3、4歳くらいの愛娘に声をかけていた。
「ダーメ。ママ、あっち」
 娘は背を向けたまま小さい手で環菜を追い払う。
「うーん、少しだけ」
 隠されるとますます知りたくなり環菜はまだ少しだけ粘っている。
 ここで
「どうしたんですか?」
 様子を見に来た御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が部屋にやって来た。
「あら、パパ。この子、熱心に何か描いているんだけど教えてくれないの」
 すっかりママな環菜が娘の事を話す。
「パパもあっち」
 ちらりと陽太を見るなり、また背を向ける。
「……どうやら俺もだめみたいですね。それよりもうそろそろ夕御飯が近いので、今日は俺が作ろうと思うんですが」
 陽太は可愛らしい娘に笑みをこぼした後、夕食の準備をする事を伝えた。
「てつだう!」
 娘はスケッチブックを置いて立ち上がり、お手伝いに名乗り出た。
「……」
 じっとスケッチブックを見つめる環菜。娘がいない内に確認しようかと考えているらしい。
「……これも」
 スケッチブックを思い出した娘は拾い上げ脇に抱えた。
「それを持っていると邪魔になりますよ。パパもママも見ませんから」
「や」
 苦笑気味に言う陽太を断固拒否して娘は部屋を出てキッチンへ。
 キッチンに立つと親子全員お揃いのエプロンを装着して父娘は料理をする。ただし娘は小さいのでサラダ用にレタスをむしって皿に盛りつけるだけ。環菜は手際よくコップなどを準備していた。
 そして、完成した夕食を美味しく和気あいあいと食べるもスケッチブックはなおも娘の隣にあった。
 食事が終わると家族仲良く入浴した。旅館の大浴場並みの豪華な浴室を遊んだりお喋りをしながら楽しんだ。

 寝室。

「……本は持って来ましたか?」
「今日は何の本?」
 大きなダブルベッドで待つ陽太と環菜がやって来た娘に訊ねた。
「うん。これ!」
 娘は両親の真ん中に潜り込み、本を見せた。ちなみにスケッチブックはもう持っていない。
「本当にこの本が好きね」
 何度も読み聞かせた覚えのある本に環菜が思わず言葉を洩らした。
「うん! だってパパとママのお仕事と同じだもん」
 と、どこか誇らしげな娘。本は汽車に乗って冒険をする物語。ちなみに現在も御神楽夫妻は鉄道関連の仕事をしている。
「そうですね。では今日はパパが読みますね」
 陽太は自分達の事を誇らしげにする娘に嬉しくてくすぐったい気持ちになった。
「うん。あとね、はい」
 娘はごそごそと二つ折りにしたスケッチブックから切り取ったと思われる紙切れを環菜に渡した。
「何?」
 不思議そうに受け取った環菜は紙を広げ、ますます首を傾げる。
 なぜならカラフルな不思議な物体二つに文字らしき記号が並ぶ、抽象画だったから。
「……もしかしてパパとママですか?」
 覗き込んだ陽太は一つの可能性を口にする。
「うん。おてがみだよ。いつもありがとうって」
 娘はにっこりと天使の笑顔。最近はまっている子供番組で手紙を両親に渡して喜ばせている場面を見て影響を受けたのだ。
「嬉しいです」
「もう、この子は」
 感極まった陽太は娘の頭を撫で、環菜は抱き締めた。
 それから本の読み聞かせをして親子三人仲良く眠った。

■■■

 覚醒後。
「とても幸せな未来でした。それより、正体不明の魔術師との対決が近いそうですが、大丈夫ですか」
 陽太は見知っているアーデルハイトに未来の内容を報告した後、未来人の娘と精霊のパートナーが関わった事件について訊ねた。ちなみにここに来たのは鉄道事業関連の打ち合わせのためである。
「……まぁ、何とかなるとは思うが、相手があれじゃから心配は未だ拭えぬ」
 アーデルハイトは少々危惧が抜け切らない返事をした。
「そうですか。何とか無事に終わるといいですね」
 陽太は一刻も早く無事に終わる事を願った。